天パと俺と、ときどき、ウドン

午後六時のSAで、土方はこれからのことを考えていた。
六月だと言うのにひどく蒸し暑い日で、土方は傾き始めた陽の光を眺めながらもう三時間もここでこうしている。土方とて、何も最初からひとりだったわけではないが、先ほどまで一緒に居た女は、SAの食堂で別の男と結婚するのだと土方に告げ、それなりに厚い封筒を押し付けて足早に立ち去ってしまった。
月曜も含めて三連休を取ったから旅行へ行かないか、と切り出されたのは昨晩のことで、確かに急だったが女のそういう気質も土方は気に入っていたので適当な鞄に二日分の着替えを詰め、財布と携帯だけ持って車に乗ったらこの様である。何もこんなところまで連れて来なくても、と思わないこともないが、特に恨みがあるわけでもない。結婚は素直にめでたい話だ。
封筒の中身をちらりとのぞいて、数十万の札束を目にした土方は、ため息交じりに先ほどまで一緒にいた女のアドレスを削除する。とりあえず火曜日のバイトは休みの連絡を入れて、というか住む場所が決まらないと火曜以降も無理か、実家に帰るのもいまさらだしな、と冷たくなったコーヒーの紙コップを玩びながら考えていた土方は、「浮かねぇ顔だな、兄ちゃん」と不意に声を掛けられて動きを止めた。
ギィ、と座面から綿がはみ出た椅子を引き、隣に陣取ったのはやけに白い頭をした男で、「なに、痴話喧嘩?彼女行っちゃったけど、こっからどうやって帰んの?」と、軽薄そうな声で続ける。そう年を食っているようにも見えないので、この頭は染めているのだろうか。
首回りが伸びたランニングと言い、そこに引っ掛けたふざけているとしか思えない形のサングラスと言い、足元の便所サンダルと言い、どう見ても胡散臭い男に何を話す気にもなれず、「テメーには関係ねぇだろ」と、土方はそれで話を打ち切ったつもりだったが、「いやどうかな。俺トラック持ってんだけどよ、兄ちゃんの行き先によっちゃ乗せてやってもいいぜ?」と、頬杖を突いた男は土方の顔を覗き込むようにして言った。

頭のてっぺんから足の先まで胡散臭いその男は、「坂田銀時」と名乗った。

▽ ▽ ▽

ふ、と生温い潮風を感じて目を覚ました土方は、まだ暗いあたりにもう一眠りしようと寝返りを打ちかけて、そこがいつものベッドではなく固いトラックの座席だということに気付く。
そういえば、昨日のSAで出会った坂田にもそもそした天ぷらそばを奢ってもらった後、トラックに乗り込んでから記憶があまりない。いつの間に眠り込んだのだろう、と、どこかの駐車場に停まったトラックの、高い窓の外を覗き込んだ土方は、しかしどこをどう見ても見覚えのない風景に軽く眉根を寄せた。
「… どこだここ」と呟いた土方の隣で、灰色の塊がもぞりと動き、「はよ」と腫れぼったい瞼で坂田は笑う。「ああ」と返した土方が、『砂丘入口』と書かれた看板を見つけて情報の整理が追いつかずにいれば、「あー、鳥取砂丘。来たことある?結構すげーよ」と坂田は言って、土方越しにこつこつ、と窓ガラスを叩いた。
坂田に促されてトラックを降りた土方が、「東京行きじゃなかったのか」と尋ねれば、「寄り道しねぇなんて一言も言ってねーだろ」と、坂田は飄々と言ってのける。半分砂に埋もれた階段を登り切ると、目の前に文字通り砂の海が広がって、「どうよ?」と坂田はいたずらっぽい目で振り返った。
「確かに、すげぇな」と返した土方が砂丘へ踏み出そうとすれば、「靴は脱がねぇと、隙間から砂が入んぞ」と、突っ掛けを脱ぎながら坂田が言うので、土方も大人しく靴と靴下を手に砂を踏む。わずかに湿ったような細かい砂が指と指の間から盛り上がり、土方はしゃがみこんで砂を握った。
「な、いいだろ」と笑った坂田が、不意に突っ掛けを放り出し、砂丘に向かって駆け出すので、土方も靴を置いて坂田のあとを追う。昔取った杵柄で、土方がそう苦労せず坂田に並ぶと、「いくつ?」と坂田は土方に目を向けて尋ねる。「二十五」と答えた土方は、ぐんとスピードを上げて坂田を追い抜くと、あとは後ろも見ずに足場の悪い砂丘を登り切った。
ふー、と土方が頂上でそう上がってもいない呼吸を整えていると、やや遅れてやってきた坂田は「クッソ、同い年でなんでこんな差があんだよ」と坂田は肩で息をしながら毒吐いた。
一瞬不可解な言葉が聞こえた気がして、「…俺は三十五じゃなくて二十五だぞ?」と土方が念を押せば、「わかってるよ、俺も二十五だよ」と憮然とした顔で坂田が言うので、「お前が?!」と土方は思わず大声を出す。早朝の砂丘には誰もおらず、土方の声は奇妙に響いた。
「そんなに驚くところか」と、ふて腐れたような坂田の顔はやけに幼くて、でも「お前、ならその白カビみてぇな髭はなんとかしろよ」と、土方はなおも重ねる。「うるせーな!お前だって生えてんだろ」と叫んだ坂田の言葉通り、土方の顎にも無精ひげが伸びて、「おい、髭剃り」と土方が手を出せば、「ねぇよ、ばか」と坂田は素足で砂丘を蹴とばした。白い砂がぱっと舞い上がって、地面にいくらか足跡を残す。
