三人暮らし_04

デニーズの窓際の四人掛け片側ソファ席に落ち着いたところで(椅子側に松陽と桂、ソファ側の松陽と向き合う位置に銀時、そして土方、晋助の並びだ)、「ところで、俺あんま腹減ってないんだけど、もう飯食える?」と、銀時が尋ねると、「少し早すぎましたね、まだ十一時前ですし」と、松陽は懐から懐中時計を出して時間を確認した。「む、そういえば俺たちも朝食は遅かったな」と言った桂に、「てめえがねてたからな」と無表情な晋助は言って、「おやつにすればいいだろ。とおしろ、パフェとパンケーキ、どっちがいい」と、さっとメニューを広げている。「俺は宇治抹茶パフェがいいな」と、銀時が加われば、「ばか、まっちゃはおれたちが食えねえ。銀時はこの、いちごのでっかいパフェにしろ」と、晋助は真剣な面持ちでメニューを叩いた。
はい、と素直に頷いた銀時の隣で、「ときくん、このおっきいのはなに?」と、土方は苺のガレットを指す。「ん、これはクレープみてーなもん。ナイフとフォークで切って食べんの」と、銀時が説明すると、「とおしろ、それがいいのか?」と、晋助が言うので、「高杉はどれがいいんだよ」と、銀時が晋助の顔を覗き込めば、「おれはこれ」と、晋助は一切迷わずキャラメルハニーパンケーキを示した。んー、ともう少し悩んで、「おれ、このアイス。キウイ」と、土方が選んだのは一番安いデザートで、「いんだぞとおしろ、もっとべつので」と、晋助は言うが、「キウイすきだから、これがいい。しんちゃん、ひとくちあげるね」と、土方が微笑むので、あえなく撃沈している。「おれのもひとくちやる」と返す晋助に、「なんだよ、俺も混ぜてくれよ」と銀時が唇を尖らせると、「ときくんもあげる」と、土方は銀時の膝に両手を乗せた。
銀時も含めた子ども側のメニューが決まったところで、「小太郎くんは何にしますか?」と、松陽が桂に問いかけると、「俺はドリンクバーで。先生は何か召し上がりますか」と、桂が言うので、松陽はぺらぺらとメニューをめくって、「私は、このオニオングラタンスープが飲みたいです」と返している。「きまった?」と、銀時を見上げる土方に、「決まったな」と、頷いた銀時は、「高杉、ブザー押して」と、土方の髪を撫でながら言った。ほどなくしてやってきた店員に、「苺のスペシャルサンデーと、キウイのソルベと、キャラメルハニーパンケーキと、オニオングラタンスープをひとつずつ、それからドリンクバーを五つお願いします」と、松陽は良く通る声で注文する。
晋助と土方が何事かひそひそやっているので、「俺ドリンクバー行ってくるけど、先生は何にする?」と、銀時が尋ねれば、「何があるか見たいので、私も行きます」と、松陽も立ち上がった。「おれ、コーラ」と手を上げる晋助に頷いてから、「土方は?」と、尋ねようとした銀時を遮り、「おれもいく」と土方はソファから滑り降りて、銀時の指を掴む。「おう。で、お前は?」と、銀時が一応桂にも振ると、「野菜ジュースを頼む、氷はいらん」と、桂はなぜか腕を組んでいった。「なんかむかつくからコーヒーまぜていいぞ、しつけだ」と、声を重ねた晋助に、「お前も大変だよな」と銀時は頷いて、土方の手を引いたままドリンクバーへ向かう。
「しんちゃんとおとうさん、たのしそう」と、銀時を見上げた土方の頬をふにふに押しつつ、「ん、あれはあれで仲良しなんだよ。真似はしなくていいけどな」と銀時が言うと、「くすぐったい」と身を捩りながらも、「おれもときくんとなかよしっ」と、土方は銀時の指を離さない。うりうり、と銀時と土方がじゃれていれば、「銀時、これはどうやっていただけばいいのですか?」と、先にドリンクバーへたどり着いていた松陽が声をかけるので、「それは、このべろっとしたところにコップ当てて、コップの縁で押せば出るよ」と、銀時はスウィーティースムージーの前で悩んでいる松陽に返事をした。桂義父子に頼まれたコーラ(氷入り)と野菜ジュース(氷なし)を確保してから、「土方は、何にする?」と問いかければ、銀時が氷を入れてやったコップを持ってじっと機械を眺めていた土方は、「これ」と、ピンクレモネードのボタンを押す。
