さよならポニーテール

十月の終わり、文化祭準備から逃げ出した土方が、国語準備室でマガジンを広げていると、がらりとドアが開いて、「おーい、さぼりの風紀委員副委員長、ゴリラが探してたぞ」と、けだるい声で銀八が顔を出した。居心地の良いソファの上から、「近藤さんはゴリラじゃねえ、限りなくゴリラに似たホモ・サピエンスのオスだ」と、土方がフォローにもならない言葉を返せば、「同属のメスには好かれねえんだから、もうゴリラになっちまえばいいのにな」と銀八は軽く笑った。
「いんだよ、あの人はあれで」と笑い返した土方が、「で、何の用だって?」と問いかけると、「暗幕の穴を隠すための安全ピンがねえとかどうとか」と、銀八は首を捻るので、なんだ、と土方はあからさまに興味を失ってソファへと沈み込む。「んなことは山崎がいりゃあどうにでもなる」と、影の薄い二年生の名を上げた土方に、「そういや生徒会入ったんだっけ、あいつ」と、銀八がどうでもよさそうな声を出すので、「仲間内に役員がいると楽なんで」と、土方もなんでもない声で答えた。ふーん、と覇気のない声で頷いた銀八は、「何してもいいけどうまくやれよ」と首の後ろを掻いて、「春先のお前みたいにならねえように?」と、にやりと唇を持ち上げて見せる。「その節は大変失礼しました」と、顔も上げずに土方が言えば、「まあ、俺も楽しんでるからいいけどな」と銀八は返して、「お前もコーヒー飲む?」と、ごちゃついた机に手を伸ばす。ください、と起き上がった土方は、ついてもいない寝癖を直すふりをしながら、銀八の手元を見るとも無く見つめた。

▽ ▽ ▽

土方が銀八の根城である国語準備室に入り浸るようになったのは、五月のとある出来事がきっかけだった。
あの日、土方は付き合って半年ほどの彼女と、放課後の旧生徒会室にこもっていた。物置のような準備室が続く階の奥に位置することと、裏階段から回らなければならないアクセスの悪さに加え、古い机と椅子が山のように積まれただけのそこにはほとんど誰も立ち寄らない。その上内鍵がかかるので、隠れて何かをするにはうってつけの場所である。若い男女が密室で何をするかといえばまあ、ナニだった。普段は、入り口からも窓(カーテンは閉めてあるが)からも死角になる机の上で事に及ぶのだが、その日はどうしても、と彼女にねだられ、入り口のすぐ脇に陣取っていた。思うに、彼女は少しばかり露出願望があるのだろう。
多少のMっ気も含めて、彼女のそこが可愛いと思っていた当時の土方自身を殴ってやりたいが、ともかく結論から言うと、土方は校内セックスの現場を銀八に目撃されたのだった。彼女を膝に抱えて揺する最中、ふと顔を上げた入り口のガラスから、見慣れたくしゃくしゃの銀髪が覗いていた瞬間の絶望は、今もはっきりと思い出せる。さあっ、っと青くなった土方が、とっさに彼女を隠すように抱きすくめれば、銀八はやけにさわやかな顔で土方に親指を立てて、そのままどこかへ行ってしまった。やばい、と思った土方は、完全に萎えた性器を引き抜くと、不満そうな声を出す彼女に適当な理由を付けて、その場から逃げ出した。戦々恐々としながら帰宅した土方だが、その日は何も無いまま終わり、翌日HRで顔を合わせたときも、銀八からは何のアクションも無かった。
確実に目が合った筈なのにどういうことだ、まさか何をしていたか気付かれなかったのか、と三日間悶々と悩み続けた土方は、四日目の放課後に、国語準備室を訪れた。平常を装いながらノックしてみるが、返事は無い。まさかもう帰ったのか、と裏返っていなかった職員室の名札を思い返しながら、とりあえず扉に手をかけてみると、がらり、と何の抵抗もなく引き戸が開き、その向こうではつまらなそうな顔をした銀八が小テストで紙飛行機を折っていた。唖然とした土方をよそに、「おいおい、ノックして返事が無かったら開けちゃダメだろ何してるかわかんねーんだから」と、顔を上げた銀八は、「ん?土方じゃん。どうかしたか」と、皺だらけの紙を放って言う。
それ今日受けたテストだろとか、誰の答案だとか、いるなら返事しろよとか、言いたいことはいくらもあったが、ごく、と唾を飲んだ土方は、ともかく後ろ手に戸を閉めて、「あの、…この前のことで」と、本題を切り出した。この前?と首をひねって、「なにかあったっけ?お前に悪さした覚えはねーんだけど」と教師とも思えない台詞を吐く銀八に、「いや先生じゃなくて、俺が」と土方が返せば、「お前に何かされた記憶もねーよ?」と、銀八は真顔になる。
「だっから、俺とお前の間じゃねーよ!!この前生徒会室で見ただろ?!そのくっしゃくしゃの髪は他にいね―んだよ!」と、耐え切れなくなった土方が叫んでようやく、ああ、と納得したような顔をした銀八は、「あー、あの対面座位な!うんうん覚えてるよ、結構いい角度だったから長居しちまったわ、邪魔してごめんな」と、こちらの度肝を抜くような言葉を紡いだ。「やー、あの部屋って普段見えないとこでヤってるから声だけ聞きに行くんだけどさあ、お前度胸あるよな。あのあとちゃんとイけたか?」と続けた銀八に、「一瞬で萎えたんで無理でした」と、土方が思わず零せば、「マジ?ほんと悪かった、これやるから許して」と、銀八は机の引き出しをごそごそ探って、片手に収まりそうな箱を放って寄越す。受け取ってみると、三個入りのコンドームだった。
