レンタルラヴァー:03

秋真っ盛りの金曜日だった。銀時は、秋限定の栗スイーツを食べるために、休憩中の土方と人気の甘味屋を訪れていた。「次の非番はどこ行く?」と、銀時が特製マロンパフェを頬張りながら尋ねると、「最終的にはホテルで飲むとして、この辺で水族館でも行っとくか」と、銀時が持参した大江戸デートスポット特集誌をめぐりながら土方は言う。
「おー、なるほどな、呑むとこから始めて先にお泊りへ行きついちゃったけど、一回くらいこんなデートもしてみたかったの!ってことな。いいんじゃね」と裏声を交えながら銀時が賛同すれば、「じゃあ火曜に、十三時から二十時間で」と土方は言って、マヨネーズの浮いたコーヒーを飲み干した。
少しは突っ込んでくんねーかな、と、ただ恥ずかしいだけで終わった裏声に銀時が少しばかり物足りなさを感じていると、土方が財布を取り出すので、「もう行くのか」とスプーンを咥えたまま銀時は首を捻る。
「見回りの途中だからな」と返した土方が、テーブルに千円札を二枚置いて、「俺の分も払って帰れ」とあっさり行ってしまおうとするので、銀時は「ちょっと多いだろ」と、土方の腕を掴んだ。釣りは取っとけ、と言いかけた土方に、「三百円くらい」と、銀時が続ければ、土方は納得したような顔で銀時の頬に手を当てる。
ん、と目を閉じた銀時の唇に触れるだけのキスをした土方は、ついでのように銀時の頭を撫でて、「またな」と言った。「おう」と持っていた長いスプーンを振った銀時は、マヨネーズと煙草とコーヒー味のキスを中和するためにパフェへと向き直る。土方を見送りはしなかった。

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土方と契約上の恋人になってから一ヶ月と少し、同じベッドで寝るのも次で五回目になる。いや、一度は畳に布団だったから、ベッドは四回目だ。一度目までに三週間かかったことを考えると、ハイペースすぎる気もしたが、付き合い始めの恋人同士ならこんなもんだろ、と土方が言うので、そんなもんか、と銀時も受け入れている。
最初こそ眠るだけだったが、どうせ個室なのだから、と次からは酒を持ち込み、備え付けのゲームをしたりAVを見て女優の好みを言い合ったりカラオケをしてみたり、まあそれなりに楽しく過ごしていた。銀時は圧倒的に胸が好きだが、土方は太ももが好きらしい。
四回目のホテル、つまり前回の話だが、さんざん飲んだ銀時が冗談のつもりで「そんなに太ももが好きなら膝枕してやろうか、五百円で」と持ちかければ、「何分で」と真顔の土方が財布を開くので、「…三十分?」と、疑問形で銀時は返した。自分に値段を付けるのは難しいものだ。実際、見合う価値などないわけだし。
無言で千円札を差し出した土方に、「あのさあ、言っといて何だけど、俺の膝たぶん堅いぜ?あと高い」と、銀時が頬を掻くと、「ならそこ座れ」と、土方はベッドを指す。ベッドに腰を下ろした状態なら、胡坐や正座よりはいくぶんマシかもしれない。銀時がベッドに腰掛けて、さすがに着流し一枚では心もとないのでタオルを一枚敷けば、土方は遠慮もためらいもなく銀時の膝に頭を預けた。
何度か身じろいで、居心地の良い場所を探している土方に、「お前、他でもこんなことさせてんの」と銀時が尋ねれば、「こんなこと商売女に頼めるか」と、土方はそっけなく返す。「つーか、お前相手なら商売抜きでこれくらいのことはしてやりたいって女、いっぱいいんだろ」と、銀時が若干のやっかみを込めると、「それはそれで困る」と、土方の答えはいっそ清々しいほど腹立たしかった。