はあ、と疲れたように溜息を吐いた坂田は、ポケットから缶コーヒーを二本出すと、一本を土方へと放って寄越した。「微糖」の文字を目にした土方が、「長距離輸送トラックの運転手ならブラック飲めよ」と文句を付けながらプルタブを起こせば、「いちいちうるせぇなテメーは」と、坂田は面倒臭そうに返してコーヒーに口を付ける。
「つうか、海じゃねぇか」と、冷たいと言うよりぬるまったいコーヒーを流し込みながら土方が呟くと、「何言ってんだ、砂丘の向こうは海に決まってんだろ」と、銀時が当然のように言ってのけるので、ふうん、と波の高い海を見下ろした土方は、少し考えてこう返した。
「たかが五十万ぽっちで人を海に沈めんのは止めた方がいいぞ」
わりに合わねぇから、と土方が続けると、「ちょっと待て、お前なんか誤解してねぇ?」と坂田は焦った顔で土方を振り返る。誤解、と坂田の言葉を噛み締め、「…別の意味に沈めんなら性別考えろよ」と土方が面倒臭そうに首の後ろを掻けば、「昨日今日あった人間に失礼だろテメー!つか売れると思ってんのか、ああ売れんだろうな畜生!」と、坂田は一人でノリ突っ込みをこなした。
くああ、と欠伸を零した土方は、坂田を残して海岸へと足を進める。崩れやすい砂の山を踵で掘るように下り、おびただしい数の貝殻を踏み越えて波打ち際までやってきた土方は、まだ泡立つ濡れた砂浜に足の指を埋めた。ややあって、打ち寄せた波が土方のジーンズの裾まで撫でていくので、土方は二、三歩後ずさる。
「なに暗い遊びしてんの」と、いつの間にかついてきていた坂田はしゃがみこんでズボンの裾をまくり、ついでとばかりに土方のジーンズにも手を掛けた。「もう濡れてんじゃねーか、子どもか」と言った坂田の声に、呆れはあっても嫌悪感は無く、土方はそっと坂田の腕を砂まみれの足先で突いてみる。
「止めろよ」と土方の足首を掴んだ坂田が手を離さないので、土方は泡立つような坂田の頭に手を突いてバランスを取った。「なにがしてぇんだ」と、仄暗い海辺で土方が尋ねれば、坂田はいくらか考えるようなそぶりを見せてから、「住み込みでバイトしねぇ?」と掬い上げるような目付きで土方を見上げる。
どろりと濁ったような坂田の視線を受け止め、「断る」と土方が返せば、「中身も聞かずにかよ」と坂田は喉の奥で笑う。「どうせ帰る場所もねぇんだろ。渡りに船って奴じゃねぇの?」と続けた坂田に、「どんな川か知れたもんじゃねぇだろ」と土方が言うと、「ああ、お前ちょっとはわかってついてきたんだ」と、坂田は親指の胎で土方の踝をつぅっと撫でた。
「だから止めろって」と、土方が坂田の手を払い除けると、「ヤることは今までとそんな変わんねぇと思うけど」と、膝の砂を叩きながら坂田は立ち上がり、「年増女のペットは楽しかったか?」と土方の胸に指を当てる。
「衣食住と小遣いと、あと何が欲しいんだよ」と、坂田が重ねるので、「金を受け取ったのはあの五十万が最初で最後だ」と、土方は真顔で答えた。遊びだということは重々承知していたが、結婚するのならもっと早く言ってくれたら良かったのに、と土方は思う。差し当たって行く宛ては無いが、未練がましく付きまとう気も、金をせびるつもりもなかった。あんな、それこそ旅先で猫を捨てるような真似をしなくても。
「あっれ?オメーもしかして普通に傷ついてんの?」と戸惑ったような声を出す坂田に、「でなきゃこんな胡散臭ぇ野郎の隣に乗るわけねぇだろ」と、土方は小馬鹿にしたような顔で鼻を鳴らす。「いくらか感謝はしてやるが尻は貸さねぇ」と土方が続けると、「いやそれはいらねぇ」と坂田はゆるく首を振って、「俺が欲しいのはこっち」と、素早く土方の股間を握った。
「は?」と間の抜けた声を上げた土方の背後で、不意に光の波がはじけ、坂田の白髪を金色に染め上げる。無精髭によれよれのタンクトップ姿のおっさん(という年ではないが)が輝いても、と土方は思ったが、目を眇めた坂田の指は柔らかく土方の股間を揉みしだき、堅実に芯を育てた。
は、と我に返った土方が、「棒が欲しいならその辺で拾え」と無造作に坂田の手を掴むと、「生身じゃねーと良くねぇんだよ」と坂田はなんでもない声で返して、「女の膣も男の尻も穴は穴だぜ?」と小首を傾げて見せる。
じっと坂田を睨んでから、「ならテメーが女に突っこみゃいい話だろ」と土方が言えば、「俺はトラックでヤれる相手が欲しいんであって女が欲しいんじゃねぇんだよ。やれ風呂だやれ便所だすぐ顔洗いたいだなんだ、うるせーだろ女は」と坂田が首を振るので、「顔くらい洗え」と、土方は足元の波をすくって坂田に浴びせた。
ぎゃっ、と野太い声で悲鳴を上げた坂田は、「なにしてくれてんだ人の一張羅に」と情けない声でへたったランニングを摘まむ。薄い生地がべったり濡れて、坂田の乳首が透けて見えた。べつに見たくもなかったが。藍色をしていた海はあっという間に金色とばら色に染まり、水平線からやけに大きな太陽が顔を出した。
