滔滔:03

劇場銀魂完結篇のネタバレを含みます
ラフな話です

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三人連れだってかぶき町を歩きながら、白夜叉が受け取った大福をつまんだ銀時が、「次はどうする?吉原は陽が落ちてからとして、屯所にでも行くか《と、厭魅に持ちかければ、「その前に、恒道館へ行っていいか《と、厭魅は言った。ああ、と喉に詰まりかけた大福を辛うじて飲み込んだ銀時は、「あそこならゴリラにも会えるだろうしな《と、軽い調子で厭魅の背を叩く。「どこだって?《と、二人分の肩越しに顔を出す白夜叉の額をぺしっと叩いて、「さっきのメガネの実家。剣術道場なんだよ、寂れてっけどな《と答えた銀時に、「そういうとこに俺が行っていいもんなのか?《と、白夜叉は首を傾げた。一瞬答えに詰まった銀時は、白夜叉の肩に腕を掛けると、「今のかぶき町と、ド田舎だった昔のあの村とは違ェんだよ。見ろよ、今だって誰も俺たちのことなんか気にしてねえだろ《と、ぐるりと周囲を指す。忙しなく行き交う人影には、明らかに人では無い形も混ざって、白夜叉は少しばかり目を細めたものの、「ん、ほんとに変わったんだな《と、眩しそうに言う声に嫌悪感は無かった。「で、そこの道場主がゴリラなのか《と、続けた白夜叉に、「いや、道場主は今はいなくて、いるのはメガネの姉貴とそのストーカーゴリラ《と、銀時は掻い摘んで説明したが、白夜叉は胡乱な眼をしたままである。「口で言いづらいから、とりあえず行って目で確かめろ《と、厭魅が促すので、「そもそもゴリラってゴリラ?なんでゴリラ?《と首を捻りつつも、白夜叉はおとなしく歩きだした。

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数十分後、銀時と厭魅と白夜叉は座敷に通されて、お妙と向き合う形で座っていた。「それで銀さん、この方たちはどなたですか?銀さんのお兄さんと隠し子ですか。無職の次は変質者ですか《と、にこやかにお妙が尋ねるので、「馬鹿ヤロー、兄はともかくこんなでけぇガキがいてたまるか。これはあの、アレだ、全部俺だ《と、銀時が答えれば、「寝言は寝てから言ってくださいね。それともここで眠りますか《と、お妙は微笑んだまま湯呑にひびを入れる。『眠りますか』の前に『永遠に』と付いているように聞こえたのは幻聴だと信じたい。「ごめんなさい、さっきのことはほんとにごめんなさい、謝ります、でもほんとなんです、未来の俺と過去の俺です《と、一瞬で土下座の態勢に入った銀時を嫌そうに見おろして、「俺の将来がコレって、夢も希望もねーな《と呟く白夜叉に、「元はと言えばテメーらのせいだろーがァァァ!!《と、銀時は吠えた。「銀さん?ちゃんと説明してください《と、青筋を立てるお妙の前で畳に額を擦り付けながら、こいつら後でぶん殴る、と銀時は決意した。

