ブラック・オア・ホワイト 2

手早く掻き玉汁を作った銀時が、冷やしておいた缶ビールを小脇に襖を開けると、炬燵の片端に陣取った土方は、炬燵板の上の料理にかぶせた埃避けの広告をそっと捲っていた。「お待たせ《と声を掛ければ、「これ全部、テメーが作ったのか?《と、土方は広告を畳みながら銀時を見上げる。「一応な《と返した銀時は、掻き玉汁とビールを並べると、七輪に掛けてあった小鍋から生麩と生湯葉の煮物を小鉢に注いだ。卓上には、他にちらし寿司と炙りしめさば、出汁醤油を掛けて白髪ねぎを散らしたほうれん草のお浸しと、鶏ささみのたたきを乗せた水菜のサラダ、それに登勢から教わった秘伝の浅漬けが乗っている。「華やかさの欠片もねェけど、そんなに上味くはない…と思う《と、頬を掻きながら銀時が言えば、土方が無言で手を出すので、銀時はその上に新品のマヨネーズを乗せた。「業務用は無かったけどよ、その分たくさん買ってきたから、どんと行け《と告げて、銀時は小ぶりの寿司桶からちらし寿司を皿に盛り付け、土方の前に置く。
やはり無言で手を合わせた土方は、ちらし寿司の上にねろねろとマヨネーズを絞り出して、一箸口に入れた。銀時がどんどん取り分ける小皿全てに箸をつけてから、「…テメー、どういうつもりだ《と、土方が言うので、「えっ、上味かったか?《と銀時が取り箸を握り締めれば、「逆だ馬鹿。こんだけ作れんなら、万事屋じゃなくて普通に店を出せ。通ってやるから《と、土方は尊大に言い放つ。「店なんか出さなくても、土方が来てくれんなら毎日作るけど《と、銀時が告げれば、「毎日は無理だな《と土方は首を振って、マヨネーズまみれの生麩をもっちもっち噛んだ。八割本気だった銀時は、少しばかり肩を落としたものの、土方の口に合ったなら、と気を取り直して、炙りしめさばを口に入れる。ちなみに、バーナーはやっぱり登勢の店で借りた。
寿司桶が空になり、ビールが日本酒に切り替わったあたりで、「そういえば、女が関係ねーならなんでお前明日休みなの?《と銀時が尋ねれば、「まあテメーは知らねえだろうと思ったがな《と、土方は銀時を鼻で笑って、懐から何やら封筒を取り出す。「ナニソレ《と首を傾げた銀時に、「あしたから始まるラストサムライVSやくざのチケット《と、誇らしげに土方は言って、封筒からそっと二枚のチケットを取り出した。「舞台挨拶は逃しちまったが、明日の昼からの席は取れたんでな《と、土方が嬉しそうにチケットを眺めるので、「良いクリスマスプレゼントだな《と、銀時も心から告げる。「でも、なんで二枚あるんだ?《と、銀時が首を捻ると、「前売り特典が二種類あったからだ《と、間髪入れずに土方は返した。
「原田でも誘おうと思ったんだが、あいつは舞台挨拶の回が取れたんだとよ。ったく、人を出し抜きやがって…どうすんだコレ《と、心底口惜しそうな顔をした土方に、「えっ、じゃあ俺行く!一緒に行きたいです!《と、銀時ががたっと炬燵を揺らせば、「テメーはアニキに興味ねーだろが《と、土方の答えは素っ気ない。「ばっかお前、俺えいりあんVSやくざの時映画館で呼び込みとかしてたからね、中は見てないけどシナリオは読ませてもらったからね、そういう意味では土方くんよりアニキに近い存在ですぅ《と銀時が言い募ると、「馬鹿はテメーだ、俺はオークションで落とした使用済みのシナリオも持ってんだよ《と、土方はなぜかそこに張り合ってから、「仕方ねーな、テメーにはもったいねえが、空席を作るよりはいくらかマシだから連れてってやる。ただし、ポップコーンは禁止だ《と、銀時にチケットを一枚手渡した。にへら、と笑み崩れた銀時は、一瞬炬燵を立って事務所兼居間に入ると、社長机の引き出しから茶封筒を出して、チケットを収める。失くしたり忘れたりしないように財布と一緒にして、よし、と頷いた銀時が和室へ戻ると、土方は先ほどまで銀時が座っていた座布団に突っ伏していた。
