※メフィストと藤本の過去捏造話
※(ぬるい)性描写を含みますのでご注意ください

誰 も い な い 、 遠 い 過 去 に / 後 篇


「それではお互いいろいろなことを水に流すとして、聖騎士にはならなくて良かったのですか」と、藤本の前に腰を下ろしたメフィストが、正十字騎士団日本支部支部長の顔で問いかければ、藤本はこどもの様にメフィストから目をそらして、「だってあのじいさんあと50年は死にそうにねーんですもん」と唇を尖らせた。当代聖騎士は確かに人間としては結構な高齢だったが、「はい、成人男性がそういう口の利き方をしない」とメフィストが窘めると、「はいはい、分かってますってファウス、………メフィストフェレス…先生」とひどく言い辛そうに藤本は返す。「『はい』は一回。先生も要りません」と楽しくなってきたメフィストがさらに言い募れば、「意地悪くなってませんか」と藤本はじっとりした視線でメフィストを眺めた。「いえ、私はいつだって藤本神父のことを考えて行動していますとも」と言いながら、メフィストが優雅な仕草でティーカップを傾けると、「俺にもお代わりください」と藤本は空になった自分のティーカップを突きだした。いつまででも熱いままでいる紅茶をカップに注ぎながら、「クッキーもどうぞ?」とメフィストが笑いかけると、「先生俺のことすげー子供だと思ってますよね」といつかと同じようなことを藤本は言う。あの頃は、藤本が本当に子供だったのでそう返したのだが、今になってみれば確かに少しばかりやりすぎた気がしなくもない。ふむ、と首を捻ったメフィストは、しかし藤本の目元が笑っているので、とりあえず手を伸ばして藤本の頭を撫でる。えー、と不満そうな顔をした藤本に、「とは言われましても、私にとって人間は普くこどもの様なものですしねえ」とメフィストが『不死に近い悪魔であること』を強調すれば、藤本は軽く息を飲んだ。それだけではつまらないので、藤本の首筋に手を滑らせながら、「特にあなたのように熱心な神父や修道女は」とメフィストが含みを込めて囁いてやると、藤本はメフィストの手を払いながら「どういう意味だよ!」と叫ぶように言う。その頬が僅かに赤いので、「口に出して宜しいんですか?」とメフィストが首を捻れば、「いえいいですやめてください」と、払ったメフィストの手を握る藤本の腰は低い。「馬鹿にしているわけではありません、むしろ神父として褒めているんですよ」と藤本の手を握り返しながらメフィストが言うと、「俺だって…したことないわけじゃないですし」と藤本は躊躇いがちに目をそらした。にっこり笑ったメフィストが、「ええ知っています、高校2年生の時でしたね」と告げれば、「エエッ?!悪魔ってそういうのもわかるんですか?!!」と藤本は可哀そうなほど動転して声を上げている。「いえ、悪魔だからではなく、私だからです」と、藤本には何の救いにもならない言葉をメフィストは吐いて、「正式に神父になる前に、本職の方にお願いしたんですよね?それでまあこんなもんか、で終わらせて上一級祓魔師になったんですよねえ」と朗らかに続けた。急速に赤くなっていく顔を隠すように、メフィストの手を掴んだまま膝に突っ伏した藤本は、うあああ〜〜〜〜、と呻いて「先生にこそ知られたくなかった…」と聞き取り辛い声で呟く。「私は別に童貞が趣味と言うわけでもありませんが」と真面目な顔でメフィストが言うと、「そういうことを言ってるんじゃないです」となぜか藤本は即答した。「処女に興味がないというわけでもないですよ?」と、少し考えたメフィストの言葉はフォローのつもりだったのだが、「ちょっ、もう黙っててください、何の話なんですか?!」と喚く藤本がそれなりにいっぱいいっぱいだったので、はい、と頷いてすっかり冷めてしまったミルクティーの残りを飲み干した。