遡って、恒道館にたどり着いたときの話だ。門扉をがらがら開いて、妙に広い屋敷の引き戸を叩けば、程なくしてお妙が顔を出す。少しばかり眠そうな顔で、「何のご用ですか、押し売りなら結構です《と、言いかけたお妙の身体を、厭魅はいきなり抱え上げた。きゃあ、とお妙が叫ぶのと、ギャアアア、と銀時が叫んだのが同時で、「お妙《と、感極まったように呟いた厭魅の声は悲鳴にかき消される。「なんですかあなた、変質者ですか?《と、もがくお妙を、「悪い、でももうちょっと《と、厭魅は抱きしめて、全身を確かめるように撫でた。
「ちょっ、お前、いくらなんでもそれは警察沙汰だぞオイィィ!《と、いろんな意味で脂汗をかく銀時の袖を引いて、「なに、あの子恋人なの?超美人だけど、ちょっと若すぎない?俺と同じくらいだよね?お前より俺の方が相応しいよね?紹介してください《と、白夜叉がさらに混ぜ返すので、「ちょっと黙ってろ!《と、怒鳴った銀時は、「ウオオオオオお妙さんンンン!!あなたの真撰組ですゥゥ!《と茂みから現れた近藤と協力して、お妙と厭魅を引き剥がす。その拍子に近藤はお妙の胸に手を滑らせて落され、銀時は銀時で涙目の厭魅を殴り飛ばした。「安心したのは良くわかったから、抱きつくのは止めろや!下手すると殺されるのわかってんだろ?!《と、どやしつける銀時に、「お妙には殺されても仕方がないことをしただろーが《と、厭魅は真顔で答える。
いや、まあそれはそうかもしれねえんだけどよ、と頭を抱える銀時の横で、近藤を葬り終えたお妙の手を白夜叉がそっと握った。「はじめまして、坂田銀時と言います。あのっ、よろしければ僕とお友達から始めてもらえませんか《と、キリっとした顔で言いだした白夜叉の頭を張り飛ばして、「テメーはテメーで何言いだしてんだ!!《と叫んだ銀時は、そのまま厭魅と白夜叉を引きずって恒道館から逃げようとしたのだが、もちろん許される筈もなく、「どこへ行くんですか銀さん?《と凍るようなお妙の一声にがくりと肩を落とした。

土下座を解き、お茶だかヘドロだか何だかわからない沼色の液体を見下ろしながら、銀時はしどろもどろに過去と未来の話をする。神楽と新八にしたものよりもう少し深く、しかしはっきり言うわけにもいかず、『五年後のお妙に五年後の銀時がひどいことをした』と言うあやふやなことを口にすれば、縁の下から滑り出てきた近藤が「万事屋ァァァ!!貴様お妙さんにあんなことやこんなことやそんなことをッ《と座敷に乱入するので、「そっち方面じゃねーよ!《と、お妙ではなく厭魅が始末した。
冷や汗をかく銀時の背を叩いて、「もういい《と首を振った厭魅は、お妙に向かって綺麗に頭を下げる。「今のお前には理解できないだろうし、この先もないと誓うが、いつか起こった未来に、俺はお前を…殺したんだ《と、言いきった厭魅に、お妙は一瞬たじろいだものの、「私を殺したあなたが、どうして私に抱きついたりするんです《と、厭魅を見つめて尋ねた。固唾をのむ銀時の前で、厭魅はゆるりと笑い、「お前が生きてて嬉しかったからだよ《と、手を伸ばしてお妙の頬を撫でる。ひどく優しい手付きで。
軽く頬を染めたお妙と微笑む厭魅の間に割って入ったのは、同じく顔を赤らめた銀時ではなく、白夜叉だった。「そんな起こらなかった未来のことは忘れて、僕と輝かしい未来を作りませんか《などとキメ顔で言いだしたまるで空気の読めない白夜叉に、銀時は無言でお妙の淹れた茶を含ませる。耐性の無い白夜叉は、呻き声も上げずに撃沈した。
ぐだぐだになった空気の中で、「まあそんなわけで、これからこいつらのこともよろしく頼むわ《と、銀時がひきつった笑みで告げると、「次に見かけたらゴリラと同じ方法で始末しますね《と、お妙がことさら綺麗な顔で微笑むので、「お邪魔しました!!!《と、銀時は白夜叉を引きずって恒道館を後にする。お妙にゴリラを押しつけられた厭魅がそれでも嬉しそうなので、「テメーはいつドMに転向したよ《と銀時が尋ねれば、「ドMにでもならなきゃやってられなかったっつの《と、厭魅は軽口を返した。
あーそうかい、と投げやりに手を振った銀時だって、あの病床で見たお妙の腕と首の細さと、そして髪の色に胸を掻き毟られたし、あれをずっと見ていたと言うのなら、お妙に抱きついた厭魅の心も良く分かる。「心配しなくても、あいつはテメェの戦場まで追いかけて戦うような強ェ女になるよ《と、銀時が言えば、「もう充分強ェーだろ《と、厭魅は笑いながら、ゴリラと白夜叉を指した。「そーだな《と、銀時も肩をすくめて笑った。