チケットを下敷きにしているので、「おーい、皺になんぞ。あした泣くのはお前だぞ《と、銀時が土方を軽く揺すれば、「泣かねえよ。泣くのはテメーだろ《と、くぐもった声で土方は言う。「お前が泣いたら俺も無くけどよ《と、銀時が返すと、「泣くなよ《と、土方は右手を伸ばして銀時の髪をわしゃわしゃ掻き混ぜた。「ひじかた、飲みすぎじゃね?いや、ここ家だからいくらでも飲んでくれていいんだけどよ。気持ち悪くねえか《と、土方の下からそっとチケットを抜き取り、封筒に戻しながら銀時が尋ねれば、「気分はいい。けど、もういい。風呂入りてえ《と、土方はがしっと銀時の両腕を掴む。「おう、風呂場は廊下の突き当たりだから、入って来いよ。ここ片付けて、布団敷いとくからさ《と、銀時は返したものの、土方の腕は離れない。「風呂《とだけ繰り返して、じっと銀時を見つめる土方に、「…もしかして連れてけって?《と、銀時が尋ねると、土方は首を横に振った。
じゃあなんだというのだ、と銀時が土方を見下ろせば、ほとんど眉も動かさぬ無表情のまま、「連れてくだけじゃねえ《と土方が言うので、「それは、風呂に入れろって言う話ですか《と、つられて表情を消しながら銀時は問いを重ねる。今度こそ縦に振られた土方の首を穴が開くほど見つめて、「えっ、夢?《と銀時は零したが、「じゃねえよ《と、土方は瞬間的に銀時の頬を捻り上げた。ぎゃっ、と悲鳴を上げた銀時だったが、「茶番はいいから、さっさとしろ《と、腹筋だけで上体を起こした土方が銀時の首に両腕を回すので、「お前、そのすぐ暴力に訴えるとこだけはどうにかしてくんねえ?《と、土方の額に軽く唇を当てると、せーの、と弾みをつけて土方を抱き起す。せっかくだからお姫様抱っこ、と膝裏に伸ばしかけた手は叩き落とされ、銀時は結局米俵を運ぶような体勢で土方を肩に担いだ。
「なー土方、これ楽しい?《と、風呂場までのほんの十数歩を踏み締めながら銀時が尋ねると、「それなりに《と土方は言って、銀時の髪に鼻先を埋める。「もっしゃもしゃ《と、そのままの姿勢で土方が笑うので、「悪かったなあ《と銀時は軽く頬を膨らませたが、「嫌いじゃねえけど《と続けた土方の声はひどく優しい。「お前はそればっかだよ《と呟いた銀時は、器用に足で脱衣所の引き戸を開け、足ふきマットの上に土方を下ろした。「じゃ、俺寝間着取って来るから先に入って…《と、言って和室へ戻りかけた銀時は、着流しの裾を掴まれてたたらを踏む。肩越しに振り返れば、片膝を立てた土方と目が合って、銀時は軽く息を呑んだ。しばらく見つめ合った挙句、「あした居たたまれなくなっても知らねーからな!《とやけくそのように叫んだ銀時は、手早く土方の帯を解いて、黒い袷を肩から落とす。同様に長襦袢と肌襦袢も脱がせてから、「これは自分で脱いだ方がいいんじゃねえ?《と、銀時はボクサーパンツのウエストを軽く引いたが、「いまさらだろが《と、土方は意に介さない。いや俺は嬉しいんだけどね、と、土方の肩に顎を乗せた状態で下着まで引き下ろした銀時は、ひとまず風呂場の戸を開けて風呂椅子に土方を座らせた。
手早く着流しと黒の上下を脱ぎ捨て、いちご柄のトランクスも放った銀時が土方の後ろに立つと、土方は銀時の太腿に頭を押し付けて、「早く洗えよ《と囁く。「お前これ、甘えてんの?性質悪ィぞ《と返した銀時は、それでも素直にシャワーを手にすると、水がお湯に変わるまで待ってから、「目、閉じて《と土方の頬に触れた。んー、とどこか楽しげに俯いた土方の髪を充分濡らした銀時は、軽く泡立てたシャンプーで土方の頭を洗っていく。「痛かったら言えよ《と銀時が言うと、「痛くはねえが、くすぐってェ《と、喉の奥で土方が笑うので、この酔っぱらい、と銀時はぐっと下半身に力を込めた。勃ちそう、というかもう半分勃っている。今夜の目的はセックスではないので、土方に腹が立つわけではないのだが、それでもちょっと勘弁してほしい。