藤本が手を離さないので、メフィストが手持無沙汰に藤本の爪などを眺めてそろそろ切るべきだな、と考えていると、藤本はぽつりと「先生は俺とそういうことしたいですか」と言う。「ええ、他の誰かとよりは」と隠すようなことでもないのでメフィストが素直に返せば、「…だって先生男だし…」と藤本はますます平たくなっていく。少し考えて、「女にもなろうと思えばなれますが」とメフィストが提案すると、「えっ、」と藤本が本当に驚いた顔をするので、「腐っても悪魔ですから」とメフィストは大きく頷いて見せた。「なりましょうか」とメフィストが重ねても、「え、ええ〜、えー」と藤本は煮え切らない。「まあ、君は今の私が好きなわけですしねえ」と特に驚くこともなくメフィストが握った藤本の手を揺すると、「べっ、…つに、そういう好きってわけでもないですし、思春期にありがちな勘違いと言うかなんかそういう」と藤本はどうでもいい言い訳を連ねていく。面倒になったメフィストが、「そうですね、そもそも神父は貞節を守ることが重要ですしね」と笑って手を離そうとすると、「……やっぱりそういうのって、祓魔に関係あるんでしょうか」と割と真剣な顔で藤本は言った。メフィストはまた少し考えて、「悪魔にとって、祓魔師が純潔かどうかはそれほど意味を成しません」と本当のことを告げる。「そうなんですか?」と藤本が目を丸くするので、メフィストは軽く頷いてから、「乙女の血液は低濃度の聖水代わりになりますが、それも中級以上の悪魔にしてみれば…そうですね、珍味と言ったところでしょうか」と言った。「珍味って」と藤本は眉を顰めたが、「本当ですよ、喜ばれてしまうだけです」とメフィストは人を食ったような顔で唇を歪める。「あの、先生は人を」と言いかけた藤本が途中で止めた言葉を引き継いで、「食べたこともあります。今となってみればそれほど美味しいものでもありませんでしたが」とごく普通の声でメフィストは答えた。藤本が唇を引き結んでメフィストの顔を見つめているので、メフィストは精々良い笑顔で笑って、「そろそろ恐ろしくなりましたか」と尋ねる。「いいえ」と、藤本がきっぱり否定するので、「それは良かった」とメフィストは笑みを浮かべたまま告げて、「それではもう夜も遅いですから、そろそろ帰った方が良い」と、理事長室の入り口を指した。いつの間にか、新月も空の頂点を過ぎていた。

けれども、藤本は立ち上がることもメフィストの手を離すこともせずに、ただじっとメフィストを仰ぎ見ている。「藤本神父」と、半分途方に暮れてメフィストが声をかけると、「先生」と藤本は言った。「はい」とメフィストが返事をすれば、「俺が守ろうとしている物はそんなに、…意味のないことでしょうか」と藤本が尋ねるので、メフィストもしばらく藤本の顔を眺めてから、「参考にはならないかもしれませんが、虚無界では信じることが即ち力になります。人間が信じることで長らえる悪魔もいますし、日本には"病は気から"などと言う諺もありますね。あなたが心から信じている以上、意味のないことなどありません」と断言する。「そう、ですね」と呟いた藤本が俯いてしまうので、メフィストは藤本の手を握り締めて、ことさら軽い声で「女と寝るように男と寝てはならない"」と朗じた。「レビ記18章22節」と反射的に藤本が答えるので、「あるいは"彼のしたことは主の意に反することであったので、彼もまた殺された"」とメフィストは続ける。「創世記38章10節」とこれもまた淀みなく藤本は返して、そこでようやく顔を上げると「先生、聖句を口にして大丈夫ですか」とメフィストの口元を覗き込んだ。「この程度であれば問題ありません」とメフィストは首を振って、「藤本君は聖書に書かれたことを信じているのですねえ」と薄く笑う。「少なくとも、悪魔の致死節はほぼ全て聖書に書かれていますから」と、藤本がひどく現実的なことを言うので、メフィストはますます笑みを深くして、「しかし聖書に悪魔と交わってはならない、と言う文章はありません」と厳かに告げた。それはそもそも悪魔との交流自体が禁じられているからなのだが、藤本にはそれなりに良い方向へと作用したようである。何か思うところがあったらしい藤本に向けて、「さらに言えば私は悪魔ですから聖書に縛られませんし、それを差し引いても聖書には"男と寝るように男と寝てはならない"とは書かれていませんから、私が君に挿入する事は許されるのではないでしょうか」とメフィストは笑いながら、しかし至極真面目に論じた。こうした類の問答は200年どころか、500年前にメフィストが今の肉体を手に入れてからずっと続けているので、メフィストにとっては十八番の様なものだった。しばらく悩んだ後で、「…先生俺に突っ込めますか」と藤本が即物的なことを口にするので、「君が許すのなら」とメフィストは簡潔に答える。正直なところ、メフィストは藤本との性交渉にそこまで情熱を持って取り組めるかと言えばそうでもないし、そんなものがなくても藤本がいれば十分なのだが、人間には悪魔と一緒にいるための理由が必要であるということを知っていた。メフィストの、ほとんど何の役にも立たない精液が藤本を繋ぎとめる契約の箱になるならば、メフィストに藤本と寝ることを厭う意味はないのである。何よりも、藤本がそれを望んでいた。メフィストはそれをもうずっと前から知っていた。

