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夏の夜だった。土方の仕事が終わったら飲みに行く、と言う約束になっていたのだが、どういうわけがそんな日に限って大量の決済が舞い込み、銀時が土方を屯所まで迎えに来たとき、土方のノルマはまだ終わっていなかった。勝手知ったる、と言う風情で、案内もつけずに土方の部屋までやってきた銀時は、「悪い」と一言で終わらせた土方に、「今夜はお前の奢りな」と勝ち誇ったような顔を見せた。それきり銀時は、土方にちょっかいを掛けることも無く、おとなしく草紙をめくっている。と、思っていたのだが。
「…お前さっきから何してんだ?」と、土方が問いかけたのは、銀時がちょいちょい唇に手をやるからだった。横目で眺めていれば、銀時は口に入れた飴を取り出して、ちらりと眺めてからまた口に入れる。しばらくするともう一度。もう一度。何度も何度も繰り返される行為に、土方が眉を顰めれば、あー、と銀時は笑って、「色が変わったかなー、と思ってよ」と答えた。「色?…変わり玉か?」と、土方が問いを重ねれば、「そー。懐かしいだろ、今日ここ来る前に寄った駄菓子屋で見つけてさぁ。お前も舐める?」と、銀時は小さな紙袋をからからと揺らす。いや、と首を振って、「あんま美味くはねぇだろ、それ」と土方が指させば、「まぁ、色が変わるっつーのが売りだから…まだ変わんねーなぁ」と、銀時はまた飴を取り出した。
「そんなすぐは変わんねーだろ、ベタつくからその手でその辺触るなよ」と、土方が手近にあった懐紙を投げつけると、「んー、わかってる」と銀時は簡単に懐紙を受け止めて、ひらひら手を振る。そうして銀時は、飽きずに飴を取り出しては眺め、また口に入れることを繰り返した。色が変わらないまま、数分経った後、「…それ、俺が見てやろうか」と、土方が提案すれば、「え?」と、銀時は首を捩じって土方を見上げる。「なんかそれ面倒くさそうだから、お前が変わったと思うたびに口から出すんじゃなくて俺のほうに口開けてみせれば効率いいんじゃねーの?」と、土方が続けると、「あー、確かに」と、銀時は素直に頷いた。「な」と、土方も頷き返す。ものすごく良いことを考えた、と言う顔の土方に、「けど、お前仕事してんだろ。俺が何のために飴舐めて待ってると思ってんだよ」と、銀時が水を差すので、「いいんだよこんなもん、出さなくなってどうってことねぇって」と、土方はとうとうペンを投げ出して、完全に銀時へと向き直った。
さあ見せろ、と別の方向へやる気を出した土方に、「…飽きたのか?」と、半眼になった銀時が尋ねれば、「何言ってんだ馬鹿、…あ、飽きるわけねーだろうが」と、土方は目を泳がせる。まったく信憑性が無い。からり、と飴玉を転がした銀時は、「真面目にやれよ―、お前が不始末とかそういうのでクビんなったらどうなると思ってんだ」と、銀髪を掻きながら訴えた。「どうなるんだよ」と、憮然とした顔の土方に、「この歳でほぼプーの男ふたりが乳繰り合うって言う状況」と銀時が真顔で答えれば、「……プーじゃなくても嫌だろ、それ」と、脱力したように土方は返す。
「それを言ったらお終いだろ」と、畳に肘をついた銀時は、「あ、変わった」と言いながら、口から出した飴を誇らしげに掲げた。だから口だけ開けて俺に見せろって、と言いかけた土方は、「青?始めて見たな」と、純粋に驚いた声を上げる。「俺は初めてじゃねーけど、確かに珍しいな」と言った銀時は、「いいよな、こういう人工的な青」とゆるく笑った。それから、「せっかくだから、これやろうか」と、銀時がベタベタした飴を差し出すので、「舐め掛けかよ」と土方が苦笑すれば、「珍しいし、なにか良い事あるかもよ」と、銀時は茶化すように眉を上げて見せる。「この仕事が半分になるとか?」と、それでも最初よりはずいぶん低くなった書類の山を指した土方に、「物理的な事は無理だろうけど、糖分は脳に良いっつーし」と、銀時は返した。「それなら、別にそれじゃなくてもいいだろ」と肩をすくめた土方は、「いらない?」と銀時に問いかけられて、「……いや、もらっとく」と、顰め面で答える。背に腹は代えられないものだ。「じゃあ、はい、あ〜ん」と、気味の悪い声を出しながら銀時が差し出す変わり玉を銀時の指ごと咥えた土方は、軽く関節を噛んだ。やはり甘い。
「おーい?何してんの?」と、呆れたような顔をする銀時に、「やっぱ変な味だなと思って」と、土方が指を咥えたまま喋れば、「俺の指が?」と、銀時は首を捻った。「指も飴もだな。指の方が美味いかもしれん」と、土方がさらっと答えれば、銀時は一瞬絶句して、「…なんかお前、図太くなったな…」と、しみじみ呟く。「お前の影響だろうよ」と、銀時の指に舌を這わせた土方に、ふうん、と返した銀時は、土方の唇からそっと指を引き抜いた。土方の唾液に濡れた指を目で追って、硬い変わり玉に歯を立てた土方の口には、ただの砂糖と、何かよく分からない香料と、銀時の味が残っている。
それでもまだ文机には戻らず、「これは何回色変わるんだ」と、土方が尋ねれば、「えーと、4回?じゃなかったか」と、あやふやに銀時は答えた。あと三回だな、と頷いた土方が、「これ噛み砕くと色が層になってんのが見えるわけか?」と重ねれば、「めちゃくちゃ硬いから一度も成功した事ね―けど多分見えるんじゃねーの?」と、あまり興味はなさそうに銀時は言う。「…金槌とか」と、腰を浮かせかけた土方の隊服を引いて、「あー、いいから現実逃避してねーで、お前はさっさと仕事しろ」と、銀時は言った。
「終わるまでちゃんとここにいてやるから」と、笑いながら続いた銀時の言葉に、「別にそんな」と口籠った土方は、僅かに唇を歪めて、頬を掻く。一緒にいるのに別の事をしていることが寂しいなんて、そんなことはまあないことも無いのだが、まるで見透かされたようで少し悔しい。
「…30分で終わらせるから、寝るなよ」と、土方が告げれば、「はいはい、じゃあ俺は次舐めるから、がんばってね」と、銀時は何でもない顔で土方の背を軽く叩いた。温かい手をしている。というかもしかして、べたつく手を拭いたんじゃないだろうな、と少しばかり心配になったが、どうせ出かけるときには隊服を脱ぐので、正直どうでも良い事だった。白い紙袋から、ビー玉ほどの変わり玉を取り出す銀時を横目に、土方もまだ青いだろう飴を口の中で転がす。せっかくだから口移しでもらえば良かった、と思う頃には、土方の口もすっかり甘ったるくなっていた。


(飴のはなし / 土方十四郎×坂田銀時 / 130801)