12.チョコレートひとつ

「後は頼んだぜ、坂田銀時」

何度もシミュレートした台詞を告げ、がくりと首を落とした銀時は、目の前の気配がちっとも離れて行かないことに気付いて、霞む目をもう一度こじ開ける。と、いきなり肩口を掴まれ、「何寝ぼけたこと言ってんだ、テメーも坂田銀時だろが!」と、やけに必死な声で銀時が言うので、「…俺はもう厭魅だ」と、銀時は呟いた。ぐ、と腕に力を込めた銀時は、「テメーが本気で厭魅に取り込まれてたんなら、わざわざ俺と戦ったりしねーよ」と、簡単に銀時を切って捨てる。
それから、「俺が俺であることを、最後まで止めねーでくれて、ありがとう」と続けた銀時は、銀時の身体をぐっと抱いて、「たいしたもんは持ってねーけどな、一口食ってけや。俺も食べる」と、着流しの袂から何かを取り出した。ぱきっ、と銀時が割って差し出したのは、どうやらチョコレートのようである。
銀時が指の一本も動かせずにいれば、銀時は焦れたように銀時の口をこじ開けて、舌の上にチョコレートの欠片を乗せた。宣言通り、残りのチョコレートを口に放り込んで銀紙を丸めた銀時は、「甘ェだろ」と、なぜか誇らしげに笑う。味などもうわかりはしない、と言いかけた銀時は、でも、辛うじて首を動かして頷いた。
「そんじゃま、行ってくるわ。テメーの未来はもうねェし、俺の未来もなくなるんだろうが、あいつらの未来はちゃんと繋いでくる」と、銀時の肩を叩いた銀時は、「だから安心して死ね」と、一度だけぐしゃりと銀時の真っ白な髪を撫でて、ようやく西日に向かって歩き出す。燃えるような太陽を受けて、銀時の背は真っ暗だった。
半開きになった銀時の口から、ほとんど原形を保ったチョコレートの欠片が滑り落ち、血溜まりに落ちる。血は流れると言うのに、唾液の一滴もままならないなんて。今はもう本当に動かない指先が歯痒くて仕方ない。銀時は、銀時に死ねと言った。そのままの言葉ではないが、完全にそういうことだった。過去も未来も切り捨てることを願った。せめて髪を撫でてやりたい。死地へと赴く銀時に、せめて銀時が受け取ったものと同じだけの温もりを与えてやりたい。けれども、それはもうどうしたって叶わなかった。

坂田銀時。坂田銀時。坂田銀時。さかた、ぎんとき。

死ぬまで呼び続けた名は、どこまでも甘やかだった。
死の先まで、きっと甘かった。


(劇場版完結篇 / 五年後 / 坂田銀時と坂田銀時/ 130911)