クラップ・ユア・ハンズ

その日のことを、銀時はずっと考えていた。
どうしようもなく恋い焦がれ、でもそれを告げることもなく、ただ手を伸ばして身体だけを繋げてしまった彼に、別れを告げる日のことを。別れ、と言っても【別れる】という意味ではない。そもそも彼と銀時は付き合ってなどいなかった。始まりは春だった。葉桜の頃で、春の嵐が吹いていた。酒の勢いで―銀時自身緊張のあまりほとんど酔いなど回らずにいたのだが―宿へとなだれ込み、ほとんど意識の無い彼にうやむやで行為を承諾させ(いくらなんでも無理やりには出来なかった)、力の入らない彼の身体に、己の欲望を突き立てた。一度では終わらず、二度、三度と白濁を吐き出したところで我に帰り、すっかりどろどろになった彼の身体を抱きしめてひとしきり泣いた銀時は、彼の体を清めてから、まんじりともせずに朝を迎えた。すっかり頭は冷え、己のしでかしたことに慄く時間も終わった。彼に斬られるのなら本望だ、と床に正座して彼の刃を待った銀時に、彼は思いがけないことを言った。
「テメェとするのは、楽でいいな」
たった一言、それは安っぽいラブホテルの内装にひどく似つかわしい軽薄さを響かせ、半分ほど着せていた服のどこにも煙草がないことを確認した彼―土方―が「ん」と差し出す手に、銀時は急いでまとめておいた土方のポケットの中身を手渡した。慣れた手つきで煙草をふかす土方の前で、灰皿を手に佇んでいた銀時は、「で、テメェも良かったのか?」と尋ねられて、思わずこくこく頷いた。とても良かった。酒のせいか、土方の中はひどく熱くうねっており、銀時は挿入の瞬間に達しそうだった。ふうん、と面白くもなさそうに返した土方は、それからゆっくりと煙草を二本吸い、身支度を整え、刀をベルトに落とし込むと、「気が向いたら、またな」と言い残して、銀時の身体に刃をめり込ませることなく行ってしまった。しばらく茫然としてから、銀時が気付いたことは三つだった。一つ、宿代が枕元に置いてある。二つ、土方はこの行為を否定していない。三つ、好きだと伝えていない。
一つ目と二つ目は銀時にとって僥倖だったが、三つ目は問題だった。好きだと伝えていない銀時に抱かれた土方は、楽でいい、と言った。銀時はこれでも人の機微に敏い方なので、土方の言葉はそれ以上でもそれ以下でもないことがわかってしまった。銀時とのセックスは、土方にとって楽なものだったのだ。それが感情を伴わないものだからなのか、それとも完全に受け身の態勢で良かったからなのか、そこまではわからなかったが。土方は銀時に楽なものを求めている。となれば、銀時の感情など土方には邪魔なだけだろう。
ふらふらとホテルを出た銀時のそれからは散々で、春風にも負けそうな銀時を、万事屋の子供達は薄気味悪そうな目で見つめ、最終的に「実家へ帰らせていただきます」と連れだって恒道館へ避難してしまった。すっかり腑抜けた銀時に、一本の電話が入ったのはその頃だ。「はァい、万事屋は開店休業中です」とやる気のない声を上げた銀時は、『だったら暇だな』とほとんど感情を揺らさない声を聞いた瞬間にがばりと立ち上がり、ついでに立ち上がりかけた別の部分を叱責する。自分で自分の股間を張り飛ばして悶絶する、と言うとてつもなく頭の悪い一幕を終える間に、どういうわけか前回と同じ飲み屋で落ち合うことになり、味もわからず飲み続けた酒のおかげで今度は銀時が宿へ連れ込まれた。
「これだけ酔っててよく勃つな」と言う土方の言葉と、「俺、下半身のコイツだけはまっすぐなんだわ」と言う銀時の言葉だけを残し、つまりは好きだとまたしても言えないまま身体を重ね、ぐっすり眠って目を覚ました翌朝、土方はもういなかった。前回の意趣返しなのか何なのか、ある程度綺麗になっていた下半身と、適当に着せつけられた着流しを見下ろした銀時は、ひどく清々しい下半身とは対照的に重い頭を抱えて蹲る。一度目は勢いで、二度目は興味本位で、三度目はどうなるのだろう。悶々とする銀時をよそに、土方は何事もない顔で銀時を誘い、一晩明かしては去っていく。そんな関係がもう半年続いていた。