「いねーとは言わねえのがお前だよな」と、銀時の膝に具合良く収まったらしい土方の髪を一房すくった銀時に、「テメーこそ、馴染みの女くらいいんだろ。揉ませてもらえよ、胸」と、土方が言うので、「バカヤロー、いくら揉みたくても俺の場合は先立つものがねーとどうにもなんねーんだよ、世知辛い世の中なんだよ」と、銀時は情けない言葉を返す。
「金ならあるだろうが」と、土方が言うので、「今は金があっても暇がねーわ。夜は先約があるからな」と、銀時は揶揄するように土方の髪を引いた。正直、手持無沙汰なのだ。一時間もこのままで、何をしろと言うのだろう。子守唄でも歌ってやるべきなのか、と真剣に悩み始めた銀時に、「次はデリヘルでも呼ぶか?」と、土方が妙な気遣いを見せるので、「お前と3Pなら、上半身と下半身でわけて使えそうでいいな」と、銀時はわりと最低なことを言った。
それから、「でもいらねーよ、そんなんもしバレたら三ヶ月後がさらに面倒なことになんだろ」と、銀時は手を振る。土方×女×銀時の3Pならまだしも、土方×銀時×女の3Pだと思われたら完全に取り返しがつかない。どういう性癖だ。だったらまだ、気の迷いで土方と一瞬付き合ったと思われている方がマシだった。
しばらく考えた挙句、「もしかしてお前が溜まってんの?」と、銀時が土方の顔を覗き込むと、土方は無言で銀時の鼻先に拳を叩きこむ。ぎゃっ、と久々の一撃に銀時が鼻を押さえれば、「ろくでもねーこと言ってんじゃねえ」と、土方の声は冷たい。「俺今結構純粋に心配したんだぜ?真撰組の副長様が三ヶ月も右手だけが恋人なんて、」と、なおも銀時が言い募れば、「何の心配だ!あと俺は左手派だ!!」と、土方は別に知りたくもないことを叫んで、今度は銀時の頬を殴り飛ばした。
「クッソ、いくら金で買ってるからって仮にも恋人の顔をグーパンするか?」と、頬を擦りながら銀時がぼやくと、「仮にも恋人のテメーが俺の下半身事情に口出しするからだろうが」と、土方は返す。一拍開けて、「…いや、それはしていいんじゃねーの?」と、銀時が言えば、「ちょっと間違えただけだろ」と、自分の発言を反芻していたらしい土方は腕を上げて顔を隠した。
何照れてんだ、と銀時は思ったが、口には出さない。代わりに、「つーかさ、抜いてやろうか」と、これは冗談でもなく銀時が口にすれば、土方はぎょっとしたような顔で銀時から距離を取ろうとして、銀時の膝から転げ落ちそうになった。「おい、危ねーよ」と、両足で土方を支えた銀時は、「さすがに尻は貸せねーけど、手コキくれーなら、まあ」と、言いながらしゅっしゅ、と何かを握って擦るような動作をして見せる。
「…お前、そういう趣味が」と言いかけた土方に、「ねえよふざけんな。でも、恋人なんだろ?しかもある程度は何かしとかねーとまずいんだろ」と、銀時が答えれば、土方は一瞬妙な顔をして、「ああ、まあ」と、曖昧な答えを返した。
ん、と頷いた銀時が、「どうせホテルだし、誰も見てねーし、お前の好きそうなAV付けながらしてやるって」と、いっそ上機嫌で持ちかければ、「んでそんな楽しそうなんだテメーは」と、土方は顔をしかめる。「こんな機会めったにねえだろ。正直、他人がどのくらいでイクのか興味はある」と、両手をわきわきさせた銀時に、「いくらだ」と土方は言った。
土方の顔を見下ろして、「キスで金取っといて言う台詞じゃねーけどよ、そんな何もかもオプション扱いで、お前の中で俺への時給はどういう扱いになってんの?」と銀時が尋ねれば、「俺が知るか、テメーが言いだした金額だろうが」と、土方はもっともなことを言う。
うーん、と目を閉じた銀時は、別にこれ以上金を取る気もなかったのだが、取っておいた方が割り切りやすいような気もする。土方は高給取りだし、いくらかぼったくっても大したことは無いだろう。時給三万でも頷きそうになったくらいだし。