メフィストが軽く手を引くと、藤本はおとなしく立ちあがって、徒歩10歩のベッドに黙って座り込んだ。借りてきた猫の様になってしまった藤本がおかしくて、メフィストは軽く屈みこむと、藤本の額に唇を落とす。「眼鏡は取っていいですか?したまま?」とメフィストが問いかければ、藤本は自分で眼鏡を掴んで、サイドテーブルの引き出しに落とし込んだ。「明りは消した方が良いですか」と、藤本のカソックのボタンを外しながらメフィストが言うと、「消してください」とおそらくほとんど何も見えない目をさらに反らして藤本が答えるので、メフィストは指を鳴らして部屋中の明かりを落とす。新月の細い光が窓枠から差し込んでいたが、薄い覆いを下ろしたベッドにまで届くことはなかった。シャツ一枚になった藤本の胸に手を当てると、いつもより少し早い鼓動が聞こえて、「そんなに緊張しなくても良いのでは」とごく普通にメフィストは告げる。「いえ、無理です」と藤本が即答するので、メフィストは藤本を笑い飛ばそうとしたのだが、藤本の手がきつく握りしめられているので笑うのはやめて藤本の両手を柔らかく握った。「取って食おうと言うわけではないんですから」となるべく優しく響くようにメフィストは告げるのだが、「だって俺先生が好きなんです」と藤本が今さらなことを口にしたので、「ええ、私も君が好きですよ」と宥めるようにメフィストは返す。それでも、頭を振った藤本が「そういうんじゃなくて、もっと、俺が好きなのはもっと…別の意味で、」ともどかしそうに言い募るので、メフィストはまた少し考えて、「悪魔と人間の感性は確かに違うかもしれませんが、ないはずの性欲を掻きたてられる程度には私も君が好きですよ」と言った。しばらく静寂が闇に落ちて、それから「…ないんですか?性欲?悪魔なのに?」と藤本が尋ねれば、「もともと精神だけの存在ですからね。肉体ができてしばらくは楽しかったですが」とメフィストは何でもない声で告げる。「それってどれくらい前の話ですか」と藤本が低い声で問いかけるので、「500年くらい前です」とメフィストは簡潔に答えた。すると、藤本が唐突にメフィストへと倒れこんでくるので、メフィストはそのままベッドに押し倒されておく。メフィストの胸に顔を埋めた藤本がメフィストの手を離さないので、メフィストは暗い天井を見上げたまま、「積極的ですね」と含みを込めて笑った。「ほんとに大丈夫なんですか」とくぐもった声で藤本は言う。「何がです」とメフィストがわざと白を切れば、「先生は、俺で勃ちますか」と随分噛み砕いて藤本が尋ねるので、「それは任せてください、悪魔ですから」と底なしに明るい声でメフィストは笑った。肉体と精神の乖離など容易いものである。それでも藤本がメフィストの上から動こうとしないので、「…君がこのまま手をつないで眠るだけで良いと言うなら、その意見を尊重しますが」と続けると、「やっぱり意地悪くなってますよね先生」と僅かに声を弾ませた藤本がそろそろと起き上るので、メフィストは薄く開いた藤本の唇に口付けて、「ええまあ、悪魔ですから」と重ねた。

メフィストが藤本の体をシーツに横たえて残りのボタンを外している間、藤本は手持無沙汰にシーツに爪痕を残しているので、「こういう時は私の肩にでも手を廻しておくのが定石ではないでしょうか」とメフィストは告げる。ビデオでもそんな感じでしたし、とメフィストが何の気なしに続けると、暗がりの中で大きく眼を見開いた藤本は、「あれはもう忘れてください」と早口に言って、それでもそろそろと手を伸ばしてメフィストの肩に手をかけた。露わになった藤本の胸に掌を置けば、いつもより高い体温が伝わって、メフィストは満足そうに何度か藤本の素肌を撫でる。