それから、「気軽に男を拾うなよ、それこそてめぇが海に沈められたらどうする気だ」と土方が言えば、「相手くらい選ぶに決まってんだろ。オメーこそ、寝てる間にチンポ食われなかっただけありがたいと思えよ」と、坂田は恐ろしいことを口にする。
「そこそこ小奇麗な格好で、帰る場所が無くて、顔が好みで、声掛けたらついて来たんだから脈ありだと思うだろ?」と同意を求められた土方が、「てめぇホモか?」と問い返せば、「バイになんのかな。男相手だと面倒臭ぇからネコ一択だけど」と坂田は軽く波を蹴って答えた。
「あとこの前女に性病移されたから、次は安全そうな奴と思って」と小声で続けた坂田から、土方がさっと距離を取れば、「あっ待って?!病気っつってもたいしたことなかったし、もう完治したから!血液検査の結果も白だから!」と坂田は喚く。
「うるせぇよ」と返した土方が、「それで」と坂田を促すと、「それで?」と坂田は小首を傾げた。イラッとした土方は、「てめぇそれ可愛いと思ってやってたら殺すぞ」と坂田を睨んだが、「なにそれ理不尽!!」と後ずさった坂田はっどうやら無意識らしい。それはそれで腹が立つ話だったが。
なにこいつちょう短気じゃね?いや気の強い美人を手懐けてくのも醍醐味だけどね、オレ好みだけどね、とぶつぶつ呟く坂田に、「で、俺がてめぇとヤりたくねぇっつったらどうなんだ」と土方が重ねれば、「いや、べつにどうも。普通に関東まで帰るだけだけど」と、坂田はあっさり言ってのけた。
いくらか拍子抜けした土方はシャツの胸ポケットを探るが、あいにく煙草を切らしていたことを思い出して軽く舌打ちする。あの女は土方の喫煙に口を出さなかったが、良い顔もしなかった。と、「吸う?」と坂田がくたびれた赤いソフトケースを取り出して土方に放るので、土方は危なげなく受け取ってから「物と場所を考えて行動しろよ」と濡れた足元をとんとんと示す。
「いや、他に言うことあんだろ」と坂田は言うが、「ただの煙草だろうな?べつの葉っぱだったら即通報すんぞ」と土方が重ねると、「お前マジで俺のことなんだと思ってんの?」と坂田はふて腐れた表情で言う。
「小汚くてあやしい白髪パーマのおっさん」と答えながら、土方がよれよれの赤い箱からひしゃげた煙草を一本引き出して咥えると、「汚ぇのはまあ認めっけど、これは白髪じゃなくて銀髪だし、天パも含めて自毛なんだから仕方ねぇだろ。あと年は二十五だっての」と、坂田はその場にしゃがんでもつれた髪をがしがし掻き混ぜた。
へえ、と坂田の頭を薄目で眺めた土方が、煙を吐き出してから「試すくらいならしてやってもいい」と告げれば、「…なにを」と坂田は不審そうな目で土方を見上げる。ふー、咥え煙草のまま溜息を吐いた土方は、「セックスに決まってんだろ、ばぁか」と、砂まみれの足で今度は坂田の首筋を突いた。健康的に焼けた坂田の肌を足の指でなぞった土方が、「嫌なら今すぐ高速乗れ」と吐き捨てるように続ければ、「やっ、もちろん嫌じゃないです」と坂田は首を振って、「え、でも今から?どこまで?」と土方の踝に手を当てて尋ねる。
「それはてめぇ次第だろ」と、煙草を波に吐き捨てた土方は、坂田の手を邪険にはらうと、砂丘に向かって歩き出しながら「でもその前に顔洗って歯ぁ磨けよ。歯にネギのカスついてんぞ」と言った。「ああん?言わなかったけどテメーも目ヤニついてっから」と返しながらすぐさま隣に並んだ坂田は、「性格も男前だなお前」と小声で続けて笑う。
褒められている気はしなかった。

▽ ▽ ▽

砂丘の入口で靴を拾い上げた土方の隣で、坂田がまた息を荒げているので、「体力ねぇなテメー」と土方が薄く笑えば、「うるせー、寝起きから元気すぎだろお前…」と切れ切れに坂田は言う。「もうへばったなら止めとくか」と土方が揶揄するように言うと、「それとこれとは別の話ですぅ」と坂田は砂まみれの突っ掛けをぱたぱた掃った。
帰り着いたトラックの座席と荷台の間から銀時がよれたタオルを引っ張り出すので、「ちゃんと洗ってあんだろうな」と眉を顰めた土方に、「お前ほんっと失礼だな、洗ってるよ」と返した坂田は、「…一週間くらい前に」と小声で付け加える。「まあ、それくらいなら」と土方が軽く頷くと、「ちなみに二週間だったら怒るか?」と坂田が生ぬるい声を出すので、「どっちでもいいからほんとのことを話せ」と土方は促した。
えーと、と前置いた坂田が、「十日です」と答えるので、「道理で生乾きの匂いがしやがる」と土方は言って、土方自身の鞄からスポーツタオルと歯ブラシを取り出す。「持ってんなら最初から出せよ」と半眼になった坂田に、「衣食住面倒見る代わりに、っつったのはてめぇだろ」と土方は返すと、未開封のカミソリだけ受け取って駐車場の隅の公衆トイレに向かった。
遅れて追いついた坂田が、男子トイレではなく多目的トイレに入るので、「おい」と土方が声を掛ければ、「準備してくっから、顔洗い終わったらトラックで待ってろよ。腹減ったら、運転席の足元に非常食あるから」と、坂田はひらひら手を振って扉を閉める。
