11.肉を焼く

数か月ぶりの焼き肉だった。降って湧いたように手に入れたタダ券(食べ放題・飲み放題)は一枚きりだったので、子どもたちに内緒で店を訪れた銀時は、上機嫌で肉を焼き、ビールを飲み、合間に豊富なデザートを摘まむ。決して高級な店では無かったが、銀時にはそのくらいでちょうど良かった。
おねーさん、ビールお代わり、と近くにいた店員に手を振った銀時は、空になったジョッキを置いて、ふらりと立ち上がる。小便がしたい。少し飲みすぎているかもしれない、と思いつつ奥へと進めば、便所を挟んだ衝立の先に団体客がいるらしく、ずいぶんと賑やかだった。
素面だったら苛立っていただろうが、今夜は銀時も充分飲んでいるし、勘定の心配もない。良いだけ騒げ、と寛大な気分で小便を済ませた銀時が、手も洗わずに便所を出ると、衝立の向こうから転がり出てきた人間が銀時にぶつかってよろける。「おっ」と銀時が思わず手を伸ばせば、小柄な人影は音もなく銀時の胸に引き寄せられ、そしてそこで。

「いやー、本当にすまなかったな万事屋!」と、笑いながらバシバシ肩をたたく近藤に、「もうちょっと真剣に謝れや、こちとら一張羅をゲロまみれにされてんだぞ」と、銀時はごく低い声で返した。さきほど銀時に向かって倒れ込んできたのは、入隊間もない真撰組の隊士で、酔い潰されて吐きに来たところだったらしい。銀時との接触で堰が切れたのか、銀時の胸に思い切り吐瀉物をまき散らした隊士は、大部屋の隅で気持ち良さそうに寝息を立てている。
ゲロにまみれて途方に暮れた銀時を見つけたのは、よりにもよって土方で、ひどく剣呑な目で銀時を見下ろした土方は、「こんなとこで何してんだテメーは」と、吐き捨てるように言った。「何って、見たままだろーが。お前今そっから出てきたってことは、コイツのことなんか知ってる?」と、銀時が一応気道を確保した男の顔を見せれば、土方は苦り切った声で「ウチのだ…」と、呟く。
そこからは話が早かった。土方が呼んだ、まだ素面の(どうやらこんな事態に備えて飲まずにいるらしいが)隊士が新人隊士を連れて行き、銀時には謝罪と共に真新しい着流しを差し出した。良くあることなのだろう。便所で着替えた銀時の服は、「クリーニングして返しますので」と隊士が持ち去って、銀時の手には木刀と軽い財布だけが残った。
まあ犬にでも噛まれたと思うか、と気を取り直して席に戻ろうとした銀時を、「せっかくだから万事屋もここで飲んでいけ」と引き止めたのは、もうずいぶん飲んでいた近藤で、常になく赤い顔をした沖田も、「どうせ料金は接待費で落ちるんで気にしねえでくだせィ」と親指を立てる。
とはいえ、今日は銀時も充分飲み食いしたし、タダ券はもう使ってしまったし、真撰組と飲んでろくな結果に終わった例がないので、「せっかくだけど遠慮しとくわ、服は後で返してくれりゃいいから」と、銀時は踵を返そうとしたのだが、引き止めようとする近藤や沖田の声に交じって、「いいからいくらか握らせてさっさと帰せよ、酒が不味くなんだろ」と言う土方の声が届くので、ぴたりと足を止めた。
「おいテメー、自分の部下が何したかわかってんのか?俺じゃなかったら警察沙汰になっててもおかしくねーぞ?」と、銀時が青筋立てて振り返れば、「残念だったな、俺たちが警察だ」と、土方は咥え煙草で尊大に言い放つ。イラっとした銀時は、「おうゴリラ、やっぱ飲んでくわ。総一郎くん、ここで一番高い肉ってどれ?あとこのスペシャルジャンボチョコレートパフェ食いたい」と、近藤と沖田の前に座り込んだ。必然的に土方の隣と言うことになったが、望むところである。戦ってやる。

土方とさんざん小突き合ったり、近藤に絡まれたりする間にも、沖田がせっせと肉を焼いてくれるので、「この子、結構マメなのな」と銀時が呟けば、「酔った時だけな」と土方は答えた。予期しない方向からの答えに、「お前も酔ってんだろ」と銀時が言うと、「テメーよりマシだ」と、中身のないマヨネーズを絞りながら土方は鼻を鳴らす。
もう入ってねーよ、と、なんだか見ていて気の毒になった銀時が、床に落ちていたビニール袋から新しいマヨネーズを取ってやりながら、「今日はあのジミー君?どうしたの?」と銀時が尋ねると、「あっちで飲んでまさァ」と、沖田が奥のテーブルを指した。見れば、何やら楽しそうにデザートのあんみつと丸パンでぐずぐずのあんぱんを作ろうとしている。あちらも完全に出来上がっているらしい。
ふーん、と特に興味も無く頷いた銀時が、「土方専属ってわけでもねーのか」と言えば、土方は手元のマヨネーズをぶちゅっと握って、「気持ちの悪い言い方をするんじゃねえ。アレはアレでそれなりに優秀な監察なんだよ」と珍しくデレている。へえ、とまた興味が無さそうに返した銀時は、ようやくやってきた大きなチョコレートパフェを受け取って、「総一郎くん、しばらく肉はいいわ」と、真剣に肉の焼け具合を確認している沖田に告げた。
近藤、もといゴリラは上機嫌で脱ごうとしているし、沖田は肉焼きマシーンと化しているし、土方はマヨネーズを食っているし、銀時にはパフェがある。スプーンを咥えた銀時は、まんざら悪い気分でもなく、「たまにはいいか」と呟いた。
1260円のパフェだった。


(真撰組と坂田銀時/ 130911)