銀時は、土方と何度もセックスをした。貪る為のものではなく、かといって事務的なものでもなく、銀時が一方的に施すものでもなく、手が出ないほどの口論の様な、やったりやり返したりひどく無邪気で楽しいセックスを。初めての時と随分様子が違うのは、土方の性分だろう。土方の言うとおり、土方とのセックスは銀時にとっても楽だった。痛ければ痛いと言うし、嫌なことは蹴り飛ばしてでも止められるし、けれどもある一定のラインで土方は銀時を拒まず、銀時は土方の尊厳を踏みにじりはしなかった。馬が合うのだ。セックスでさえ、こんなところまで似ているのかと思えば銀時は嬉しくて、でもだからこそ悲しかった。ここに銀時の感情が混ざってしまえば、それはもうただ楽しいだけのセックスでは無くなるのだ。銀時が土方を好きであればあるほど、その想いは不純なものだった。
銀時は土方が好きだった。好きだから抱きたかったが、抱きながら好きだと言えない状況に喘いでいた。言いたい。でもこの思いはきっと、枷になる。土方が銀時に求めるものはそう多くない。宿代ですら土方持ちである。土方の都合の良い時に欲を吐き出せる、楽な存在であればいい。それすら、銀時の心ひとつで決めて良いものだ。土方の楽であり続けるか、それを押しのけてなお思いを伝えるか。六か月に渡る綱渡りをしていた銀時の心は、そうして今夜、やっとロープの片端にたどり着いたのだった。

いつものようにじゃれるようなセックスを終え、先にシャワーを浴びると言う土方を見送った後、銀時はざっと下半身を拭ってそのまま衣服を身に付けた。黒の上下をまとい、流水柄の着流しを一度着てから片袖を抜く。上から黒いベルトを締め、素足にブーツを履き、最後に木刀を差して、銀時は土方の帰りを待った。乱れたベッドへ腰掛ける気にはならず、立ち尽くす銀時に、全裸でバスタオルを被った土方は、「帰るのか」と、何でもない声で言った。事実、何でもないことだろう。抱き合った後、朝までどちらもベッドにいることの方が稀だった。用事があってもなくても、気が向かなければこの部屋のドアは軽い。二人で過ごすための部屋ではない。一人と一人が、過ごすための部屋だった。
それきり興味がなさそうに髪を拭い始める土方を前に、銀時は初めての行為をした。すなわち、懐から薄い財布を出し、宿代相当の札を出して枕元に置いたのだ。ふ、と鼻で笑った土方が、「何だ、テメェにもたまには収入があるんだな」と零すのを遮って、「土方」と銀時は言う。銀時ほどではないが、土方も人の感情に疎い方ではない。いつもとは違うのだと言うことを肌で感じたらしい土方が、怪訝そうな顔で「なんだ」と返すのに、「好きだ」と銀時は告げる。その一言にどれだけの感受がこもっていたか、それでも土方にはわからないだろうし、わかって欲しくもなかった。土方が銀時を嗤うのは構わない。だがこの思いの丈がどれだけ深いのかを知った上で嗤われてしまったら、もう二度と土方とは顔を合わせることはできない気がした。
「お前が好きだ。だから、もうお前とセックスはしない。今夜で終いだ」と紡いだ銀時は、「短い間だったけど、夢見せてくれてありがとな。俺は忘れるから、お前も忘れろよ」とひらりと手を振って、涙ぐみそうな目を大きく開いたまま土方に背を向け、そのままホテルの一室を後に、
「まあ待て」
後にしようと扉に手をかけたところで、銀時は土方に襟首を掴まれ、そのまま床に引き倒された。「あべしっ」と後頭部を打った銀時が呻けば、「お前その掛け声だと死ぬぞ」と、土方は素っ裸のまま銀時を見下ろした。銀時は痛みに強い方だし、地上数階から落ちても何度か生還を遂げている生命力の強い生き物だが、それでも痛いものは痛い。元からの悲しみを併せて完全に涙を浮かべながら、「なんで引き止めんだよ!俺のことなんて好きでもなんでもねえくせに!!」と銀時が叫ぶと、「だから引き止めたんだろうが」と、土方は銀時の襟首を引きずって、力任せにベッドへ放り投げた。つい数十分ほど前までくんずほぐれつしていたベッドは、今も暖かい。なおさら泣きそうになった銀時は、「最後位かっこつけさせてくれよ…俺お前が好きなんだって」と、両腕で顔を覆った。