「なにを渡してくれてんだてめェは!!?」と、土方が血相を変えると、「いや、学生時代はゴム代も馬鹿になんねーし…って、もしかしてお前ナマ派?気持ちはわかるけどゴムは使っとけよ、高校卒業と同時にパパは嫌だろ」と、教師面をした銀八が言うので、「怖ェこと言うんじゃねえよ、使ってるわ!あと外出ししてるわ!つうかそこじゃねーよ!!」と、土方は血管が切れそうな勢いで怒鳴る。「えらいなーお前。でも、じゃあなんだよ、なに怒ってんの?」と、相変わらず眠たそうな目をした銀八に、「生徒指導とかどうとか、ないんですか」と、なんで俺から、と思いながら土方が水を向けてみれば、「えっ、なにそれやって欲しいの?学校でエッチとか下手すりゃ停学じゃすまねーけど、いいの?俺だっていろいろ面倒クセーからやりたくないんだけど…変わってるなお前」と、銀八は信じられないものを見る目で土方を見つめた。
なんだかとてつもなく力が抜けて、「いや、して欲しいわけじゃなくて、どうせされるんなら早いほうが良かったっつうか、歯医者で麻酔が効くのを待ってる気分っつうか、いっそ一思いにやって欲しかったっつうか、…先生にその気が無いならいいです…。もうヤらねーんで、今回は見逃してくれてありがとうございます」と、軽く頭を下げて出て行こうとした土方の手を掴み、「えっ、なんで?またヤってよ、そんで俺に場所を教えてよ」と、銀八が言うので、「ふざっけんな、それ完全に覗きが目的だろ!」と、土方は銀八の手を乱暴に振り払う。
「だって素人モノって興奮するじゃねーか」と、自身の正当性を主張する銀八を、「やめろその言い方、素人ものじゃなくて素人なんだよ!っつうかそれもう教師の発言じゃねーよ!」と、土方が睨み付けると、「ばっか、教師だってただの人間でありただの男なんだよ、お前だってエロビの一本や二本持ってんだろ」と、いっそ誇らしげに銀八は言った。「だからってそれを校内でどうこう、」と言いかけた土方だったが、「でも校内でヤってたじゃん。証拠はねーけど、ちょっと噂が流れるだけでも結構ダメージあるんじゃね?」と銀八から返されて言葉に詰まる。「そ…れは…脅しですか」と、言い訳のしようもない土方が俯けば、「えっ?!ちょ、お前、んな顔すんなよ、冗談だから。そんなことで脅迫しねえよ、お前脅したって意味ねえし」と、銀八は焦ったように首を振った。
「意味があったらするんですか」と、身構えた土方に、「しません!俺はただちょっとこのクッソつまんねえ学校生活に潤いが欲しいだけで、脅迫なんて最低なことはしません」と銀八が食い下がるので、「覗きの時点で十分最底辺だと思いますけど」と、土方が正直な感想を述べれば、「いやうん、まあそれはそれ、これはこれってことでね」と、銀八は明後日の方を向く。
はーー、と深くため息を吐いた土方が、「俺はもう学校でしたくねーですけど、…彼女の趣味があるんで、また何かあったら」と言いかけると、「えっなに、彼女見られたい子なの?ちなみに誰?」と光の速さで銀八が食いつき、「なにがそんなに嬉しいんだよてめーは!あと教えねーよ!」と、土方はまた叫んだ。いい加減血管が切れそうである。おかしい、こんな話をしにきたわけではなかったのに、どこでどう間違ったんだ。こいつが全部間違ってるのが悪い、と半眼になって、「…俺もう帰っていいですか」と疲れたような声を出した土方に、「おう、また来いよ」と、銀八は軽い調子で手を振る。もう来ねえよ、と苛立ち紛れに引き戸を閉めた土方が、コンドームを握り締めたままだということに気づいたのは、校門を出てからだった。

翌日、かなり後ろめたい気持ちで国語準備室のドアをノックした土方は、「営業時間は終了しました、また明日以降におかけ直しください」とふざけた返事を聞いて、構わず引き戸を開く。巨大なプッチンプリンを食べながら、「だーから今忙しいって…」と文句を言いかけた銀八が、「あれ、土方じゃん。遊びに来たの?」と、土方を見てころりと態度を変えるので、「来ません。これを返しに来ただけです」と、土方は手にしていた紙袋を銀八に突きつけた。なんだっけ、と袋を受け取って開き、「いらねえの?趣味じゃなかった?」と、コンドームを摘み上げた銀八に、「もらう理由がありません」と土方が首を振れば、んー、とスプーンを咥えた銀八は少しばかり首をひねって、「じゃ、ちょっと手伝って」と、土方を手招く。
瞬時に身構えた土方に、「なんだよその反応」と笑った銀八は、「そこに積んである紙、あんだろ。それ、半分に折って重ねてホチキス止めしなきゃなんねーのよ、学年分。俺折るから、お前ホチキスな」と勝手に決めて、巨大なプッチンプリンを瞬く間に飲み込んだ。山と積まれたプリントを前に、「や、手伝うのはいいですけど、ゴムはいりませんから」と、土方が首を振れば、「あー、でもここで捨てるわけにいかねーしさ、わざわざ家で捨てんのも面倒くせ―し」と、銀八が言うので、「てめェの都合かよ…!」と、土方はまた突っ込んでしまった。やー、ははは、と誤魔化すように笑った銀八は、「土方の素は結構乱暴なのな」と、わら半紙を一枚折って言う。
「すみません…」と、謝罪した土方に、「なんでだよ、俺一言もそれが悪いなんて言ってねーだろ。むしろ打ち解けてくれたみたいでちょっと嬉しいんだけど」と、銀八がホチキスを手渡すので、「それはないです」と、土方はきっぱり首を振った。それから、「じゃあ聞きますけど、使いもしないゴムがなんで机に入ってんですか」と、土方が尋ねれば、「うっかり試供品もらっちゃったんだよね。ティッシュと間違えて」と、銀八はあっさり返す。試供品だったのか、と言う土方の心を読んだように、「やっぱいる?」と問い返した銀八へと頷くのもしゃくで、「なにされてるかわかんねーんでいりません」と、土方が首を振ると、「おいおい、穴なんか開けてねーよ」と、銀八は呆れたように土方を見つめた。