「…じゃあ、手コキは一回三千円で」と、悩んだ挙句に適当な金額を上げれば、「良い機会だ、それ以外も決めとくか」と、土方が銀時の膝に寝転んだまま言うので、「それ以外?」と銀時は首を捻る。「やるやらねえは後回しとして、まぐわうまでの値段だ」と、真顔で答えた土方に、「お前のオブラートは水没してんのか」と、思わず銀時は言った。
「テメーにだけは言われたくねえよ」と、鼻で笑った土方は、「手が三千円なら、尻はいくらだ」と、まっすぐ銀時の顔を見つめる。さすがに言葉に詰まって、「俺一応処女なわけだけど、そういうのは考慮してくれんの?」と、銀時が茶化すように口にすれば、「好きにしろよ」と、土方はそっけない。
どうする?どうせ掘らせる気は無いんだし、百万とか吹っかけてみるか?いやでも誰が払うんだよこんな三十路間近の男の尻に、俺だったらタダでもご免被るよ。百万くれんなら考えるけど。十万…いやまだ高ェよ、どんだけ自意識過剰だ。けど一万じゃさすがに安売り過ぎる気もするし、えっ八万?三万??六万??四万??
銀時がぐるぐる考える間にも、「おい、早くしろ」と土方が促すので、「えーっと、あー、ご、五万?」と、銀時は言った。「なんで疑問形だ」と、可笑しそうな顔をした土方に、「うるせーよ、お前も自分に値段付けて見りゃわかるわ」と、ぐったりしながら銀時は返す。
「で、二回目は」と、土方が追及の手を緩めないので、ああもう面倒くせえな、とガシガシ髪を掻いた銀時は、「本番が一万、一度に二回以上するときは二回目以降五千円、素股も五千円、フェラ五千円、胸触りたかったら片方二千円、両側なら三千円、他オプションは要相談で!!」と、早口で言いきった。
「なんで両胸で割引が効くんだ。つーか、全部足しても安いなお前」と、薄く笑った土方に、「その言い方止めてくんない?銀さんは安いんじゃなくて庶民の味方なだけですぅ〜」と返した銀時は、なんだかどっと疲れて、ベッドに両手を突く形で天井を見上げる。土方が膝に居るので、寝転がることはできなかった。
しばらくして、「少し安心した」と、不意に土方が言うので、「ハァ?俺が安いからか?」と、銀時がほとんど言いがかりに近いような言葉を返せば、「違ェよ。テメーがそんだけ悩むってことは、普段から売ってたわけじゃねえっつう証拠だろ」と、土方は続けた。
「当たり前だろうが、万事屋は『よろずごと承ります』であって俺自身を売り物にしてんじゃねえよ。何より誰が買うんだっつの、そんな物好きお前くらいだわ」と、脱力しながら言った銀時は、「…ていうか、なんでそれでお前が安心すんだよ」と、仰け反らせていた首を少しだけ起こして、土方へと視線を移す。土方は、「さあな」と鼻で笑って、銀時の膝の上で寝がえりを打った。結局、手コキはしなかった。

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結論から言うと、男二人の水族館はそれなりに楽しかった。出がけに神楽が少しぐずったものの(銀ちゃん今日も行くアルか、仕事はどうしたネ)、「今度お前にもチケットをやるから、今日はこれで我慢しとけ」と、土方が持参した袋一杯の駄菓子で懐柔されて、最終的には笑顔で見送られた。
ターミナル近くのビルの上層階に作られた水族館は、最近リニューアルオープンしたばかりで、平日だと言うのにカップルと親子連れでずいぶん賑わっている。「ったく、たかが魚類ごときに酔狂なことで」と、醒めた目で鼻をほじった銀時は、「テメーもその一因だってことを忘れんなよ」と言った土方に連れられて、薄暗い館内に踏み込んだ。ちなみに、チケットは先に買ってあると言う周到さだ。
