レンタルラヴァー:01

秋の匂いが漂い始める晩夏の昼下がりだった。午前中に一仕事終えて、少しばかりまともな昼食を取った後、新八は寺門通親衛隊の寄合に、神楽は定春を連れて遊びに行っている。銀時は銀時で、しばらくしたらパチンコかどこかへ出かけようと思っていた矢先、万事屋の引き戸がガタガタと音を立てた。
基本的に、いつ客が来てもいいように玄関の鍵は開いている。たまにいる飛び込みの客だろうか、と思いつつ、せめて声はかけろよな、と銀時が居間兼応接間から顔を出せば、そこには隊服をかっちり着こんだ土方が仏頂面をさらしていた。反射的に、「真昼間から公務員が空き巣かよ、世も末だな」と銀時が言えば、「盗む物もねえくせに見栄張るんじゃねえよ」と、土方は返して、「今日は客だ」と、銀時を押しのけて応接間に入る。
「オメーらから回ってくる仕事って毎回面倒だから嫌なんだけど」と、襟から手を入れて肩を掻いた銀時に、「心配すんな、今日は個人的な話だから」と、勝手知ったる他人の家とばかりに長椅子に腰かけて、土方は言った。それはそれで生理的に嫌だ、と眉を潜めた銀時だったが、それでも依頼人である事に変わりは無いので、ため息交じりに茶を淹れる。なぜこんなときに限って新八がいないのだろう。
とかく気の合わない土方の為に、なぜ、と釈然としない思いで土方の目の前に湯呑を叩きつけた銀時が、「それで、ご用件は」と居丈高に尋ねれば、土方はしばらく明後日の方向を眺めた挙句、ごく小声で言った。

「ハァ?恋人ごっこ?」

長椅子で腕を組む土方に向かって、大仰に顔をしかめた銀時は、「そういうのは同伴出勤可能な店にでも頼めよ。万事屋は風俗じゃありません〜」と、やる気無く手を振る。「俺だってテメーになんざ頼りたくねえがな、事情が事情なんだよ」と、苦虫を噛み潰したような顔で返した土方は、袂から取り出した煙草を咥えて火を付けた。
「ここではこどもも生活してるんですけどねェ」と、嫌味ったらしく来客用の灰皿を出した銀時に、「副流煙よりテメーの存在が有害だろ」と、にこりともせずに土方が言うので、「おい、自由業のメリットって知ってっか?客を選べるところにあんだぞ」と、こめかみを引き攣らせながら銀時は机を叩く。
ふー、と煙を吐き出した土方が、「…悪ィ、こんなことを言いに来たんじゃねえんだ」と、ごく珍しいことを言うので、肩透かしを食らった銀時は、「とりあえずもうちょっと説明しろ」と、土方の向かいに腰を下ろした。ろくでもないことだったら今晩おごらせる、と決意しながら。
お互いの一挙一動に横槍を入れつつ、なんとか聞きとった話を整理すると、とある星の外交官の護衛を頼まれたが、その星には男しかおらず、『異性愛』と言う文化がまるで理解されないこと、護衛にあたるものも同性愛者でなければ認めないと言われたこと、隊士の中にもちらほらいた同性愛者でなんとか警備の形は整ったが、少なくとも一人は隊長格以上の人間が必要なこと、残念ながら隊長格には同性愛者がいなかったこと、そのためあらゆる議論の末、土方に男の恋人を起てることになった、という経緯らしい。
「なんでお前なわけ?隊長って十人いんだろ、なんで二番目に偉いお前だよ」と、銀時が尋ねれば、「所帯持ちと彼女持ちを除いて、各業務の兼ね合いを考えると、俺か近藤さんか総悟しかいなかったんだよ。近藤さんに演技が出来るわけねーし、総悟にさせるくらいなら俺がやる」と、土方は答えた。
