さよならをおしえて:03

真夏の真夜中だった。酒宴の席から一早く逃げ出して、自室で寝ていた銀八は、尿意で目を覚ました。タオルケットをはらいのけて、寝ぼけ眼で階段を下りた銀八は、すれ違いざまに居間を覗いて、惨状からそっと目をそらす。とりあえず、と裏庭に面した小窓のある便所で尿意を解消した銀八は、手を洗うついでに汗ばんだ顔も洗った。つけっぱなしの給湯器のデジタル時計は、3時を指している。銀八にとって一番良いことはこのまま部屋に戻って寝てしまうことなのだが、そうすると明日の朝にツケが回ってしまう。下手をすると銀時までが仕事に逃げて、片づけは全て銀八が、ということも考えられなくはない。
あーあ、とため息を吐いた銀八は、明日の自分の為に、酒臭い居間へと乗り込んだ。まず食器類は流しに運び、水を張っておく。乱立する酒瓶は一本一本振って、中身のあるものはちゃぶ台、無いものは隅に寄せる。乾きものの類は残りを大皿にまとめて袋を捨てる。脱ぎ散らかされた服はざっと畳んで、持ち主のそばに置く。無理な姿勢で寝ている連中を、苦労しながら解いて、あまり見たくもない半裸体には納戸から出した古い布団とタオルを一枚ずつかける。それから、銀八は奥座敷に一枚だけ布団を敷いた。居間の隅で酒瓶を抱えていた銀時を揺すってみるものの、全く起きる気配が無いので、引きずるようにして奥座敷まで連れていく。銀時を布団に寝かせ、頭の下に枕をあてがって、ふわりとタオルケットをかけた銀八は、満足そうに額の汗を拭った。居間には思い切り朝日が差し込むので、朝からかなり暑くなるのだ。対して一段落ちた奥座敷は、夏でもなぜか涼しく、過ごしやすい場所だった。銀時の友人には悪いが、これくらいは家主の特権だ、と頷いた銀八は、大きく欠伸をして立ち上がる。
朝は、きっと誰かが目を覚まして他を起こしてくれるだろう、と二階に足を進めかけたところで、がしっと足首を掴まれた銀八は、畳に向かって思い切りつんのめった。それほど悪くない反射神経のおかげで、顔面からのダイブは免れたものの、両手と膝がひりひりしている。なにすんだよ銀さん、と振り返った銀八は、銀時が目を閉じているのでアレ?と首を捻った。「銀さん?起きてんだよな?」と、声をかけて見るものの、銀時からの応えはない。えっ、コレ銀さんの手だよな?と、銀八はおそるおそる足首に目を向けて、それがきちんと銀時の身体につながっている事を確認する。寝ぼけて、手近にあるものを掴んだのだろうか。「酒瓶がライナスの毛布…っていうのは銀さんの場合笑えねーからなァ」と呟いた銀八は、銀時の指を引き剥がしにかかったが、これがなかなかうまくいかない。眠っているというのに、いや眠って意識が無い状態だからこそだろうか、銀時は万力のような強さで銀八の足首を握りしめている。
離すどころか、だんだん強くなる力に、「いたたたた、いた、痛ェって銀さん、おい聞いてる?ちょっと目ェ覚ませ、これ酒瓶だったら割れてるよ、っつーか俺の足も割れちゃうよ?頼むから、300円あげるから離してェェェェ!!」と、銀八が小声で叫ぶという高等技術な泣き声を漏らしたところで、「いやだ」と、銀時は言った。「いやだじゃなくて離せって…、」と言いかけた銀八は、銀時の目がいまだにしっかりと閉じられている事を見て口を噤む。寝言と会話をしてはいけない。連れて行かれてしまうからだ。黙り込んだ銀八をよそに、銀時はひどく苦しそうな顔を作って、「…いやだ、どこにも行かないでくれ」と、ひどくはっきり言ってのける。俺がここ以外のどこに行くんだよ、と、銀八は呆れを通り越していっそ穏やかな気分で銀時の寝顔を見つめて、そっと銀時の腹を撫でた。頭に手が届かなかったからだ。ってかそれ、俺の話じゃねーよな?と聞いてみたかったが、銀時が連れて行かれるのは嫌だったので、じっと耐える。ふと見上げれば、淡い月の光に照らされた父親がいつも通り鴨居で微笑んでいて、銀八はなんだか泣きたくなった。あんた、なんでそんなとこで笑ってんだよ。今ここで、俺と銀さんと一緒に笑ったり泣いたりしててくれよ。そして今まさに砕けようとする俺の骨も助けて下さい。