「そういう発想が出てくる時点で信用できねーんだよ」と、ホチキスを握り締めた土方に、「よく言われる」と銀八はなんでもない声で言って、二つ折りのわら半紙を重ねていく。数秒の沈黙の後、「先生、彼女いないんですか。自分で使えばいいのに」と、耐えられなくなった土方が口を開けば、「ああ、俺は向こうが避妊してくれてるから」と、銀八は首を振った。はっ?と土方が顔を上げると、「ピルとゼリー併せて、ナマでさせてくれんの。彼女じゃなくてセフレだけど」と、銀八が言い直すので、「別に詳細が聞きたかったわけじゃないです」と、土方は首を振る。「…つか、ゴムの目的って避妊だけじゃねーだろ」と、土方が付け加えれば、「えっ、俺のこと心配してくれんの?」と、銀八が顔を輝かせるので、「先生じゃなくて彼女の心配です」と、土方は返した。
「だーから、彼女じゃねえって」とゆるく手を振った銀八は、「元教え子兼俺のストーカーなんだけどよ、好きにヤらせてくれるっつうからヤるだけヤってんの。積極的なMって嫌いだったけど、就職先でS嬢始めてからプレイの幅も広がってさあ。今はまあ結構楽しくやってる」と、ろくでもない言葉を紡ぐ。「その話が本当でも嘘でも、先生が最低だってことだけは伝わるのがすごいですね」と、土方が真顔で言うと、「言うねえ、お前も」と、銀八は薄く笑った。
三十分かけて紙折りを終わらせ、さっさと帰ろうと腰を上げた土方に、「お疲れ」と銀八が手渡したのは缶コーヒーで、「いりません」と土方は首を振る。んー、と首を捻った銀八は、土方の手からコーヒーを取ると、「だーから、何も入ってねえってば」と、プルタブを起こして中身を一口飲んだ。うえ、と嫌そうな顔をする銀八に、「もしかしなくても、それも飲めないから俺にくれるんですか」と土方が尋ねれば、「ははは、うん」と銀八が臆面も無く頷くので、「いただきます」と土方は缶を奪って、百九十ml引く一口分のブラックコーヒーを飲み干す。汚れてもいない口元を拭ってから、「ごちそうさまでした。失礼します」と、頭を下げた土方に、「缶は置いてっていいからな」と銀八は軽く手を振ったが、土方は返事をせず、校舎裏のゴミ箱に缶を叩き付けて帰った。

翌日と翌々日は土日だったので、土方は心穏やかに過ごした。彼女とのあれこれの際にゴムが足りなくなって、あれもらっときゃ良かったかな、と思ったことは一生の秘密である。明けて月曜日は現代文の授業も無く、やる気の無いHRさえ乗り切れば銀八と関ることも無い…と思っていた土方は、しかし、放課後またしても国語準備室の扉を叩く羽目になった。
とんとん、と銀八並みに生気の無い目でノックすれば、「ただいま留守にしておりますー。ピーっと鳴りましたら、お名前とご用件をお願いします」と間延びした声が届くので、「土方です、ハンコください!」と言いながら土方はすぱん、と扉を開く。「まだピーって鳴ってねえだろ」と唇を尖らせた銀八には構わず、「無駄口はいいんで早くここに押してください、ほら早く」と、土方が銀八の読んでいたジャンプに書類を重ねれば、「なんか悪徳商法みたいな台詞だな」と銀八は返して、机の引き出しをごそごそ探った。
相変わらず汚ェ部屋に汚ェ引き出しだな、と土方が眉を潜めながら動向を伺っていると、「あれっ?」と銀八は首を傾げて、「ここにある…と思ったんだけど」と、二段目の引き出しを開く。中にぎっしり駄菓子が詰まっていることを見て取った土方が、「てめェはここへ何しに来てんだ!?」と、我慢できずに突っ込めば、「今日はジャンプ読むために」と、銀八は机の上を示した。「購買に掛け合って入れてもらってんだよね。買い忘れもねえし暇も潰せるし、捨てんのは生徒がやってくれるし、最高だよな」とのんきに笑う銀八にはもう腹も立たず、「なんで学年主任の次に判を押せるのがてめェなんだよ…」と、土方は風紀委員の決済が済んだ書類をぐしゃりと掴む。
「そりゃ、俺が担任だからだろ」と、軽い声で肩を叩いた銀八の手を払いのけ、「もっ、それがおかしいだろ!あの黒モジャが退職したのはもういい、それが世界一周のためでもあれなら仕方ねえし、でもなんでその後任がてめェだよ!?責任感も信頼感も清潔感もねえ白もじゃに受験生任せんなよ…!黒が白に変わっただけでえらい違いだぞ!」と、土方は四月から抱えていた胸のつかえを吐き出した。「ちょっ、お前そんな風に思ってたの?つうか俺たち白黒もじゃで括られてたの?初耳なんですけど!」と、腰を浮かせた銀八は無視して、ごちゃついた引き出しをがっと開けた土方は、「その辺は百万歩譲るにしても、ろくでもねえとこだけ目鼻が利くのはなんなんだよ!ハンコも見つけらんねえくせに、生徒の性交には気づくとかろくでもねーにも程があんだろ!!すいません半分くらい八つ当たりでした早く押してください」とまくし立て、探し当てたハンコを銀八に突きつける。
うん、と気圧されたように頷いた銀八は、出しっぱなしになっていた朱肉でぺたっと書類に判を押してから、「…土方さあ、もしかして俺のこと嫌い…?」と、心もとない声を出した。「はい」と一も二もなく土方が答えれば、「なんで?!俺いい教師じゃねえけど、少なくともお前にとってはそれほど嫌な奴じゃねえだろ?!」と、銀八は土方に詰め寄る。近ェ、と銀八の顎を押し返してから、「そういうことを自分で言うところが嫌です」と、土方は銀八を切り捨てた。えええ、とうな垂れた銀八がいかにも萎れているのがいっそ不思議で、「…むしろ、なんで嫌われてないと思ったんですか」と土方が逆に問いかけると、「だあって、お前基本真面目じゃん。ノリは悪くねーし、近藤や沖田と馬鹿やったりもするけど、それも節度があってつまんねーって思ってたのに、いきなりヤっててさあ。俺は一気に親しみが湧いたから、お前もそうじゃないのかなーって」と、銀八はろくでもないことをぶちまけた。
