09.四日目のカレー

大鍋のカレーをぐるり、とかき混ぜた銀時は、ここ数日感じなかった気配を天井裏に認めて、どうすっかなァ、と目を細めた。呼んだら呼んだで、果てしなく面倒なことになるのは目に見えている。が、まだカレーはあと三杯分ほど残っているし、がんばっても今の銀時には二杯が限度だし、今日食べ切ってしまわなければ、さすがに冬とは言え厳しいものがある。
面倒くささとカレーの価値を秤にかけた銀時は、最終的に木刀を引き抜くと、「おい雌豚、降りて来い」と、思い切り天井に向かって放り投げた。「どどどどうしたの銀さん、銀さんから私を呼んでくれるなんて明日は雪かしら!」と、天井板の一枚を音もなく捲って降りてきたストーカーくのいちに、「そもそも今も降ってんだろが」とそっけなく返した銀時は、「カレー、食ってけ」と大鍋を指す。
一瞬どころか、たっぷり三十秒は呆けた顔をさらしてから、「…銀さん、それは下の口から、ってこと?」とろくでもないことを言い出すあやめを、「テメーと違ってそういう方面でのプレイに興味はねーんだよ!!」と怒鳴りつけてから、「もう四日も三食カレーでな、五日目に突入したくねーだけだ」と、銀時は溜息交じりに言った。
普段ならば、こんな鍋いっぱいのカレーは一食で終わる。神楽がいるからだ。たとえご飯が無くなっても、神楽なら味噌汁のようにカレーを飲み干してくれる。が、間の悪いことに、カレーを仕込んだ夜になって、登世がたまとキャサリンと神楽と新八と、ついでに妙も連れて一週間の温泉旅行へ行ってしまった。銀時と、大鍋いっぱいのカレーを残して。
お前は残ってせいぜい家賃返済に努めることだね、と笑った登世はともかく、家主であり雇い主である銀時を一切振り返らずに行ってしまった新八と神楽はどういうつもりなのだろう。まあ逆の立場だったら銀時も何一つ後ろ髪を引かれたりしないだろうから、お互いさまだったが。
頼みの綱である冷凍庫は、なぜか新八が大量に貰って来た筍の水煮で埋まっており、カレーにも入れて見たが大して減りはしなかった。残る手はただ一つ、銀時がカレーを食べ続けることだったのだ。ともかく、四日かけて、残りはあと三杯である。銀時とあやめで一杯半ずつ食べてしまえば、それで終わる話だった。
「ったくよォ、たしかに煮込めば煮込むほどカレーは美味いよ?でもカレーばっか食ってみろよ、カレー食ってウンコ出してんだか、カレー出してんだかわかんなくなるっつの」と、ぶつぶつ文句を言った銀時に、「大丈夫よ、銀さんのカレーなら、下から出ても食べるから」と、あやめは目を輝かせる。
あーはいはい、嬉しくねーよ、とあやめの言葉を流した銀時は、「そっから皿出せ。どこに何があるか知ってんだろ」と、流しの上を顎でしゃくった。幸せそうにカレー用の皿を二枚出したあやめが、「新婚みたいね、銀さん」と恥ずかしそうに笑うので、「テメーみてーなアバズレを嫁に貰う気はねーよ」と、銀時はしゃもじを投げつける。
「一生愛人関係ってこと?それはそれで興奮するわ!!」と、体をくねらせるあやめに、「俺がいつテメーに愛を囁いた?!寝言はいいからさっさと飯よそえ、カレー焦げるだろが!!」と銀時が怒鳴れば、「はあ〜い」と、あやめはまるで堪えることなくカレー皿にご飯を盛り付けた。
ふつふつと泡の立ち始めたカレーをもうひと混ぜして、ご飯の上にかけた銀時は、「お代わりもあるからな」とあやめに告げて、冷蔵庫から福神漬の袋とラッキョウの瓶と作り置きの麦茶のポットを取り出す。あやめはあやめで、引き出しからスプーンを二本と、シンクに伏せてあったコップを二つ取った。
台所と応接室兼居間を往復し、テーブルを整えた銀時が長椅子に腰を下ろせば、隣に陣取ったあやめが銀時の腕を取るので、「ちょっ、食いづらい」と、銀時はあやめの顔を押し返す。しぶしぶ、といった風情で腕を離したあやめは、「いいわ、銀さんが冷たくても銀さんのカレーは温かいもの」と言いながら、カレーに向けて手を合わせた。
いただきます、とスプーンを取った銀時は、あやめがカレーを睨んだまま食べようとしないので、「んだよ、本当はカレー嫌いとか言うなよ」と、福神漬と一緒にカレーを口に運びながらあやめを突く。
「いえ、もうこんなこと一生無いかもしれないから、このカレーは真空保存するべきじゃないかしらって…」と、真剣な顔で呟いたあやめの頭をぱしんと叩いた銀時が、「どこぞのストーカーゴリラみてーなこと言ってんじゃねえ。食うために作ってんだから、食わねーなら帰れ」と告げれば、「食べるわ、食べます、いただきます!!」と、あやめは猛然とカレーにスプーンを突き立てた。
やれやれ、と昨日よりさらにまろやかなカレーを口に運んだ銀時は、やっぱり面倒なことになった、と思いながら、あやめのコップにも麦茶を注いでやる。カレーを食い終わった後、あやめをどう追い出すかが今夜の課題だった。ちなみに、鍋の縁にこびりついたカレーは、翌朝二人分のカレーうどんになった。


(猿飛あやめと坂田銀時 / 130911)