13.マヨネーズを作ろう

「ふふふんふふ、ふふふん、ふふふ、ふんふーん」
あやふやな鼻歌を歌いながら台所に立つ銀時は、軽快な手つきで卵を割っていた。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ。神楽が見たら、そのまま醤油を掛けて炊飯器に投入したくなるような光景かもしれないが、あいにく今日は神楽や新八のために料理をしているわけではない。
「ふんふふーん、ふんふふ、…えーと…ふふふん?ふーんふ…ふふん?」
本格的にわけがわからなくなってきた鼻歌はさておき、銀時は今マヨネーズを作っている。そのために新鮮な卵を用意したし、酢もこしょうもサラダオイルも揃えてあるし、泡立て機と大きなボールも綺麗に洗ってある。手を洗うついでに、風呂場でペニスも綺麗にしてきた。それこそ普段は気にしないような尿道口の中まで。さて、と、一人頷いた銀時は、手元のメモを見ながら慎重に材料を計って行く。

[マヨネーズのレシピ]*ボール一杯分*
卵黄(M玉)…10個
酢…150cc
サラダオイル…1600cc
こしょう…小さじ1
塩…大さじ1
砂糖…大さじ1
※隠し味…一回分

油はもう少し多い方が保存も効くらしいが、今夜の客相手にそんな気遣いは無用だろう。なにしろ、かつ丼を食べるために業務用マヨネーズをまるまる空にするような男だ。軽く飲みつつ夕食を食べれば、このボール程度はすぐ空になるに違いない。
卵黄を割り入れたボールに、油と隠し味以外の材料を入れて、よく混ぜる。混ざったところで、少しずつ油を加え、もったりするまで空気を含ませた。なんだか知らないが、卵ではなく酢と油を先に混ぜるとどうしても後で分離するらしい。水と油と言うやつなのだろう。ちなみに大量に余った白身の方は、あとで銀時のためのメレンゲになる予定だった。
泡立て機から伝わる感触が充分重たくなり、小指の先ですくった中身の味がきちんとマヨネーズであることを確認した銀時は、満足そうに泡立て機を置いて、もう一度手を洗う。それからおもむろに着流しをめくると、ジッパーを下ろし、布を掻きわけて、まだ何の反応もないペニスを取りだした。
万事屋の台所は、廊下と一体化している。玄関を開ければ、そのまま一直線に銀時が目に入る位置だ。が、銀時はさほど気にする事もなく、軽快なリズムでペニスをしごいて行く。それこそ鼻歌交じりな銀時の姿は、神楽どころか新八にも蹴り飛ばされるような光景だろうが、今日は、今日ばかりは浮かれるのも許して欲しい。何しろ、恋人である土方と初めての万事屋デートなのだから。
当然のことながら公私をきっちり分けている銀時の恋人は、銀時にもそれを強要していた。と言うよりは、自分で自分を律していた、と言ってもいい。土方は、どうしたって銀時を屯所へ招くことはできない。土方が作った法度を、土方自身が破るわけにはいかないからだ。だから土方も、万事屋へ足を運ぶことはない。少なくとも恋人としては、今まで一度もなかった。
土方にとっての万事屋は、銀時がそう思う『銀時の自宅』ではなく、銀時の職場であり、また自宅だとしても、それは神楽も含めてのものだと認識しているのだろう。それはそれで、間違ってはいない。形はどうあれ、神楽は銀時にとって家族の様なものだったし、土方の為に神楽を追い出すような真似をする気は毛頭ない。
しかし、それはそれとしてだ。それはそれとして、銀時にもそれなりに恋人に抱く夢がある。何も性欲処理のためだけに、土方と付き合っているわけではないのだ。けれども土方には真撰組副長としての体面があるわけで、そうそうどこかでイチャつくわけにもいかない。せいぜいうらぶれたホテルで抱き合った後、眠るまで指を絡めるとか、路上ですれ違いざまに土方の咥え煙草を抜くとか、路地裏で一瞬だけ手を握るとか(唇を合わせるところまでしたらたぶん斬られる)、その程度のふれあいしかできずにいる。だから。
土方をどうにか拝み倒し、神楽にも新八にも言い含め、階下の登世にまで頭を下げてようやく、今夜の約束は成り立っていた。不承不承、と言う態度の土方が、でも少しだけほっとしたような顔をしていたことに、銀時は驚くほど興奮している。こうして手作りの特性マヨネーズを作ろうと思う程度に。
しゅこしゅこ動かしていく手の動きに、少しずつ重たい水音が混じり始めるので、銀時はフィニッシュが近いことを感じる。もちろん考えているのは土方のことだ。散々夢に見た、銀時の部屋で乱れる土方が今日のオカズである。今日だけではないが、今日はさらに。ぷくり、と膨らんだ亀頭を絞るように握れば、張り詰めたペニスがあっけなく吐きだした精液は、片手で受けたボールの中にぱたぱたと落ちる。ぎゅう、と最後の一滴まで絞り出してから、ふう、と汗を拭った銀時は、ペニスをしまって手を洗い、精液入りのマヨネーズをもう一度掻き混ぜた。味見はもう必要ないし、あとは土方がくるまで、冷蔵庫で眠っておいてもらおう。