比喩ではなくずきずき痛むこめかみを押さえ、「いろいろ言いたいことはありますが、俺はそんな親近感要りません。つか一緒にすんじゃねーよ、てめェほど爛れてねェ」と土方が吐き捨てれば、「でも彼女Mなんだろ」と銀八が食い下がるので、「曲解してんじゃねェェェ!たとえあっちがそうでも俺はノーマルなんだよ、見られて興奮する性癖はねェんだよ、気まずいんだよ、察しろ!」と、土方はとうとう本音を吐く。言ってしまった。頬が熱い。言っても土方は彼女が初めてで(あれが初めての経験というわけではないが)、彼女もそうだろうと思う。そんなものを他人に目撃された上、微笑ましく微笑まれてしまったことは、土方にとって耐え難い苦痛だった。せめてあと二、三人は試したい。彼女に不満があるわけではないが。
ぱかっと口を開いて、間抜けな顔をさらす銀八の手から捺印済みの書類を奪い、「じゃあ、そういうことなんで。失礼します」と土方が逃げるように立ち去ろうとすれば、「ま、待って!ちょっと待て」と、銀八が土方の学ランを掴む。「いや、もう用は無いんで離してください」と振り返った土方は、いつになく真剣な表情の銀八を認めて一瞬足を止めてしまった。とたんに、土方の学ランから手首へと移動した銀八の手は力強く、簡単には解けそうに無い。「なんか誤解させたなら謝るけど、お前のセックスを笑ってやろうとかそんなんじゃねェし。恩を着せようとかでもなくて、そこから仲良くなってくきっかけになりゃ良いなって、それだけだったんだよ。いいアングルだったしお前もかっこいいからビジュアル的にまた見たいと思ったのはほんとだけど、もちろんなくていいし!ただ俺は、」と、そこまで聞いたところで、「ごちゃごちゃうるせェ!!あと恥ずかしいから止めろマジで!」と、土方は銀八の顔に書類ごとてのひらを叩き込んだ。
ぶはっ、と呻いた銀八の腕がわずかに緩んだ隙を逃さず、すばやく銀八から距離をとった土方が、「蒸し返すなっつってんだよ、あと仲良くはなれねェだろ」とそれでも律儀に返せば、「なんで?」と銀八はまっすぐ土方の目を見つめる。「なんでって…俺は生徒であんたは教師だし、今年卒業するし、てめェとは気が合わねえし、年が違いすぎるし」と、扉を背にしたまま土方が数え上げると、「お前が生徒で俺が教師だってことを踏まえれば、今年卒業すんのはむしろプラス要素だろ。お前進学希望全部都内だし、卒業したら心置きなく会えんじゃん。気が合うかどうか今決めちまうのは早すぎねえ?あと年はそこまで変わんねーよ、俺二十八だから。社会人になったら十歳差くらい普通だって」と、銀八はすらすら並べた。卒業後ってなんだそりゃ、学内だけの話じゃねえのか、担任って怖ェな進路も住所も全部知られてて、いやべつに怖くはねえけど、いや、怖いか。怖いっつーか、ヤバい気がする。
じりっと後ずさった土方に、「えっ、なんでまだ逃げんの?まだ足りねェ?」と銀八が言うので、「いや、あのもう無理です、すいません。俺には荷が重いんで勘弁してください。なんなら近藤さん紹介するんで。あのひとやさしいから先生とも仲良くしてくれますよ。俺忙しいんで、それじゃ」と、土方は早口に告げると、後ろ手に扉を開けた。皺くちゃの書類は、まあ何とかなるだろう。「ちょっ、土方、何か勘違いしてねえ?」と慌てたような銀八には構わず、ぴしゃりと扉を閉めた土方は、一瞬深く息を吐いたが、「土方、違うから、そういう意味の仲良くしたいじゃねーから!」と、閉めたはずのドアがまた開いて銀八が顔を出す。
「そういう意味ってどういう意味だ!その発想が出てくる時点で信用できねえって何度も言ってんだろが!!」と、先ほどまでと同じトーンで叫んでしまってから、はっ、と口を押さえた土方は、「もっ、ほんと構わないでください、先生と仲良くなりたい相手は俺以外にたくさんいるから大丈夫ですって、そのセフレみたいに」と、あながち冗談でもないことを小声で告げた。銀八はだるくてゆるくてもしゃもしゃでやる気の無い教師ではあるが、それでも授業内容がそれなりにわかりやすく、生徒との距離も近いので、呆れられながらも受け入れられている、というのが現状である。それこそ友人のような距離感でいる生徒も多いだろう。いまさら土方と仲良くなどしなくても、卒業後(成人後ではないところが味噌だ)に銀八と飲んでみたい人間はいくらでもいる筈だった。
それでも、「やだ、お前がいい」と言い募る銀八が薄ら寒くて、全身に鳥肌を立てた土方は、「せっ、先生は俺のどこがいいんですか」と、上ずった声を出す。違う、これは何か違う。誤解を招く。もう夏も近いというのに、さあっと背筋が冷たくなった土方をよそに、「俺に冷たくて、照れてんのかマジ切れなのかわかんない態度なのに、ちゃんとここまで仕事はしに来るとこ。それだって、ほんとは昨日までだろ?お前じゃなくて委員長の仕事だし、あのゴリラは何してんの?また行き過ぎた求愛活動?」と、銀八はごく普通の声で返した。「近藤さんはゴリラじゃねえ。それに、上の不始末は下が付けるもんだろ」と、いくらか冷静になった土方が言うと、「どこの筋モンだよ、風紀委員は」と、銀八はゆるく笑う。
