07.おでん

銀時がいつもの赤提灯を目指していると、路地裏から「銀さん」と長谷川が手を振った。「おー」とやる気なく答えた銀時に並びながら、「今夜は?」と長谷川が尋ねるので、「いつもの」と銀時はくいっと指を傾ける。そりゃ丁度良かった、と頷いた長谷川は、「今日は馬で当てたんだ、あそこでなら奢ってやるよ」と、上機嫌で銀時の腕を引いた。
珍しいこともあるものだ、と銀時は思ったが、タダ酒が飲めるのは正直ありがたい。どうせ今夜もツケで飲むつもりだったのだ。これ以上敷居の高い店を増やしても仕方がないし、ここは長谷川を乗せて今までのツケもいくらか払ってもらおう、と算段した銀時は、長谷川に手を引かれるまま、いつもの屋台の暖簾をくぐった。
手渡された温かいおしぼりで手も顔も首まで拭きながら、「なんでも好きなもの頼んでよ」と長谷川が言うので、「オヤジ、特級酒」と銀時は言って見たが、そんなものはない、と断られてしまう。長谷川に笑われながら、結局いつもの安酒を注がれた銀時が、「ちくわぶと卵と餅巾着とジャガイモ」と注文すれば、「俺は大根とガンモとタコね、あとゴボ天」と、長谷川は鍋を指差した。
「おいおい、ほんとに勝ったんだろーな?安いもんばっか頼んでんじゃねーか」と、ジャガイモを崩しながら銀時が長谷川の脇を突くと、「好きなもんがたまたま安いだけだろ。銀さんこそ」と、大根をさっくり割りながら、長谷川も銀時の腕を突き返す。「悪かったなァ、貧乏舌で」と、憎まれ口を叩きながら、ジャガイモを口にした銀時は、良く煮汁の染みた熱いイモに唇を綻ばせた。
「貧乏人にとっては喜ばしい話じゃねーの」と、大根を噛みしめる長谷川は、合間に酒を含んで、それこそこの上もなく幸せそうな顔をしている。まあ、正しい話かもしれない。「オヤジー、焼酎いちご牛乳割りで」と言った銀時に、「あるわけねーだろ」と長谷川は笑ったが、「はいよ」と親父がカウンターの上に乗せた得体の知れない液体に、「あるの?!」と目を剥いた。
「いちご牛乳はストックしてくれてんだよ、俺のために」と、甘い焼酎を飲みながら銀時が鼻で笑い返すと、「気味の悪いモン作らなくていいんだぜ、親父」と心底気の毒そうな顔で長谷川が言うので、「気味悪くねーよ、むしろおしゃれなカクテルだよ、飲んでみろよホラァ!!」と、銀時は長谷川の口元にコップを押しつける。
「ベースが焼酎な時点でたいしておしゃれじゃねーし、いちご牛乳じゃ底上げもできねーよ!!」と、もがく長谷川の顔から落ちたサングラスを、「あーあ、本体落とすなって」と銀時が拾い上げれば、「誰のせい?っていうか今本体って言った?本体こっち、それただのグラサン!」と長谷川は叫んだ。
「うるせーな、そもそもなんで夜にグラサンだよ、どんだけ現実から目を背けたいんだよ、この社会不適合者が」と、言いながら銀時が長谷川の耳にサングラスを戻してやると、「あれっ、今夜俺の奢りだよね?俺奢ってんだよね?なんでこんなボロクソに?」と、長谷川はサングラスの奥で涙目になる。
いちご牛乳割りの焼酎でたまごを突いた銀時が、「しょぼくれた顔すんじゃねーよ、酒がまずくなんだろ」と追い打ちを掛ければ、「ねえ泣いていい?」と長谷川はとうとうカウンターにすがり付いた。長谷川には構わず、「オヤジ、つくねと牛筋。こっちのオッサンにはこんにゃくと昆布入れてやって」と、銀時は注文を重ねる。
優しい夜は、まだ長かった。


(長谷川泰三と坂田銀時 / 130911)