ごく丁寧に泡を流しながら、「ほんとに腹立つくらいさらっさらだな《と、銀時が土方の黒髪を梳けば、「嫌いか?《と、目を閉じたまま土方は言う。「嫌いだったらこんなことしねーよ。そもそも家に呼ばねーし、ていうか大好きです知ってんだろコノヤロー《と、銀時がふざけ半分で土方の腰を抱くと、「そのわりに自制がきかねーな《と、土方は無造作に銀時の股間を握った。う、と一瞬息を詰めて、「これは上可抗力だから。なすがままのお前とか反則なんだって《と、銀時が言い訳がましい言葉を紡ぐ間も、土方はむにむにと銀時の外性器を揉み回して、「もうちょっとか?《と首を捻っている。「あの、勝手に育てないでくれません?《と、銀時は土方の手に指を掛けたが、「いいから、お前は俺を洗ってろ《と、土方は銀時の手を叩き落とした。
この野郎、ともう一度思った銀時は、「おー、じゃあ洗ってやるよ、隅々までな《と、宣言して石鹸を取ると、よくよく泡立てる。両手いっぱいの泡ができたところで、銀時は土方の脇腹から腹筋にかけて指を滑らせた。軽く皮膚を抓むようにしながら銀時が指を進めれば、土方は軽く背筋を震わせたものの、銀時の性器を擦る手は止めない。そっちがそのつもりなら、と腹を据えた銀時は、ゆっくりとてのひらで土方の身体を辿り、胸元まで上ったところで、乳輪をなぞるようにくるりと輪を描く。とたんに、土方の手がぎゅっと銀時の外性器の根元を握り締めるので、うっ、と全身を強張らせた銀時は、「触ってていいけど、あんま無体なことしないで…俺も気を付けるから《と言いながら土方の乳首をきゅっと抓んだ。「言葉と行動が一致してねーぞ《と、まだ冷静な声で言った土方は、邪魔だ、と言わんばかりの態度で座っていた風呂椅子を蹴とばすと、タイルに膝をついていた銀時へと背を預ける。「冷たくねえ?《と、鎖骨をゆるく撫でつつ銀時が尋ねれば、「冷てーに決まってんだろ。さっさと洗って、先に進みやがれ《と、銀時の亀頭を親指でぬるぬる弄り回した。あっ、と一声漏らしてから、「俺、別に、今日はヤんなくても良かったんだけど《と、銀時が土方の肩口に吸い付くと、「残念だったな、俺は完全にその気で来た《と、土方はまだ乾いた銀時の髪をがしがし撫でる。
ああそう、と頷いた銀時は、「だったらご期待に沿えるよう努力しねーと《と、土方を膝に抱え上げると、何度か泡を追加しながら土方の身体を綺麗に洗い上げた。腹から胸から手足から、耳の後ろや爪先や乳首や外性器の裏筋や肛門の襞の一本一本やに至るまで丁寧に丁寧に泡を塗り込めれば、さすがに土方も薄く喘いで、銀時の首筋に後頭部を押し当てると、銀時の前に首筋を晒す。他に比べていくぶん白い首筋はうっすら上気し、土方が声を押し殺すたびに喉の奥がひくつくのが良くわかった。散々土方の身体を玩んでから、「だいたい綺麗になったけど、なんかここだけ洗っても洗ってもぬめりが取れねーな《と、銀時が土方の外性器の先に触れれば、「調子乗んな《と、土方は掠れ声で依然人質状態だった銀時の外性器に爪を立てる。「申し訳ありませんでした《と即座に態度を改めた銀時は、もう一度シャワーの湯加減を確かめて、土方の全身を洗い流した。ぐったりとした土方を後ろから抱きしめて、「このまま出すだけ出して、あとは布団にしねえ?《と銀時が提案すれば、「ローションもねえしな《と土方はあっさり頷いて、銀時へと向き直る。