もう一度口を開きかけた土方の手から書類を奪い、丁寧に皴を伸ばした銀八は、「これは俺が校長に出しといてやるから、お前もう帰っていいよ。下校時刻だし」とひらひら手を振った。いやそれは、と首を振る土方の両肩に手を置いて、「まあ、あからさまな点数稼ぎだけど、無理強いはしねーから。無理強いはしねえけど積極的にいくから、そこんとこよろしく。早く仲良くなろうな」と、言う銀八に、「今の録音しときゃ俺の勝ちでしたよね。完全に危ない台詞だったし」と、土方はごく冷たい声で答えた。それは洒落にならない、といまさら青くなった銀八の手からすり抜け、「じゃ、俺帰るんで、失礼します」と一礼した土方は、十歩ほど進んだところで振り返り、「ちなみに俺はジャンプじゃなくてマガジン派なんで、やっぱり先生とは気が合わないです」と、銀八に告げる。返事を待たずに踵を返せば、「俺だって金田一少年は全巻集めたもん!」と銀八の声が追いかけるので、「金田一少年の新シリーズも始まってますが」と、土方が返せば、なにそれ知らない、と情けない声が聞こえた。正直どうでも良かった。

▽ ▽ ▽

本当にどうでもいい話だが、その週から国語準備室にはマガジンも常備されるようになり、土方はドン引きした。いいんだよ大人だから週二百六十円くらい散財したって、とごちゃごちゃ言い訳する銀八の隣でマガジンを読むのがいつの間にか土方にとって習慣になり、何の因果か夏休み中にも何度か顔を合わせる羽目になり、銀八を罵倒したり銀八におちょくられたりしつつも内申は下がらなかった。銀八は土方にまとわりつくわけでもなく、それこそ年上の友人のような距離で、土方に良くしてくれたし、国語準備室のソファはスプリングが効いていて、昼寝にちょうどいい。土方としては甚だ不本意な形ではあるものの、対外的に見れば「仲良し」な位置に落ち着いてしまった。
「今も正直どうでもいいんだけどな」と呟いた土方に、「なんて?」とコーヒーを差し出しながら銀八が言うので、「なにも」と土方は首を振る。そっか?と疑問符を浮かべつつ、銀八は土方の隣に座って、マグカップへスティックシュガーを四本とフレッシュミルクを四つ、さらさら流し入れた。始めて見たときはそれぞれ六個ずつで、「早死にするぞ、お前」と土方が断言したことで四つに減っている。それでも三、四年の違いだろうな、と毛穴から甘い匂いがしそうな銀八をよそに、土方はブラックコーヒーを啜った。相変わらず薄い。
読み終わったマガジンをぱらぱらめくる土方の手元を覗き込みながら、「最近どうよ」と尋ねた銀八に、「どうもしないですけど」と土方が返すと、銀八は唇を尖らせて、「何もねエことはねェだろ、週末は最後の文化祭じゃん。彼女とどこかで、とか、ねえの」と、土方の脇腹を突く。「あっちはあっちで部長だから展示準備があんだよ、んなこと相談してられるか。…手薄になった部室棟で、って話は無いこともねェけど」と、土方が顔も上げずに答えれば、「わかった、それとなくあの辺見回っとくから」と、銀八は力強く頷いた。結局、彼女にせがまれた土方は、あれからも何度か校内でしている。ものすごく悩んだが、また不意を突かれるよりは、と一応銀八に日時と場所を伝えておけば、銀八は毎回土方にだけちらりと顔を見せ、また一度などは体育館倉庫へ入り込みそうになった別の教師の足止めまでしてくれた。あの時は本当に死ぬかと思った、と思い返す土方だったが、しかし彼女の反応が一番良かったのもそのときだということを忘れられずにいる。銀八には言わなかったが。
「何度も言ってるけどよ、ここ使っていいんだぜ?ほらソファあるし、鍵かかるし、磨りガラスだし、俺しか来ないし」と、脳が沸いたようなことを言う銀八に、「何仕掛けられてるかわからないんで絶対に嫌です」と、土方はいつも通り首を振る。ちぇ、と舌打ちして、土方の肩へ頭を乗せようとする銀八をさっと交わせば、「お前冷たいよな!」と銀八は喚いて、土方の腰にしがみついた。「やさしくして欲しいんならそれ相応の相手を探せよ。つーかこんなんセフレの彼女にしてもらえばいいじゃねえか」と、土方が銀八の顔の上でマガジンを広げれば、「あいつドMだからこういうスキンシップはしてくんねーの」と、土方の膝へ顔を埋めながら銀八は言う。露出もコスプレも緊迫も鞭も木馬も犬も平気なのに膝枕がダメって、と別に知りたくも無かった担任の性生活を思い浮かべてげっそりした土方は、「じゃあセフレじゃねえ彼女を作りゃいいだろ」と話を切り上げて、銀八には構わず足を組んだ。
「自分がイケメンだと思って簡単に言いやがって」と、毒吐く銀八に、ああそういえば、とひとつ聞きたかったことを思い出して、「なあ」と土方が声を掛けると、「なに?慰めてくれんの?」と、銀八は期待に満ちた表情で顔を上げる。銀八の言葉は当然のように無視して、「先生は足コキってされたことあるか?」と尋ねた土方に、「おお…土方からそういう相談をされるのはちょっとドキドキすんな。俺はねえけど、なに、して欲しいの?彼女にお願いしたの」と、銀八は起き上がって、ソファの上で正座を作った。
もうこの時点でだいぶ嫌になっていた土方だが、他に話す相手もいないので、「いや、彼女の方からしていいかって言われたんで、この間してもらった…んですけど」と、マガジンを閉じて銀八に向き直る。「なんだよ、惚気なのか」と勝手に納得したような銀八に頭を振ってから、「じゃなくて、やってもらったけどあんま気持ち良くなかったんだよ。そもそも足がうまく動かねえし、正直力弱すぎて途中で萎えちまって、すげえ気まずかったから、誰でもそうなのか聞きたかった」と、土方がぶちまければ、「彼女って足何センチ?」と、銀八は問い返した。
「二十四」と土方が答えると、即答かよ、となぜか羨ましそうな顔をしてから、「お前の体格からしてたぶんチンコはこれくらいになるだろうから、二十四センチの足幅で擦ろうとすると結構大変だろうな。二十八くらいありゃ楽だろうけど」と、銀八は指を広げて示す。にじゅうはっせんち。「…てことは、俺の方がうまくできるってことか…」と、土方が呟けば、「土方も二十八センチなの?」と、銀八がどこか嬉しそうに尋ねるので、「も、はどこに掛かるんですか」と、土方は眉を顰めた。