❤ ❤ ❤

日が暮れる頃に、土方は手土産を持って現れた。玄関で正座して待っていた銀時は、しかし一度目のノックで出て行ってはあまりにも期待していたようで恥ずかしいので、二度目のノックで「おー、いらっしゃい」と、鼻をほじりながら扉を開く。銀時を見る土方の顔は少しばかり呆れたようで、「…なに?」と銀時が首を捻れば、「悪ィが、これガラス戸だからな」と、気の毒そうに土方は銀時の肩を叩き、固まった銀時の脇をすり抜けて草履を脱いだ。
がちゃり、と普段は閉めない鍵を閉めた銀時は、そのまま奥へ進もうとする土方を後ろからがばりと抱きしめて、「だって仕方ねーだろ!めちゃくちゃ楽しみにしてたんだよ!遅いんだよお前!!」と叫ぶ。「声がでけェ!」と、銀時の顔に裏拳を飛ばした土方は、「…本当は明日だけの非番を、無理言って今日の午後からねじ込んだんだ。ちっとくらい我慢しろや」と、小声で続けて、銀時の髪をそっと撫でた。
頭より鼻を撫でて欲しい、と思いつつ、「お前も楽しみにしてくれてた?」と、銀時が甘えるように土方の肩に擦り寄れば、「まあな」と、常にない素直さで土方は答え、さらに銀時の額にキスまで落としてくれる。出血大サービスだ。スゲー、おうちデートスゲー、と銀時が興奮する間に、「土産だ」と土方が差し出した箱の中には、シュークリームが四つ入っている。「こんなに食っていいのか」と、銀時が顔を輝かせると、「食えるんならな」と、土方は僅かに頬を緩めた。
食事にはまだ少し早かったので、「先に風呂入って来いよ。お湯も新しくしたから」と、土方を浴室に押し込めた銀時は、またしてもあやふやな鼻歌を流しながら、土方のために着替えを揃える。銀時と土方の体格はほぼ同じなので、銀時の替えの寝間着に、新品の下着だった。これをやる代わりに、土方が今日履いてきた下着は貰っておこう、と別によこしまな気分でもなく銀時は思う。下着一枚買うにも困窮している万事屋だった。
ゆっくり汗を流せよ、と脱衣所からガラス越しに土方へと声を掛けた銀時は、目と鼻の先の台所に戻って、昼間作って冷ましておいた煮物に火を入れる。物珍しいものなどを作っても、土方はどうせマヨネーズまみれにするだけだ。であれば、定番のおふくろの味で胃袋を掴む方がきっと正しい。
くつくつと煮物が良い音を立てる頃、洗面所から濡れ髪で現れた土方は、「良い匂いだな」と、ごく自然に銀時の手元を覗き込む。「味見するか?」と、銀時が振り返れば、「その芋」と土方が口を開けるので、銀時は里芋を半分に割り、ついでに少し吹いて冷ましてから、土方の口に放り込んだ。それでもほふほふ口の中で煮物を転がした土方は、「マヨネーズに合う」と頷いて、応接室兼居間に消えていく。土方にとっては最上の褒め言葉に、銀時は軽くガッツポーズを決めた。
ブリの照り焼きに、里芋と人参と高野豆腐の煮物、青物は小松菜のお浸し、みそ汁の具はなめこで、ご飯は炊きたて。銀時が並べた食事に、「…お前、料理できるって本当だったんだな」と、土方が珍しく素直に感嘆するので、「んなことで嘘付いてどうすんだよ。つっても、ちゃんと作ったのは煮物くらいだけどさ。あとは焼いて茹でたくらいで」と、返した銀時は、土方がいそいそと懐に突っ込んだ手を止めて、「ストップ、今日はそれ無し」と告げる。
ああん?と不満そうな顔をした土方が、「何もテメーの飯を馬鹿にしてるわけじゃねえ」と言うので、「わーってるよ、むしろ賞賛だってことくらい。じゃなくて、『それ』はいらねえっつってんだ」と頷いた銀時は、冷蔵庫で冷やしておいたマヨネーズ入りのボールを、どん、と土方の前に置いた。
「手作りだ。好きなだけ食え」と、仁王立ちで告げた銀時と、マヨネーズとを交互に眺めた土方は、「おい万事屋」と銀時に声を掛ける。「何よ」と銀時が返せば、「あいしてる」と、滅多にどころか初めて聞く言葉を落として、土方は「いただきます」とマヨネーズに向けて手を合わせた。お前それ、完全にマヨネーズに対して言ったよね?マヨネーズ>>>>マヨネーズの作り手である俺だよね?と銀時はわかっているのだが、わかっていても嬉しいものは嬉しいので、「ゆっくり食えよ、誰も取らねーから」と、土方の隣でぶり照りに箸を付ける。当然ながら、銀時好みの味付けだった。今のところは、まだ。

土方がボール一杯のマヨネーズをそれこそ舐めるように食いつくし、皿洗いも終わったので、銀時と土方は食後のコーヒーなどを飲んでいる。ほとんど牛乳のようなカフェオレもどきを啜りつつ、土方が持参したシュークリームを食べる銀時は、ちらりと土方を伺って、「どうだった?」と問いかける。主語はないが、「キューピーと比べても良い味だった」と土方が答えるので、「そりゃ良かった」と、満面の笑みを押さえつつ銀時は答えた。
それから、「絶対ここでしか食えねー味だから、また食いに来いよ」と、銀時が土方の肩を抱くと、「気が向いたらな」と言いつつも、土方は銀時の肩に頭を預ける。毎日でも来い、と言えない銀時は、「約束だぞ」と、土方のまっすぐな髪に鼻先を押し付けた。銀時と同じシャンプーの匂いがした。


(土方十四郎と坂田銀時 / R18 / 130915)