「いいな、俺もそれ好き」と言いながら、銀時が隣で緑茶のボタンを押すと、「…ときくん、おちゃすき?」と、土方は小声で問いかけた。「ん、すき。砂糖なくても飲めるし」と、銀時が返せば、「まっちゃパフェでもよかったよ?」と、土方がピンクレモネードを抱えて言うので、「あ、さっきの気にしてくれてたの?もしかして、それ言うために一緒に?」と、銀時は不意を突かれて動揺する。ん、と小さく頷く土方へ、「ありがとな土方。俺抹茶は好きだけど、苺もすげー好きだし、高杉や土方とわけっこしたいから、あれでいいんだよ」と、銀時はできる限り穏やかな声で告げた。「ほんと?」と首を傾げた土方に、ほんとほんと、と頷いてやれば、「おれも、いちごすき」と土方はぱあっと笑って、「はやく来るといいね」と、銀時の服の裾を掴む。
だな、と土方の言葉を受けた銀時が、グラスを三つ持とうとすると、「時くん、それは危ないですから、野菜ジュースは私が」と、松陽は言った。お願いします、と言った銀時は、「おれも」と手を上げる土方のグラスにストローを二本渡して、「あとでそれ、俺に一本ちょうだい」と告げる。機嫌良く歩く土方を先頭に席へ戻る間、「緑茶がピンクレモネード風味になりますね」と、松陽がそっと囁くので、「それはそれで」と、銀時は薄く笑った。
最初に届いたのが苺のスペシャルサンデーだったので、銀時は店員に断って小皿を三枚貰い、皿の上に小さなパフェを再現した。「ときくん、これは?」と、一つ一つ中身を確認する土方へ、「ミルクプリン。うまいよ」と返しながら、銀時が土方と晋助、それに松陽へと小皿を差し出せば、「銀時は器用ですねえ」と、松陽は花が綻ぶように微笑む。「銀時、俺の分は」と真顔で言う桂を、「お前何も注文しなかったろ。皆からは一口ずつ貰うからやんの」と、銀時があっさり切り捨てると、「てめえにはきょうちょうせいがねえ」と言いながらも、晋助は桂の口にバナナを突っ込んでやっていた。「しんちゃんやさしいね」と、バニラと苺のアイスを交互に舐めながら土方が言うので、「そうだな」と、ほとんど飲み込むような速さで四分の一になったパフェを食べながら、銀時も頷く。
それからキャラメルハニーパンケーキ、キウイソルベ、オニオングラタンスープの順に届いた料理もぐるぐる回して、「おいしかった」と重い息を吐く土方に、「結構満腹だな。昼飯は入んねーかも」と、銀時が言うと、「少し時間を遅くして、軽いものにしておきましょう」と、松陽も頷いた。そこで、「とおしろは、いつから銀時とすんでんだ?」と、晋助に尋ねられた土方は、「きのう」と返して、「ときくん、やぎみたいでかわいい」とどこか誇らしそうに続ける。「きのう」と繰り返した晋助へと土方へ、「うん、昨日初めて会ったんだよ、俺たち。ご近所さんだったのにな」と、銀時が口を挟むと、「そのわりには仲が良いな。晋助のこともそうだが、いつもどんな魔法を使っているんだ」と、桂も言った。「だから、人徳じゃね?」と、銀時が鼻を鳴らせば、「銀時はおとなだけど、こどもだからいいんだよ」と、晋助は言って、「うん、そう」と、土方も嬉しそうに賛同する。「あれっ、これ褒められてんのかな」と、呟く銀時に、「あたりまえだろ」と、晋助は力強く頷いた。