途方に暮れて、銀時が眠る布団に突っ伏そうとした銀八の頭を、背後から不意に伸びた手ががしっと掴む。びくっ、と震わせた銀八の肩をもう一本の腕で抱いて、「何してんだ、オメーら」と呆れたような声で言ったのは、土方だった。「寝ぼけて…離してくんなくて」と、銀八が銀時に掴まれた右足を指せば、土方は妙な顔で銀時の指に手をかけ、「…なんだこりゃ、堅ェな」と、銀八の顔を見下ろす。「十四郎さんでもダメか?」と、銀八が眉を下げると、「待ってろ」と、土方は銀時の身体に手を伸ばし、こちょこちょと脇をくすぐった。んんっ、と身をよじった銀時の手の力がわずかに緩んだところで、慌てて足を引き抜いた銀八は、ひょい、と土方に抱きあげられた状態で奥座敷を後にする。「ちょっ、歩けるって、十四郎さん」と、銀八は土方の背を叩いたが、「その手の痕隠すまで黙ってろ」と、土方は切り捨てた。言われて目を向ければ、銀八の右足首にはくっきりと銀時の手の痕が残っている。指の一本一本まで、生々しく。「それ見せたら、坂田が泣くぞ。いろんな意味で」と、土方が言うので、「二階に…俺の部屋に湿布あります」と、銀八は返した。何の重みも感じない様な顔で、銀八を抱えたまま階段を上る土方に、「そこ、踏み抜かないでくださいね」と、銀八はそればかりが心配だった。

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殺風景な銀八の部屋を、土方は見慣れている。数ある銀時の来客の中でも、一番良く訪れる相手が土方と言っても過言ではないからだ。かと言って、一番仲が良いようにも見えない。呼びつけるくせに土方を罵る銀時と、約束を取り付けてまで来るくせに銀時を扱き下ろす土方の会話に、昔は混乱して泣いたりもしたものだ。長じた今となっては、それがふたりのスキンシップなのだということを銀八も理解して、「うるさくなったら止める」くらいのスタンスでいる。銀時に近い場所にいるくせに、完全な銀時の味方ではない土方は、銀八にとっても心の拠り所だった。何もかも話せる筈の銀時に伝えられないことを告げられる相手である。押入れの左手上段の手前に置いた小引出しの4段目から、湿布とテープを取り出した銀八は、布団の上で足首へと丁寧に湿布を巻いた。銀時の痕が隠れるまで、念入りに。「これは、階段から落ちたってことにしてください」と、銀八が言えば、「構わねえが、…お前ちょっと慣れてねえか」と、窓辺に座った土方は返す。相変わらず鋭いな、と思った銀八は、テープの端を千切って折りこむと、「初めてじゃァないんで」と、ちょっと笑って見せた。
銀時は、ときおり悪夢に魘されることがある。楽しく飲んだ後は特に多いようで、銀八がこうした酒盛りの夜に目を覚ますようになったのも、そのためだった。そんな時はとにかく抱きしめるものが欲しいらしく、さまよう銀時の手はいつもおぼつかない。酒瓶でも箒でもジャンプでも、抱いて寝かせればひとまずおとなしくなる。銀八も、その何でもいいものの一つだった。今夜だって、握りしめた腕に抗わずに一緒に眠ってしまえば、翌朝銀時は笑いながら銀八をゆり起してくれただろう。なに?寂しくなっちゃった?などと言いながら。寂しいのは銀さんだろ、と、銀八には口が張り裂けても言えはしないのに。銀時が欲しいものを、銀八は知っている。もう二度と手に入らないものだということを知っている。そして今、銀八に何も尋ねはしない土方も、きっと知っているのだった。
「相変わらずド級のバカだな、あいつァ」と、土方が懐から出したマヨネーズを吸うので、「口寂しくてマヨネーズ一本吸う相手には言われたくないと思いますぅ」と、銀八は銀時をまねて唇をとがらせる。そう、これは銀時の模倣なのだ。銀八と銀時は、外見こそ良く似ているが、中身はそれほど似ていない。一つ屋根の下で暮らし続けてもそうなのだから、銀八が母親に引き取られていたら、その差はさらに顕著なものになっただろう。それを無理に繋ぎとめているのは、銀八である。銀時を妙な目で意識する前から、もうずっと前から、出会ったときから、銀時は銀八のヒーローであり、くたびれた偶像だった。だからわかるのだ。銀時が銀八を引き取った理由も、銀時が銀八の父に抱く思いも、そして行き場の無いその葛藤も。