「もちろん『俺も』の『も』だけど」と、健康サンダルの足をひらひら揺すった銀八は、「身長も同じくらいだよな。何センチ?」と首を捻る。「百七十七…」と、若干嫌な予感がしながら土方が返せば、「マジで?!!俺も俺も!!」と、銀八は土方の肩に手を伸ばす。銀八の手を叩き落としてから、「なんかさっきの話聞いてからだと、てめェのチンコがだいたいどれくらいかわかってすげェ嫌だ」と土方が言うと、「比べてみるか?」と銀八があながち冗談でもなさそうな顔をするので、「ねえよ、ばか」と土方はぎりぎりまでソファの端に寄った。身長が同じでも、身体の厚みに差があるのは明白なので、そこは深く追求したくない。
残念、と腕を下ろした銀八が、「っつーか、さっきの話だと、お前よっぽど足コキに未練があんのな」と言うので、「正直夢見てました」と土方が告白すれば、「あー、わかる。俺も初めてフェラしてもらった時こんなもんかと思ったもん」と、銀八は深く頷いた。フェラチオに関しては小さい口でしてもらって充分満足した土方だが、とりあえず共感を得られたので、「なんつーか、彼女が不器用だったのが残念で。俺足でペン拾ったりできるから、たぶん俺の方が上手にできますよ」と、重ねると、「もうさ、近藤とか沖田なら頼めばやらせてくれそうじゃね?あ、それこそ山崎?」と、銀八がとんでもないことを言い出すので、
「いや童貞にしてやっても意味ねーだろ」と、土方は首を振る。セックスと比べてどうか、という話でもないが、ただ他人の体温が伝わるだけで充分気持ちい、という程度の感想では困るのだ。ある程度経験を積んで置いてもらわないと、土方にテクニックがあるかどうかの検証はできない。
「言うねー。つか、沖田くんもなの?けっこうモテんのに、ドSだから?」と、銀八に幼馴染兼委員会の後輩且つ彼女の弟、と言うどこを切っても切り離せない相手のことを持ち出されて、「あいつ潔癖なんで。縛るのはいいけど突っ込むのは嫌らしいです」と、土方は返す。彼女との関係が露見した時はそれこそ殺されるかと思ったので、校内で何をしているか、一番知られたくない相手は正直沖田だった。
「へー、趣味被ってるけど、その辺はわかんねーわ。縛って穴があったら入れるぜ俺は」と、銀八が真顔で最低な台詞を吐くので、「まあてめェはそうだろうよ」と、今まで聞かされた銀八のセフレとの性生活を走馬灯のように駆け巡らせた土方は、「…あ」と不意に顔を上げる。「あ?」と首を捻った銀八に、「てめェがいるな」と土方が言えば、「は??」と銀八は疑問符を増やした。ここにいるじゃねえか、爛れた性生活を送っていて、足コキの経験は無くてもそれ以上のことはいくらでもヤっていて、土方が何をしても動じそうにない相手が。そして押せば流されそうな相手が。
軽く頷いて、「先生、チンコだけ貸してください。一回分でいいんで」と土方がさらっと強請ると、「いやいやいやいや、さすがにそれは俺の首が飛ぶだろ」と、銀八はぶんぶん首を振る。「なにいってんだ、俺がてめェのスマホの中身公開したらそれだけで解雇だろ」と、土方が肩を竦めれば、「あ、知ってた?」と、銀八が首を掻くので、「毎回見せない構図を考えんのに苦労しました」と、土方は答えた。何の話かと言えば、ハメ撮りだ。というか隠し撮りである。覗くだけでは飽き足らず、写真まで残されていることも知ってはいたが、それはそれで口止め料としては安いものなので、ある程度は許容範囲だった。彼女の顔と局部は写らないように工夫したが。
「ケーチ。いいじゃねえか、減るもんじゃなし」と、わざとらしく唇を尖らせた銀八に、「俺はともかくあっちはかわいそうだろ」と土方がいまさらのように真っ当なことを言えば、「さんざん覗かせといていまさらだよね。けっこう楽しんでたじゃん、そういうシチュで」と、銀八は薄く笑った。まあそれはそうなのだが。体育館倉庫を覗かれかけた時の事は、完全にプレイの一環になっているし。それでも、「かも、が確信に変わったら笑えねーよ。それちゃんとパスかけてあんだろうな?」と、土方が銀八のスマホを示すと、「もちろんですー。本体にもフォルダにも、あとお前らのは画像一枚一枚にも。俺のプレイも入ってるしな」と歌うように返すと、「見る?」と星形に指を滑らせて、銀八はロックを解除した。「てめェのプレイはえぐいから嫌だ」と、首を振った土方が、「変態教師」と付け加えれば、「絶倫生徒」と銀八は言い返して、あはっ、と笑った。不名誉ではないが、嬉しくないあだ名だった。
一頻り笑い終えてから、「まあいいけどよ、お前本気?」と銀八が土方の膝を突くので、「まあ、一回くらいはそういう経験も…有りじゃねえスか」と、土方が気のない答えを返せば、「じゃあタイツはいて」と、銀八は笑顔のまま言う。一瞬反応が遅れた土方を置いて、「黒くて薄いの。肌色がちょっと透けるくらいの。脛毛剃れとまでは言わねーから」と、銀八はどんどん重ねた。「それって指動かせないんじゃねーの」と、土方が素朴な疑問を漏らしてみたが、「お前だって直に触るよりは布一枚隔てたほうがやりやすいだろ」と、銀八はぶれない。「本音は?」と半眼になった土方が尋ねると、「俺の趣味です」と銀八が胸を張るので、「そういう指定が入るあたり、ほんっとただの変態だよな…」と、土方は改めて銀八のあれこれを噛み締めた。「その変態の扱きたがるお前も相当だろ」と返された銀八の台詞は聞こえなかったことにしておく。