「それがわかんねえ」と、銀時に声を落とした土方は、ベッドに乗り上げて銀時の隣で胡坐をかくと、「好きならこれからもヤりゃいいだろが。すっきりするぞ。なんならもう一回するか」と、言いながら無造作に銀時の股間を掴む。「うおわァァァ!!」と、勢い良く起き上がって土方の手をはらった銀時は、「だーから、そういうのが嫌なの!お前のそういう明け透けっつーか奔放っつーか恥じらいのなさっつーかそういうのがヤなの!」と、土方にびしりと指を突き付けた。「俺達って、会ったら飲んでたまに映画見てパフェ奢ってくれて団子も奢ってくれてサウナに行ったりもしてそんでホテル行ってヤるだけだろ、嫌なんだよもうそういう心の無い行為!」と、銀時が叫べば、「じゃあ聞くが、テメェの考える心ある行為ってのはいったい何をすることなんだ」と、土方は言った。「会って飲んで話をして、見てェ映画を擦り合わせて妥協して、テメェが甘ったるいもん食う間に俺が一息ついて、サウナで休んで、それからセックスして、テメェは他に何を望む」と続けた土方に、「そこに愛が欲しい」と銀時は答えた。
間髪入れず、「寒い」と土方が返すので、「うっせえわかってんだよ!!だから言いたくなかったんだよ!かっこつけたまま出てきたかったんだよ!だってお前俺のこと嫌いだろうが、ただ相性のいいセックスできりゃ誰でも良かったんだろ?!つかうっかりやっちまったけど意外と良かったから次探すのも面倒だし後腐れねーしコイツでいいかって思ってんだろ!わかるんだよ、俺だって相手がお前じゃなきゃ似たようなこと考えるわ!でも俺はもうそれじゃ足りねえんだよ、お前のことなんかもうすっげえ甘やかしてお前にも甘やかされたりして見てえんだよ、言ってて吐き気がするけどそういうことなんだよ、理解すんなよ頼むから!嫌いなのはもう諦めたから、これから道で顔合わせてもせめて唾は吐かないで!顔背けるくらいにしといて銀さんからのお願いィィィ!!」と、唾を飛ばしながらまくしたてた銀時の顔を容赦なく殴り飛ばした土方の答えは、「うるっせぇ!耳元でデケー声出すな!!」である。
うっうっうっ、と肩を揺らして泣き始めた銀時を尻目に、ごく面倒くさそうに煙草をふかし出した土方は、それでも銀時の肩を叩くと、「まあテメェの言うことにも一理ある」と言った。「それ逆に傷つくから、わかってたけどちょっとくらいお前も俺のこと好きでいてくれるんじゃないかって期待してたとこあるから、そういう理由で引き止めたんじゃねーならもう家帰って良いだろ?ちゃんと金も払ったろ?」と、えぐえぐしながら銀時が言うと、「好きか嫌いかっつわれたら斬り殺してえって答えるけどな、どう思ってるかと言われたら…まあ別にそれほど嫌いではねえ」と、土方は返す。
少しばかり考え込んだ銀時が、「好きでも嫌いでもねえってことはつまり無関心ってことじゃねえかァァァ!!だったら嫌いの方がまだマシだわ、お前の視界に入ってる気がするし!撤回しろ!今からでも俺を嫌いになれ!!!」と、土方の肩を掴んで揺らすと、「マジで面倒くせーなこの生臭い天パ」と、土方はぼそりと呟いた。その顔があまりにも凶悪なので、「嫌いになってくれた?」と銀時が尋ねれば、「なってねーよ」と、土方は吸い込んだ煙を銀時の顔面に吹きかける。銀時がゲホゲホ咽せて俯くと、そこには土方の素裸であぐらの下半身があり、その中心には土方の性器が鎮座ましましており、銀時は勢いよく首を背けた。こんなものを見ては決意が揺らぐ。銀時は土方と楽しくセックスをしたいのではない。いやしたいけれども、そこに愛が無いのなら、それがどんなに楽しくても銀時は辛いのだ。辛いのだから。ほんっともうお願いだからかっこつけさせて。勃起しないで銀さんの銀さん。あ、ちょっと痛い。ダメだ、痛い。着流し着といて良かった。洋装だけだったらもう確実にバレてる。