とがった唇がだんだんへの字になるうちに、銀八はやっぱり泣きそうだった。黒縁の眼鏡を外して、脇へ寄せたちゃぶ台に乗せた銀八は、膝を抱えたままころんと布団に寝転がった。銀時に愛されている事は知っている。時に重たいくらいのそれは、純粋に嬉しいものだ。けれども、銀八の欲しいものではなかった。このまま一生こうしていられるわけではない。銀八の父が銀時を残して結婚したように、銀八と言う目に見える傷を銀時に残したように、銀時もまた銀八に一生消えない傷を負わせてくれるのだろう。そうでなくては困る。銀時には、そうする権利があるのだった。と、「お前も、バカだな」と、窓辺からのっそりやってきた土方が銀八の頭を撫でるので、「男子高校生なんて皆バカなんだよ…」と、銀八はぎこちなく笑う。そうかもな、と軽く笑い返した土方が、「俺も大バカだった」と、冬の嵐の様な声を出すので、「十四郎さん?」と、銀八は土方の顔を見上げようとしたが、その前に土方の手がすっぽりと銀八の目を覆った。
それから、「お前さっき、西郷さんに何か言われたな」と、土方が尋ねるので、「…えーと」と、銀八は土方の掌の下で目を泳がせる。何と言ったものか、と思案する銀八に、「大丈夫じゃねえが大丈夫だ。たぶん、俺は知ってる」と、土方は言った。それでもしばらく逡巡して、何度か口を開いては閉じた銀八が、「…銀さんが俺くらいの頃、男に襲われかけたことがあるとか…」と、ひどくあいまいなことを口にすれば、「やっぱりそれか」と、何でもない声で土方は返す。そうして、「襲った相手は俺で、そんで未遂じゃねえ、最後までしたんだ」と、やっぱり何でもない声で土方は続けた。その意味を理解するまで数瞬かけた銀八は、「はぁっ?!だってあんた、ミツバさん、」と、銀八の目を覆う土方の、左手薬指にはまった指輪を掴む。土方は、銀八がこの家に引き取られる前から妻帯していた。土方の嫁は土方の幼馴染で、沖田の一つ上の姉で、そして銀時とも同じ高校に通った同級生だと言う。銀八にも優しい土方の嫁は、銀八の目からも楚々として美しくてたおやかで、その口から語られる土方との昔話はいつだって、銀八だけでなく、銀時をも笑わせていた。だと言うのに。
「ミツバとは古い付き合いだが、ちゃんと付き合い始めたのは高2の終わりだ。坂田とのことは、高2の秋に」と、土方が普通に答えるので、「やっ、止めろよ、何の告白だよ」と、銀八は混乱して首を振る。土方の手に爪を立てれば、左手はあっさり離れて、銀八の視界には良く知る筈の土方の、知らない表情が映った。よろりと起き上がって、「あんた、銀さんを傷つけたのか」と、銀八が土方を睨みつければ、「そうだ。坂田の悪夢の一片は、たぶん俺だ」と、土方は答える。かっとなった銀八は、「そうだじゃねえよ、何開き直ってんだテメェ!」と、握り拳を固めて、思い切り振りかぶった。銀時と土方仕込みの右ストレートは、きれいに土方の頬へ決まり、土方の身体は反動で布団に倒れる。倒れた土方が微動だにしないので、銀八は一瞬で上がった息を整えながら、拳を眺めた。一般的な高校生と比べて弱いとは思わない、だが、土方に敵うような力ではない。「なんで、避けないんだよ」と、銀八が土方を覗きこめば、「お前に殴られたかったからだよ」と、寝転がったまま土方は答えた。土方の頬は、見る見るうちに赤くなっていく。というか、歯で切ったのだろう、少し血が出ている。