俺相手だってのに、そつのねえ話だな、と銀時が欠伸を噛み殺したところで、「ほら」と土方が指したのは、吹き抜けの天井を超えてそびえ立つ、水槽とも思えないサイズのガラスの壁で、その向こうには大きなジンベエザメと幾匹ものエイとが優雅に泳いでいる。かぱっと口を開けた銀時に、「天人が持ち込んだ技術で作った特別製の水槽だとよ。このまま宇宙へも飛べるらしいぜ」と告げた土方は、「もう少し近寄るか」と、ごく自然に銀時の手を取った。
あまりにナチュラルな動作だったので、銀時は土方の左手を振り払うことも握り返すこともできないまま、「おう」と土方がかきわけた人波を進み、ガラスの前までやってくる。館内の照明を絞り、水槽内だけをライトアップする事で、まるで銀時自身が海の中にいるような錯覚にとらわれた銀時は、そこでようやく土方の手をぎゅっと握った。
「キレイだな」と、銀時が土方の耳に口を寄せれば、「そうだな」と、土方も頷く。ちらりと伺った土方の横顔からは、いつもの険が少しだけ取れて、端正さだけが際立っていた。いつもだったら苛立つところだが、なぜかどきりとしてしまった銀時は、吊り橋効果って怖ェェェ!!と思いつつ、今日はきちんと両袖を通した着流しの袷を掴む。水槽に目を向けたまま、「寒ィのか?」と尋ねた土方に、「いや」と銀時は首を振って、「また、最後にこれ見に来ようぜ」と、土方を次の水槽へと誘った。
いくつもの展示を通り過ぎ、銀時はヒトデとチンアナゴとウミガメに目を奪われたが、土方はクラゲが気に入ったらしい。円筒形の水槽を飽きずに眺める土方に、「お前クラゲ好きなの?」と銀時が尋ねれば、土方は「白くてとりとめがなくて浮ついてるところが、どこかの誰かと重なってな」と答えた。
「どこのどなたでしょうねえ、そんなフワッフワした奴は」と、銀時はあえてしらを切って見たが、「フワフワしてんのはテメーの頭だろ」と、いつもの調子で、けれども格段に柔らかい音で土方は言う。「…悪かったな、天パで」と、軽く目を反らした銀時に、「誰も悪いとは言ってねえよ」と、土方の声は終始穏やかだった。
館内のカフェで休憩を挟み(期間限定のパフェは銀時を唸らせる質とボリュームだった)、ガラス屋根の屋上でイルカとペンギンのショーまで見た銀時と土方は、閉館間近の水族館を出る。
いつもの居酒屋に向かいながら、「こんなんどうしろって?」と、土方が最後に買って寄越したエイのぬいぐるみをぐにぐに揉む銀時に、「抱いて寝ろよ、俺だと思って」と、土方は咥え煙草に火を付けた。館内は当然禁煙だった上に、一度も喫煙所に立ち寄らなかったことを思い出した銀時は、「じゃあせいぜい煙草臭くしとけ」と、土方の腕に柔らかいエイを押しつける。少しも似てはいなかった。

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寒くなってきたので、最初から熱燗で乾杯した銀時と土方は、すっかり定位置になったカウンターの影で軽く手を握る。右端に座っている銀時はともかく、利き手が埋まる形の土方に、「食いづらくねえ?」と銀時は尋ねたのだが、「食う時は離す」と、土方が何でもない顔をしているので、今では銀時も慣れてしまった。
どころか、極力手を離さなくてもいいように、土方の為にホッケをむしってやったり、煮物を取り分けたり、いっそ口に運んでやったり、銀時はひどく甲斐甲斐しい。餌付けされているのはどう考えても銀時なのだが、そうしているとまるで土方を餌付けしているようで、正直楽しかった。
初めは眉をしかめていた土方だったが、今では「マヨネーズが少ねえ」と言いつつも、口に運ばれた物をおとなしく咀嚼する程度には慣れきっている。いろいろ麻痺している、と思わなくもないが、どうせもうどこに向けても言い逃れはできないのだ。せいぜい土方との関係をあらゆる方面に見せつけて、成功報酬の額を吊り上げることくらいしか、銀時には憂さを晴らす手段がない。
