星のすみか

※銀さんが厭魅を倒せなかったら、と言うIF設定です

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とうとうふたりきりになってしまいましたね、とからくりは言った。

星を去る最後の船を見送りながら、とうにひとりだったさ、と厭魅はもう必要のない護符をくるりと解く。あの日、過去からやってきた坂田銀時を、厭魅は無事殺すことができた。坂田銀時が厭魅を殺しても、厭魅が坂田銀時を殺しても、どちらにしても厭魅は消え、この世界の理は変わる。そう信じた末の行動だったのに、坂田銀時が息絶えた後も厭魅の生は続き、厭魅は結局ターミナルを駆け上ってきた神楽と新八を殺さずに逃げることしかできなかった。すがたかたちがかわっても、本質は同じである。厭魅を探した面々は、死んだ坂田銀時を今度こそ坂田銀時の墓に埋め、そしてもう二度と、坂田銀時を探そうとはしなかった。
あれから十五年、結局未来は取り戻せず、地球はいよいよ死の星と化して、万事屋の周囲もひとり、またひとりと白詛に倒れて行った。最後まで抗っていた新八が病の縁に倒れた時、神楽が慟哭していたことを知っている。神楽には、ずっと帰る場所があった。星海坊主はずっと神楽を呼び、同時に新八も招かれていた。それでも出て行かなかったのは、万事屋が万事屋であることを最後まで諦めたくなかったからだと、厭魅は理解している。もうほとんど誰もいない街で、神楽と新八は病人を看取って墓穴を掘り、弔いの言葉を掛け続けた。坊主の真似事などさせるのではなかった、と在りし日の万事屋を悔やんでも、厭魅にはもうどうすることもできない。新八を看取った神楽は、膝まで伸びた髪を惜しげもなく切って、志村姉弟が眠る墓へと紊め、源外が死の間際に遺して逝った脱出艇に乗り込み、つい先ほど定春とふたりで地球を出て行った。
薄々わかっていたことだが、厭魅の体内で形成された白詛は、人間にしか作用しない。だから、夜兎である神楽に感染の危険はないのだ。誰もが死にゆく世界で、死なないと言うのは一種の咎であり、罰だった。事実、同じように異星人だったキャサリンは、登勢が死んだ翌週に地球を発っている。それでも神楽は、十五年を、いや二十年を耐え、今までここにいてくれた。幸せに。厭魅が言えた義理ではないが、どうか幸せになって欲しい。

思えば、時間軸は一本ではないのだろう。
どこかの平行世界で、坂田銀時のいない次元が生まれ、その世界は先へ続く。けれども、この世界はこの世界で続いて行かなければならない。ドラゴンボールだって、未来トランクスの世界はあのままだったもんなあ、と呟いた厭魅に、そのデータはありません、と破れたスーツ姿のからくりは生真面目に言った。星が瓦解した今となっては、完全な形でドラゴンボール全巻を探すこともままならない。まあ筋は暗記してるけどよ、とぼろぼろになった二十年前のジャンプを放った厭魅は、からくりに向かって、どこでも好きな時代へ行っていい、と告げた。からくりに内蔵されたエネルギーは、あと一回、時空旅行を可能としている。厭魅は厭魅としての生を全うするしかないが、これ以上からくりをこの場所へ引き止めることもない。どの時代へ行こうと、こんなさみしい世界よりは幾分マシだろう。未来では、この星にも活気が戻るかもしれない。もちろんそこに人間の姿は無いのだろうが。

けれどもからくりはゆるりと首を振り、わたしはここにいます、と言った。十五年経って伸び放題伸びた白髪の隙間から、なぜ、と尋ねた厭魅に、わたしはあなたの望みを叶えることができなかった、とからくりは答える。からくりの存在意義はひとの幸せを守ることです、と続けたからくりは、薄汚れた手袋を外すと、塗装の剥がれた指を伸ばして、厭魅の頬に触れた。

「銀時様。あなたがあなた自身であることを忘れても、わたしはいつまでもここにいます。あなたがあなたでなくなってしまっても、わたしが全部覚えています。あなたの二十年を、わたしだけは知っています。だからいつか、あなたが幸せに《

死ねますように。

囁くようにこぼれたからくりの言葉は、厭魅の耳朶を滑り、柔らかく脳を犯す。これから厭魅は数多の星を滅ぼし、いつか星で一番のつわものに滅されるまで死ぬように生き続けなければならない。とうに滅んだ肉体を呪詛で縛り、歪み続ける自我に絶えず苦しめられながら、それでも立ち止まることは許されないことを知っている。それが厭魅の責であり、咎であり、罪だった。重苦しい衣装を引きずるように立ち上がった厭魅が、お前が壊れるのが先か俺が壊れるのが先か、どちらにしろ長そうだな、と軽口めいた言葉を吐けば、わたしのコアはあとふたつありますから、とやはり生真面目にからくりは言う。天導衆の道具である厭魅に、からくりを持つようなことが許されるかどうかも分からなかったが、ともあれ旅は道連れ世は情け、賭けて見るだけの価値はある。
早く迎えに来ねえかなァ、と薄煙る空を見上げた厭魅に、焦らなくても時間はいくらでもあります、とからくりはどこからか拾ってきた新しい古ジャンプを広げて見せた。おおサンキュ、とジャンプを受け取った厭魅は、ごろりとその場で横になって、ぺらりとページをめくる。

打ち捨てられた地球に天導衆の船が降り立つ、十日前の話だった。


( 劇場版捏造設定 / 厭魅と時間泥棒 / 140105)