「ふっ、」と漏れた藤本の声は明らかに笑い声だったので、「色気が無いですね」とメフィストも楽しそうに言った。「そういうのは、どこで身に付ければいいんですか」とふてぶてしく藤本が言うので、メフィストは首を傾げて、「これから私のベッドで学べば良いと思いますよ」と返す。とたんに藤本の顔が赤くなるので、もしかして藤本はメフィストの目も見えなくなっていると思っているのだろうか、とメフィストは思ったのだが、顔を隠されてもつまらないので、いっそ真昼より良く見えることは黙っておくことにした。少しずつ掌を滑らせて、爪を立てないようにあちこちを抓むたびに藤本はびくりと体を震わせている。色気云々はともかくとして感度は悪くないな、と言ったことを声には出さずにあれこれ考えていたメフィストは、腰骨の上まで来たところで藤本の声が変わったことに気付いた。見ればまだ新しい傷の上である。注意深く同じ場所をなぞると、「っ…、」と明らかに藤本が声を殺しているので、「ここは他と違いますか?」とメフィストは声をかけた。「…皮膚が薄いので、…なんか、」と藤本が素直に答えるので、「粘膜と感覚が似ているのかもしれませんね」とメフィストはさらに傷痕を往復する。僅かに身をよじる藤本を見降ろしながら、いっそ血でも滲ませてやればもっと悦ぶのだろうか、とメフィストは思ったが、メフィストに処女の血を浴びる趣味はない。藤本の息が上がり始めたところで、腰骨からさらに手を奥に進めていくと、藤本の手に力が入るのが分かった。「優しくしますから」と言った言葉通り、メフィストは指を鳴らして香油を引き寄せる。蓋を開けてとりあえず藤本の下半身に油を流すと、「っ、冷たっ」と藤本が軽く声を上げたので、「すみません、温めておくべきでしたね」とメフィストは返した。藤本の尻穴に手を伸ばす前に、メフィストがぬるりと香油に包まれた藤本の性器を抓むと、藤本はひゅ、と息を飲む。まだほとんど柔らかいままの性器をぬるぬると扱いている内に、藤本が「俺もいつか先生に入れたいです」と呟くので、「ええ、いつでもどうぞ」と、メフィストは藤本の首筋を流れ落ちた汗を舐め取りながら答えた。最高位に近い祓魔師である藤本からは、悪魔を引きつける匂いがする。それはもうほとんど聖水に近いので、メフィストにとっては毒なのだが、善くないものほど魅力的に見えるのは悪魔も人間もそう変わりはないのだった。半分ほど勃ちあがった藤本の性器を最後に一撫でしたメフィストは、藤本の下生えを軽く梳くようにして奥の窄まりに指を掛ける。さすがに藤本の顔色が変わるので、メフィストは空いた左の掌を藤本の頬に添えた。血の気の引いた顔に温もりを求めるように藤本がメフィストの指に頬ずりするので、メフィストは上半身を屈めて「脇腹を鉤爪で裂かれるほど痛くはありませんから大丈夫ですよ」と告げる。藤本は一瞬妙な顔をしてから、「それはあんまり慰めになってないです」と気の抜けたような顔で笑うので、「それは残念です」とメフィストは澄ました顔で藤本の頬を軽く抓むと、愛しみを込めて藤本の眼球に口付けた。瞼の縁に溜まっていた涙が音もなく滑り落ちた。

蓋を開けたままだった香油を追加して、藤本の両足を割開くと、メフィストはまず人差し指を藤本の尻穴につぷりと差し込んだ。メフィスト自身の経験からしてみれば対した痛みもないはずだったが、悪魔と人間の違いはどうしてもメフィストには分からないので、じりじりと指を蠢かしながら藤本の様子を窺う。少しばかり遠い目をしているものの、藤本の顔に苦痛の色は浮かんでいないので、メフィストは軽く息を吐きながらそろりと中指を追加した。普段は女を相手にしているし、男を相手にする場合でもそれほど痛みを意識したことがないので、メフィストもそれなりに気が張っている。ちゅく、と藤本の下半身で響いた水音に意識を取られないようにしながら、メフィストが汗で張り付いた藤本の髪をそっとかき混ぜると、藤本もメフィストの肩から片手を離して、「…先生暑そうですね」とメフィストの襟足に指を這わせた。言われてようやく、メフィストも随分息が上がっていることに気づいて、メフィストは少しばかり気恥ずかしくなって小さく笑うと、「君が相手なので緊張しているんです」とごく軽く聞こえるように告げる。