『恋人ならきっとこのくらい当然だろう』という行動を選び続けて一ヶ月半、そろそろ度を越してきていることは銀時も理解しているが、かと言ってここで引いては男が廃る、ような気がする。何しろ土方がこうなのだ。あの土方が、万年仏頂面か瞳孔の開いたキレ顔しか披露せず、人の顔を見ればそれだけで眉をひそめてガンを飛ばすような暴力チンピラ警官が、初めての水族館デートで銀時の手を握って回るのだ。受けて立つ銀時は、パフェのいちごをあーんして断られて自分の口に運び、それでもめげずに生クリーム味のキスをお見舞いしてやるくらいでなければ勝てない。
さすがにそこまですると周囲の目が痛かったけど、と六割死んだ目で杯を傾けた銀時は、何気ない手つきで土方の空になった杯に酒を足した。料理はきっちり半分にわけて、片方にはたっぷりとマヨネーズがかけられている。これを見て吐き気を催さなくなっただけでもかなりの進歩だと思う。
「ああいう場所も、たまには悪くねえな」と、不意に土方が言うので、「あんなフツーのビルの中に、ああいう世界があるとは思わなかったわ」と、銀時も頷いた。ちらり、と銀時に目を移して、「お前、あそこ初めてなのか?」と、尋ねた土方に、「あんなとこ一人で入れねーって」と、銀時は答える。「ああ、だから誰かと」と、土方が続けるので、「誰もいねえよ、こんな風に誘い合わせて飯食うような相手だってお前が初めてなんだよ」と、寂しいことを言いながら銀時が土方の右手をぎゅっと握れば、「…ったく、」と、土方は何事か呟いたが、良く聞こえなかった。

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居酒屋を出ると、もうそれなりに良い時間だった。「もうホテル行くか?」と、銀時が土方を振り返れば、「ああ」と頷いた土方は、ちらりと携帯を確認して、「ちょっとここで待ってろ。十分で戻るから、ふらふらどっか行くんじゃねえぞ!」と、銀時を置いてどこかへ走り去っていく。「どこも行かねえから、そんな走んなよ!」と、それなりに飲んでいた土方の背中へ声を掛けた銀時は、腕を組んで薄汚れた壁に寄り掛かった。
見上げた空にかかる月はまだ痩せて、十五夜には遠い。そう言えば、先月は中秋の名月だとかで、仕事帰りの土方が大量の団子を手土産に万事屋へとやってきたことを思い出す。歓迎はしないまでも、茶くらいは出すか、と銀時は思ったのだが、「顔を見に来ただけだ。俺はいいから、ガキ共と食え」と土方はあっさり帰ってしまった。
まあ別に、それはどうでもいいのだ。土方がいなくても団子は当然美味かったし、土方のおかげで銀時の株も上がっている。ただあの時、「銀さんと土方さんは本当に仲良くなりましたね」と、他意は無く笑った新八の言葉が耳にこびりついているだけで。仲良くはなっていない。銀時と土方は、あくまで仕事上のやり取りをしているだけだ。土方が金を出して、銀時が買われている。何の感情も無い、とまでは言わないが、少なくとも新八や神楽が思う程のものはどこにもない。
銀時は金をもらっているからいいが、土方などは金を出して銀時の手を握っているのだ。しかも公費ではなく自腹で。これで、件の外交官様の護衛が失敗に終わったら、銀時がなますにされてもおかしくはない気がする。それまでの鬱憤を晴らすと言う意味でも。あー、と大きく息を吐いた銀時は、しかしどうしても土方に尻を差し出したくはないのだった。
銀時がぐるぐる考え込む間に、「悪ィ、待たせた」と、息を切らせた土方が返ってきて、銀時の肩に触れる。びくぅ、と銀時が弾かれたように体を揺らせば、むしろ土方の方が驚いて、「大丈夫か?」と銀時の顔を覗き込む。