腹に付きそうなほど反り返った銀時と土方の外性器をまとめて握った銀時が、「お前のチンポ熱い《と微笑むと、「テメーも充分熱ィんだよ《と土方は銀時の右手に左手を重ねた。先走りで濡れた外性器をゆるく擦れば、お互いの脈動が直接伝わって、銀時は重たく息を吐く。浅くなる呼吸の合間に唇を重ねれば、「…リップクリームはどうした《と、言いながら土方はかさつく銀時の唇をぺろりと舐めた。「お前が、ここに来ると思ったら、自分のことは飛んじまった《と、銀時が手の動きに緩急を付けつつ目を細めると、「口ばっかり達者になりやがって《と、土方は銀時の下唇に軽く歯を立て、それだけで滲んだ血を舌先で突く。いてぇよ、と銀時は眉を下げたが、「痛くしてんだ《と、土方は告げると、それきり達するまで口を開かなかった。限界が近いことを知ると、土方の人差し指はぐりぐりと銀時の亀頭を捏ね、銀時も負けずに土方のカリを締め付ける。「もっ、イク…!《と、銀時が低く漏らせば、「好きなだけイけよ《と、土方が耳元で素晴らしく良い声を響かせるので、銀時は耐え切れずに吐精した。一瞬遅れて射精した土方は、銀時が息を整える間もなく銀時の膝から降りて、ざっと股間を流す。「そういや、ザーメンは湯で固まるんだよな…排水溝が詰まらねーように気付けろよ《と言った土方が、さっさと湯船に浸かってしまうので、「えっ、マジで?!ちょっ、待てよ、知ってたなら先に言えよ!《と、銀時は流れかけた精液を慌てて追いかけるが、間に合うわけもない。
「あー…ほんとに詰まったら責任取れよ《と、股間を白く染めたまま額を押さえた銀時に、「とりあえず、テメーのそれは水で流すんだな《と、土方が冷水シャワーを掛けるので、ヒィ!!と叫んだ銀時は、「殺す気か?!殺す気なのか?!!《と、土方の手からシャワーを取り上げた。「親切心以外の何物でもねーよ?《と、浴槽の縁に肘をついた土方の目は、明らかに笑っている。本気で性質悪ィ、と頬を引き攣らせた銀時は、ともかくそっと冷水で股間を洗い流すと、石鹸を手に取った。「テメーは俺が洗ってやろうか《と、躊躇いなく乳首を捻った土方の手に喘ぎつつ、「結構です《と首を振った銀時は、これ以上遊ばれる前に、と急いで身体を洗い、先ほどの手付きが嘘のような性急さで自身の髪もガシガシ掻き混ぜる。「あんまり力を入れると痛むぞ《と、土方が目を閉じた銀時の耳を引くので、「これ以上どうにもなりようがねェって《と、銀時は泡だらけの手で土方の手に指を絡ませて、二、三度振った。一瞬間を開けて、「…早いうちに禿げるぞ?《と言った土方の声があまりに深刻なので、「うっせェ、今まさに抜け毛が気になる年頃だよ!《と、銀時はざばっと湯を被る。シャワーではなく、洗面器を使って。
ふはっ、と上機嫌そうな銀時を笑い飛ばし、「大丈夫だ、禿げても対して変わんねーから《と、濡れたおかげでいくぶん癖が目立たない銀時の髪を撫でる土方の手に気を良くしながら、「でも、お前俺の髪は好きじゃねーか《と、銀時が唇を尖らせれば、「いや、別にテメーの髪が特別好きなわけじゃねーよ《と、土方の言葉は相変わらず容赦ない。「そこはさあ、リップサービスでもさあ、好きって言ってくれてもいいじゃん?《と、銀時がしょぼくれながら浴槽の縁に顎を乗せると、「何拗ねてんだ。いいからさっさと中入れよ、肩冷えてんぞ《と、土方は銀時の身体をぺたぺた触りながら、浴槽の片端に寄った。うん、と頷いて、土方と向き合うように湯船へと滑り込んだ銀時は、「やっぱ、狭いな《と、どうしても触れてしまう土方の足に視線を落とす。「たまにはいいだろ《と、あっさり言ってのけた土方は、そういえば屯所で毎晩大浴場に浸かっているのだった。「風呂だけは大所帯が羨ましいわ《と、銀時が言うと、「そんなにいいもんじゃねーぞ。ただでさえ汚ェ大の男が数十人から入るんだ、終い湯は見られたもんじゃねえ《と、土方は苦い表情を作る。ああ…と、なんとなく想像がついた銀時は、「お前がサウナに来てた理由がわかった気がする《と、同情を込めて土方の膝頭を撫でた。テメーに言われると腹立つ、と腹に一撃いれられたのも、まあ許容範囲だった。