まああの斬り込み隊長に任せたら、最悪瓦礫の山が出来るだろうしな、とそこは納得した銀時が、「じゃあなんで俺だよ。それこそヒラ隊士の中から適当に見繕ったらいいだろ、そこまで人望ねえのかお前」と、鼻をほじりながら言うと、「屯所内恋愛は禁止事項だ」と、人を殺しそうな顔で土方は言う。「いや、演技だろ、演技。仕事なら仕方ねえだろ」と、銀時は手を振って見たのだが、「法度は法度だ。俺が破ったんじゃ示しがつかねえ」と、土方はひどく不機嫌そうに目を反らすばかりだ。がりがり頭を掻いて、「お前面倒くせーな」と、銀時が言えば、「うるせえ性分だ」と、土方の口は減らない。
「っつかお前、いつかおかまバーでバイトしてただろ、その経験を生かせ」と、土方が真顔でとんでもないことを言うので、「ぶん殴られてえのか?おかまとホモはまた違う話だろが!あと違うからね、俺は趣味じゃなくて金の為だけに身体を売ったんだからね」と、銀時は返したものの、「なら俺にも売れ、いくらだ」と、土方は銀時の前に通帳を叩きつける。拾い上げて確認すると、トッシー事件でほとんどなくなった筈の預金がずいぶん復活していて、銀時は思わず「この税金泥棒」と呟いた。「払ってから言え」と返した土方は、銀時の様子を伺っている。
うーん、と通帳を握りしめたまま、ダルそうな目をさらに細めた銀時が、「っつうか恋人って、何をどうすんの?どこまでの話?四六時中ずっと?」と尋ねれば、「三ケ月後に来る矢追星の高官に、お前と俺がちゃんと恋人だとわかりゃそれでいい。周りの根回しのために、ときどき宿泊と同伴出勤とデートの事実を作ってくれりゃそれで」と、土方はさらっと言ってのけた。
「三ケ月?!えっ、その高官とやらのお披露目についてきゃそれで済む話じゃねえの?」と叫んだ銀時に、「それで済むなら苦労はしねえんだよ、なんつーか、その、アレだ、できあがってるかそうじゃねーかが相手には判るらしくてな。だから…」と、どんどん尻つぼみになる土方の声に、「ハァァ?!ちょっと待って、お前それとんでもねー話じゃん、俺に処女まで献上しろってか!」と、銀時は通帳を放って立ち上がる。
「声がデケェ!!あとそこまで言ってねえ、そこはなんとか誤魔化すからなんとか自然に付き合ってる感じを出せって頼んでんだよ!!」と、土方がつられて立ち上がるので、「お前の声も充分デケーよ」と返した銀時は、毛が抜けるほど頭を掻いた。嫌だ。正直すごく嫌だ。一日二日の話ならともかく、三ケ月だ。どう考えてもかぶき町中に話は広まるだろうし、土方の話から察するに、極力人にばれてはいけないのだろう。
そこまで考えて、「おい、まさかガキ共の前でも恋人のふりなのか」と、銀時が尋ねれば、「これは万事屋に依頼する話だ。お前らの間で守秘義務が徹底してんなら何も問題はねえよ。むしろ、メガネが成人してたらメガネでもよかったんだがな」と、土方は答えた。「お前ああいうのが好みなの」と、銀時が盛大に引くと、「ふざけんな、テメーよりマシだっつうだけの話だ!!」と、土方は声を荒げる。「いやー、ないわー、あの地味メガネにねえ…特別警察のツートップがあの姉弟にご執心とはねえ、こりゃいいネタになるわ」と、銀時が言い募れば、土方は無言で刀を抜きかけた。やるかこの野郎、と銀時も木刀に手を掛けたが、土方は軽く震えながら刀をかちんと納めて、「くだらねえ言い合いをしに来たんじゃねえんだよ。受けるのか、受けねえのか、どっちだ」と、銀時を睨みつける。
相変わらず目つきの悪い土方に、ハァ、とため息を吐いた銀時が、「…時給二千五百円な」と提示すれば、土方はカッと目を見開いた。「時給二千五百円で、深夜・早朝料金が時給プラス千円、特急料金は一回五千円な。緊急時はタクシー代も請求するから。キャンセル料は一日前まで五十%、当日は百%払えよ。あと神楽の米代と、酢昆布代と、新八の破亜限堕津と、俺のパフェ代と、成功報酬も色付けてよこせ」と、続けた銀時に、「意外と安いな」と拍子抜けしたように土方が言うので、「お望みなら法外な値段で請求してやろうか?浮気調査の相場だと一時間三万からだぞ」と、銀時は唇の端を引き攣らせる。