「なんだ、テメェ勃ってんじゃねーか」
「だーからなんで触るんじゃァァァ!!空気読めよ土方ァァァ!!」
銀時の着流しを剥いで、また無造作に銀時の股間を握り込んだ土方の手をがしっと握った銀時が吼えると、「テメェがひとりでうるせぇだけで、俺ァもともとそんな空気に巻き込まれたつもりはねえ」と、土方は言った。うぐ、と言葉に詰まった銀時が、土方の手を握ったまま、「…だから、ダメなんだって。俺お前が好きなんだって。身体だけとか、欲しいけどもう欲しくねえの。お前の全部欲しがっちゃうけど、お前にやれるもんもなんもねーし、重いし、楽じゃなくなっちまうから、お前とはもうしたくねーんだって」と、しどろもどろに紡げば、「軽い頭でろくでもねーことだけ考えやがって」と、土方は銀時の頭をひとつ張り飛ばす。セックスの間でも、それ以外でも、もうすっかりなじみになった甘い痛みに、「…俺とセックスしなくなっても、俺と喧嘩はして」と銀時が未練たらしく声を上げれば、「だから、俺ァそんな言葉に同意した覚えはねーんだよ」と、土方は銀時の髪を掴んだ。引っ張られてはいないので、痛くはない。
「グダグダグダグダうるせーんだよ。嫌いになれ、じゃなくてもっと別のことは言えねーのか?言う前から諦めてんのか、天パと同じで」と冷めた口調の土方に、「いや天パは関係ねーし諦めてもねーよ」と突っ込んでから、「す、…好きになってくれっつったら、好きになってくれんのかよ」と銀時が顔を真っ赤にして言うと、「なるかクソ天パ」と、土方の答えは容赦ない。「もおォォ何ィィ?!!お前ほんっと、何?!期待させて落とす手法??タワーオブテラーですかァァ?!俺がお前に惚れてなきゃお前のことなんか一切見向きもしないんだからね!!俺だってお前のことなんか好きでも嫌いでもなくなってセックスどころか会話だってしたくなくなるんだからね!!」と、銀時が頭を掻き毟れば、「今テメェが言ったこと反芻して、もう一度同じこと言ってみろ、ミトコンドリア以下の天パ」と、土方の語尾はますますひどくなっていく。ミトコンドリア以下って何?全く意味が分からないんだけど、でもそれがまた嫌なんだけど。もう何もする気にならない。チーズ蒸しパンになりたい。
蹲った銀時の目の前にはやはり土方の素足があり、なんだかもう完全に悲しくなった銀時は、「お前もう、ほんと、いっそ結婚とかしろよ。そういう話もあるだろ、役付きなんだから」と、土方のふとももに擦り寄りながら言う。他の男とくっつかれるくらいなら、手の届かない女と幸せになってくれる方がいい。いや、幸せじゃなくてもいいな。そこまでにはまだ達していない。意にそぐわない結婚をして、ときどき銀時との楽しくて楽だったセックスを思い出して、それでちょっと笑ってくれたら、そんでその記憶が無くなるくらい幸せになってくれたら、それでいい。やっぱり幸せになって欲しい。銀時の知らないところで。あっヤバい泣きそう、ナニコレ銀さんもう死んでるの?死んで土方の幸せを願ってるの?でも俺土方の息子とかスゲーみたいよ、娘でもいいけど。ぜったい可愛いけどぜったい可愛くねーよ、顔だけだよ、でもだからこそめちゃくちゃ可愛いよ、ああもうもう一回性転換しねーかな俺!!土方の子を孕んで勝手に産んで育てたい。土方の顔写真だけ見せて、お前のパパだよ、愛されてなかったけど幸せだったよ、お前は俺の宝物だよ、って言いたい。嘘です、夢は見るけど欲しくないです。そんな小道具みてーなことのために作られたら子供も浮かばれねーよ、俺やっぱ男でよかった。
「おい、全部口に出てんぞ役立たず。なんだその気持ちの悪い妄想。つかテメーが産むのか、それでいいのか」と、土方が銀時を蹴とばすので、「出産て痛ェんだろ?俺痛みには強いから、お前より」と、もぞもぞ体勢を変えながら銀時が答えると、「ケツ掘られる覚悟もねーくせに」と、土方は銀時を鼻で笑う。むくり、と起き上がった銀時が、「だって、お前が俺とセックスするのは楽だからなんだろ。それ以上でもそれ以下でもねーだろ。俺はお前が好きだからお前のケツ穴だって喜んで広げるけどな、お前はしたくねーだろ。お前のこと愛してるけど、デリケートゾーンの流血沙汰はさすがに勘弁しろ」と重ねれば、「テメーは本気で面倒くせえ」と、土方は銀時を睨んだ。心底呆れたような顔で。
