04.金平糖

近くの村から酒を持ち帰った部隊がいる、と言うので、返り血まみれの銀時は「そりゃ良かった」と、さして興味もなさそうに肩をすくめた。「飲まないのか」と、戦装束を解く手助けをしながら桂は言ったが、「つまみがねーだろ」と、銀時は首を振る。戦場では、酒よりずっと甘いものが恋しい。
「俺の分はテメーが飲んどけ、ヅラに効くかも知れねーし」と、白いかたびら一枚で銀時が歩き出すと、「ヅラじゃない、桂だ!」とお定まりの声が背中に届いて、銀時は薄く笑う。一戦終えて、馴染みの声が聞こえるのは良いことだ。それがたとえ、戦友以前に腐れ縁な桂の声でも。
今のねぐらはかなり大きな廃寺だったが、今夜はどこへ行っても酒臭いので、いい加減嫌になった銀時は、飾窓に足を掛けて屋根に上る。大きな月が空の端にかかる、良く晴れた秋の夜だった。これくらいの陽気なら、このまま寝ても死なねーかな、と欠けた瓦を二、三枚引き寄せて枕にした銀時は、「おお、こんなとこにおったがか!!」と大音量の声が響くまで良い気分で眠りをさまよっていた。
「金時?生きちゅうか?どっこも怪我しとらんか?」と、しゃがみこんだ坂本に、「うるっせえ!」と顎への一撃をくれた銀時は、ごろりと寝がえりを打って視界から坂本を消し、ついでに耳も塞ぐ。こいつが絡むと毎回面倒なことに巻き込まれるので、できればあまり会いたくないのだ。
だというのに、坂本の方は戦を終えるごとに銀時を探しては声を掛けてくる。うるせえ、テメーの声は近寄らなくても聞こえる、と言ったこともあるが、「おんしの声は聞こえんからな」と、坂本はまるで意に介さなかった。
今だってかなり強く殴った筈なのに、「ツンデレは可愛い女の子がするからいいんじゃぞ?」と、まるで堪えずに銀時の前に回り込んでくる。「誰がツンデレだ、その陰毛みてーな頭は中身まで性器レベルなのか」と、銀時が毒吐けば、「あっはっはっは、モジャモジャなのはお互いさまじゃろー!」と、坂本は銀時の肩をバシバシ叩いた。
「ちょっ、痛っ、痛ェよ!」と、イラっとした銀時が寝転がったまま蹴りを繰り出すと、銀時のかかとは綺麗に坂本の股間へと吸い込まれていき、坂本は「おフッ」と一声漏らして動かなくなる。うわー、と思った銀時は、しかしこれ以上関わりたくなかったので、そろりと身体を起こして、屋根の反対側まで逃げた。
が、「さすがにひどいじゃろ!せめて介抱してってくれんか!!」と、やがて回復した坂本が走って追いかけてくるので、「だから、うるせーんだよお前は」と、ガリガリ頭を掻きながら銀時は身体を起こす。「ナニコレ、ワシもしかして嫌われちゅう?」とぶつぶつ呟く坂本に、「もしかしなくてもテメーは嫌われもんだから安心しろ。嫌いっつーか、通り越してウザい。果てしなくウザい」と、銀時が追い打ちを掛ければ、「なんでそうひどいことを言うんじゃ、仲間じゃろ?!」と、坂本は銀時にすがり付いた。
「天人と戦うっつーだけの大意ではな」と、面倒くさそうに鼻をほじった銀時に、「なんちゅう…せっかくいいもんばやろうとおもったんに」と、坂本は瓦にのの字を書く。その背中があまりに湿っぽいので、ああもう面倒くせえ、と思いつつ、「なんだよ良いもんて」と、銀時が声をかけてやれば、とたんにひどく嬉しそうな顔で、「欲しいかの?」と坂本は顔を上げた。
いらねえよ、と反射で返しそうになった銀時が、「中身次第だ」とどうにか感情を抑えると、「これじゃあ!」と、坂本はひどく嬉しそうに、懐から小瓶を取り出して掲げる。「おっ」と、思わず漏らしてしまった声に、銀時は慌てて口を塞いだが、坂本はひどく嬉しそうな顔で、「欲しいか?欲しいじゃろ??」と、銀時に金平糖入りの小瓶をぐりぐり押し付けた。
「だっから、ウゼーんだよお前は!」と、渾身の力で坂本を投げ飛ばした銀時が、「…くれんなら、ひとつくれ」と、それでもてのひらを差し出すと、「謙虚じゃのう、おんし」と、坂本は言って、銀時の手に白と黄色と桃色の金平糖を三つ乗せる。
自分でも一つ口に入れて、「あまい」と坂本が笑うので、銀時も白いそれを一つ口に含んだ。棘の一つ一つを丁寧に確かめながら舐めれば、確かに砂糖の味がして、銀時はじんわり泣きそうになったが、こんなことで泣くのは論外である。代わりに、「こんなもん、どうしたんだ」と銀時が尋ねれば、「実家から届いたんじゃ」と、坂本はこともなげに答えた。
ああ、と頷いた銀時が、「お前んち、貿易商だっけ」と、確かめるようでもなく言えば、「知っとったか」と坂本は返す。「有名だろ。金持ちの坊々が、こんなとこまで何しに来たんだってな」と、ことさら軽く銀時が続けると、「おんしもそう思うかの」と、坂本が言うので、「俺ァ戦力になって、今日も明日も死なねえ奴なら誰だっていい」と、銀時は答えた。
「あっはっはっは、そうか、そりゃーええことを聞いた」と、銀時の肩をバシバシ叩いた坂本は、「その言葉、そっくりおんしにかえしてもええんじゃな?」と、銀時の顔を覗き込む。今日も明日も死なない。「当たり前だろうが」と、銀時が残りの金平糖をぽいと頬張れば、「なら安心じゃの」と、坂本は銀時の膝に金平糖の瓶を置いて立ち上がった。
「おい」と銀時が瓶を握ると、「おんしの分じゃ。皆には酒が行き渡ったからの」と、坂本は何でもない声で言って、屋根の端まで歩いていく。あれもテメーかよ、と呟きかけた銀時は、けれどもぐっと堪えて、「次はもっと腹に溜まる甘いもん持ってこいよ!」と、坂本の背中に声をかけた。
「注文の多い鬼じゃの」と、振り返った坂本は、「ほいじゃあ、良い夜を」と片手を上げて、音もなく銀時の視界から姿を消す。ごろり、とまた瓦に寝転がった銀時は、月明かりに金平糖をかざした。星のかけらのようだった。


(坂本辰馬と坂田銀時 / 130909)