「それでも構わねえが」と、返した土方に、「うちの米代を知ってもそう言えるんならそうしてくれ」と銀時は言って、飾りの様な机の引き出しからほとんど使ったことのない契約書を取りだした。契約内容をガリガリ書き込みながら、「金は週ごとに振り込みな、後払いでいいから」と、銀時が言えば、「つど精算したほうがいいんじゃねえのか」と、土方は万事屋の経済状況を心配してくれているらしい。
「あのなあ、恋人なんだろ。毎回恋人から金を受け取るって明らかに異常だろうが」と、半眼になった銀時に、「意外とちゃんとしてんだな」と、感心したように土方が言うので、「お前ほんっと、馬鹿にしてんなら帰ってくれる?仕事は仕事なんだよ、たとえお前相手でも」と、銀時はイライラしながら顔を上げた。と、随分近い場所に土方がいるので、「うおっ」とのけぞった銀時の手から契約書を取った土方は、隅に『ホテル代と飲食代は経費』と書き加える。
それから、「これはどこまで含まれるんだ?口吸いは料金内か」と、土方が尋ねるので、「お前、俺とキスなんかしたいの?」と、銀時が嫌そうな顔をすれば、「好き嫌いの問題じゃねえんだよ、料金を聞いてんだ」と、土方は言った。「えー?ええっと…じゃあ一回三百円で…?」と、銀時が危ぶみながら答えると、土方はそれも書き加えて、依頼人の欄にさらさらとサインを残す。
「口座は控えたが、まずは当座の資金として三万渡しとく。これは報酬とは無関係だ、俺の礼だな。米代はいくらかわかんねえから、あとで米自体を届けさせる。足りなくなったら言え。成功報酬についてはおいおいな。俺の次の非番は三日後だから、明後日の晩に予約を入れとく。深夜料金は十時からだな?八時から四時間開けとけ」
水が流れるように言った土方へ、「…夜…って何すんの?」と、銀時がおそるおそる尋ねれば、「普通に飲むだけだ、いつもやってんだろ。裏通りの、あのおでん屋だ。もしも俺が来なかったら俺にツケとけ」と、土方は答えた。さらに、「あとは…俺もできる限りつっかかんねえようにするから、お前もちったあ恋人らしくしろや」と、土方が若干目を伏せながら告げるので、「なんかもうお前のそういう台詞を聞くだけでわりと気持ち悪いんだけど、努力はするよ」と銀時が頷けば、「今まさにできてねーだろが!!」と、土方の手の中でペンがみしっと音を立てる。
まあそれは冗談として、と破損しかけたペンを土方の手から抜いた銀時が、少し考えて「じゃ、これからうちの金ヅルよろしくな、十四郎」と土方の手を握ると、「こちらこそ、せいぜい端金の為に尻尾振ってくれや、銀時」と、土方もにこやかに銀時の手を握り返した。「…鳥肌スゲーぞお前」と、銀時が土方の隊服からのぞく首筋を指せば、「テメーの方こそ顔色悪いぞ」と、土方は言う。そう言う土方の顔も、白を通り越して青に近い。
嫌な感じに汗ばんできた手を離して、上着がわりの着流しにごしごしなすり付けた銀時は、「こんなんでほんとに大丈夫なのか?」とわりと本気で心配だったのだが、「大丈夫じゃなくてもやるしかねえんだよ」と、相変わらず瞳孔の開いた目で土方は言った。すっかり冷めた湯呑の中身を飲み干して、「それじゃあな、ガキどもにはうまく説明しろ」と片手を上げた土方を、なんとなく玄関先まで見送った銀時は、ぴしゃんと閉じた玄関扉をしばらく眺めていたものの、やがて握ったままだった三万円に目を落として、「…パチンコ行くか」と呟く。その日は、少しだけ勝った。

