03.きんつば

「そんな甘ったるいもんで良く酒が飲めるな」と、高杉が嫌そうな声を出すので、「その甘ったるいもんと酒を一緒に持ってきたのは誰だよ」と、きんつばの端を齧りながら銀時は返す。「こっちは先生への土産だったんだよ」と、銀時が遠慮なく開けた菓子の包みを見下ろしながら言った高杉に、「甘いね、ここへ菓子を持ってきて、俺が真っ先に食わねえわけねえだろ」と、銀時が誇らしげに言えば、「卑しさを自慢すんな」と、高杉は銀時の膝を軽く蹴飛ばした。
銀時が酒の味を覚えたのは、つい最近のことだ。松陽が招かれた先で嗜む程度にしか口にしないので、この家には酒がない。五月に大量に落ちる梅の実でさえ、梅漬けと梅シロップで終わってしまうのだ。それで不満もなかった銀時だが、「飲めないよりは飲めた方が得だろ」と言う高杉の口車に乗せられる形で、ついでに酒代も高杉持ちで、ときどき杯を傾けるようになった。
こっそり始めた酒宴は、すぐ松陽の知るところとなり、「銀時はこれを美味しいと思いますか?」と尋ねられた銀時は、少し考えて、「正直そんなに」と答えた。高杉は憮然としていたが、松陽の前では神妙な顔で、「先生が飲むなと言うなら止めます」と言い切った。松陽は、「私は止めませんが、酒が美味しくなるのは自分で稼げるようになってからだと思いますよ」と、銀時の手から取った徳利を一息で空にして見せた。なんだ、この人飲めるんじゃないか、と銀時は思った。
それからは、ほとんど公認の様な形で、高杉は銀時に酒を運んでくる。美味くも不味くもない酒のつまみは、やはり高杉が持ってくる菓子と、銀時が適当に作る料理だった。面倒な時は夕食の残りだったり、最終的には銀時と松陽が常備している漬物におさまったりもするが、高杉は文句を言わなかった。口は綺麗な男なのだ。
薄い小麦の皮を食い破り、みっしり詰まった小豆を齧りとって噛みしめた銀時は、甘さの余韻を洗うように酒を流しこむ。甘いシロップになって喉の奥へ落ちて行く酒の味は、まんざら悪くもなかった。
それから、「お前さ、先生と飲みたいならさっさと家継いで働けよ」と銀時が言えば、「やなこった、あと十年は脛をかじらせろ」と、高杉は首を振る。「十年ねえ」と、想像もつかない先のことに目を眇めた銀時は、「下手すると、その頃先生は俺が養ってるから、それはそれで飲めないかもな」と何でもない顔で言ってのけた。
「馬鹿言え、お前にそんな甲斐性があるか。先生に何かあったら俺が面倒みるから、お前は一人で生きていけ」と、高杉が真顔で言うので、「いやいやいや、お前に先生が御せると思ってんの?先生を引き取るんなら俺も一緒に連れてった方が得策だぜ?」と、銀時がきんつばを齧りつつ売り込めば、「甲斐性の無さを否定しろ」と、高杉は呆れたように銀時にきんつばをぶつける。
「食いもん投げんな」と言いつつ、額にぶつかったきんつばの薄紙を剥いだ銀時が、無言で杯を突きだすと、高杉も黙って酒を注いでくれた。「先生、遅いな」と、銀時が呟けば、「…すぐ帰ってくんだろ」と、高杉は言った。銀時は頷かないまま、もう一度きんつばを齧って酒を流しこむ。甘さはかわらなかった。
村に火の手が迫る、数日前のことだった。


(高杉晋助と坂田銀時 / 130909)