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意識の無い人間は重い。肩を貸してなんとかなる白夜叉はともかく、襟首を掴んで引きずらなければならない近藤を持て余した厭魅と銀時が、「もうこの辺で捨てて行くか《と、かぶき町の路地裏で合意しかければ、「おいテメー、こそこそ何してやがる《と聞きなれた声が届いて、銀時はビクッと肩を震わせた。顔を出そうとする厭魅の頭を押さえ、「なんでもねーよ、あっち行け《と、銀時は路地の入口に向かってしっしっ、と手を振ったが、「テメーが何でもねえっつう「時はたいてい何かあんだろうが《と、咥え煙草の土方は言って、「そこで倒れてんのは、もしかしなくても近藤さんか《と、煙を吐き出す。面倒くさいところに面倒くさい奴が、と頭を抱えた銀時は、ともかく白夜叉を厭魅に任せて、「お妙んとこでボコられたのを引き取って来てやったんだよ、感謝しやがれ。ここまでの運び賃を寄こせ《と、意識の無い近藤を土方に向かって投げ飛ばした。
うおっ、と両腕で近藤を抱きとめてから、「テメー、近藤さんを捨てようとしてやがったな?《と、土方が鋭いことを言うので、「人聞きの悪いこと言うんじゃねーよ、俺ァただゴリラを自然に返そうとしてただけだ《と、言いながら汚れてもいない膝を掃って、「つーわけだから、お巡りさんはさっさとそれ連れて帰ってくれる?報酬は次でいいわ、むしろ本ゴリラから受け取るし《と銀時は続けた。凶悪な顔をした土方が、それでも舌打ち一つで踵を返そうとするので、銀時は一瞬胸を撫で下ろしかけたものの、「何あの怖い兄ちゃん、ヤクザ?ゴリさんてヤクザの親玉?《と、背後から無神経な声が落ちて、一瞬でどっと汗をかいた。
ああん?と青筋を浮かべて振り返った土方に、「いや、今のは俺じゃなくて《と、銀時がぶんぶん首を振る間に、「めったなこと言うんじゃねえよ、あんな顔してても警察だ。奉行所とは管轄が違うらしいけどな《と、厭魅が白夜叉を窘め、「えっ、あの顔で?だってこども泣くだろ、夜道で顔合わせたら《などと白夜叉は返す。「馬ッ鹿オメー、目明しも岡っ引きも犯罪者上がりが多かっただろ?それと似たようなモンだ《と、厭魅がフォローにもならないフォローを重ねた辺りで、「誰が犯罪者だコラァ!!《と、近藤を放った土方が剣を抜くので、「街中で抜刀すんのはわりと犯罪だろーが!つーか話をややこしくすんじゃねーよテメーら!《と、木刀で応戦しながら銀時は叫んだ。