土方の宣言通り、夜になる前に三俵もの米が届き、銀時だけでなく新八の度胆を抜いた。「一食一升で一日三升、十日で三斗、一俵が四斗だから…一月以上保ちますよ銀さん!どうしたんですか?!」と、感極まって銀時の手を握った新八に、「あー、真撰組からの依頼料。これから三カ月くらい、米と神楽の酢昆布とお前の破亜限堕津と俺のパフェには困んねえから安心しろ」と、銀時が昼の三万を手渡せば、「神楽ちゃんを拾って買い物に行ってきます!」と、新八は駆け出す。
普段貧しい生活をさせてるからな、と少しばかり忍びない気持ちになった銀時は、勝ち越した二万円を電灯にかざして、「こういうのも身売りって言うのかねえ」と小さく呟いた。銀時の考えるそれは、もう少し色気のあるものなのだが、土方と銀時ではどうしたってそうなりようが無いだろう。手を握るだけで脂汗をかくほど嫌な相手なのだ。先ほど新八に掴まれた時は、それこそなんとも思わなかったというのに。
まあせいぜい三ケ月間たからせてもらうか、と契約書をしまい込んだ引き出しを軽く撫でた銀時は、新八と神楽の帰りを待ちながら、炊飯器だけ仕掛けておいた。夕飯は、少しいい肉の冷しゃぶだった。

❤ ❤ ❤

土方の来訪から二日後の夜、「銀さんちょっと飲んでくるから、テメーはさっさと歯ァ磨いてクソして寝ろよ」と銀時が言うと、「オウ、土産買ってこいヨ〜」と、定春に凭れてTVを見ながら神楽は手を振った。ガタガタ引き戸を閉めた銀時は、ガラスを覗きながらなんとなく襟と髪を正してみたものの、空しくなって手を離す。いや、別にこれは意識してるとかじゃねーから。四時間て数字が微妙に生々しいだけだから、と言い訳しながら、それこそ八時ちょうどに赤ちょうちんのおでん屋台にたどり着けば、「こっちだ、万事屋」と、暖簾の下から着流し姿の土方が顔を出した。
「…ほんとにいんのな」と、土方が開けた床几に、いつもよりほんの少しだけ距離を詰めて銀時が腰を下ろすと、「約束しただろうが」と土方は返して、「好きなもん頼め」と、銀時の前に割り箸とおしぼりを並べる。じゃあ遠慮なく、と「オヤジ、大根と卵とこんにゃくとつみれ。あと冷」と、銀時は声をかけた。ほどなく渡されたコップ酒をそのまま煽ろうとすれば、「おい」と土方が飲みかけのコップを差し出すので、「…乾杯?」と、銀時が疑問形で縁を合わせると、「乾杯」と土方も言って、酒を含む。
ああうん、普通のことだよな、長谷川さんと呑みに来たら俺もやるわ。今まで土方とそんなふうに飲んだことが無かっただけで、土方だって近藤や沖田と呑む時は、そうなのだろう。なるほど、と何がなるほどなのかわからないが頷いた銀時は、ちびちび酒を飲みつつ大根に箸を入れた。隣では、土方がマヨネーズに塗れた何かを口にしている。むしろマヨネーズを食っている。最初は気味が悪かったが、そういう病気だと思えば腹も立ちはしない。土方はきっと、マヨネーズと煙草が無ければ死ぬのだろう。
しばらくしてから、「何緊張してんだ」と、土方が銀時を突くので、「ハァ?してねえよ」と、内心動揺しながら銀時が顔を上げれば、土方の目元が少しばかり笑っているようなので、「お前こそ何黙ってんだよ、何か喋れ」と、銀時は土方の脇腹を突き返した。一触即発で殴り合いに発展する今までとは比べるまでもない力だったが、「痛ェよ、バカ」と言った土方が今度こそはっきり苦笑するので、「お前順応力高ェな」と、銀時は純粋に感心して呟く。
カウンターに向き直りつつ、「そりゃまあ、初デートだからな」と、土方がしれっとした顔で言ってのけるので、「あー…そういうことになんのか」と、銀時もカウンターに肘をついた。コップ酒におでん。土方の皿にはマヨネーズ。屋台のオヤジは寡黙で、他に客もいない。「…せっかくの初デートなのに、見せびらかさなくていいのかよ」と、つみれを齧った銀時に、「俺とお前で、他にどこに行くんだよ」と、わずかばかり土方の声のトーンが落ちるので、「んなもん、いつかのコースでいいじゃねーか。今度はちゃんと待ち合わせて、飯食って映画見て甘味食ってサウナ行きゃあ、半日稼げんだろ。あとは少し飲んで、そのままホテルで充分デートだ」と、銀時は答えた。