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結局折半になった会計を済ませ、ファミレスを出た後、これから公園へ行くのだと言う桂義父子の話を聞いて、「土方、父さんと一緒についてくか?」と銀時が尋ねると、「ときくんは?」と、土方は銀時の顔を見上げる。「俺は買い物。午後はお見舞いもあるしな」と、銀時が返せば、土方は少し考えて、「ときくんといく」と、銀時の右手に自分の左手を滑り込ませた。「またあしたな。はちじにむかえにいく」と、桂に連れられた晋助が手を振るので、「うん、あした」と、土方は嬉しそうに手を振って、「よろしくな、高杉」と、銀時も晋助に向かって左手を上げる。おう、と頷いた晋助は、「おら、いくぞ。うちはきのうかいものしただろ」と、しつこく松陽に声をかける桂をぐいぐい引いて、明るい日差しの中を歩いていった。
「あのこは逞しくて優しい子ですね」と、感嘆したように言う松陽へ、「だろ?ヅラの結婚相手が子連れだって聞いたときはびっくりしたけど、今はあいつがいてくれてほんとに良かったと思ってるよ」と、銀時が頷けば、「ええ、小太郎くんも良いお父さんになっているようですし」と、松陽は目を細める。「天然が過ぎてわかりづらいけどな。家で俺のプリン取り合ってるとことか、見てて面白いよ」と、微笑む銀時の指をぎゅっと掴み、「おとうさん」と、土方が俯くので、「ん、どした土方。疲れちゃったか」と、銀時はまた土方を抱き上げた。
「おとうさん、おしごとたいへん」と、銀時の胸にしがみつく土方に、「そうだなあ、海外出張なんてすげーよな。俺まだ日本から出たことねーもん。どこに行ってるか聞き忘れたけど、お父さんはお土産買ってきてくれたりするか?」と、銀時が尋ねると、「たくさん」と、土方はか細い声で答える。「たくさん、てことは、お父さんも土方のことたくさん好きなんだろうな。お母さんのお見舞いに行ったら、お父さんのことも聞いてこようぜ。家から電話できるようにお願いしたりさ」と、土方の背中を撫でながら噛んで含めるような調子で銀時が言えば、「うん」と、土方は消えそうな声で言って、「ときくんありがと」と、本格的に銀時へと身体を預けた。
「一度帰りますか?」と囁く松陽に、「や、これはもう離れないほうがいいだろうから、このまま行こうぜ。日曜の午後は店込むし」と、銀時も囁き返して、土方を抱いたまま小学校の前を通り越すと、そこで大通りを渡り、大型のスーパーへ向かう。ときどき土方を揺すりあげながら、「土方、ピーマンも食える?」や、「土方、朝ごはんはパンとご飯どっちがいい?」や、「土方、チョコ食う?」などと銀時が話しかければ、土方はほんの少しだけ頷くことで答え、銀時は松陽とふたりでカートを押しながら買い物を続ける。会計まで済ませたところで、松陽がさっと重い荷物をさらってしまうので、「父さん、それは俺が持つよ」と銀時は言ったのだが、「十四郎くんは十キロのお米より重たいですから」と、松陽はにっこり笑い、空になったカートを押して行ってしまった。
乾物とチョコレートと、無くなりかけていた台所用洗剤だけが入ったビニール袋を提げて、銀時があとに続くと、「銀時、十四郎くん、飛行機雲ですよ」と、松陽は真っ青な空を指して言う。見上げれば、確かにくっきりとした白い線が空を横切っていた。ひこうき?と、細いがしっかりした声を上げる土方を、「ん、今真上だな。見えるか?」と、銀時が片手で肩まで押し上げてやれば、「きれい」と、銀時の頭に手をかけて、土方は言う。「十四郎くんは、飛行機がお好きですか」と、問いかけた松陽に、「うん、しろくてかっこいい」と、土方は返して、「ときくんみたい」と柔らかく笑った。
