飼い殺し

坂田の部屋は掃き溜めの様だった。いまどきどこで見つけたのだと言いたくなるような木造の一Kで絵を描く坂田は、奥の八畳をまるまる絵に明け渡し、自身は四畳の台所で生活していた。坂田の部屋には、生きていくために必要なものが幾つも欠けていたが、逆に生きていくために不要なものは何でもあった。綺麗に洗って乾かした鳥の骨、蓋が無くなって乾き切った絵具のチューブ、雨風にさらされたエロ本、内釜に胞子のような黴の生えた炊飯器、欠けたプラスチックの熊手、そのどれもが無造作に堆積し、坂田を形作った。部屋の真ん中に敷かれた布団には、坂田の寝相がくっきりと残り、重く湿っている。坂田とは美大で知り合った。同じ一年だったが、一浪して一留したという坂田とストレートで入学した十四郎とには二年の年の差があり、そこも含めて十四郎と坂田の間には奇妙な風が吹いていた。初めて坂田の部屋を訪れてから四年になる。四年の間に、降り積もるガラクタはどんどん増えていった。十四郎から見れば一律芥に過ぎないそれらは、坂田に言わせるとすべて宝物らしい。最初は尻込みした十四郎も、足を踏み入れてしまえば何のことはない、芥の中でひどく落ち着いた気分になった。それはきっと、坂田も芥のような人間だったからだ。坂田のアパートでは風呂に入れない。風呂自体はあるのだが、風呂釜にも洗い場にも山のように本が積まれて、からからに乾き切っている。当然の帰結として、坂田が銭湯へ出かけるのは十四郎がやって来る週に二、三度が良いところだった。坂田自身でもどこに何を詰んだかわからないと言う本の、一番下はすでに土に帰りかけており、隙間からは幾匹もの紙魚が這い出した。十四郎が興味本位で一匹を指で引き擦れば銀色の跡が残り、それを見た坂田はひどく楽しそうな顔で紙魚を集め、キャンバスに塗りこんだ。あの銀色が紙魚であることを、十四郎と坂田以外は誰も知らない。襖で仕切られた台所の奥、坂田がときおり籠って出て来なくなる八畳間は、真昼でも驚くほど暗い。夜目が利くのだと言う坂田は、電球も無い部屋に絵具をまき散らしては、台所へ戻って死んだように眠る。坂田が留年したのはそれが原因だと言うから、十四郎がいなければ坂田は今も一年生のままだっただろう。そして、坂田はそれでも困りはしないのだ。画壇で高い評価を受ける坂田の絵は、こうした環境で生まれているのだと言うことを知っているのは、おそらく十四郎だけだった。十四郎はもともと人付き合いの良い方ではない。ただ、面倒見も悪くないのが運の尽きだった。初めての講義で隣に座った坂田が、九〇分の講義の後も微動だにせず、酷く悩んだ末に突いた肩があまりにも細かったせいで、十四郎の四年はすべて坂田のために使われてしまった。なぜ、と疑問を与える隙も無く坂田には欠陥があり、十四郎はそれを埋めることに何の否やも無かった。十四郎には才能が無く、坂田には才能以外の何もかもが無い。であれば足してしまうことが得策だろうと判断するに至るまで、数週間と掛かりはしなかった。
台風が近づいているらしい。強い風が木の葉を巻き上げる中、十四郎は今日も朽ちかけたアパートへ向かって歩いて行く。鍵のかからないドアノブを回すと、吹き込んだ風が坂田の宝物を幾つも蹴散らして、寝転んだ坂田の身体にぶつかった。後ろ手にドアを閉め、生きてるか、と声を掛ければ、「十四郎」と坂田は首だけを持ち上げて十四郎を見る。室内の空気は淀んでいた。腐った水が溜まる流しからは溝のような臭いが漂う。額に張りつく銀髪と、伸び放題の髭と、垢じみた首元を見れば、十四郎のいない三日間を坂田がほとんど動かずに過ごしたことがありありとわかって、「食え」と十四郎は手にしていたコンビニ袋を坂田に放った。半身を起こした坂田が嬉しそうにいちご牛乳を啜る姿を見ながら、靴のまま部屋に踏み込んだ十四郎は、襖を開けて八畳間の惨劇を確認する。この間ほとんどのキャンバスを運び出したばかりだと言うのに、すでにいくつものうっそりとした色の柱が立ち、十四郎は肩越しに坂田を眺めた。五百ミリリットルのいちご牛乳を瞬く間に飲み欲し、チョコレートバーとプリンに手を掛けた坂田は、布団にばらばらと芥をまき散らしながらそれを頬張り、そのまま横たわった。「飯食いに行くぞ、坂田」と、十四郎が伸ばした指を見上げて、「名前で呼べ」と坂田は言うが、十四郎は素知らぬ顔をした。「坂田」ともう一度声を掛ければ、坂田は十四郎の手を掴み、まるでキャンディを舐めるようにじっくりしゃぶる。無理な姿勢のまま、しばらく十四郎が坂田を見つめていれば、「舐めて」と、坂田はゆっくり十四郎を引き寄せた。「どこを」と、しゃがみこんだ十四郎の指を、坂田は飽きもせずに舐る。あまり締りの良くない口からはだらだらと唾液がこぼれ、チョコレート色と桃色の跡を布団に残した。十四郎が舐めて欲しいところ、と坂田が言うので、十四郎は仕方なく坂田の顔を跨ぐように布団へ乗り上げると、ウエストの緩んだジャージを引き下ろして、萎えたままの坂田のペニスを引きずり出す。三日三晩、一度も洗われていないペニスからは体臭以上に饐えた臭いがするものの、これが坂田なので仕方が無かった。