「ああ、あれな…」と、若干遠い目をした土方に、「つかホテルはどう計算すんの、入るとこまで?入って出るまで?」と、銀時が疑問をぶつければ、「拘束するわけだから、出るまで計算していい」と、土方は返す。「じゃあ、やっぱご休憩よりご宿泊の方が得だな」と、銀時が呟くと、「つうか、男二人で入れるホテルなんてあんのか」と、土方は首を捻った。「少なくともかぶき町ではどこも断んねえよ。オカマとホストが同伴出勤できる町だ」と、銀時があまり思い出したくないアゴ美の件を記憶から追い出す間に、何事か考え込んでいた土方が、「お前ホストと付き合ってたのか?」とろくでもないことを言うので、銀時は飲み込みかけていたこんにゃくをごふっと吹きだした。
「オイ、大丈夫か」と、銀時を覗き込む土方の顎を掴んで、「おいテメー大概にしろよ、誰がオカマだ、誰が俺のことっつった」と、銀時が押し殺した声で凄めば、「お前が紛らわしい言い方するからだろうが」と、土方も銀時の胸倉を掴みかけて、手を止める。「…悪かった。撤回するから離せ」と、奥歯に物が挟まったような声で言う土方の顔を二、三発は殴りたかったが、初デートで喧嘩別れしてしまってはこの先の報酬も、成功報酬も望めない。
「ほんと、冗談でも止めろよ。男はテメーが初めてだし、むしろちゃんと付き合うのもテメーが最初だよ」
演技だけどな!と心の中で付け加えた銀時が、コップ酒を飲み干してカウンターに叩きつければ、「お前もやればできるじゃねえか、リップサービス」と、土方にはどうも半分ほどしか伝わっていないようだった。「何もしなくても女が寄ってくる公務員とは土台から違ェんだよ」と、恨みがましい目をした銀時に、「オヤジ、冷もう一つ。俺もコイツも」と、土方は酒を追加して、「何も知らねえ女なんかと危なくて付き合えるか。いいとこ風俗だ」と、土方はここにきてようやくマヨボロの箱を取り出す。
ちらりと銀時を伺って、「いいか?」と言った土方が、一瞬何の許可を求めているのかわからなくて、「良いも悪いも、禁煙じゃねーし」と、銀時が半笑いになれば、「それでも一応確認するもんだろ、初デートなんだから」と、土方も軽く唇を持ち上げて見せた。一拍置いてぶはっと吹き出した銀時を追いかけるように、土方も笑いだす。「おまっ、お前、笑わせんなよムードもへったくれもねーだろ!」と土方の背中を叩いた銀時に、「テメーこそ、そこは顔の一つも赤らめろよ、俺今わりとキメ顔だったぞ!」と、土方は言った。
そこからさらに三件飲み屋をはしごし、四時間を二時間オーバーしてべろんべろんになった銀時が、それでも土方を屯所まで送って行くと、土方は銀時に「タクシー代」と万札を握らせる。「おーう、サンキュ」と、札を握りしめた銀時が、そこで踵を返そうとすれば、「あとこれな」と、土方は銀時のもう片方の手に百円硬貨を三枚落とした。両手を塞がれた銀時が、ん?と首を傾げたところで、土方は銀時の背を柔らかく引き寄せて、ちゅ、とリップ音を響かせる。一瞬で離れて行った土方は、銀時の胸を軽く叩くと、「まっすぐ帰れよ」と告げて屯所の門を潜って行った。
一万三百円を握りしめたまま、しばらくぼーっとしていた銀時だったが、いつまでもそうしているわけにはいかないので、素直に大通りでタクシーを拾い、万事屋に帰りつく。釣銭を握り締めたまま、万年床に転がった銀時の、三百円のキスへの感想は、今夜はどっちも吐いてなくて良かったな、だった。神楽への土産は忘れていた。


( グッダグダです / 坂田銀時×土方十四郎 /130828)   続き→