01.お味噌汁と梅漬け

「松陽先生、まだか」と、襖を開いた銀時は、松陽が文机に突っ伏している姿を見つけて、またか、と溜息を吐く。忍ばせるまでもなく、ほとんどしない足音を立てて近づいた銀時が、「松陽先生」と松陽の背中を突けば、松陽はびくっと身体を震わせて、「…おはようぎんとき」と、長い髪を振り乱して振り返った。
「怖ェよ先生」と、松陽の髪を適度に撫でつけながら、「飯できてるから、寝るなら食ってからにしろよ。布団敷くから、ちゃんとそっちで」と、銀時が言うと、「まだもうちょっと目を通す資料がありまして」と、松陽は大きな欠伸を落とす。「…って、昨日も朝まで読んだ挙句昼に起きてきただろ。明日は塾なんだから、しゃんとしろよ。先生なんだから」と、呆れ顔で言った銀時に、「私の話なんか聞いていないくせに」と松陽がいじけたように返すので、「聞いてる聞いてる。子守唄には最適だぜ」と、銀時はひらひら手を振った。
「いいから、味噌汁が覚める前に行こう」と、銀時が松陽の手を掴めば、「はいはい。今日の味噌汁は何ですか」と、銀時の手を握り返しながら松陽は尋ねる。「大根とあぶらあげ」と返した銀時は、「あと、先生の浸けた梅が今年もそろそろいい感じ」と続けた。「本当は梅干しを作りたいんですけどねえ。毎年うまくいかない」と、残念そうに松陽は言うものの、「俺は梅干しより梅漬けが好きだな、歯応えあるし」と、銀時が言えば、「それは何よりです」と、すぐ笑顔になる。
「それから、昨日高杉が持ってきた鮎の干物に、桂が今朝くれた子芋の煮転ばし」と、銀時が重ねると、「今日は豪勢ですね」と、松陽はますます嬉しそうに銀時の手を揺すった。「裏で採れた大根と、梅の実以外みーんな、貰いもんだけどな」と、近所のおばちゃんがくれる自家製の味噌と、豆腐屋のおっちゃんがわけてくれた形の悪い油揚げと、高杉が持ってくる米とを数え上げた銀時に、「ありがたい話ではありませんか」と、松陽は何でもない顔で言う。
そーだけど、と頷いた銀時は、「先生は先生だからいろんなものがもらえるけど、束脩が食いもんばっかで、この先大丈夫なの?たまに入る金はぜんぶ本に使っちまうしよ」と、明後日の方向を向いて言った。「私の老後を心配してくれるのですか?」と、面白そうな声を出した松陽に、「先生の老後っつーか、俺の今後っつーか」と、銀時が言葉を濁せば、「そうですねえ、しばらくは大丈夫だと思いますが、いざとなったら銀時に養ってもらう予定ですから、平気ですよ」と、松陽は銀時の肩をたたく。
うえっ、と妙な声を上げた銀時が、「なんか悪徳商法に掴まった気分なんですけど」と情けない声で言うと、「そうですねえ、そうかもしれませんね。末長くよろしくお願いします」と、松陽は銀時の手を強く握った。あー、と思いつつ、「フツツカモノですが、こちらこそどうぞよろしくお願いします」と、銀時が返せば、「まるで嫁に来るような言い様ではありませんか」と、松陽は笑った。とんでもない話だった。
味噌汁からは湯気が立たなくなっていたが、お櫃の飯はまだちゃんと温かかった。


(吉田松陽と坂田銀時 / 130909)