すったもんだの末、意識の無い近藤も交えた五人で茶屋の店先に落ち着いたところで、「で、その毛玉どもは何だ《と、土方は言う。「何それ、これでほんとに警察?つかアンタ瞳孔開きっぱなしだけど大丈夫か?《と土方の顔を覗き込む白夜叉の首を引き戻して、「生き別れの弟と兄ですぅ《と、死んだ魚の目で銀時が言うと、「…お前いつだったか天涯孤独だとか言ってなかったか《と、土方は胡散臭そうな目をした。「そう思ってたけど、いたんだよ。俺も昨日存在を知りました《と、勝手に頼んだ団子を咥えつつ適当なことを言った銀時は、「せっかくだから相談なんだけど、真撰組って隊士の公募はしてんの?あんならコイツ拾って欲しいんだけど《と、白夜叉の肩を押す。
ハァ?と土方も目を剥いたが、「エッ、ここなの?アンタとさっきのゴリさんがいるとこが真撰組なの?!なんかスゲー嫌なんだけど!《と、白夜叉もぶんぶん首を振った。ぐ、と眉を潜めた土方は、「募集はしてるがな、武装警察は覚悟もなく務まるような甘いもんじゃねーよ。こんな見るからに頭の軽そうな奴は、初陣で命散らすのがオチだ。止めとけ《と、白夜叉ではなく銀時に告げる。「…それに、テメーの縁者ってことは多少なりとも攘夷と関わりがあるんじゃねえのか《と、土方が目を反らすので、多少どころか立役者ですね、嬉しくねーけど、と銀時はガリガリ頭を掻いた。
それじゃあな、と上本意そうな顔をしながら近藤を担ぎ上げた土方に、「…よくわかんねえけど、アンタ俺のこと心配してくれてんの?《と、白夜叉は言う。「ああん?《と、土方は思い切り顔を顰め、銀時も「何言ってんだお前《と白夜叉の袖を引いたが、「だって俺がどこで死のうが、攘夷に参加してようがなんだろうが、アンタがそんな顔する必要はねえだろ。俺がこどもだから心配してくれんの?それとも、この顔だから?《と、団子を齧って白夜叉は続けた。ぐ、と限界まで眉を顰めた土方が何かを言う前に、白夜叉の頭を抱いて、「それくらいにしとけ、コイツには全部話せるわけじゃねえんだから《と、厭魅は言う。「そうなの?《と、首を捻る白夜叉に、「そういうのも追々な《と銀時は頷いて、「じゃっ、土方くんここの支払いよろしくぅ《と、土方に向かって手を振った。
「はぁっ?!なんで俺が、つかテメェら何なんだ《と、手を伸ばした土方を交わして、「坂田銀時だよ《と、白夜叉はゆるく笑う。「お前ね、そこはもうちょっとオブラートに包みなさいよ《と、白夜叉の背を押した銀時は、「ここまで大将連れてきてやっただろ、運び賃てことで《と、首だけ振り返って言った。まだ何か言いたそうな土方だったが、丁度良いタイミングで近藤が目を覚ましてくれたおかげで、無事煙に巻くことができた。

団子の串を咥えたまま、何事か考え込む白夜叉に、「ところでお前、ヅラを斬れって言われて斬れるか?《と、銀時が尋ねれば、「やっぱ、警察ってそういうのが仕事なんだ《と、白夜叉は言った。「…つか、ヅラは生きてんだな《と、白夜叉がしみじみ呟くので、「おう、殺してもしなねーよあいつは。居場所は知らねえけど、そのうち押しかけてくるだろうさ《と、銀時は白夜叉の肩を抱く。そっか、と頷いた白夜叉の顔が、先ほどの問いの答えだった。「昼飯でも食いに行くか《と、明るい声で割り込んだ厭魅が、「ラーメンとか《と、銀時に笑いかけるので、「あそこはツケが利かねーんだよなァ《と、銀時は鼻をほじりながら、軽い財布の中身を確かめる。チャーシューメンは無理だが、ただの醤油ラーメンなら行けそうだった。あいつらに知れたらまた文句を言われるな、と万事屋のふたりを思い出しながら、「餃子くらいはお前が奢れよ《と、銀時が言えば、「働き出したら返してやるよ《と、厭魅は鼻で笑った。「そんなに美味ェラーメンなのか?《と割り込んだ白夜叉には、二人で顔を見合わせてから「「…普通?《《と、返しておいた。


(おしあわせに /  坂田銀時と坂田銀時と坂田銀時 / 131104)