血を見て、少しばかり冷静になった銀八は、押し入れからさっき使ったばかりの湿布の残りと、絆創膏を取り出して、土方の顔にせっせと張り付けた。土方は妙な顔で、「…あと二、三発くらい貰う予定だったんだが」と、拍子抜けしたように言う。「手が痛ェからやだ」と返した銀八は、ぐしゃぐしゃと髪を掻いて、「昔何があったにしろ、今銀さんがあんたをここに呼ぶってことは、あんたらの間では話が付いてんだろ。じゃあもう俺が口を挟む余地はねーってことじゃん」と、ため息交じりに言った。ついでに、「銀さん非処女なのかー…」と、銀八が両手で顔を覆えば、「俺が知る限りは処女だから安心しろ。非処女は俺だ」と、どことなく照れた声で土方が言うので、銀八は今度こそ大きく目を見開いて、「ちょっ、ちょっと待て、ナニソレ、詳しく」と、土方にのしかかる。「聞きたくねェんだろ?」と首を捻った土方に、「想像と違ったんだよ!!あんた銀さんに無理やり突っ込んだんじゃねえの?!」と、銀八が詰めよれば、「違う、俺は坂田に無理やり突っ込ませたんだよ。あいつが中出しするまでな」と、土方は答えた。男らしいと言えばあまりに男らしい答えに、ああそう、と銀八は頷いて、よろりと押し入れに凭れかかる。
いろいろと飽和状態な銀八に向けて、「勘違いするなよ」と、土方は言った。「入れようが入れられようが、俺がしたことは立派な強姦で、許されることじゃねえんだ」と、苦々しく口にした土方の顔が、それこそ傷ついているので、「じゃあなんで、あんたらまだ友達やってんの。そんな顔して、あんなんになってまで」と、銀八はあえて切り込む。一瞬目を泳がせた土方は、「あいつがそうしたいと言ったからだ」と、答えた。「情けねえ話だが、坂田を犯した翌日、俺の方が熱を出して倒れてな。二日休んで、土日を挟んで、それで顔を合わせたら、坂田はもう普通の顔をしてた。俺にもいつもの調子で喧嘩を吹っかけて、笑って、まるで忘れたみてーな」と、土方が言うので、「忘れるわけねーだろ」と、銀八は吐き捨てるように返す。忘れられてたら困るんだよ、と答えた土方は、「だから、屋上に引っ張って問い詰めたんだ。責めるなら責めろ、無かったことにすんなって、そしたら」と、そこで一度言葉を切った。「何て言われたんだ」と、銀八が促せば、「お前だけ楽にしてやんねえ、って」と、土方は押し殺した声で言う。
「お前の言い訳は聞かない、俺はお前を責めない、でも忘れないし赦さない、そんでこれから先もずっと何もなかったことにしろって」
なんだよそれ、と銀八が息を飲む間に、「離れる機会はいくらでもあった。それこそ、坂田は進学もしなかったしな。でも、その頃にはもう総悟も近藤さんも、俺と坂田をひっくるめて考えるようになってた」と、土方は目を伏せて続けた。「それで、そのまま17年だ」と、両手を広げた土方は、ちょっと笑って、銀八を見上げる。「これでわかったろ?俺と坂田はあの頃ほとんど毎日罵り合ってたから、これから先も死ぬまで罵倒しあいながら生きてくんだ」と、淡々と土方が言うので、「おかしいよ、あんたら」と銀八は首を振った。「もっと他に、何かあっただろ」と、銀八は立てた膝に顔を埋めたが、「かもしれねえが、選ばなかったからこれしかねぇんだよ」と、土方はごく軽い声を返すばかりである。「なんだよそれ、バカじゃん。バカみてーじゃなくて、バカじゃん」と、改めて腹が立ってきた銀八がちゃぶ台を殴れば、「止めとけ、手ェ腫れるぞ。つーか、俺殴った時切らなかったか」と、土方はいつもの調子で銀八を諌めた。「俺の手なんてどうでもいいんだよ」と、銀八がもう一度振り上げた手を、さっと伸びた土方の手がさらっていく。「どうでも良くねえって」と、銀八の手を握る土方の掌の温度は、銀八が知る土方のもので、銀八はぐっと唇を噛みしめた。ずっと、この手を握ってきた。銀八が銀時に引き取られて、初めて引き合わされた銀時の友人が土方だった。それから十年、土方はずっと銀八にやさしかった。それが、銀時に対する罪滅ぼしだけでできているとは思いたくない。
ぎゅう、と土方の手を握り返して、「あんた、銀さんのこと好きだったのか?」と、銀八が尋ねれば、「好きだった。そんで、あいつが『松陽先生』のことだけ考えてんのも知ってた」と、土方は誤魔化さずに答えた。ああ、やっぱり知っていたのか、と今までどうしても聞けなかった答えにすとんと納得した銀八は、「だからって逆レイプは飛躍しすぎだろ。怖ェよあんた」と、ようやく少しだけ笑うことができた。「若かったんだよ。死ぬほど後悔したわ、死ぬほど痛かったし」と、土方が思い切り眉をひそめるので、「知らねーよ、知りたくもねーし自業自得だろ?!