準備、とやけに大荷物だった坂田のことをあまり考えたくなかった土方は、ともかく意外と綺麗な砂丘のトイレで顔を洗って歯を磨き、安全カミソリで髭を剃った。
水音が聞こえる多目的トイレの前を通り、自販機で水を買ってから鍵のかかっていないトラックに乗り込んだ土方が足元を探れば、「…菓子ばっかじゃねえか」ビニール袋に入っていたのはいわゆる駄菓子の類で、土方は仕方なくじゃがりこ(サラダ)とうまい棒(キムチ)を取って齧る。そういえば歯を磨いた意味がねぇな、と気付いたのは、じゃがりこがほとんど空になってからだった。
ぐいぐい水を飲んで口を漱いでいた土方は、「お待たせ」と助手席の窓から顔を覗かせた坂田に「髭くらい剃って来いよ」と返す。「だからこれはオシャレなんだって」と、顎を一撫でした坂田が、「何か食ったか」と尋ねるので、「じゃがりこ」と土方が開いた容器を見せれば、ん、と坂田は頷いて、「あとで飯食わせてやるから、とりあえず咥えさせろ」と助手席の扉を開けて、土方の足元へと器用に潜りこんだ。
足開いて、と促された土方が「つか、ここでやんのかよ」と坂田の髪を見下ろしながら言うと、「誰もいねぇからいいじゃん。どっか移動してからやっぱ無理でしたー、っつわれたら俺も傷つくし」と、坂田はなんでもない声で返して、土方のベルトに手を掛ける。
ジーンズの前を寛げてから、「ボクサーなんだ?俺トランクス」と、どこか楽しそうに坂田が土方の下着を撫でるので、「べつに知りたくねぇよ」と、土方は窓枠に肘を付いて窓の外に目を向けた。あまりじっとみたい光景でもない。
「まあ俺も用があんのはお前のここだけだからな」と、下着越しに土方のペニスをつうっと撫でた坂田は、ボクサーのゴムをほんの少し引き下ろして、中から土方のペニスを取り出す。ふっ、と先端に息を吹きかけた坂田が、きゅっと柔らかく根元を握りながら「なかなかご立派なものをお持ちで」と軽口を叩くので、「そろそろ黙ってやれ」と、土方は自由な足で坂田の脇腹を軽く蹴とばした。
へいへい、と特に気を悪くしたようにも見えない坂田は、頬に掛かる髪を耳に掛けてから土方の股間に屈みこみ、ぱくりとペニスを咥えると、そのまま喉の奥までぐっとペニスを飲み込む。亀頭から根元まで温かくて湿った粘膜に覆われたことで、土方は一瞬声を漏らしかけて、かわりに軽く息を呑んだ。
ちらり、と坂田に目を向ければ、上目遣いの坂田と目が合って、坂田がいくらか誇らしそうに目を細めるので、イラっとした土方は坂田の髪を掴んでぐっと腰を突き上げてやる。んむっ、とさすがに苦しそうな声を上げた坂田は、けれども土方のペニスを吐きだすことも無く喉の奥で一度締め付け、それからゆっくりスロートを始めた。
意外と柔らかい坂田の髪から手を離すタイミングを逃した土方は、だんだん張り詰めてくるペニスに若干自己嫌悪を感じて、でも口の中は男も女も関係ねぇか、と投げやりに坂田の髪をわしゃわしゃ撫でる。
頬の内側に土方のペニスを擦り付けるようにしていた坂田が、一瞬動きを止めるので、「なんだよ」と土方が声を掛ければ、坂田はまた土方を見上げたが、結局何も言わずにペニスを吸い上げる作業に戻った。
唾液の量が多いのか、ずいぶん湿った音を立ててペニスを舐め続ける坂田は、けれどもそれだけでなく土方の陰嚢も柔らかく揉んで、ペニスの根元にも刺激を与える。完全に勃ち上がった土方のペニスを口から引き出して、裏筋をつうっと舐め上げた坂田は、亀頭の先にぬるぬる唾液を染み込ませながら軽くペニスに歯を立てた。
ちゅう、と音を立ててカウパーごと唾液を啜った坂田が、土方のペニスを咥えたまま「このまま出す?それともしてみるか?」と聞き取り辛い声で尋ねるので、土方は返事の代わりに今度こそ坂田の頭を両手で掴み、ごく浅くペニスを咥えていた坂田の喉にペニスを打ち付ける。
ふっ、と鼻で息を吐いた坂田が抵抗しないのを良いことに、土方はぬるく絡みつく坂田の舌と狭い喉と根元を掠める歯に思う存分ペニスを擦り付けると、最後はぎりぎりまでペニスを引き出して坂田の舌の上で射精した。
土方のペニスを咥えたまま、坂田が器用にザーメンを飲み込むので、「すげぇな」と土方がわりと本気で坂田を褒めると、まず土方のペニスを丁寧に舐め、亀頭に残ったザーメンまで綺麗に吸いだしてから「そりゃどーも」と坂田は言う。
一度出したことで土方はいくらか冷静になったのだが、坂田の口の端に零れたザーメンが光っていることに気付いてぐっと眉を顰めた。「そんな嫌そうな顔すんなよ、気持ち良くなかったか?」と首を捻った坂田に、「だから問題なんだろ」と返した土方は、いまどき手回しのハンドルをぐるぐる回して助手席の窓を開け放す。
すっかり陽が昇り切った朝の空は青く澄み渡っているが、坂田がトラックを停めた駐車場はだだっ広く、本当に人っ子一人いない。土方の股間に座り込む坂田へ、「…ちなみに、この先はどうやる気だったんだ」と土方が尋ねると、「座席倒して、俺がお前の上に乗るつもりだった」と坂田は答えた。
