つのかくし

晩秋の真夜中だった。小一時間ほど前まで降り続いていた雨が上がり、雲の切れ間からやけに大きな月が顔を出して、銀色の影を落としている。
重たい身体を布団に埋めた近藤の隣では、一足先に復活した銀時がちゃくちゃくと服を着ていた。
「もう行くのか?泊まって行けばいいのに」と近藤が銀時の袖を引けば、「お前ね、ここをどこだと思ってんの?屯所だよ、お前のホームグラウンドだよ、お前を大将に据えてる集団の本拠地だよ?朝までここにいたら、俺の首は一瞬で飛ぶね。たぶん総一郎君辺りが積極的にぶっとばすね」と、呆れたように銀時は答える。

見た目より柔らかい銀時の膝に乗り上げつつ、「そこはトシじゃないのか?」と近藤が尋ねると、「土方はお前が好きすぎてもうアレだから、お前が好きなものもひっくるめて愛しちゃうタイプだから。お妙が生きてる時点で気付け」と、銀時は雑な手付きで近藤の髪を撫でた。
「怖いことを言うな」と近藤が唇を尖らせれば、「お前がしてるのはそういうことなんだよ」と、銀時は近藤の口にてのひらを当てて、自分の唇を手の甲に押し当てた。ちゅ、と軽いリップ音を立てて離れた銀時と近藤の、これがキスである。近藤の身体中唇を落とす銀時が、唇にだけは降れない。

しゅるりと衣擦れを立てて立ち上がった銀時は、木刀をベルトに差して、「またな」と手を振った。「ああ、また」と答える近藤も、そして銀時も、次がいつかを知らない。次がなくても、きっと何も困らなかった。


G G G

近藤と銀時がセックスをするようになったのは、数か月ほど前のことだ。いつものようにお妙からの愛―一方的な暴力―を受け止めた近藤は、ボロ雑巾のようになりながら路地裏を這っていた。
まだ宵の口である。今夜は帰らない、と大手を振って出てきたので、もう少しほとぼりが冷めなければ帰りづらいし、かといってどこの店に入るにしても近藤のあり様はひどすぎた。途方に暮れながら、路地裏でのたくっていた近藤は、「何してんのお前」と、不意に落ちた声で顔を上げる。
立っていたのは、黒の上下に流水模様の着流しを着崩した、まあつまり銀時で、「久しいなあ、万事屋」と返した近藤に、「いや、わりと見かけるけどね、何お前今夜もやられたの?」と、しゃがんで視線を合わせながら銀時は言う。
やられたんじゃありません、愛の営みですゥ、と近藤が掠れた声で言うと、「ゴリラ同士の求愛は激しいんだな」と、銀時は溜息交じりに返して、近藤の手を取った。おう?と、見た目よりずっとたくましい銀時の手に引かれ、抱えられるような形で立ち上がった近藤に、「屯所まで連れてってやるから、あとで報酬寄越せよ」と銀時は言う。
「屯所にはまだ帰りたくないんだが」と、近藤が言えば、「あん?じゃあどうすんだよ、ここにいてえの?」と、銀時は苛立ったような声を出した。そうじゃない、と近藤が首を振ると、「…万事屋には神楽がいるからなァ」と銀時は呟いて、近藤を引きずるように歩き出す。どこへ行くのかと思えば、銀時が目指したのは目と鼻の先のラブホテルだった。
おい、と近藤は銀時の腕をタップしたが、銀時は何でもないような顔で入口をくぐり、当たり前のような顔で近藤の懐を探る。ほとんどキャバクラで落としてきた近藤の、なけなしの数千円を宿代に当てて、「風呂もあるし寝床もあるし安いし、いいだろ」と、近藤をベッドに落としながら銀時は言った。
「お前まで一緒に入る必要はあったのか?」と、シーツに血がしみないよう近藤がもがいていれば、銀時は袂から清潔とは言い難い手拭を出して、近藤のあちこちを拭う。拭ってから、「まあ、…体で払ってもらうのもいいんじゃねーかなと」と、銀時が言うので、「お前そんな趣味が?!」と、冗談のつもりで近藤が両手を胸に当てると、「うん、頑丈な奴はわりと好みだ」と、銀時は答えた。
 笑わない銀時に、近藤は一瞬何を言っていいかわからなかったが、「なんてな」と、銀時は一瞬でいつもの気怠い雰囲気を取り戻して、「頑張って風呂入って、帰れるようになったら帰れや。今度奢れ」と、片手を上げて近藤に背を向ける。

そのまま入口へ向かおうとした銀時の腕を、どうして掴んでしまったのか、近藤にもわからない。ただ、銀時の言いたいことは少しだけわかるような気がした。「離せよ。なに、それともしたいの?」と、銀時が首だけ捩じって近藤を見下ろすので、「俺も、ぶん殴っても壊れないような相手は嫌いじゃない」と、近藤が言えば、銀時は珍しく目を丸くする。普段の死んだ魚の目に光が宿って、銀時はまるで子供のように見えた。
がりがり髪を掻いた銀時は、「まいったな」と呟いてから近藤に向き直り、近藤の唇にてのひらを押し当てると、「言っとくけど、俺初物でも容赦しねーから。あと、チューはしないから」と、言いながら手の甲に唇を落とす。
近藤の着流しを剥いでいく銀時を見上げながら、風呂はいいんだろうかと思いつつ、近藤も銀時のベルトに手を掛ければ、「んだよ、積極的だな」と、銀時は死んだ魚の目で笑った。驚くほど柔らかな笑みだった。
笑みだけでなく、銀時の指は終始柔らかく動いて、近藤の性感を引き出していく。薄く毛の生えた乳首の周囲を這いまわる銀時の指がくすぐったくて吹き出した近藤に、銀時は気を悪くした様子もない。「すぐ良くなるから」と言った銀時の言葉に、嘘はなかった。

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銀時が去った布団から月を見上げる近藤は、それなりに気持ちが良かった初めてのセックスと、今夜のセックスとを思い出して、薄く笑った。背面から打ち付ける形で射精した銀時と、銀時の手で吐精した近藤の精液は、どちらもコンドームを孕ませて、今はゴミ箱に収まっている。
後始末が楽でいいだろ、と言う銀時は、いつも優しく柔らかく近藤の身体を開くが、でもそれだけだった。愛を囁くことも、朝まで一緒にいることも無い。指摘した近藤に、「そういうのはお妙にとっとけ」と、わりあい冗談でもない口調で銀時が言うので、近藤は正直驚きを禁じ得なかった。
しばらく考えて、「お前は、俺とお妙さんがこうなれると思うのか?」と尋ねた近藤に、「知らねーよ、お前が今のままだったら無理なんじゃねえの」と、近藤に収めたままの銀時が答えるので、「銀時はいい男だな」と、近藤は返す。会話になってねーよ、と銀時は顔を顰めたが、近藤にはどうでも良い話だった。
他の誰もが諦めているお妙と近藤の関係を、銀時だけが見出そうとしている。近藤には、それで充分だった。銀時とのセックスが素直に気持ち良いのも、理由に拍車を掛けている。

腕を伸ばして障子を閉めた近藤は、銀時の体温が欠片も残らない掛け布団を引き寄せた。いつか、銀時が朝まで屯所にいてくれたら、その時はお妙さんへのプロポーズがうまくいくかもしれない。ないことはない未来に思いを馳せて微睡む近藤は、それでも今がそう悪くないことを知っていた。変わる気は無かった。


( 情しかない関係 / 銀時×近藤 / 131027)