「俺、かっこいい?可愛いんじゃなくて」と、銀時が土方を見上げれば、「かわいくて、かっこいい。やぎくらい」と、土方は銀時の顔をぎゅっと抱きしめて笑う。なんだと、と思った銀時は、「父さん、なんか俺めっちゃ株あがってんだけど!」と報告してみるが、「十四郎くん、それだと時くんがあるけませんから、もう少し上に手を置きましょう」と、松陽はまるで聞いていない。面白くないので、こう?ともぞもぞする土方の足を掴み、「土方、肩車するぞ」と、銀時が宣言すれば、きゃあ、と土方は悲鳴のような歓声を上げて、銀時の髪をぎゅっと握った。「片手しか空いてねーから、しっかりつかまってろよ」と、銀時が言うと、「てつだう?」と、土方は真上から銀時の顔を覗き込む。「ありがと、大丈夫だ」と返した銀時は、滑らかな土方の片足を支えながら、松陽と並んで歩き出した。シャツの胸元が少し濡れていることは、誰も口に出さなかった。

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家に帰ると、十二時を回っていた。買ったものを冷蔵庫や戸棚にしまいこみ、手洗いうがいを済ませたところで、中途半端な胃の具合を確かめながら、「昼ご飯は一時半くらいかな。で、食べ終わったらお見舞い、ってことで」と銀時が提案すれば、「では、私はしばらく二階にいます。何かあったら呼んでください」と言って、松陽は階段を登っていく。「先生?」と不思議そうな顔をする土方に、「父さんも久しぶりに帰ってきたから、部屋の片付けとか、荷解きとかあるんだと思う」と返した銀時だったが、内心、銀時が昔着ていた着物を探しに行くのではないか、と言う気がして、ゆるく笑った。しばらく黙っていた土方が、「ときくん、さみしかった?」と真面目な声で尋ねるので、「ん、寂しかった。父さんには内緒な」と、銀時が唇の前に指を立てて見せると、「ないしょ?おれとときくんだけ?」と、土方は銀時の腰へ抱きつきながら言う。「土方と俺の内緒」と、銀時が繰り返せば、「わかった」と土方は神妙な面持ちで頷くと、「だれにもいわないからね」と、ごく嬉しそうな声で続けた。
ひどく熱い土方の体温を感じながら、「というわけで、お昼まで庭で遊ぼうと思うけど、どうよ」と、銀時が持ちかけると、「いく!」と土方はぱっと表情を変えて、銀時から手を放す。「水冷たいから、井戸遊びはちょっとだけな。あと、濡れるから靴下は脱ぐように」と、言いながら銀時が足先で器用にピンクの靴下を床に落とせば、「どうやるの?」と目を丸くした土方も試してみるが、結局諦めて床へしゃがみこんだ。脱いだ白い靴下をきちんと畳む土方を見て、丸まったままの靴下をそっと広げた銀時は、「あとでまた履くから、玄関に置いとこう」と、土方の靴下も受け取る。靴を履こうとした土方に、「朝のサンダルにしときな、濡れてもいいように」と銀時は声をかけて、洗面所からタオルを二、三枚取った。
前庭は銀時の車を置いたガレージにふさがれているが、台所の裏口から外に出ると、そこそこ広い裏庭がある。樫を含めた何本かの高い木が生える庭には、昔母が花を育てていた花壇があったりもするが、大方はまばらな雑草に覆われていた。古いポンプ式の井戸は、その右端に位置する。ふわあ、ときらきらした目で庭を見渡して、「ときくん、ここ、もり?トトロ?」と土方が言うので、「森ってほどの規模じゃねえなあ。まあでもこの木には昔よく上ったけど」と、銀時は低い位置から枝が突き出る樫の木に手を当てて言った。大きなサンダルを履き、木の下にしゃがみこんだ土方は、「どんぐり!」と、去年落ちた木の実を拾い上げて歓声を上げる。「こっちにもあるぞ」と、銀時がなるべくきれいなものをいくつか集めてやれば、「これはむしがでるんだよ」と、土方が嬉しそうにドングリを受け取るので、「そういや、俺も昔虫沸かせて母さんにすげー怒られたわ」と、銀時は遠い目をした。