二分ほど間を開けて、「ゴムは」と土方が問いを重ねれば、坂田は無言でポケットから四枚綴りのコンドームを出して広げて見せる。
周到だな、と呟いた土方は、答えの代わりに助手席のレバーをがこっと引いて、座席を倒した。「えっ、いいのかよ?」と目を見開いた坂田に、「病気移したら慰謝料な」と土方は告げて、片手で目元を覆う。空があまりにも眩しかった。
ややあって、がんっと何かがぶつかる音が聞こえたことで土方が目を開ければ、ダッシュボードに背中をぶつけたらしい坂田が呻いていて「何してんだてめぇ」と土方はまた坂田の足を軽く蹴り上げる。
「いや、どう考えてもフェラで終わりだと思ってたから動揺して」と返した坂田は、「目ぇ閉じてろよ、ちゃんと中でイかせてやるから」と、まだいくらか芯を持った土方のペニスをやわやわ揉んだ。
「俺の勝手だろ」と返した土方が、じっと坂田の動向を見守っていれば、「お前、変わってるって言われねぇ?」と、坂田はどうでも良さそうに首を傾げてから、ぴり、と黄緑色のゴムのパッケージを開いて、土方のペニスに被せた。
土方がいることでほとんど余裕のない座席の両端に膝を付いた坂田は、おもむろに履いていたズボンを太腿の半ばまで引き下ろす。露わになったトランクスがピンクのいちご柄なので、「お前…」と土方がものすごく嫌そうな顔をすれば、「はっ?なに、美味そうな柄だろ」と、坂田はトランクスの裾を引っ張って見せた。
「そこはせめてマヨ柄だろ」と返した土方が、ふと思い立ってトランクスの中心に触れると、坂田のペニスももう完全に硬くなっている。「ちょ、なにしてんの」と、土方の手を振り払う坂田に、「てめぇはチンポ咥えるだけでこんなになんのかよ」と土方が薄く笑えば、「まあ、うまいチンポだったら」と坂田はさらりと返した。
もう触ったんなら見ても萎えねえかな、いやでも男は即物的だしな、とぶつぶつ呟いた坂田は、トランクスのウエストを少しばかり広げて、中でペニスにコンドームを嵌めている。土方の視線をどう受け止めたのか、「いや、どこに飛んでも面倒だから付けてるだけで、突っ込むのはお前」と坂田が土方の顔を指すので、「気にしねぇから脱げ、その柄の方が癇に障るわ」と、土方は坂田のいちごパンツを指した。
「意外と人気あんだぜ、これ」と勝負パンツだったらしいトランクスをズボンと同じ場所まで引き下げたおかげで、坂田の性器はぶるんと震えて、土方の目の前に勃っている。白いな、と、土方が黄緑色のゴムに包まれた坂田のペニスの根元を見つめていれば、「あんま凝視すんな」と坂田は言って、後ろ手に土方のペニスを掴んだ。
どうするのかと思えば、坂田はそのまま腰を下ろして、ペニスとアナルの位置を調整している。「は?」と間の抜けた声を上げた土方に、「大丈夫、ちゃんと中綺麗にして広げてきたから」と土方の腹筋を見つめたまま坂田は言って、おもむろに土方のペニスをアナルで咥え込んだ。
ぎゅっとペニスの先端を締め付けられた土方が、ぱっと口を押えれば、「あー、やっぱいいな美人だと、萎えなくて」と坂田が薄く笑うので、はやくしろ、とくぐもった声で土方は返す。
ん、と頷いた坂田は、それでも一息に土方のペニスを飲み込むことはなく、アナルにペニスを馴染ませるような速度で腰を進める。坂田の太腿が軽く震えているので、土方が身体を起こして腰を支えてやると、「ふっ、あ、角度代わるから、動くなよ」と坂田は土方の肩に爪を立てて言った。
面倒臭くなった土方が、「うるせぇな、自分の体重も支えらんねぇてめぇが悪いんだろうが」と、無造作に坂田の中へペニスをねじ込むと、「あっ…」と坂田は一声漏らして、びくびく身体を震わせる。
「…お前もしかして今」と、盛大に痙攣したアナルの感触に驚きながら土方が言うと、「だっ、…から動くなって…」と、坂田は土方にしがみついたまま項垂れた。
「捻じ込まれただけでイくってすげぇな。てめぇほんとに女抱いてんのかよ」と、土方が純粋な疑問をぶつければ、「中は中ですげぇんだよ、ほっとけ」と、坂田は居心地悪そうに返す。
「で、もしかしてこれで終わりなのか」と、土方が軽く腰を揺すれば、「ばっ…か、イったばっかなんだから動かすな」と坂田は慌てて身体を起こし、「俺がするからお前は寝てろ、手ぇ出すなよ」と、土方の肩を押して座席に沈めた。
ふー、と息を吐いた坂田は、コンドームの先に溜まったザーメンの量を確かめてから、まだイける、と頷いて、坂田自身の太腿をてのひらで掴む。それから、坂田がゆっくり腰を持ち上げるので、コンドーム越しでも充分熱くて柔らかい腸壁が土方のペニスをぎゅっと絞りながら離れていく感触がした。
よくよく見れば、坂田のアナルの縁がめくれてローズピンクの内壁を晒しているので、「へえ」と土方が薄く笑えば、「その顔腹立つから止めてくんない」といくらか上気した頬で坂田は言い、今度はすとんと腰を落として土方のペニスを楽に咥え込む。
