08.卵焼き

恒道館のちゃぶ台に二枚の皿を乗せた銀時は、「いいか妙、これが卵焼きだ」と、神妙な顔で言い渡す。にっこりほほ笑んだ妙が、「これも卵焼きですね」と頷くので、「違う、これが卵焼きで、こっちは可哀そうな卵だ。ついでにこれ食べると食べた人間も可哀そうになるから、目も悪くなるから」と、銀時は首を振った。
皿の一枚には銀時の作った卵焼き、もう一枚には妙が焼いた卵が乗っている。それはもう無残に焼け焦げた卵の残骸に、「むしろどうしたらこんなことになんだよ」と、銀時が気の毒そうな視線を向ければ、「でも、九ちゃんもゴリラも喜んで食べてくれますし」と、妙は朗らかに言い放った。
「その二人だけっていう時点で察しよう?並みの精神力じゃ無理なんだよ、気力、体力、お前への好意が有り余っているあの二人だからこそ乗り越えられる壁なんだよ」と、焼けた卵を手にした銀時は、「ともかく、お前はそれ食って勉強しろや」と、妙に銀時の卵焼きを押しやる。
あからさまに嫌そうな顔をした妙が「銀さんの料理ってなんだか心配で」と頬に手を当てるので、「テメーの化学兵器よりなんぼかマシだっつの!」と叫んだ銀時は、箸を取り、黄色い卵焼きを一切れ摘まんで口に放り込んだ。ふんわりした触感の厚焼き卵は、少し甘めの味付けだが、銀時にとっては物足りない程度なので、妙にとっても不味くは無いだろう。同じ家で育った新八が美味いと言うのだから、おそらく間違いはない。
「ほら、毒じゃねーだろが」と促しても、箸を取ろうとしない妙に、「いい加減にしてくんない?お前が新八に内緒で料理習いたいっつーから、こうしてあいつらが仕事の合間を縫って来てんだろーが。どうせ報酬もねえんだし、やる気ねーなら帰んぞ俺ァ」と、焦れた銀時は苛立った声を上げた。
ぐ、と口をへの字に曲げた妙が、「だって」と言うので、「なんだよ」と銀時が返せば、「だって、銀さんはあんなに簡単そうに巻いていくのに、私の卵はまとまらなくて」と、妙は珍しく心もとない声を出す。「んなもん慣れだ。あと、お前がちゃんと俺の話を聞いて、ガンガン強火にしなきゃもうちっとはうまくいくわ」と、銀時は首を振ったが、妙は顔を上げない。どころか、引き結んだ唇はどんどん白くなっていく。
あークッソ、と思った銀時は、ガシガシ頭を掻くと、銀時の卵焼きを置いて、妙の卵を取りあげた。無残に焼けた卵を掴み、バリバリ噛んで飲み込んだ銀時は、「歯応えだけは悪くねーよ」とだけ告げて、卵焼き食う擬音じゃねーけど、という言葉は水と共にごくごく飲み下す。制作過程を見た今となっては、焼け焦げて消し炭の味しかしなくていっそ幸いだった。
それから、銀時は銀時の卵焼きを一切れ摘まんで、「ほら、口開けろ」と、妙の口元に近づける。妙は首を振ったが、「俺も食っただろが」と銀時が言えば、やがてほんの少しだけ唇を開いた。小せえ口、と思いながら、銀時が卵を咥えさせると、その後は妙も素直に卵を噛んで、ごくりと飲み込む。「どうよ」と銀時が尋ねれば、「おいしいです」と、蚊の泣くような声で妙が言うので、うん、と頷いた銀時は、「お前味覚はおかしくねーんだから、テメーが美味いと思うもんを作れるようになろうな」と、妙の肩を軽く叩いた。
ゴリラが乱入する、三秒前のことだった。


(志村妙と坂田銀時 / 130911)