永遠には長すぎる今日のこと:04

翌日、随分日が高くなってから目を覚ました銀八は、いつの間にか畳の上まで転がっていた土方をごろりと布団に戻して、汗だくの寝間着を脱いだ。がりがり頭を掻きつつ、シャワーを浴びて戻れば、土方はタオルケットを抱きしめて寝続けている。汗で額に貼り付いた土方の髪をそっとかきあげた銀八は、朝食と言うよりは昼食に近い食事を作ることにした。といっても、土方がさげてきたそうめんを茹でるだけだったが。
桐箱入りのそうめんを六束取り出した銀八は、たっぷりの湯を沸かす間に、紫蘇とみょうがと海苔と刻み、土方の分の麺つゆにたっぷりのマヨネーズを絞り込む。この量は勘弁して欲しいが、麺つゆにマヨネーズは意外と悪くない、と言うのが銀八の感想だった。あっという間に茹であがったそうめんを流水で冷やしつつ、「おい、起きろ、飯だぞ」と銀八が土方を揺り起せば、目を開けた土方は「暑い」と率直な感想を漏らす。「クーラー付けてやるから、そう言うなよ」と、銀時が首にかけていたタオルを落とすと、土方は素直にタオルで汗を拭きながら起き上った。
脇に寄せていたちゃぶ台風の家具調こたつの上から、携帯やらうちわやらリモコンやら新品のローションやらコンドームの空き箱などを適当にはらいのけて、ずずっと部屋の真ん中に移動させた銀八の後ろで、土方は布団を畳もうとして、結局そのままベランダに干している。湿っぽかったしな、と頷く銀八に、「シーツもう乾いてるぞ」と土方が言うので、「食ったら畳もう」と銀八は答えた。土方がくれたそうめんは、さすがに銀八がいつも食べている一袋五十八円のそうめんとは違う味がする。
「夏はやっぱりそうめんだよなァ」と、水っぽくなった麺つゆを飲み干した銀八がしみじみ言うと、「そうめんばっかりでも飽きるけどな」と、デザート代わりのマヨネーズを食べながら土方は返した。「極端なこと言うんじゃねーよ。あと、俺は週に八回くらいはそうめんでもイイ」と、正直情けないことを言った銀八が、「晴れて良かったな」と窓の外を振り仰げば、「ほんとにそう思ってるか?」と、ごく低い声で土方は言う。振り返った銀八は、土方があまりにも情けない顔をしているので、軽く吹き出してから、「当たり前だろ。言っとくけどな、俺は今夜手ェ繋ぐぞ。手汗が嫌でも離してやんねえから、覚悟しろよ」と、土方の頭を撫でた。「望むところだ」と、土方が笑い返すので、銀八はほっとして、「シーツ畳むの手伝ってくれよ」と、ベランダに出ながら言った。

「にしても、恋人の父親の浴衣を着るって、なんだか照れるな」と、銀八が手渡された紺色の浴衣を広げると、「いや、それは俺の。親父のはこっち」と、銀ねずに黒と白で細く縞の入った浴衣をはおりながら土方は答える。夕暮れにはまだ早い空は、それでも少し陰って、土方の顔に影を作った。
「なんで自分の着ねえの」と、銀八が純粋な疑問を口にすれば、土方が真顔で「なんでお前に他の男の服を着せなきゃなんねえんだよ」と言うので、「お前さあ、それ言ってて恥ずかしくねえ?」と、銀八は浴衣に顔を埋める。仕立ての良い浴衣からは何の匂いもしなかった。さっさと浴衣を着てしまった土方が、「いいから早く着ろよ。帯結んでやるから」と、銀八の前に立つので、「いや、俺一人で着られるし」と銀八は首を振って見せたが、「俺が結びたいんだよ」と、土方は不遜である。そう言うことなら、とおとなしく黒い帯を結んでもらった銀八が、「どうよ」と土方の前でくるりと回って見せれば、「髪が白いから、似合うな」と、珍しく普通に褒められて、「ああ、そう」と銀八は小さく頷いた。土方は土方で、細身に縞が良く映えている。紺も似合うだろうが、たまにはこんな色も悪くなかった。
はっきり口にしない代わりに、「お前さあ、来年は俺の浴衣着ろよ」と、銀八は土方の頬を撫でる。「お前の?」と、怪訝な顔をする土方に、「家から送ってもらう。白地の袖と裾廻しに流水を染め抜いた奴があるから、それ着て。じゃないと、俺お前のお父さんに嫉妬しそう」と、銀八は言った。ぱっと頬を染めた土方が、「馬鹿じゃねーの、先生」と銀八から距離を取ろうとするので、「お前だって同じこと言っただろーが!」と、銀八は浴衣の土方をぎゅっと抱きしめる。「浴衣って無防備だよな」と呟いた銀八に、「クリーニング代も持ってきました」と土方は答えた。「上等」と笑った銀八は、土方を離して、「花火見たらな」と告げる。