すとん、と肩を落とした銀時が、「そうだよ。俺は面倒くせえし寂しがり屋だし天パだし、お前ンとこの局長ほどじゃねーけど粘着質なんだよ。ここで終いにさせてくれ。俺がお前を、お前の意思なんて関係なく縛りたくなる前に、俺を捨ててくれ。三百円あげるから」と、本気で財布から三百円を掴みだせば、「いるか馬鹿。三百円に事欠いてんのはテメーだろ。これも持って帰れ、こんなことに使う金があったらそれでチャイナと眼鏡のモンを買え。テメーには次の非番にパフェも飯も酒もホテル代も奢ってやるから、なんなら三百円もやるから、そのどうしようもねえ頭を少しは使え」と、銀時が置いたホテル代相当の札を銀時に叩きつけながら土方は続けた。
どうしたらわかってもらえるのだろう。銀時は、もう本当に終わりにしたいのだ。次の非番は、もうないのだ。土方がこんなにごねるとは思わなかった銀時が、「なあ、土方」と、札を握りしめたまま弱り切った声を上げると、「だから、テメーはどこまで軽い頭をしてやがんだ」と、土方はごく低い声を出す。
「甘やかして甘やかされたい?言っとくがな、テメー今までだって相当俺を甘やかしてただろが。知ってんだぞ、テメーがジブリに興味ねーの。金曜ロードショーで紅の雌豚を見ない奴がいるなんて信じられなかったけどな、でも、それでもテメーは俺のアレ立ちぬにつきあっただろが。居酒屋で会えば魚全部むしるし、熱いもんは適温まで冷ますし、枝豆は一つ一つ鞘から出すし、酒は絶妙なタイミングでそそぐし、万事屋へ行きゃマヨネーズは完備だし、いつだったか、俺が暑ィって言った日には一晩中うちわで煽いでただろ。クーラーの風は体に悪いとかどうとか、もっともらしいことをブツブツ言ってたよなァ?知ってんだよ、テメーは無意識なのかなんなのか知らねーが、さんざん俺を甘やかしてんだよ、そんで俺はそれ全部金で返してんだよ。他の返し方はねーんだよ、俺の中に、テメーにやれるもんなんかそれくらいしかねーんだよ。でもそれでいいだろ?他のモンはテメーが補えんだから、俺はテメーが出せねえモンで返してきゃ、バランスは取れんだろ。何が不満だよ。もう一回言ってみろ。誰でもいいわけねーだろ。ちったあ察しろ」
怒涛のように溢れた土方の言葉に、銀時はぽかん、と口を開いていたが、やがてぽつりと「俺がお前を好きでも、お前はそれでいいって言ってんの?」と呟いた。「結局そこに辿りつくのか、ほんとにどうしようもねえなテメーは」と、随分短くなったマヨボロを安っぽい灰皿に押し付けた土方は、「テメーの頭が軽い分、愛くらい重くねえと飛ばされちまうだろが」と銀時の右腕を掴む。「俺…俺、本気で粘着質だぞ?そんなふうに言われたら、束縛すんぞ?これから先、お前が女買いに行ったりしたら、相手の女殺しちまうかもしんねえ」と、銀時が掴まれた腕を掴みながら言うと、「そこは俺を殺す場面だろが、本気で陰湿だな。つかなんで女が必要だよ、テメーがいんのに」と、土方はひどくあっさり答えた。
ぶわあ、と言い知れない感情に包まれた銀時が、「土方ぁ!!」と両手を上げて土方に抱き着けば、「脱いでからにしろ」と、土方は銀時の顎を押し返す。「うん、すぐ脱ぐ、すぐ」と、銀時がもどかしく着流しの帯を解く間に、土方は銀時の木刀を床に放って、ベルトを外してくれた。土方が洋装のジッパーも両方下ろしてくれたので、銀時が裸になるのはあっという間である。甘噛みのようなキスと、悪戯に体中を走らせる指とをお互いに施しながら、「俺、お前とセックスすんの、スゲー楽しい」と銀時が笑うと、「終いだなんだ言う前に、そういう話をしろや」と、土方は銀時のとりとめがない髪に両手を突っ込んだ。それが土方の答えだった.


(茶番劇 / 坂田銀時と土方十四郎 / 131005)