最初はゆっくりと、徐々に緩急をつけて腰を振る坂田は、ときおり軽く腰を回して、その度に小さく喘いだ。そのたびに震える坂田のペニスからなんとなく目が離せなくなった土方は、何度か手を伸ばそうとしたが、その度に「だめ」と坂田に叩き落されている。
窓は空いているが、どうにも暑い。これが朝で良かったな、と胸で息を吐いた土方は、二回目だと言うのにかなり気持ち良く坂田の中でザーメンを吐き出すと、次いで吐精した坂田の腸壁にぎゅるっとペニスを絞られて、最後の一滴までゴムを孕ませる羽目になった。
はあぁ、と大きく息を吐いた坂田は、土方のペニスを尻で咥えたまま、まず二回分のザーメンが詰まったコンドームを坂田自身のペニスから引き抜いて、きゅっと口を結ぶ。いくらか視線を彷徨わせた坂田に、先ほど食べたじゃがりこの容器を渡してやると、坂田は嬉しそうに受け取ってコンドームと精子の残骸をぽいっと放り込んだ。
それから、土方のペニスをずるりと引き抜いた坂田は土方のペニスからもコンドームを外し、少し考えて「飲んで欲しい?」と土方にコンドームを掲げて見せる。は?と土方が眉を寄せれば、「たまにいるんだよな、下で飲めねぇなら上で飲めって奴が」と坂田はなんでもない声を返して、「お前がそうじゃなくて良かった」と、無造作にコンドームを捨てた。
あっついな、と言いながら運転席に戻った坂田が、「で、どうだった」とトランクスを履き直しつつ尋ねるので、「…うまいチンポで良かったな」と土方が返せば、「男も女も、穴はそんなに変わんねえだろ?」と、坂田はゆるく笑う。
「そんな悪い話じゃねぇと思うんだけどよ」と重ねた坂田に、「今日はうどんよりマシなもん食わせろ」と土方が言うと、「そうだな、せっかく鳥取まで来たんだし海の幸でも食いに行くか」と頷いて、「シートベルト閉めろよ」と坂田は返した。
土方が座席を起こしてシートベルトを締め、ついでにまだはみ出したままだったペニスをしまい込めば、「眩しかったらカーテンあるからな」と坂田が荷台との境を指すので、「いや、咥える前に言えよ」と土方は思わず突っ込んでしまった。
まだ七時前だった。

▽ ▽ ▽

鳥取で朝食を取り、何度か休憩と仮眠を挟んで東京へ帰りつく頃には午後五時を回っていた。半分ほど寝ていた土方は、坂田が積み荷を降ろした時のことも良く覚えていないのだが、「おい、帰るぞ」と揺り起こされて大きく欠伸を漏らす。
ばきっと首を鳴らした土方が起き上がると、そこはどこかの倉庫の様だった。土方が無言で運転席の坂田を振り返れば、「会社のトラック置場。家には置けねえから」と坂田は返して、「荷物忘れんなよ」と言いながらドアを開ける。
荷台と座席の間から鞄を拾った土方は、ついでに坂田が置いて行ったタオルも拾って、車庫を出るところだった坂田の頭に乗せた。「なに」と驚いたような顔をした坂田に、「洗えよ」と告げた土方は、見知らぬ土地を見渡して目を眇める。彼女と暮らしていた住宅地より、もうすこし煩雑な場所だった。
「ところでお前、ちゃんと家はあるんだろうな?段ボールだったら張っ倒すぞ」と土方が言うと、「お前俺のことなんだと思ってんの?家はあるしバイクも持ってますぅ」と坂田は頬を膨らませ、「ただ、風呂はねぇんだけどな」と小声で付け加える。
いまどき風呂なしの部屋なんかあんのか、と逆に興味が沸いた土方は、「だから先に銭湯行こうぜ」と促されるまま坂田のバイクの後ろに乗り込み、ヘルメットを被った。銭湯まで、五分足らずだった。



風呂上りにコーヒー牛乳といちご牛乳で乾杯しつつ、坂田の話を聞けば、部屋にはほとんど帰って寝るだけの生活なので風呂もコンロも洗濯機もないのだと言う。六畳の和室に、半畳の玄関とこれだけは頼みこんで付けてもらった給湯器付きの流しがあるだけでテレビもない、と聞いた土方は、「それでも生きていけるもんなんだな」と同でも良さそうに返した。
「つうか、そんな部屋に良く女連れ込めるな」と土方が続ければ、「あー、まあそのせいで病気移されたときは満足に股間も洗えなくて大変だったけどな」と坂田は渋い表情を作って言う。
べつにそういう意味ではなかったのだが、「てめぇはそれしかねぇのか」と告げた土方の真意がいまいち伝わっていないようなので、もういい、と土方は首を振って、飲み終わったコーヒー牛乳の瓶を番台脇のケースに収めた。結局、坂田はまた十日洗っていないタオルで身体を拭っていた。
銭湯からさらに三分走ると、見るからに崩れかけたような二階建てのアパートが見えて、「アレだろ」と、土方は坂田の腰をぎゅっと掴む。「良くわかったな」と、バイクを止めてから笑った坂田は、一〇三号室の前までバイクを引っ張って、隣の家との境にある鉄柵にバイクを括りつけた。
坂田がそのまま部屋の扉に手を掛けるので、「鍵は」と土方が尋ねると、「盗むもん何もねえし、鍵も壊れてるし」と坂田はひらひら手を振って、「むさくるしいところですがどうぞ」と、土方に向けて大きく扉を解放する。