土方の両手がいっぱいになるまでドングリを拾ってから、「あとで入れ物持ってくるから、今はここ置いとくか」と、銀時が裏口のたたきを指すと、土方は庭の隅からフキを毟って、そこにそっとドングリを並べる。
「笹があれば良かったんだけどな。龍の髭はどっかに生えてるぞ」と言った銀時に、「りゅう、いるの?」と、土方が真ん丸な目で尋ねるので、「ん、龍はいない。龍の髭、って草があんの」と、銀時は微笑ましく土方の頭を撫で回す。撫ですぎかもしれないが、良い位置にあるのだ。あとさらさらで気持ちいい。羨ましい。そうなの、と残念そうにしながらも頷いた土方は、あらためて井戸に近寄ると、「おれ、ぎこぎこする」と右手を挙げた。「できっかなあ?コレ結構重いんだぜ」と、土方の後に続いた銀時は、言われるまでも無く土方の脇に両手を差し入れて、取っ手の位置まで持ち上げてやる。緑青の浮いたポンプに手を掛けて、ぐぐぐぐ、と土方は力を入れているが、ほとんど動かない。
土方が諦める前に、「よし土方、ちょっと待ってろ」と、土方を下ろした銀時は、土方の両手を軽く手で拭ってから、錆びついたポンプをがしゃん、と上下に揺り動かした。初めは何の反応も無かったが、何度も漕ぐ内にやがて水が通り、石造りの流し場を濡らす。「でたね、ときくん!」と歓声を上げ、流れる水に足を浸した土方に、「おー、出たな。久々に漕ぐとやっぱ固いわ」と、銀時が返せば、「ときくんすごい!」と、土方は惜しみない称賛をくれた。いくらか手応えの軽くなったポンプを土方にも漕がせてやったり、冷たい水をばしゃばしゃ掛け合ったりしているうちに、くしゅん、と土方がくしゃみを落とすので、「土方、今日はここまでな。もうちょっとあったかくなったら、ていうか暑くなったらまた遊ぼうぜ。スイカ冷やしたりもできるし」と、銀時は土方に告げる。
「それ、あした?」と、冷たい手で銀時の指を握りながら首を傾げた土方に、「明日はちょっと無理だな、俺も仕事だし、たぶんそんなにあったかくなんないし。あと二ヶ月くらいして、土方が夏休みになったら、また来ると良い」と、銀時が言うと、「また来ていいの」と、土方はじっと銀時を見上げた。「いいよ、仲良しなんだから当たり前だろ。お母さんに聞いて、良いって言われたら、土方んちまで迎えに行くし」と、銀時が答えれば、土方がぎゅっと銀時の足にしがみついて、「ときくん、約束ね」と言うので、「ん、約束だ」と、銀時は土方の薄い肩をとんとん叩く。
それから、「うし、あんまここにいると風邪引くから、中戻るぞ。ドングリも持って入りたいだろ」と、銀時が土方を抱き上げると、「ときくん、びしょびしょ」と、土方は銀時のカッターシャツを引っ張った。「土方もな。このままだと父さんに怒られるかもしれないから、そっと着替えちまおうぜ」と、言いながらフキごとドングリを拾い上げた銀時が、裏口の扉を開けると、「そういう隠し事はいけませんね、銀時」と、にこやかに笑う松陽に迎えられて、銀時は思わずぎゅうっと土方を抱きしめる。「と、父さん?いつからそこに」と、銀時が一歩後ずされば、「もう一時半になりますので、昼食を作りに来たんです。そうしたら銀時の声が聞こえて」と、松陽は笑みを苦笑に変えて、銀時の頭をふわふわ撫でた。