藤本が嬉しそうに笑ったので、メフィストはまた細心の注意を払いながら、薬指を先の二本に添えて藤本の中に付き入れた。ぎゅう、とメフィストの肩を掴む藤本の手に力が込められるので、苦しいですか、と尋ねようとしたメフィストが口を開く前に、「先生、もう入れてほしいです」と随分はっきりした声で藤本が言う。メフィストが僅かに目を見開いて藤本を見降ろすと、「俺痛いのは平気ですから」と、藤本はへらりと笑った。もちろん藤本がある程度痛みに耐性があることは知っていたし、脇腹の傷にしたところで大した手当もされていないことは月明かりでも見て取れたが、それとこれとは別の話である。きゅう、と指を絞めつける藤本の尻穴に目を向けながら、「私は悪魔なので、君の嫌がることをするのは吝かではないのですが」とメフィストが言いかけたところで、「メフィストフェレス先生」と藤本がメフィストの名を呼んだ。藤本に意図はなかっただろうし、メフィストにも明確な意思はなかったが、名前には呪が宿る。この場は、もうどうしても藤本が主体だった。メフィストは大きく息を吐いて藤本の尻穴から指を引き抜くと、「なるべく大きく息を吐いて、力を抜いてください」と藤本の耳元で囁く。はい、と声は出さずに頷いた藤本が、メフィストの首に両腕を回すので、メフィストは萎えることもなかった藤本の性器を軽く撫でてから、メフィストの性器を藤本の尻穴に触れさせた。その瞬間、藤本がまるで泣きそうな顔で微笑むので、メフィストは何も言わずに藤本の中に押し入っていく。みり、と少しばかり嫌な音がしたが、先が入ってしまえばあとはどうにでもなるので、メフィストは構わず藤本の足を抱えて腰を進めた。は、はっ、ふ、はあ、と藤本が不規則な呼吸を繰り返している様を見降ろしていると、無いはずの魂が疼くようで、メフィストはおかしくなって笑う。ほとんど何も見えていないような顔で藤本が喉を鳴らしたので、メフィストは屈みこんで藤本の喉元に軽く歯を立てた。いっそ食べてしまおうか、と思ったのは、メフィストが浮かされている証拠である。せんせい、とうわ言のように呼び掛ける藤本の温かい粘膜に包まれながら、メフィストが藤本の腸内に射精すると、藤本が大きく眼を見開いた。押しこまれただけで達せるほど藤本に余裕が無いことは分かり切っていたので、メフィストは藤本とメフィストの腹に挟まれてどろどろになっていた藤本の性器に手を伸ばして、何度か強弱をつけて扱いてやると、藤本もあっけなく吐精した。月明かりもないメフィストの部屋に、藤本の吐息がやけに大きく響いた。

藤本の呼吸が落ち着くのを待ってからメフィストが藤本から性器を引き抜くと、藤本がまた軽く震えるので、「処女喪失おめでとうございます」とメフィストは澄まして藤本の頭を撫でた。「その言い方やめてくれませんか」と藤本が目元を薄らと紅くしてメフィストを見上げるので、「ではどう言えば宜しいでしょうか」とメフィストはわざとらしく首を傾げる。冗談のつもりだったのだが、藤本が本当に何事か考え込んでいるので、その間にメフィストはピンク色の傘を引き寄せて、「アインス、ツヴァイ、ドライ」といつもの呪文を唱えた。乱れたシーツが元に戻り、適当に放られていた衣類がきちんと畳まれる様を眺めながら、「もう少し慎みが欲しいです」と藤本が口を開いたので、メフィストは思い切り良く吹きだして、「悪魔に慎みとは!君は相変わらず面白いことを言う」と、これは傘に任せておけない藤本の汗をそっと拭う。「まあ、そうなんですけどねえ」と藤本も一緒に笑いながら、メフィストの手を止めないので、メフィストは4年前と同じようにくだらないことを吐きだしながら藤本の全身を清めてしまった。最後に指を鳴らしてメフィストの汗も流してしまうと、藤本はうつ伏せたままごそごそとシーツを引き上げて、具合良く枕に顔を埋めている。「疲れましたか?」と問いかけながらメフィストが藤本の髪を撫でると、「いいえ、俺寝転がってただけですから」と藤本は答えた。「それ以上を求める気もありません」とメフィストが本当のことを言えば、「それってつまり先生が俺を、」と藤本は何かを言いかけたのだが、「私が」とメフィストが先を促すと、「やっぱりいいです」と打ち切ってシーツに潜りこんでしまう。ふむ、と顎を撫でたメフィストは、藤本が何を考えているかはわかるのだが、それがどうしてそうなったのかは分からないので、やはり何も分からないのだった。