坂田の言った通り、半畳ほどの土間には薄汚れたスニーカーとブーツ、それに健康サンダルが並んで、おそらくこれが坂田の持っている靴の全てだろう。なるほどな、となんとなく頷いてから、「お邪魔します」と一声掛けた土方は、敷きっぱなしの布団とちゃぶ台、それに年季の入った流し台の横の冷蔵庫しか主だった家具の無い坂田の部屋に足を踏み入れた。
一応気を使っているのか、坂田が押入れからいくらか黴臭い座布団を出して土方に勧めるので、「ほんとに何もねぇな」と言いながら土方は腰を下ろす。便所と押入れが付いているだけ良心的だろうか。
それにしても、掃出し窓にはカーテンもないし、コンクリートが敷かれた場所は明らかに洗濯機置き場と物干し場だろうに、と土方があれこれ考えていると、「向かいがコンビニで裏がコインランドリーだから、大して不便でもねェんだよな」と坂田は頬を掻いて言った。
そういう生活もあるんだな、と学生時代まで親元で過ごし、以降はわりと裕福な女性の家を渡り歩いてきた土方が色あせた畳を撫でれば、「…やっぱこの部屋じゃダメか?」と坂田がやけに心もとない声を出すので、「屋根がありゃ充分だろ」と土方は返して、「コンセント借りるぞ」と砂壁の隅に携帯の充電器を刺す。
それから、「てめぇのトラックに乗るってことはバイトのひとつもできねぇ気が済んだが、これの料金も払ってくれんのか?つうか俺ひとり養うだけの金はあんのか」と土方が坂田を振り返ると、「こっちで負けが嵩まねぇ限り大丈夫」と、坂田はちょいちょい何かを回すような仕草をして見せた。
「パチスロはどうしても負けるようにできてんだから、賭けるなら馬にしとけ」と返した土方は、「布団はもう一枚敷けそうだな」と独り言のように呟いたが、「え?一枚でいいだろ」と坂田が当然のような声音を出すので、「俺はトラックでの肉バイブじゃねえのかよ」と土方は首を捻る。
肉バイブ、と一瞬ドン引いた坂田が「いや、お前いんのに女連れ込めねえだろ」と半眼になるのに、「俺は気にしねぇが」と土方が首を捻れば、「俺は気にするし、お前も俺とセックスする間は他とすんなよ、フリーセックスな!」と坂田は土方に指を突き付けた。
坂田の指を逆に曲げてから、「それを言うならセーフティセックスだ」と返した土方が、「てことは、てめぇはここでも俺とする気か、風呂もねぇのに」と、土方が改めて問いかけると、「嫌ならお前のパンツ貸してくれるだけでもいいけど」と坂田が頬を染めるので、「死ね」と土方は手近にあったビールの空き缶を掴んで坂田の眉間に投げつける。
かこん、と良い音を立てた缶は、まだいくらか中身が残っていたらしく、うわ、と驚いたような声を上げた坂田は慌てて首に巻いていたタオルで零れた液体を拭きとった。なんとなく顔を見合わせて、「…掃除と洗濯だな」と坂田が言うので、土方も無言で頷いた。



土方が二日着ていた服と、坂田が溜めこんでいた洗濯物をまとめてコインランドリーにぶち込んだので、土方は今坂田のジャージを借りている。坂田がすかすかの押入れから引っ張り出したスカイブルーのジャージの胸元には、「SAKATA」と銀糸で縫い取りがあって、「高校のか?」と土方が尋ねれば、「高校の部活の。剣道部だったんだよ」と坂田が答えるので、「お前が」と土方は様々な思いを込めて目を見開いた。
「その反応傷つくから止めてくんない?」と首の後ろを掻いた坂田は、コンビニで買ったゴミ袋にぽいぽいゴミを投げ込んでいく。一応可燃と不燃、ビン缶ペットボトルにプラスチック容器、と袋を分けているが、怪しいものはやたらたくさん落ちていた新聞に包んで燃えるゴミに突っ込んで誤魔化した。この辺りのごみの分別が喧しくないことを祈るばかりである。
床が見えるようになったところで、土方は万年床らしい布団を玄関から引きずり出してバイクの上に干し、レトロと言えば聞こえがいい傷だらけのちゃぶ台を掃出し窓の外に立てかけた。窓と扉を開け放して、腐ったような雑巾を固く絞った土方は、畳の目をきっちり拭いて行く。埃で真っ黒になった雑巾を裏返し、真っ白な抜け毛を集めた土方が、「見ろよ、若禿の日も近いな」と坂田に見せつけてやれば、「今夜からわかめうどん食うわ」と坂田は青褪めた顔で頷く。
汚いことは汚いが、その分狭い部屋の掃除はあっという間に終わって、土方は流しで手と顔を洗った。首筋を伝う汗が気持ち悪くて、ジャージの襟を大きく抜くと、「お前、綺麗な肩甲骨してんのな」と、坂田が背後から土方の背中にぺたりと触れた。
ぞわっ、とした土方が勢いよく坂田の手を振り払えば、「うおっ、なに?冷たかったか」と、弾かれた形のまま坂田が首を捻るので、「いや、なんでもねェ。悪い」と土方は返して、「そろそろ洗濯終わんじゃねぇのか」と、開け放したままの扉を指す。
そうだな、と頷き、「乾燥機に入れ替えんのが面倒くせぇんだよな」と言いながら突っかけを履いた坂田が、「夕飯は弁当と吉牛とマックとファミレスと、どれがいい?」と土方を振り返るので、「吉牛」と土方は答えて、坂田の便所サンダルに足を突っ込んだ。