「おっ、おう、ちょっとぼーっとしてただけで。お前は?もういいのか?」と、わけもなく焦りながら銀時が土方に向き直ると、「ああ、なんとか間に合った」と、土方は真四角の紙袋を掲げて見せた。「なんだよそれ」と、銀時が首を捻れば、「あとで教えてやる」と、土方は銀時を促して歩き出す。
コンビニで酒とつまみを買いこんで、そのまま歓楽街へ向かおうとした銀時に、「今日はそっちじゃねえ」と、首を振った土方が銀時を連れてやってきたのは、ターミナル近くのずいぶん立派なホテルだった。えっ、と思った銀時をよそに、土方は何でもない顔でロビーを進み、受付も通り越してエレベータに乗る。
えっ?と理解が追いつかない銀時を置き去りに、エレベータはどんどん高く上りつめ、辿りついた先はスイートルームだった。持っていた紙袋をテーブルに置き、銀時が下げていたコンビニ袋も受け取った土方に、「何固まってんだ?」と突かれてようやく、「いや、何じゃねーよ、俺が聞きてーよ、何だよこのホテル!!」と、銀時は叫ぶ。
普段のホテルはアレだ、宿泊コースで八千円から一万二千円くらいの、それなりにそれなりな場所なわけで、どう考えても(この前適当に決めた)銀時の処女より高そうな部屋に泊まるのはこれが初めてだった。えっ、何、もしかして今日がXデーだったの?料金決めたから、安かったから、そろそろ腹括れってそういうことなの?
銀時が一人で青くなったり赤くなったりしていると、土方はガリガリ頭を掻いて、「あー…お前、もしかしなくてもほんとに覚えてねえのな」と銀時から目を反らす。「何?何だよ?!何かやらかしましたか!俺が何を忘れてるっつうんだ!!」と、銀時が必死で土方の肩を掴めば、「落ち着け」と、土方は銀時の頬を軽く張った。痛くは無かった。
良いから一度座れ、と促されるままに腰をおろしたソファの沈み心地があまりにも絶妙なので、銀時は一瞬ときめいたが、今はそんなことを考えている場合ではない。いざとなったらガラスぶち破ってでも逃げよう、と脂汗を垂らしながら膝を揃えた銀時の前で、「少し早いんだが、まあいいよな」と、土方はさっきの紙袋から紙箱を取り出して、「誕生日おめでとう」と言った。
たっぷり三十秒ほど置いて、「…はっ?」と気の抜けた声を出した銀時に、「まだ十月九日の二十三時過ぎだがな、年を取るのは前日だっつう話もあるし、気にすんな」と土方は続ける。「いや、いやいやいや、待って?俺お前に誕生日なんて話しましたっけ?」と、信じられないものを見る目で銀時が土方を見上げれば、「この間ガキ共が教えてくれた」と、土方は答えた。
外堀を埋められてたのは俺だけじゃなかったァァァ!!と、頭を抱えかけた銀時は、しかし辛うじて踏みとどまると、「誕生日だから?俺が誕生日だから、こんな部屋なワケ?」と、一番大事なことを確認する。「世の常だろ」と、嫌味も無く言い切った土方が、我慢できなくなったようにさっき買った煙草の封を切るので、「んな金のかかる女、俺は嫌だけど」と、銀時は呟いた。
「俺にとっちゃ大した額でもねえよ」と、煙を吐いた土方が、「いいから、さっさと開けて見ろ。俺には良し悪しがわかんねえから」と箱を指すので、銀時はいろんな意味でほっとしながら、紙箱を開く。中身はバースデーケーキだった。ご丁寧に、『ぎんときくんお誕生日おめでとう』と書いたチョコプレートまでついていて、「お前これどんな顔で注文したの?」と、銀時はこらえきれずに吹き出す。
これ完全に親戚の子とか息子とか、そういう方向のプレートだろ、とわけも無く安心した銀時の前で、「うるせえ、気に入らねえなら返せ」と、土方もどこか安堵したように手を伸ばした。「いや、スッゲー嬉しい、他に何貰うより嬉しい」と慌ててケーキを抱え込んだ銀時が、「で、今食っていいの?」と尋ねれば、「好きなだけ食え」と、土方はプラスチックのフォークを差し出す。いちごと生クリームたっぷりのホールケーキは、至福の味がした。

