06.寄せ鍋

「できたぞ、机片付けろ」と、声をかけた銀時は、キャッホォォウ!と雑誌もコップも酢昆布の空き箱もまとめて床へと薙ぎ払った神楽に、「それは片付けたとは言わねー」と告げて、足の指で器用にジャンプを摘まみあげる。「銀さん、それは僕がやりますから、お鍋危ないですって」と、台所から銀時を追いかけてきた新八は、銀時の足からジャンプを取って、裏表紙を上に机の真ん中へ据えた。
銀時が湯気の立つ鍋をその上に置けば、自分の茶碗と箸を持った神楽がその前に陣取り、「まだ食べちゃダメだからね」と釘を刺した新八は何度か台所と応接室兼居間を往復して、炊飯器とお椀とコップと箸と麦茶と常備菜の漬物とを並べる。
「神楽ちゃん、定春にご飯あげて」と言った新八が炊き立てのご飯をよそう間に、銀時は鍋の蓋を開けて、お玉を手に取った。白菜と葱と春菊と輪切りの人参と軸を取ったシイタケ、タラの切り身と豚肉、見切り品だったワタリガニとつみれ、くずきり、焼き豆腐。常になく具だくさんの鍋は、今日の成功報酬が多かったことの証である。
定春のために数袋のドッグフードを開け終わった神楽が、銀時の動向を見つめながら、「野菜ばっかり入れんなヨ、天パァ」と唇を尖らせるので、「うるせーな、ちゃんと肉も入れただろ底の方に、だいたいほぼテメーが食いつくすんだから、最初くらい野菜で腹膨らませとけ」と銀時は返して、神楽の前に大振りの椀を置いた。
新八の椀にも同じように具をよそった銀八は、少しばかりつみれを多めに入れる。好物、だと思われるからだ。はっきりしないのは、新八があまり好き嫌いを口にしないからである。好き嫌いの前に食える食えないの方が大事だもんなァ、と化学兵器に近いお妙の料理を思い出してしまった銀時自身の椀には、春菊を多くしておいた。これは、新八も神楽も好きではないからだった。
鍋とご飯と、麦茶も全員に行き渡ったところで、新八と神楽が銀時を見つめるので、ったく、と思いつつも、「あー、いただきます」と銀時が手を打ち合わせれば、「「いただきます!」」と異口同音で声を合わせた二人は、勢い良く食事をかき込んでいく。味わえとは言わないが、せめてもう少しゆっくり食え、と言いたかったが、神楽相手にちんたらしていては食べるもの自体が無くなってしまうので、銀時も急いで椀に口を付けた。
醤油ベースの寄せ鍋は、そう変ったものでもないが、それでも万事屋独自の味付けである。この味に落ち着くまで、しょっぱい甘い辛い苦い酸っぱい、と三人で額を突き合わせて、何度も鍋を作ったことを覚えている銀時は、他の料理には文句言わねえくせに、と春菊を噛みながら少し笑った。
「中年の思い出し笑いは気持ち悪いネ。お代わり」と、神楽がさっそく空になった椀を突きだすので、「中年じゃないからね、銀さんまだぴっちぴちの二〇代だからね、どこぞのマダオと一緒にしないでくれる?」と、言いながら銀時はお玉でたっぷりの野菜をすくう。「でも銀ちゃんの部屋、朝入ると臭いアル」と、新八に茶碗も渡しながら続けた神楽に、「それは銀さんの銀さんがマダオじゃないからこそ生まれる臭いなんだよ」と銀時が言えば、「誰もイカ臭いとは言ってないネ」と冷めた口調で神楽は続けた。
「テメーら食事時に何を言いあってんだァァ!!」と、しゃもじを片手に叫んだ新八に、「おいおい、朝勃ちくらいで興奮してんじゃねーよ、今は夜だぞ童貞眼鏡」と銀時が首を振れば、「そんなだからお前はいつまでたっても玄人童貞すら卒業できないんだヨ」と神楽も乗り、「ウルセェェェ童貞と眼鏡は関係ねーだろがァァァ!!神楽ちゃんも、女の子がそう言うこと言わない!」と、ご飯茶碗を押しつけながら新八は言う。
「チッ、細けーなァぱっつぁんは〜」と、白米をかき込む神楽の前に汁椀も置いた銀時が、「お前もお代わりすんだろ」と、新八に手を出せば、「いただきます。…けど、ほんと神楽ちゃんの教育に悪いですからね、今みたいな会話」と、軽く頬を染めながら新八が椀を出すので、「いやいやいや、教育してねーし、素地がこうだし」と、銀時は首を振った。むしろ新八の情操教育に悪いような気がする。アイドルとお妙と神楽しか女を知らないようでは、この先まともな恋愛が出来るかどうか。「…まあ、童貞でも死にはしねーから」と、銀時がまたつみれを多く入れた椀を手渡しつつ、新八の肩を叩くと、「止めてください、真顔で不吉なことを言うの止めてください」と、新八はぶんぶん首を振った。必死の形相だった。
そうこうしている間に神楽がまたお代わりを要求するので、銀時も冷め始めた鍋をかき込んで二杯目を確保し、出汁も身も吸われたワタリガニの殻が散乱する頃には、炊飯器もすっかり空になった。米粒一つも残さずに。まだ食い足りない、という風情の神楽に酢昆布を与え、台所で皿を洗う新八を尻目に、銀時はいちご牛乳を飲む。鍋敷きにしたジャンプが今週のものだったことにショックを受けつつ、まあ読めなくはない、と少しばかり濡れたジャンプを開いた銀時は、いつも通り騒がしい万事屋の夜に緩く息を吐いた。
眩暈がするほど平和な日常だった。


(万事屋 / 志村新八と神楽と坂田銀時 / 130911)