坂田の両膝を持ち上げて、大きく開かせた十四郎は、頭髪よりざらりとした陰毛を撫でる。こちらも脂染みてはいるが、色のせいかそこまで抵抗はない。十四郎が指先で捏ね回すうちに幾らかは芯を持つ坂田のペニスは、芥のような坂田の中でも一番価値のないものである。完全には勃起しないそれをしばらく舐めまわしてやれば、坂田は十四郎のジーンズに指を掛けて、すでに半分ほど屹立した十四郎のペニスを取り出した。はあ、と低い息遣いの後で、おもむろに喉の奥まで飲み込まれる感触に、十四郎は一瞬息を詰めた。坂田のペニスがとろとろと得体の知れない液体を吐き出すが、これはどう考えても射精ではない。坂田が無心で十四郎のペニスをしゃぶる間に、どうしてもこれ以上勃ち上がらないペニスを放置して、十四郎は坂田のアナルに指を掛けた。坂田のペニスから排出された液体を無造作に塗り込み、両手の親指でアナルを割り開く。ぐにぐにと指を押し進め、親指の他に人差し指と中指も追加して完全にアナルを拡げた十四郎は、倒していた体を起こして、絶え間なく喉の奥で吸われていたペニスを坂田の口から引き抜いた。ぬらぬら光る十四郎のペニスから、ぽたぽた垂れた唾液と体液のまじりあったものが坂田の顔を濡らし、坂田はぺろりと唇を舐める。坂田の足元に回り込んだ十四郎が、充分に濡れたペニスをアナルへと突き立てれば、坂田ははっきりとした嬌声を上げて、爪先を戦慄かせた。坂田のペニスは力なく揺れ、ほたほたと粘性のない液体を漏らすが、やはりどうしても射精には至らない。そのうち、内側で頂点に達した坂田がぎゅうぎゅうと十四郎のペニスを締め上げるので、十四郎は三日分の精液を存分に坂田へと吐き出した。
引き抜いたペニスをまたしゃぶり出す坂田の顔を見下ろしながら、十四郎は三年前のことを思い出す。八畳間にこもり切っていた坂田は、襖を開けた瞬間に十四郎を押し倒し、服を引き裂くような勢いで裸に向いてからペニスを押し当てたが、勃起しないペニスはどうしても十四郎の中に入らず、「十四郎、どうしよう」と困り切ったように十四郎を見つめた。十四郎が不能気味だった坂田のペニスを内側から奮い立たせるうちに、アナルでの快楽だけを追うようになってしまった坂田に、十四郎は何の弁明をするつもりもない。気持ち良くなりたいのなら横になれ、と十四郎はあれから何度も無造作に坂田へ挿入し、当たり前のように中で出し、水しか出ない水道で濡らしたタオルを尻の下に敷いて精液を掻き出してやった。セックスとも呼べないような行為の前と後に、坂田は十四郎のペニスをしゃぶりたがる。ちょうど今と同じように。坂田は、口と喉も十分性感帯なのだ。ちゅぽん、と完全に勃起し直した十四郎のペニスを口から抜いた坂田は、ひどく愛おしそうな手付きで血管の浮いたペニスを撫で回す。何が楽しいのかはわからない。ただ、もしも十四郎が勃起しなくなったとしたら、十四郎も誰かのペニスを撫で回したくなるのかもしれない。前屈した坂田の尻からは十四郎の精液がこぼれ、シーツも無い布団に染みを残す。四隅を完全に芥で埋められているせいで、捲ったことも無いが、おそらく裏は完全に黴びているのだろう。坂田は芥のような人間で、芥溜めで暮らしている。それでも十四郎は、坂田を芥のように捨てるつもりはなかった。ここが掃き溜めなら、坂田はずっとここにいればいい。
びゅる、と二度目の精を吐き出した十四郎は、坂田の手からペニスを取り返してジーンズを上げると、部屋の隅から比較的汚れていないシャツとジーンズを取り上げて、坂田へと放る。「飯の前に風呂だな、坂田」と十四郎が言えば、「銀時って呼べよ」と、坂田はむずかるような声を上げたが、十四郎は聞いてやらなかった。汚れた下着を脱ぎ捨てた坂田は、替えの下着が無いことを見て取ると、そのままジーンズに足を突っ込む。下着も剃刀もタオルも石鹸も歯ブラシも、銭湯で買ってやればいいだろう。どうせ何もかもこの部屋では等しく芥になってしまうのだ。
「坂田」
「銀時!」
差し出した手に、坂田は三度要求を繰り返したが、十四郎は答えない。三年前、不自然に開いた部屋の隅が、どう見ても十四郎の形をしていることについても、十四郎は何も言ってやらない。みっしり埋め尽くされた四畳のそこだけが今も白い。坂田の部屋にある芥はすべて、坂田の宝物だ。だから十四郎は、何も言わずに坂田の手を引き、気持ちばかりの玄関で靴を履かせて背中を押す。強い風に目を瞑る坂田は、それでも芥のように吹き飛ばされはしなかった。音を立てて閉じた扉の向こうでは、二人分の空白を残して世界が息吐いている。「十四郎」と強く手を握られて、「お前臭いよ、坂田」と十四郎は笑った。


(現パロ_美大生 / 土方十四郎×坂田銀時 / R18 / 131009)