「おひるごはん」と、腹を押さえた土方に、「昼ご飯はジャガイモのパンケーキですよ。服が濡れたくらいでは怒りませんから、早く着替えていらっしゃい」と、松陽は告げて、調理台に戻って行く。「だってさ、土方」と、銀時が土方に向かって肩を竦めれば、「うそはよくない」と、土方は銀時の頭をぽふぽふ叩いた。「はい、反省してます」と、濡れたサンダルを脱いだ銀時は、土方の足からもサンダルを落として、準備してあったタオルで良く拭う。「父さん、あとで洗って乾かすから、ここにドングリ置いてって良い?」と、銀時が松陽の背に声を掛けると、「いいですよ、私が洗っておきます」と、松陽は肩越しに振り返って言った。「父さん、あんま甘やかさないで」と、銀時は軽く眉を下げたが、「いいでしょう、ここに間くらいは」と、松陽は取りあってくれなかった。
風呂場で土方の服を脱がし、せっかくなのでざっとシャワーで浴びせてから、銀時も濡れたカッターシャツを脱ぎ、濡れた服はまとめて洗濯機に放り込む。「さっきたたんだのにね」と、タオルに包まった土方を抱き上げ、「また手伝ってくれるか?」と銀時が問いかければ、「うん、いいよ」と、土方は銀時と頬を合わせて笑った。そのまま二階へ上がり、土方が服を選ぶのを待って、銀時の部屋に入り、マットの上で着替えを済ませる。「土方、お前家ではどうやって寝てるの?やっぱベッド?」と、適当なロンTを着ながら銀時が尋ねると、「うん、ベッド。おとうさんがいるときは、おっきいベッドでねてる。でも、もうしょうがくせいだから、いつもはひとりでねる」と、土方は半ズボンを履きながら答えた。シャツを被る土方に手を貸しつつ、「土方はえらいな、俺は中学上がるまでずっと父さんと寝てたぜ」と銀時が言うと、土方はきょろきょろ周りを見回してから、そっと伸び上って、銀時の耳元に口を寄せる。
「ほんとは、さみしい」と、囁いた土方が、「ないしょね?ないしょにするから、ときくんもないしょ」と、頬を赤く染めて言うので、「うん、内緒だ」と、銀時は土方に小指を差し出した。心得顔で小指を絡めた土方と、「ゆーびきーりげんまん、うそついたら、はりせんぼんのーます、ゆびきった」と唱えた銀時が、そのまま土方の手をきゅっと握って、「土方は飲まなくていいけどな?」と言えば、「うそ、つかなければのまなくていいもん」と土方は不敵に笑う。そうだな、と返した銀時が、「そろそろ下りて、父さん手伝おっか」と、銀時が土方の手を握ったまま立ち上がると、「じゃがいも、あまいの?」と土方が少しばかり不安そうな顔をするので、「ああ、違う違う。パンケーキって言ってもシロップ掛けるんじゃなくて、シーチキンと塩こしょうで味を付けて、チーズ載せて焼くから、甘くねえよ。マヨネーズかけても美味い」と、銀時は土方の杞憂を振り払った。「マヨネーズはなんでもおいしい」と断言した土方は、それでも嬉しそうに階段を下りて、ぴょんぴょん弾むように歩いて行く。
転ぶなよ、と土方に声を掛けながら、銀時が台所に入ると、中では松陽が大きな皿にジャガイモのパンケーキを乗せるところだった。「ごめん、全部作ってもらって」と、銀時が近寄ると、「いいえ、構いませんとも。ここはもういいですから、銀時は十四郎くんにマヨネーズを出してあげてください」と、松陽は言って、三つのグラスに先ほど買ってきた牛乳を注ぐ。土方を朝と同じクッションの上に座らせてから、冷蔵庫からマヨネーズを出した土方は、フライパンと同じ大きさのパンケーキを切り分ける松陽を横目に、食器棚から小皿とフォークを取り出した。「はい、土方。熱いから気を付けろよ」と、松陽が取り分けてくれたパンケーキを差し出す銀時に、「はい、いただきます」と土方は言って、パンケーキの上にマヨネーズを絞り出す。すごいな、と思いつつ、フライパンを水に浸ける松陽を待って、銀時も「いただきます」と手を合わせた。とろけるチーズがかかったジャガイモのパンケーキは、休日の厨っ食として、松陽が良く作ってくれたものだ。ジャガイモをすりおろす手間はあるが、あとは混ぜて焼くだけなので、銀時にももちろん手軽に作れるのだが、この七年間はあえて作ろうとしなかった料理である。