確かに俺もタイツは黒が好きだけど、と遠い目をしかけた土方は、「ってことで、はいこれ」と、銀八が引き出しから取り出した未開封の黒タイツを手渡されて、さすがに絶句した。おまえ、と土方が今までの比ではない軽蔑の眼差しを浮かべれば、「えっ、違うよ?!何考えてるかわかんねーけど違うから!べつにお前に穿かせようと思って準備してたんでも、誰か他の生徒に使おうと思ったわけでもなくて、タイツ越しにオナってみよっかなって魔が差しただけだから!」と、銀八は首を振る。「どこからどう聞いても何の弁解にもなってねえよ!!あとてめェそっちの気もあんじゃねえか気持ち悪ィな!」と叫んだ土方に、「そっちってどっち?!止めてその眼はほんとに止めて、俺今お前に協力してやってんじゃん?ちょっとくらい俺の趣味にも付き合えよ!」と、銀八は叫び返して、「さっきも言ったけど、ヤらせてくれる娘はNGなプレイがいくつかあってよ、足コキも黒タイツもナシなの。俺が踏むのはいいけど、俺を踏むのはダメなんだってよ。どう思う?」と、拗ねたように首を傾げた。
知らねえよ、と心の底から吐き捨てた土方は、てのひらの黒タイツをじっと見降ろして、「男物も売ってんだな…」としみじみ呟く。「ドンキで三百六十円だったから、いいかなって。すぐ捨てるからなにしてもいいよ」と、軽く言い放った銀八が、「俺ちょっと出てくるから、そこで着替えろよ」と言うので、「えっ?今からか?!」と土方は軽く目を剥いた。今、と頷いた銀八は、「こんなもん勢いじゃねーとどうにもなんねーだろ」と言って、「一晩考えて何かいいことあると思うか?」と土方に問い返す。たっぷり五秒間を開けて、「ねえな」と土方が頷けば、「ん、だよな」と銀八も頷き返して、ソファから立ち上がった。
「てめェはどこに行く気だ」と土方が尋ねると、「便所でちょっと元気になってくる。さすがに一からは無理だろうし」と、銀八は左手で輪を作る。「片手で収まんのな」と土方が返せば、「や、これは比喩で…って、何言わせんだコノヤロー。すぐ見せてやるから吠え面かくなよ!」と銀八はびしっと土方に指を突き付けて、鍵を片手に国語準備室を出て行く。錠が下りてから、念のため内鍵も掛けた土方は、あらためてタイツを手に取ってまじまじと眺めた。四十デニール、と書かれているが、それが何を示すのかもよくわからない。メンズ、L〜LL、と言う文字だけは土方にもわかったので、袋をぺりぺり開いて、中からタイツを取り出す。綺麗に折り畳むためなのか、太腿に厚紙が差し込まれていたのでそれも抜いて広げて見たものの、明らかに小さい気がして、「…これ、穿けんのか」と、土方は呟いた。脱がせたことは何度かあるが、穿くのは初めてである。頼りない生地をぐにぐに引っ張った土方は、年中閉まったままのカーテンを一応確認して、学ランの下を脱いだ。スニーカーソックスも脱いで、足先にタイツを当てたところで、ふとパンティストッキング、の文字が目に入って、土方は手を止める。
パンティってことは、これ一枚で下着になんのか。彼女は下にパンツ履いてたけど、ボクサーだとめちゃくちゃもっさりするよな。え、じゃあ直に穿くのか?えっ、それってどうなんだよ。どうもこうも正解がわかんねえよ。ググればいいのか?こんな検索結果彼女に見られたら死にたくなるけど、いいのか?とぐるぐる考えた結果、土方はごくりと息を呑んでボクサーパンツをそっと脱いで、素裸の下半身へとタイツをぐっと引き上げた。ぴったり張り付くナイロンの感触はどうにも形容しがたくて、土方は急いで上からズボンを穿くと、銀八の帰りを待つ。
ずいぶん長い時間が経った後で、とんとん、と誰かが国語準備室の戸を叩くので、そっと近づいて内鍵だけ外せば、「土方、いるか?入って良い?」と銀八の顰めた声が聞こえるので、「早くしろよ、てめェの部屋だろ」と、土方は返した。「いや、俺の部屋じゃねえけどな。私物化してるだけで」と、最低な発言をしながら戸を開けた銀八は、「あれ?穿いたんじゃねえの?」と、不思議そうな顔で首を傾げる。「穿いてますけど」と、土方がズボンの裾を少しだけ持ち上げて見せれば、「えっ、そこは脱いでよ!ふくらはぎとふとももが見えねえと意味ねえじゃん!」と、銀八は土方の肩にがしっと両手を乗せた。「先生のタイツへの飽くなき執着が本気で気持ち悪いし、あと俺の足なんですけど」と、土方は言ってみるが、「いいよお前足細いし、タイツに包まれてればある程度丸みも出るし」と、銀八は真顔である。
えっと、と視線を泳がせてから、「じゃ、白衣貸してください」と土方が手を出せば、「いいけど、なんで?」と銀八が尋ねるので、「…タイツの下裸なんで…」と、土方は囁くような声で返した。「それはそれでちょっと見てえな」と、笑った銀八が脱いで差し出した生暖かい白衣を羽織り、銀八に背を向けてズボンを脱ぐと、「ひじかた、そのアングルなんかすげーから撮って良い?」と銀八はろくでもないことを言う。「ダメに決まってんだろが!」と一喝してから、膝上までのボタンを留めた土方が振り返れば、「俺、大きめの白衣着ててよかったわ」と、銀八は感慨深そうに目を瞬かせた。
客観的に自分を見つめ直すと立ち直れなくなりそうだったので、「いいから、さっさとどっか座ってください」と言った土方に逆らうことなく、「床でいいか?ちょっと高低差がある方がやりやすいよな」と、銀八はソファの前で胡坐をかく。銀八の股間が必要以上に強調されて、土方は少しばかり息を呑んだが、ここまで来て引くわけにはいかない。覚悟を決めてソファに座った土方の前で、「じゃ、よろしく」と銀八は軽い声で言うと、慣れた手つきでジッパーを下ろした。飛び出す、と言うほどの勢いでもなく顔を出した半勃ちのチンコに、「立派な息子さんですね」と土方が声を掛ければ、「そういうのはどこで覚えてくんの?」と銀八は肩を竦めて、「あの、恥ずかしくねえわけじゃないんで、なんとかしてください」と軽く目を逸らす。