俺あしたからあんたとどう接していいかわかんねーよ」と、銀八は土方の眉間に手を伸ばして、皺を広げる。されるがままの土方に、「なあ」と声を掛ければ、「なんだ」と、銀八の手を握ったまま土方は応えた。「なんで、俺にそんな話しようと思ったんだよ」と、銀八が続けると、土方は少し考えるそぶりを見せてから、「…いつかは話そうと思ってた」と、返した。だからどうして、と重ねようとした銀八に、「お前ならあいつをどうにかできると思うからだ」と、土方は告げる。「…どうにかってなんだよ、あんたみたいにしろって?」と、銀八が自嘲気味に言えば、「そうじゃない方法でだ」と、土方は銀八の額に手を当てた。「俺にはもうどうしようもねえが、お前は諦める気もないんだろ?」と土方が笑うので、「死人には勝てない」と、銀八は返す。それが一番の本音だった。銀八が松陽の息子でなければ話はまた違うかもしれないが。
「そんなこともねえと思うがな」と、銀八の頭を撫でた土方が、銀八を置いて布団から立ち上がろうとするので、銀八はさっきの銀時のように、土方の足首を掴む。「なんだよ?」と振り返った土方に、「こんな話された後でひとりにされて眠れるわけねーだろ」と、銀八は訴えた。「…こんな話を聞かされた後で、俺と一緒に寝る気があんのか」と、純粋に驚いたような顔をした土方に、「あんたと…十四郎さんと銀さんに何があっても、俺と十四郎さんの十年が変わるわけじゃねーだろ」と、銀八は返す。変わらないだろう。変わらないでほしい、と銀八は思う。にらみ合うように視線を交わした後で、ふっ、と笑った土方は、「お前、やっぱり銀時そっくりだわ」と、しゃがみこんで銀八の頭をがしがし撫でた。「え?」と、顔を上げかけた銀八の頭を抱きこんで布団に倒れた土方は、「おやすみ銀八」と言ったきり口を噤む。土方は、銀八よりも体温が高い。あっちいな、と思いながら、離れる気にはならなかった。もぞもぞと無理な姿勢でタオルケットを引き上げた銀八は、おやすみなさい、と呟いて目を閉じる。カーテンの隙間から日が差し始めていることに、銀八は気づかなかった。

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翌朝、少しばかり寝坊して起き出した銀八の足と土方の頬を見て、銀時は妙な顔をしたが、「階段から落ちて十四郎さんを巻き込んだ」と言う銀八の説明に、「気ィ付けろよ、古い家なんだから」と苦笑した。はァい、と間延びした声で返事をした銀八は、早々に引き上げるという土方を玄関まで見送る。「顔、痛くねえ?」と銀八が尋ねれば、「物理的に痛い方がマシだ」と、土方は肩越しに振り返って言った。それから、「お前が坂田のそばにいてくれて本当に良かった」と、雪解けの太陽のような声で土方が言うので、「十四郎さんだってずっといたんだろ」と、銀八は返す。ぽかん、と土方が口を開くので、「なんだよその顔!」と、銀八は声を立てて笑った。銀八の笑い声を聞いて、「どうかしたのか?」と、銀時が顔を出すので、振り返った銀八はなんでもない、と首を振ろうとしたのだが、途端に土方は銀八の首に手を掛けて、「おい坂田、そろそろこいつ貰ってっていいか」と、銀時に告げる。えっ?と思った銀八が反論するまもなく、光の速さで走ってきた銀時が土方を蹴り飛ばして、銀八を抱き寄せると、「馬鹿言ってねえでとっとと帰れ、つーか死ね、むしろ土に帰れ!」と矢継ぎ早に土方を罵った。開いていた玄関から、わずかばかりの庭に飛び出した土方は、「あーあ」と笑って、「ちゃんと大事にしろよ!」と叫ぶ。「テメーに言われるまでもねえんだよ!!」と叫び返した銀時を見習って、「俺も銀さん大事にするから安心しろよ!」と、銀八も言った。えっ?と素っ頓狂な声を上げる銀時の腕をすり抜けた銀八は、銀時の代わりに台所へ戻る。土方以外の客は、居間で目を擦ったり洗面所で顔を洗ったり風呂に入ったりしている。玄関では、相変わらず土方と銀時の罵声が聞こえる。いつもの朝だった。何も変わらない、と笑った銀八は、上機嫌で卵を割る。中身は双子だった。


(現代パロディ / 吉田銀八と土方十四郎 / 130731)