むぐ、と銀時が無言でパンケーキを噛んでいれば、「どうしました、銀時。まだお腹がいっぱいでしたか?」と、松陽が尋ねるので、「え?いや大丈夫、美味いし、腹も減ってるし」と、銀時は慌てて首を振った。「ときくん、しずか」と、土方にも見咎められて、「俺そんなうるさかった?」と、銀時が情けない表情を作ると、「時くんはいつも笑っていますからね、たまに表情が無くなると心配になります」と、銀時の皿にパンケーキを追加しながら松陽は言う。「それは父さん…と、土方の前だけじゃねーかなあ」と、普段無気力な銀時が薄く笑えば、「なあに、どこかいたいの?」と、土方は椅子から身を乗り出して、銀時の額に手を当てた。「ちょっ、あぶねーよ、そこ不安定なんだから」と、慌てて土方を抱き上げた銀時が、土方の皿も引き寄せてから、「どこも痛くないし悪くないけど、久々に父さんの飯だなって思ったら、ちょっとぐっとくるものがあったんですぅ」と、冗談めかして本音を吐くと、「それはそれは、嬉しいことを言ってくれますね」と、松陽は優しい顔で笑い、土方は銀時の膝の上でマヨネーズを食べている。これ、夢じゃねーよなあ、と思いながら、銀時も残りのパンケーキを平らげた。半分ほど、銀時の腹に収まってしまった。

▽ ▽ ▽

食後、片づけもそこそこに家を出て、隣町の総合病院へ向かう銀時は、いったん近所の花屋で車を止めて、昨日交換した愛佳の携帯アドレスへと、『銀時です。十四郎くんは元気です。マナちゃんの調子はどうですか。これから十四郎くんと俺と父さんの三人でお見舞いに行きます。何か欲しいものはありますか』と、メールを送る。しばらく待っていると、銀時の携帯も震えて、愛佳からの返信を告げた。病室でもメールは見られる筈、と言っていた愛佳の言葉に間違いは無かったらしい。『こんにちは、マナです。としちゃんをありがとうございます。銀ちゃんと松陽先生が一緒なら、安心です。どこかでひざ掛けを買ってきてくれると嬉しいです。お見舞い、楽しみにしています』と、丁寧に綴られた文面を追っていると、「ときくん、おてがみおわった?」と、花屋に降りていた土方が伸びして運転席の窓から目を出すので、「ん、終わった。そっちは?」と、銀時も問い返した。
「かった!チューリップ」と、小さな花屋の店先でラッピングを待つ松陽の背を指した土方に、「お母さん、チューリップ好きなのか」と銀時が言えば、「うん、すき。ピンクの」と、土方は嬉しそうに笑う。そっかあ、と頷いて、「そういや、俺母さんの好きな花は知らねーな」と、銀時が首を捻ると、「綾乃さんは一重のバラが好きですよ」と、松陽は振り返って言った。「そうなんだ!そういや、昔父さんが良くバラ買ってきたな」と、銀時が腑に落ちたような顔を作れば、「ときくん、せんせいのすきな花は?」と、土方が言うので、「父さんは吾亦紅とリンドウが好きだよ」と、銀時は何の迷いもなく答える。
「秋の花では、他にコスモスも好きですね」と、チューリップの花束を抱えて花屋を出てきた松陽は言い、「十四郎くん、病院までこれを持っていてくれますか?」と、土方に花束を手渡した。「うん」と高揚した顔で頷いた土方は、「おかあさん、よろこんでくれるかな」と呟きながら後部座席に乗り込む。運転席から身を乗り出して、土方にシートベルトを締めてやりながら、「メールで『楽しみにしてる』って言ってたから、きっと喜ぶよ。あともう一軒寄るとこがあるから、大事にな」と、銀時が言えば、「愛佳さんは何が必要だと?」と、土方の隣に座りながら松陽が尋ねるので、「ひざ掛けだって」と銀時は返した。なるほど、と銀時の言葉を受け取った松陽は、「気分的に、病室は冷えるのかもしれませんね。十四郎くんを見て安心してくださるといいのですが」と、チューリップを抱きしめる土方の髪をさらりと撫でる。「ん、そうだな」と、相槌を打って車を出した銀時の向かう先は、道沿いの衣料品店だった。