他愛ない会話が途切れたところで、「…上がるか《と土方が言うので、ん、と銀時は軽く顎を引いた。ざばりと湯船を出て、「すぐ戻るから、もうちょっとそうしてろ《と土方に言い含めた銀時は、ざっと身体を拭うと、バスタオル一枚で和室へ駆け出す。浴室暖房などと言う気のきいたものはないので、万事屋の脱衣所から廊下にかけてはかなり冷え込むのだ。濡れたままの髪からぽたぽた滴が垂れるものの、構ってはいられない。がらりと押し入れを開け、準備してあった二組分の寝間着と新品の下着、それと銀時の下着も一枚出して、銀時はまた浴室へと駆け戻った。おとなしく浴槽で待っていた土方に「お待たせ《と告げた銀時は、土方の頭にスポーツタオルを一枚乗せ、大まかな水分を拭って行く。あらかた拭き終えたところで、土方を浴槽の縁に座らせて、首から順にタオルを当てていけば、「至れり尽くせりだな《と、土方は喉の奥で笑った。「もう飽きた?《と、土方の太ももの内側を伝いながら銀時が尋ねると、「悪くはねえ《と、土方は太ももで銀時の顔を挟む。うん、近いね。すごく近いわ、何がってナニが。そのまま咥えてしまいたい衝動を堪えて、爪先まで拭った銀時は、土方の身体をバスタオルで包んで持ち上げた。
脱衣所に出た銀時が、洗濯機の上に置いてあった下着を取って、「お前、Mで大丈夫だよな?《とサイズを示すと、「わざわざ買ってきたのかよ《と、土方はべりっとパッケージを引き剥がす。「天パが感染るとかどうとか言われたくねェし《と、投げ返された下着を土方の足首に通しながら銀時が言えば、「テメーもわかってきたじゃねーか《と、土方はさも感心した、と言う顔で銀時の頭を撫でた。「そこは否定して欲しかったかなァ…《と、哀愁漂う背中で、土方にきちんと堪平タイプの寝間着を着せつけた銀時は、「よし、ぴったり《と、満足そうに土方の背を軽く叩く。「これはテメーのだよな《と、土方がすんすん袖口の匂いを嗅ぐので、「ちゃんと洗ったから、洗剤の匂いしかしねーよ《と銀時は返して、土方を膝に乗せたまま、器用に絣の寝間着を身に付けた。すぐ脱ぐんだけどな、と内心思いつつ内側の紐を蝶結びにした銀時が、「あ《と上意に声を落とせば、銀時の濡れ髪を弄っていた土方も「ん?《と顔を上げる。
「どうした《と尋ねる土方に、「ケーキ忘れてた《と、銀時が甘党にあるまじき言葉を紡ぐと、「今夜食わねェとダメか?《と土方は重ねた。「いや、生モノだけど一晩くらいなら平気。スポンジだけなら常温で一晩置いたりもするし《と、銀時が答えれば、土方はしばらく間を開けて、「もしかしなくても、手作りか《と、固い声を出す。うん、と何の気なしに銀時が頷くと、「先に言え《と言った土方は、さっと銀時の膝から降りて、「早く食わせろ《と、銀時の肩を叩いた。「このまま布団じゃねーの?《と、銀時は土方の指先を掴んでみたが、「もともとその気はなかったんだろ《と、土方はするりと指を引き抜いて、脱衣所を出て行ってしまう。「…まあ、新しい方が美味いから、いいんだけどさ《と呟いた銀時は、わずかに残る土方の体温を馴染ませるように指先を擦り合わせた。

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冷蔵庫からケーキを引き出し、取り皿とフォークと万能包丁を揃えた銀時は、戸棚からマグカップも二つ取り出して調理台に並べた。片方には適量、もう片方はかなり少なめにインスタントコーヒーを入れ、少ない方には砂糖もばさばさ入れて、魔法瓶から湯を注ぐ。味の良し悪しなどわかりはしないし、そもそもインスタントなのだが、それでも立ち上る香りは確かに銀時の花をくすぐった。止めとばかりに大量の牛乳を追加して、カフェオレと言うかほとんど白い牛乳コーヒーを作った銀時は、全部をトレイに乗せて、和室の襖を足で開ける。中では、土方が炬燵板の上を片付けていた。振り返った土方が、「台拭きはねえのか《と言うので、「持ってくる。ありがとな、助かるわ《と、銀時は今持ってきた物を卓上に置いて、代わりに使用済みの食器をトレイに積み重ねる。手を出そうとする土方を制し、「良かったら、ケーキ切ってて。お前が食える分だけ取って食っていいから《と、銀時が告げれば、「おう《と、土方はいちごがたっぷり乗ったショートケーキへと視線を移した。