コインランドリーで乾燥機の時間を三十分に設定してから吉牛で夕食を取り、徒歩五分圏内のマックとオリジンとファミレス二軒とコンビニ三軒をぐるりと廻って帰って来ると、ちょうど乾燥機が止まるところだった。
「やったぜ」となぜか誇らしそうな坂田が、ほかほかの洗濯物を丸めて抱え上げようとするので、「ちょっと待て、皺になんだろ」と、土方は備え付けの台でざっと洗濯物を畳む。自分のパンツだけ四枚畳んだ坂田は、土方の手元を見つめて「お前、家事得意なの?」と首を傾げた。
「彼女が働いてたから慣れてるだけだ」と土方が返せば、「まあ彼女にとってお前はペットだったけど」と坂田がにやっと笑うので、「うるせぇな、ほっとけ」と、土方は軽く坂田の脛を蹴とばす。いてっ、とわざとらしい声を上げた坂田は、それでも笑みを消さずに「おかげで俺は言い拾い物ができたんだけどな」と付け加えた。
一瞬手を止めた土方が、「気持ち悪ぃこと言ってる暇があったらタオルくらい畳め」と、十日ぶりに水を潜った坂田のタオルを投げつけると、「手癖も足癖も悪ぃなお前は」と、顔の前でタオルを受け止めてから坂田は言う。人聞きの悪いはなしだった。
部屋に戻って、押入れの四分の一を明け渡された土方は、二組分の着替えと今洗った服と鞄をそっと乗せる。「要るもんはそのうち買おうな」と土方の背後から顔を出した坂田が、「今日はこれ」とコンビニで買ったブルーの歯ブラシを差し出すので、おう、と土方は答えて、ピンクの歯ブラシを咥える坂田と並んで歯を磨いた。
あ、とすっかり忘れていた布団を取り込んで、「もう夏前だけど、夜に干すと冷たくなるな」と坂田は言う。「あしたは晴れるみてぇだな」と、スマホで位置情報を検索した土方が天気予報を確認すれば、「なら、物干し竿でも買いに行くか」と、今は何もない軒先を指して坂田は返した。
「バイクで行って帰ってくんのか?」と、想像するだけでシュールな光景に土方が緩く笑うと、「道交法違反になんのかな」と坂田も首を捻る。
「っても、ホームセンターもわりとすぐだから徒歩でも行けるだろ」と、枕代わりのバスタオルを丸めながら重ねた。「っても、ホームセンターもわりとすぐだから徒歩でも行けるだろ」と、枕代わりのバスタオルを丸めながら重ねた坂田に、「ならひとりで行けよ、一緒に歩きたくねぇから」と、湿ったような布団に寝転がりながら土方が言えば、「冷てぇな、お前のもんも買いに行くんだから一緒に来いよ」と、坂田は土方に並びながら頬を膨らませた。
「これもわざとやってんなら殺すぞ」と、土方が坂田の頬を摘まむと、「突然の殺人予告!」と坂田が軽く身を引くので、「どこまで本気なんだてめぇは」と浅い溜息を吐いて、土方は良く伸びる坂田の頬を限界まで引いてから指を話す。
今のは普通に痛い、と情けない声で頬を押さえた坂田に、「だろうな、赤くなってる」と土方が頷いて見せれば、「いやお前がやったんだからね?俺DVはわりと許せない性質だからね、SMはべつだけどね」と坂田の唇はろくでもない言葉を紡ぐ。
「縛って放置されてぇならやってやるぞ、ただし二度と帰ってこねぇけどな」と土方が軽口を叩くと、「それはただの餓死コースだよな?」と坂田は薄ら青褪めて、「どっちかっつうと俺はSなんだけど」と付け加えた。
へぇ、と興味がなさそうに相槌を打った土方が、くるりと坂田に背を向ければ、「つーか、お前もう寝んの」坂田がいくらか含みを持った声を出すので、「何時間座りっぱなしだったと思ってんだよ、少しは腰を労われ」と土方は坂田に向かってひらひら手を振る。
その手を掴んだ坂田は、「なら、これだけ貸してくれりゃいいんだけど」と言いながらぱくりと土方の人差し指を咥えた。「…ちなみにどう使う気だ」と、土方が肩越しに振り返れば、「他人の手で擦られんのって気持ちいいよな」と坂田が目を細めるので、「朝出しただろうが」と土方は坂田の手を払おうとしたが、坂田は土方の手首を掴んで離さない。
そう力を込めているようにも見えないのだが、なにかコツがあるのだろうか、と土方がじっと坂田の指先を見つめていると、「いいじゃん、肉バイブやってくれんだろ?」と、坂田は土方の言葉を使って言った。
はー、と溜息を吐いた土方が、坂田に向き直って掴まれた手とは反対の指で坂田の頬を撫でると、「なに、」と坂田が一瞬動揺するので、「クマ」と土方は言う。「くま?」と坂田の発音がずれているので、「てめぇの目にクマが出来てんだよ。疲れてんだろ、寝て起きたら抜いてやるからさっさと目ぇ閉じろ」と、土方は坂田の目元をてのひらで覆った。
三秒ほど間を置いてから、「約束な」と、坂田は土方の手を離して、バスタオルを枕に目を閉じる。坂田の枕に頭を置いた土方は、適当に畳んで置いたタオルケットを片手で広げて、坂田と土方をばさりと包んだ。たとえ煎餅布団でも、揺れない寝床は快適だった。


( フリーターの土方くん×銀ちゃん / 運び屋銀ちゃん / 土方十四郎×坂田銀時 / 140901)