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ケーキワンホールを瞬く間に完食した銀時が満足そうに腹を撫でれば、「お前スゲエな」と、呆れを越えて嘆息するように土方は言う。「俺にかかればこんなもんよ」と、無駄に良い声を作った銀時が、「つーかめちゃくちゃ美味かったんだけど、これどこのケーキ?」と、今後の参考のために尋ねると、土方は無言で箱の裏を指した。
かぶき町どころか、江戸でも有名な高級洋菓子店の名を見て取った銀時は、自身での購入を即座に諦め、「また今度気が向いたら奢ってください」と、恥も外聞も無く頭を下げる。「気が向いたらな」と、まんざらでもなさそうな顔で頷いた土方は、もう一度時計を確認すると、「十日だ」と呟いて、銀時の前に三百円を並べた。
今日はもう充分もらった、と銀時が言う前に、土方の唇が柔らかく銀時の口を塞ぎ、ついで土方の手が銀時の右手を握る。するり、と硬くて冷たい感触が薬指を滑り、土方の手が離れ、そして余韻を残さず唇も離れて行った。右手薬指に違和感だけを残して。
無言で見下ろした銀時の右手には、華奢な銀色のリングが嵌っている。「…ナニコレ」と、わかってはいるが認めたくない銀時が俯いたまま呟くと、「誕生日プレゼントだ」と、土方は事も無げに答えた。
「いやっ、プレゼントってこれ指輪だけの問題じゃねーだろ!!?俺でも知ってるよ、テメーの将来まで約束するようなアレだよ、左手じゃねーのが逆にリアルだよ、なんでサイズピッタリなんだよ!!」と、喚いた銀時に、「うるせーよ、定番だろが。あとサイズは俺に合わせた。ほんとに変わんねえのな」と、土方の返事はひどく面倒臭そうである。
「これこそどんな顔で買ったんだよ…」と、銀時が今度こそ両手で顔を覆えば、「テメーのいつかの勤め先で紹介してもらった店で買った」と、土方が言うので、「もしかしてかまっ娘倶楽部で?!」と、銀時は蒼白になった。「一番間違いがねえだろ」と、土方の声はいっそ清々しい程開き直っている。そうかもしれねーけど。
はー、と溜息を吐いて、「あのさあ、こういうのこそ人前でやらねえと意味がねーんじゃね?ホテルに部屋を取る前に、こういうホテルのレストランとかで、灯り落してケーキ運んでもらって、周りの拍手と一緒に俺に指輪はめるとか、そういうアレが一番効果的だろ?」と、もう十割死んだ目で銀時が言うと、「さすがに無理だ」と、土方の答えは簡潔だった。
「ああ、そう」と力なく頷いた銀時が、もうこいつの基準がわかんねえ、と膝を抱えかけたところで、「それに、レストランじゃ落ち着いてケーキワンホールは食えねえだろ」と、土方は言う。
えっ、と顔を上げた銀時と入れ替わるように、土方が目を伏せるので、「そこで照れんなよ!」と銀時が頬を赤くすれば、「照れてねえよ!!」と、目元を朱に染めながら土方は怒鳴り返した。照れてるよ、完全に照れてるよ、何この空気?お前のせいで俺までアレなんだけど、俺にどうしろっつーの?お前がリードしろよ、お前のスイートルームだろ!!と、銀時が言い募りたいことはたくさんあるのだが、うまく言葉にならない。
「さ…先にシャワー浴びていいですか…」と、銀時が辛うじて絞り出すと、「一時間くらい出て来なくていいからな」と、土方は顔を伏せたまま手を振った。よろりと立ち上がった銀時が、指輪をはめたままだと言うことに気付くのは、無駄に広い湯船に浸かってからだった。


( グッダグダです / 坂田銀時×土方十四郎 /130904) ←前の話    続き→