悪魔と人間では感情の機微が異なりすぎて、メフィストの能力はあまり役に立たない。とりあえず、ぱちんと指を鳴らして間接照明だけともしたメフィストが、黙って藤本の頭を撫でていると、「先生はやっぱり俺のこと子供だと思いますか」と藤本が唐突に尋ねるので、「私が今大人にしました」と悪びれもせずにメフィストは返した。一瞬息を飲んだ後で、あははは、と藤本が声を上げて笑うので、メフィストはしばらく藤本を眺めた後で、「君は本当に物好きですね」と微笑みながら言う。「先生こそ」と、ようやく枕から顔を上げた藤本が楽しそうにメフィストを見上げるので、「私は人を堕落させることが仕事ですから」とわざとらしく胸を張ってメフィストは言った。「そこは俺に魅力があるからだって言ってくださいよ、嘘でも」と藤本が苦笑するので、「それでは嘘にならないので面白くないでしょう」とメフィストが真面目に答えると、「…えっと…」と藤本は何を言っていいかわからない顔で口ごもる。「どうしました?」とメフィストが余裕の笑みを浮かべれば、藤本はしばらく考えた後で、「俺もう先生になら食われても良いです」と真剣に言うので、メフィストはまたおかしくなって、藤本の背中を撫でおろした。それから、「今食べてしまいましたしねえ、ある意味」とメフィストがしみじみ呟くと、「そーいうのはいいですから」と藤本がまた枕に突っ伏そうとするので、「はい、逃げない藤本君」とメフィストは藤本の顔を挟んで、ちゅう、と音がするほど深く藤本に口付ける。藤本は抵抗しなかった。

やがて唇を離したメフィストが、「君が帰ってきてくれて本当に嬉しいです」と囁けば、「俺も帰ってこられてすごく嬉しいです」と藤本も目をそらすことなく返す。にっこり、と笑ったメフィストは、「では、処女喪失した藤本神父には悪魔の祝福を差し上げましょう」と言って藤本の左手をとり上げた。「…祝福?」と訝しげな顔をする藤本をよそに、メフィストが藤本の薬指に軽く歯を立てると、藤本の掌が一瞬金色に煌めいて、そして消える。特に何の痕も残っていない左手をかざして、「今のが祝福ですか」と藤本が尋ねるので、ええ、とメフィストは頷いて、「虚無界の青い焔にも耐える結界です」と答えた。へええ、と左手を撫でている藤本を眺めながら、「そんなものを使わなくても君は十分強いですが、上には上がいますから」とメフィストが補足すれば、「先生とか」とさらりと藤本が言うので、「ええ、そういうことです」とメフィストは目を細める。メフィストは今のところもう人間を殺さないことにしているし、それが藤本ならばなおさらなのだが、念には念を入れておくことが重要だった。藤本が満足そうなのを見て取ってから、メフィストはサイドボードの、藤本が眼鏡を放り込んだ引き出しに手を伸ばして、中から鍵を一本取り出すと、「あとはこれを」と藤本に差し出す。ためらいもなく受け取ってから、「どこの鍵ですか」と藤本が尋ねるので、「ここの鍵です」とメフィストは答えた。え、と藤本が目を丸くするので、メフィストはにやり、と笑いながら「初めて作った理事長室への直通の鍵です」と追い打ちをかける。「え、…ええ〜?」と、藤本が鍵を抓んだままベッドに起き上るので、メフィストは藤本の裸の胸を眺めながら、「いらなければ処分しますが」と言った。「いえ、要ります返しません」と藤本が銀の鍵を握り込むので、「ではどうぞ好きに使ってください」とメフィストは笑う。鍵を握り締めたままベッドに倒れ込んだ藤本が、「先生が悪魔で良かった」と呟くので、メフィストは少しだけ驚いて、それでも「それはそれは光栄です」と何でもないように返した。メフィスト自身は人間になりたいと思うこともない代わりに、悪魔で良かったと思うことも特にないのだが、藤本に喜ばれるのならそれで良いような気がした。やがて藤本の手が枕元へ落ちたことを切っ掛けに、メフィストは軽く指を鳴らして明かりを落とすと、「おやすみなさい、藤本君」といつかのように藤本に声をかける。藤本からの応えはなかったが、メフィストはひどく満ち足りた気分で目を閉じた。まるで幸福の様だった。



(  悪魔と人間の間にも愛があれば良いですね  / 青の祓魔師 /メフィストと藤本/110828 )    前→