洗いものは後回しにしよう、と、ひとまず油だけ(というかマヨネーズだけ)ざっと流した銀時は、洗い桶に洗剤を垂らして食器を浸ける。かなりたくさん作ったはずの料理がほとんどなくなったことに、今さらながら喜びが込み上げて、銀時は溢れそうな笑いを噛み締めた。実際、土方は良く食べ、良く飲んでくれたことを思い返す。それでこそ、朝からサバまで下ろした甲斐があると言うものだ。ちなみにサバはあと半身残っているので、明日の朝サバ味噌にしてやったら、土方は喜ぶだろうか。どうせ予定は昼からなのだし、サバをあてに朝酒としゃれこむのも悪くはない。ふへ、と噛み殺せなかった笑いを一つ溢して、水洗いした台拭きを固く絞った銀時は、洗い立てのタオルでよくよく手も拭った。濡れた手を風に当てるから荒れるのだ、と銀時に教えてくれた懐かしい顔を思い出しつつ、銀時が襖を開けば、土方は万能包丁を片手にじっとケーキを見つめていた。
「…気が進まねえ?《と、声を掛けた銀時の顔を見上げて、「ケーキって、ほんとに丸く作るもんなんだな《と土方が言うので、「えっ?そうだけど…まさかホールケーキ見んの初めて?《と、銀時は返す。「見たことはあるが、食うのは初めてだ《と答えた土方が、改めて三号サイズのショートケーキに視線を落とす様を眺めながら、確かに男所帯で誕生日会やクリスマス会もないか、と頷いた銀時は、「なら、もっと大きいの焼けば良かったな《と呟いた。二人分のケーキというのも悪くはないが、やはりどうせカットするなら五号サイズからが醍醐味だろう。ホールの半分以上が残っても、きっと夜には神楽が片付けてくれた筈だ。それでも、「充分だろ《と土方は首を振って、みっしり並んだいちごの隙間を縫うように、万能包丁の刃をケーキへと食いこませる。さすがに刃物の扱いは上手いな、と見当違いの感想を持つ銀時の前で、土方はケーキを四等分にして、一切れを皿に取り、残りを銀時の前に滑らせた。
ん、とまだ熱いコーヒーを手渡せば、「気が効くじゃねえか《と、土方は僅かに唇の端を持ち上げる。胸の奥にじんわりと温かい物が広がるのを感じながら、銀時はやや乱暴にケーキの端を切り取り、ぱくりとフォークを咥えた。銀時にとってはやや控えめな甘さが口中に広がり、遅れていちごの甘酸っぱさが追いかけてくる。なかなか、と自画自賛した銀時が、ちらりと土方に目を向ければ、土方は真顔で生クリームといちごとを口に運び、合間にコーヒーを啜っていた。少しずつではあるものの、手が止まらないところを見ると、少なくとも飲み込めないほど上味いわけではないらしい。それだけで充分嬉しかった銀時は、炬燵の端からマヨネーズを取って、「ほら、忘れモン《と、土方に差しだしたのだが、予想に反して、「要らねえ《と土方は首を横に振った。
「ケーキにマヨネーズはねェだろ《と、土方が真人間のようなことを言うので、本気で驚いた銀時は、「お前、熱でもあんのか。サバに当たったのか?《と、土方の額に手を当てる。何しろ、土方は餡団子にだってコーヒーにだってマヨネーズを回し掛ける男なのだ。どうもさっきからおかしいと思った、と銀時が土方のあちこちをいじりまわせば、「なんともねえよ《と、土方は銀時の手に容赦なくフォークを突き立てる。今度こそ声もなく手の甲を押さえた銀時に、「俺だってたまにはマヨネーズ抜きの食事くらいするわ《と告げた土方は、穴が開いた銀時の手に構うことなく小ぶりのケーキを食べ終えた。「…その『たまに』が俺のケーキで嬉しいです《と、銀時が涙目で微笑めば、「だから、泣くなよ《と、土方は銀時の顔へと台拭きを放る。いや泣かせてんの毎回お前だけどね、とくに今のは物理攻撃だったよね、という文句を辛うじて飲み込んだ銀時は、台拭きではなく懐に入れていた土方の手拭いで目尻を拭うと、残りのケーキをすっかり平らげてしまった。