浴衣だから、と眼鏡をコンタクトに替え、これまた土方が出してくれた下駄を履いた銀八は、土方と連れだって駅に向かった。さすがに、浴衣でスクーターは無粋だろう。花火が上がる川岸までは、電車を乗り継いで二十五分だった。夕闇に染まり始めた会場には夜店が立ち並び、祭りを賑わわせている。人ごみに加わった銀八が、宣言通り土方の手を握れば、「早く飲んで酔って、俺が手を引いてもおかしくない状況を作ってくれ」と、土方は言った。「お前も飲む?」と、缶ビールを買いつつ銀八が尋ねると、「捕まるのはお前だぞ」と、土方はつれない。
まあそうだけど、と、土方にはラムネを渡し、牛串と焼きそばとタコ焼きと綿菓子と鈴カステラを買ったところで、「片手でそんなに持てるか!!」と、土方から抗議の声が上がったので、植え込みに座ってひとまず食べることに専念した。マヨネーズ増量の牛串と焼きそばとたこ焼きのほとんどは土方の腹に収まり、銀八は綿菓子と鈴カステラをつまみにビールを飲む。土方は気持ちが悪そうな顔をしていたが、土方にだってマヨネーズがあるのでおあいこだった。
缶ビール二本で、ほろ酔いの少し先まで行った銀八の手を、土方は満足そうに掴む。柔らかく握り返せば、土方は銀八にぶどう飴を買ってくれた。「自分の好きなもん買えよ」と、ぶどう飴口にしながら銀八が言うと、「全部お前が買ってくれただろ」と、土方はごく軽く言う。高校生に割り勘を仕向けるほど困窮していない銀時は、「ありがとう、うまいよ」と、それでも土方の好意を柔らかく受け止めた。
「もうすぐだな」と、携帯を確認した土方が、「橋に上がろうぜ」と、銀八の手を引いて人ごみを掻き分けるので、「もしかして、お前普通に花火も楽しみだったりする?」と銀八が尋ねれば、「じゃなきゃ浴衣まで持って来ねえよ」と、今夜の土方は素直である。「お前は」と、問い返した土方に、「お前と外で手を繋げるのが最高に楽しい」と、銀八が返すと、「花火を楽しみにしろよ」と、土方は言った。
橋の上は、以外と空いていた。もちろん両側の手摺りはいっぱいだったが、夜店の最中よりよほど深く息が吐ける。やたら多いカップルを横目に、「羨ましいか?」と土方が言うので、「お前がいるのに?」と銀八が返せば、「昨日の台詞を良く思い出せよ」と、土方は笑った。橋の真ん中に差し掛かった頃、川の向こうから光の道が空へ伸びて、暗闇に花が咲く。一拍遅れて、腹の底に響くような破裂音がした。足を止めた土方の隣で、銀八も空を仰ぐ。
青の、赤の、緑の、金の、銀の、紫の、大きな、小さな、丸い、平たい、星形の、無数の、滝状の、綻ぶように、蕾むように、しだれるように、咲き誇るように、幾つもの光が浮かんでは消え、消えてはまた開いた。風向きの関係で、煙が川下へ流されていくのが見える。ちらりと土方の様子を伺えば、薄く口を開いた土方の目にも花火が映って、銀八はまた、つられるように土方へと唇を重ねた。瞬間、ひときわ大きな花火が上がり、それでお終いだった。

花火の余韻でしん、と静まり返った橋の上を、土方に手を引かれて、銀八は走る。「土方くん、俺ちょっと鼻緒が痛いんだけど」と、のんびりした口調で銀八が言えば、「うるせえ、お前は今自分がどこで何をしたか自覚しろ!!」と、土方は怒鳴った。「別に誰も見てねえって、花火に夢中だったし、周りもカップルだらけだったし」と、銀八が気安く手を振ると、不意に土方は立ち止まって、銀八の手を振り解く。
「そんなに嫌だったか?」と、銀八が俯いた土方の髪に手を伸ばせば、「そういう問題じゃねえ」と、押し殺した声で土方は言った。え、と土方の腕を掴んで引き寄せた銀八は、「何、照れてんの」と、土方の前髪を掻き上げる。「だから違うっつの!!お前ほんっと、何も考えてないんだな!!ほんとに淫行で捕まっても知らねえぞ」と、銀八の胸を押す土方のてのひらがやけに熱いので、「考えてるよ。今はお前のことばっかり考えてる」と、銀八はもう一度土方に顔を近づけた。
が、「酔ってんのはよくわかったから、さっさと帰んぞ」と、寸前で土方のてのひらが銀八を止めるので、むう、と眉を顰めた銀八はべろりとてのひらを舐める。うひっ、と妙な声を上げて、「ほんっとろくなことしねえなお前は!」と、銀八の顔を押し退けた土方は、「こんなとこでどうにもなんねえんだから、これ以上煽んな」と赤い頬で告げて、銀八の手を握り直した。うわあ、と思った銀八が、「もしかして勃った?」と首を傾げれば、今度こそ土方は銀八の脇腹を殴って、「誰のせいだ」と言いつつ歩き出す。
いってぇ、と脇腹を擦りながら、「なあ、土方」と銀八が前を行く背中に声を掛けると、「なんだよ」と、それでも土方がちゃんと答えを返すので、「来年だったら、キスしても怒らねえんだよな?」と、銀八は尋ねた。間を置かずに、「お前が来年も俺と二人で花火を見に来るならな」と答えた土方に、すっかり嬉しくなった銀八は、「やっぱ結婚しようぜ」と土方の隣に並ぶ。「七十年後も一緒に花火を見に行くって約束できるなら考えてやる」と、土方がずいぶん男前なことを言うので、「なら、長生きしねえとなあ」と、銀八はへらりと笑った。その頃にはきっと、九つの年の差もどうでも良くなっているだろう。
「土方の白髪ってちょっと楽しみかも」と、銀八が土方の髪を引けば、「俺はお前の禿げ頭を楽しみにしててやるよ」と、土方は笑った。禿は決定なのか、と銀八は少し悲しかったが、土方が楽しそうなので腹は立たなかった。家まで、電車で二十五分だった。


( 完結 / 3Z / 土方十四郎×坂田銀八 / R-18 / 130826)  ←前の話