▽ ▽ ▽

愛佳のベッドは、三人部屋の窓際にあった。真ん中のベッドは空いていて、手前のベッドは留守だったので、銀時と松陽も気兼ねなく病室へ足を踏み入れる。一日ぶりに合う愛佳は、ラフな寝間着に着替えていたこと以外、ほとんど見た目に変わりは無かった。チューリップを抱えた十四郎に、「ありがとう、としちゃん。良い子にしてた?」と、優しい声で愛佳は尋ね、「うん、おかあさんは、げんき?」と、土方はベッドに腰掛けた愛佳の膝に両手を乗せる。「ええ、元気。赤ちゃんもね」と、微笑み合う愛佳と土方を眺めた松陽は、「愛佳さん、私たちは花瓶を用意してきます。ひざ掛け以外に欲しいものがあったら、リストアップしておいてください」と告げて、そっと銀時の背を押した。
病室を出た松陽が、「売店まで遠回りしましょうか」と言うので、「ふたりきりにしておきたいもんな」と、銀時も賛同する。七年前、故郷へ帰るまで、銀時の母はこの病院で働いていた。かといって、銀時がこの場所に思い入れがあるかと言えばそんなことはなく、夜勤も含めて忙しく働いていた母の代わりに、父と一緒に暮らした思い出ばかりが残っている。「それも結構、ひどい話だよなあ」と、銀時が呟けば、「何の話ですか」と、松陽は銀時の横顔を見つめた。「父さんの好きなものは知ってるのに、母さんのことは知らないな、って話」と、銀時が答えると、「綾乃さんは忙しいひとですから」と、松陽は柔らかく銀時の背を撫で下ろす。「それはそうなんだけどさ。ああいうの見ると、母親ってなんだろうな、って思うよ」と、感慨深く呟いた銀時に、「時くんは、私だけでは足りませんでしたか?」と、松陽が尋ねるので、「まさか」と、銀時は即座に首を振った。
「俺は父さんがいてくれたから、母さんがいなくても全然寂しくなかったし、それはそれで悪くなかったと思うけどよ、母さんも大変な思いして俺を産んで、俺を育てるために働いてくれてたんだから、そこを蔑ろにしちゃダメだよな…って…」と、いつになく饒舌になった銀時は、銀時を眺める松陽の目があまりにも笑み崩れていることに耐え切れなくなって、「うん、ごめん、柄じゃなかったわ。止めて、そんな目で見ないで、あと母さんには言わないで」と、両手で顔を覆う。「言いませんけれど、時くんはほんとうにいい子に育ってくれました」と、銀時の頭をふわふわ撫でた松陽は、「愛佳さんが元気なお子さんを産んで、早く退院できるといいですね」と、ごく穏やかな声で続けた。
そーだね、とくぐもった声で返した銀時が、「それまで、土方があんまり寂しがらないようにしてやろうな」と、そこだけははっきりした声で宣言すれば、「平日は私が頑張りますので、銀時は休日よろしくお願いします。あと、朝食はなるべく一緒にとれると良いのですが」と、松陽が言うので、「努力します」と、銀時は頷く。それから、「今受けてる仕事の納期があさってだから、たぶんそれからは早く帰れると思う」と、銀時が言うと、「それは、私もとても嬉しいです」と、松陽はゆるりと微笑んだ。いつの間にか、病棟の端まで辿りついていた。


( 社会人の銀さんと父親の松陽先生が土方くん(7)を預かるはなし/銀時と松陽と土方/ 140329)