皿を下げつつ、「コーヒーのお代わりは?《と銀時が尋ねれば、いらねえ、と土方は首を横に振る。まだ乾き切らない髪が揺れて、土方が軽く鬱陶しそうな顔をするので、銀時は皿を洗い桶に沈めてから、雑多な物を詰め込んだ棚の中を探って、あまり使っていないドライヤーを引っ張り出した。銀時がいそいそと和室に戻り、肩まで炬燵に埋もれていた土方の背後に腰を下ろせば、「んだよ《と、振り返った土方の視線は鋭い。「髪、乾かしてやろうと思って《と、ドライヤーのプラグを差しながら銀時が言うと、「んなもんいつもそのまま放置してんだろが《と、土方は軽く眉を寄せたが、「今日の土方の髪は俺が洗ったんだから、乾かす権利もあんだろ《と、銀時は大真面目に告げる。土方はしばらく銀時の顔を睨んでいたが、やがて炬燵に向き直り、「余所ではやんねえぞ《と渋い声を出した。
うん、と満面の笑みで頷いた銀時は、土方の腰を挟む形で正座を作ると、少しばかり高い位置から熱風を当てる。「熱くねえ?《と、風で舞い上がる髪を撫でつけながら銀時が尋ねれば、「ねえよ《と、土方の返事はひどくそっけない。土方の髪を触る機会など、それこそいくらでもあったわけだが、性的な接触を含まなければその数はがくんと減る。水分を含んでしっとりした髪がだんだんさらさらになっていく感触を楽しみながら、「あ、白髪発見《と銀時が声を上げると、「お揃いだな《と、土方は何でもない声で言った。お揃い。お揃いなのか。きゅっ、と赤くなった頬を隠すように、「お前が総白髪になる頃には、俺の頭も目立たなくなるよな《と、銀時がことさら軽く言えば、「いや、根性のねじ曲がった天パは変わんねーんだから、無理だろ《と、土方は返す。土方の背が、明らかな含み笑いで震えているので、「もっ、いーよわかったよ、とっとと禿げりゃいいんだろ?!《と、銀時はやけくそのように叫び、「はいおしまい!《と、すっかり乾いた土方の髪をゆるゆる撫でた。
ん、と振り返った土方が、当たり前のように銀時の手からドライヤーを奪いとるので、「どっか気持ち悪いとこでもあんのか?《銀時が首を傾げれば、「まあそう言われると、あながち間違いでもねーな《と、土方は銀時の顔に熱風を吹き付ける。うわっ、と銀時が思わず俯くと、「乾くまでじっとしてろ《と、土方は銀時の髪をゆるく掻き混ぜながら、ドライヤーの風を当てた。「俺のことはいいから《と、銀時は身を捩りかけたものの、「されっぱなしは性に合わねえんだよ《と言った土方の声が少しばかり楽しそうなので、諦めて力を抜く。「なあ土方、お前に惚れてる時点で完全に俺の方が負けてんだから、そういう張り合いはいらねェんだぜ?《と、それでも銀時がぽつりと落せば、「こんなもんに勝ち負けはねェだろが《と、土方から至極まっとうに諭されて、銀時はぎゅっと甚平の裾を握りしめた。土方の指はどこまでも優しく銀時の頭を撫で、取りとめのない癖毛を楽しそうに梳いている。
ああ好きだな、とあらためて思った銀時は、土方がぱちんとドライヤーのスイッチを落としたところで、土方の身体をぎゅっと抱きしめた。すん、と鼻先を突っ込んだ土方の髪からは、銀時と同じシャンプーの匂いがする。銀時の良いようにさせてくれながら、「今夜はしたくなかったんだろ《と、土方は意地の悪いことを言った。「ダメって言うならしねェ《と、土方を抱き寄せたまま銀時が返せば、「言うか、馬鹿《と、土方は一瞬銀時を抱き返して、「さっさと布団敷くぞ《と、銀時の後ろ髪を引く。うん、と頷いた銀時は、吊残惜しく土方の髪に頬ずりしてから、まずは後ろ手に炬燵のプラグを引き抜いた。布団は、一応二組用意してあった。


( クリスマスをすごすバカップル / 坂田銀時×土方十四郎 /131225)