いやそんな反応されても、と思った土方は、すう、と息を吸って、銀八のチンコへと両足を伸ばした。足先で挟んだ瞬間、膝に置いてあった銀八の手がぎゅっと握られるので、「痛ェ?」と土方が尋ねれば、「いや、なんかシチュエーションに興奮して」と、銀八は言う。土方が無言で力を込めると、「いっ、いでででで!!ごめん止めてそこ急所だから!無くなったら責任取ってくれんの?!」と銀八は土方の太腿を掴んだ。タイツ越しの体温にびくっと肩を震わせて、「責任は取らねえけど、セフレの彼女には連絡してやるよ」と土方が返せば、「うん、たぶんあいつならモロッコで付けてきてくれるだろうけどね…先生は粗末にしても、先生の息子は大事にしてください」と、銀八は諦めたように言う。わかったから離せ、と土方が銀八の手をタップすると、「土方は足弱いの?」と銀八は薄く唇を歪めたが、土方の表情を見てさっと手を離し、「もうしません」と両手を挙げた。
「今度は踵で潰してやろうかと思いました」と土方が無表情に告げれば、「もしかしてそれが目的じゃねえよな?すっげェ怖いんだけど」と言いながらも、銀八は両手を床について、目を閉じる。はいどうぞ、とあらためて下半身を明け渡された土方は、なるべくチンコ自体は凝視しないよう、銀八の首元を眺めながら、足裏でチンコを擦り上げた。滑らかなナイロンが皮膚を滑って、土方は何となく足全体をコンドームで覆っているような気分になる。根元を指先でぎゅっと抓み、そのまま上下させれば、んっ、と銀八の声が喉の奥で聞こえて、チンコが固くなるのがわかった。なるほどと思わず頷いた土方は、右の足裏全体で幹を擦りながら、左足の踵で柔らかく亀頭を踏みつけた。赤黒い亀頭から本格的なカウパーが溢れる頃には、目を閉じた銀八だけでなく、土方の息も荒くなっていて、土方は口元を押さえる。
ぬるぬる滑るチンコを銀八の腹筋へ押し当てるようにぐりぐり踏みつければ、っあ、と銀八の口から微かな喘ぎ声のようなものが響いて、土方は思わず唾液を飲み込んだ。これは、良くない気がする。最初からわかっていたことだが、手を出してはいけない分野だった。出したのは足だが。もう、早くイけ、と土方が両足を激しく動かしながら指先を折りたたむようにチンコを刺激すると、「ちょ、ひじかた、お前ほんとにこれ初めて?才能あるよ絶対」と、銀八は片目を開く。「嬉しくねえよ」と反射的に言い返した土方は、銀八へ見せつけるように黒タイツの足裏を上げて、「にしても、すっげえ濡れてんな。ほら」と、銀八の首に当てた。ごく、と銀八の喉が上下するのを感じて、「…なんか言えよ」と土方が呟けば、「や、無理。続きお願いします」と、銀八はまたぎゅっと目を閉じる。
なんだそりゃ、と思いつつ、まだ亀頭を踏んでいた左足へ添わせるように右足を下ろした土方は、零れたカウパーを塗り込めるように何度も尿道口を付近を捏ね回し、濡れた足裏で袋を揉み、夢中で銀八を追い上げていった。慣れてしまえば、銀八のチンコの形状に木を取られることもない。自分にも同じものが付いているし。やがて銀八の唇がぎゅっと引き結ばれ、全身に緊張が走るのが土方にもわかったので、今だ、とばかりに根元を踏みつけていた踵を上げれば、銀八のチンコはびくびく震えて吐精した。足裏に熱い液体が掛かった瞬間、やった、と多幸感に包まれた土方は、同時にびゅくり、と良く知った感覚を味わって、大きく目を見開く。
ずいぶん大量に射精した銀八は、ふーー、と息を吐いて、額に浮いた汗を拭うと、「ヤバい、俺これ病み付きになりそう」と土方の顔を見上げた。「そうか、もう二度としねえけどな」と素っ気なく返した土方は、何気ない風を装って立ち上ると、「つうかてめえ出しすぎだ、足ベタベタじゃねえか」と、銀八に背を向けて黒タイツの踵を引っ張る。「ん、それは良く言われる」と緩んだ声を出す銀八に、「すっげえ不愉快だわ」と返した土方が、さっさと黒タイツを脱いでしまおうとすれば、「あ、待って土方」と銀八は床に座ったまま、土方が纏う白衣の裾を引いた。
なんだよ、と顔だけで振り返った土方は、「それ、脱いだら俺にちょうだい」と満面の笑みを作った銀八の声に、「はァ?」と眉を顰める。「捨てるだけなんだろ、俺が持って帰る」と土方が返せば、「そのつもりだったんだけど、もったいなくなった」と言った銀八は、「だって、いま出ただろ、お前」と続けた。ぴしっ、と固まった土方に、「やー、つられ勃ちはするだろうと思ってたけどよ、まさか同時にイってくれるなんて思わなかったから、ちょっと嬉しいっつうか、記念にしたいっつうか、だからちょうだい」と銀八が重ねるので、「ば、ばかじゃねえの、何の記念だよ!何に使う気だ!」とようやく復活した土方は銀八を振り解き、そのままズボンを穿いてしまう。正直気持ち悪いが、これはトイレで着替えた方がいいだろう。
「なにって、そんなもんナニに決まって、」と言いかけた銀八の顎を蹴り上げ、「ご協力ありがとうございました!」とそれでも一礼した土方は、ソファの端に畳んで置いたボクサーパンツを掴んで国語準備室から逃げ出した。「ひじかた、白衣!」と銀八の声が追いかけるので、「後で返します!」と叫び返した土方が全速力で向かう先は、そこから一番近い来客用の多目的トイレだった。校舎内にはまだずいぶんたくさんの生徒が残っていたが、幸い、誰にも呼び止められることはなかった。


( 彼女持ちの土方くんがセフレのいる銀八先生に足コキするはなし / 3Z /坂田銀八と土方十四郎/ 140325)