さよならをおしえて:02

蝉の声が止まない夏の夜だった。結局夕食近くまで粘った三馬鹿は、「金は出すから飯食いに行こうぜ?」と銀八のみならず銀時にまでねだったのだが、銀時は三馬鹿の頭をぺしりと叩いて、「そーゆーことは金で買えるか、同じくらい金を持ってる相手にだけ言うもんだ」とダルそうな声で言う。「銀さん大人だし一応金持ってるからいいけど、こいつらまさかお前にもいつもこんななの?」と、銀八を振り返った銀時の目が笑っていないので、銀八は慌てて、「わりとこんなんだけど、俺もわかってるし、こいつらもわかっててやってるって言うか、ほらっぼんぼんだから!あと自分で稼いだ金もあるから!株取引とかしてっから!」と、高杉と桂を背に庇った。坂本は自分で何とかするだろう。
一瞬びりびりとした雰囲気をまとった銀時は、「まあオメーがそう言うならそうなんだろうな」と険しさを鞘に納めて、「つーわけで今日は帰んなさい。ここからは家族水入らずだから」と、三馬鹿に向けてひらひら手を振った。はい、と蚊の鳴くような声で頷いた高杉に、「あのひといろいろ適当だけど、怒るとスゲー怖ェんだよ。だから、またな」と銀八が囁けば、「またっていつだ」と、高杉だけでなく桂まで食い付く。えーと、と答えられずにいる銀八の手をガシッと握って、「毎回とは言わんから、せめて日に一度は携帯も取るぜよ」と坂本が言うので、「あっ、バカ」と銀八は坂本の口を塞いだが、もう遅い。「は?携帯?ナニソレ、お前そんなもん持たされてンの?」と背後で銀時のボルテージが上がっていくので、「違う違う!言われたけど、嫌だったから自分で買ったんだって!」と、銀八は必死で叫んだ。それはそれで火種だったが、三馬鹿の命には代えられない。あとで説明するから、と銀時を廊下に待たせた銀八は、三人を玄関から押し出すと、扉を背にして深く息を吐いた。
「なんちゅうか、面白い人じゃの」と気楽に笑った坂本の首を掴み、「テメーが余計なことを言ったせいでこれから説教タイムだこの野郎」と銀八は泣き言を漏らす。アッハッハッハッハさすがに苦しいぜよ、アレッ川?川が見えてきちゅう?と言いだした坂本には構わず、「銀八は、家だと幼くなるんだな」としたり顔で頷いた桂の前髪から髪ゴムをむしり取って、「普段はもうちょっとまともな会話してますぅー、お前らいるから照れてるんですぅ」と、それこそ顔を赤らめながら銀八は返した。銀八の手から取った髪ゴムで、自分の前髪をきゅっと結んだ高杉は、「顔も性格もお前そっくりじゃねえか。本当に遠縁なのか?腹違いの兄貴とかじゃなくて?」といまだに疑っている。「確かに父さんと銀さんは一緒に暮らしてたし、年齢的にも無理じゃねーけど、ありえねーから。あとそれ絶対銀さんの前で言うなよ、下手すると殺される」と、銀八は高杉の唇に指を当てた。
「意外と複雑なんだな、お前の家」と、銀八の指を掴んで首を捻った高杉に、「俺はお前らの方が意外だよ」と銀八は返す。何が、と高杉が目で訴えるので、「俺の生い立ちなんて、調べりゃすぐわかるんだろ。父親が死んでんのも、母親が別口で再婚してんのも、銀さんのことも、お前らは知ってると思ってたよ」と、銀八は答えた。だから招き入れたのだ、とは言わなかったが。あー、と一瞬唸った高杉は、「…先に謝っとくが、調べようとしなかったわけじゃねえんだ。でも、パスポートの件なんかを見る限り、お前はそういうの嫌だろうと思ったから」と、ごにょごにょ呟く。「確かに、保護者とお前の名字が違うな、ということくらいはうっすら知っていたんだが、それ以上のことは銀八の口から聞きたかった」と、高杉を押しのけて桂が言い、「わしはほがいなことすっかり忘れちょったき」と、坂本も加わった。バカ本は置いて、高杉と桂が一応気を使っていたことを知って、「お前らにもまだ人の心が残ってたんだなァ」と銀八がしみじみ呟けば、「ああ、だからその内きっちり教えてくれ」と、桂は銀八の手をぎゅっと握る。「暑ィから触んな」と桂を振り払った銀八は、少しだけためてから、「んな大した話じゃねーよ。さっきも言った通り、小せぇ頃親父が死んで、まだ若かったお袋の代わりに銀さんが俺を育ててくれたんだ。で、その間にお袋は別に結婚したけど、俺は銀さんと一緒で充分幸せだっつうだけだよ」と、頬を掻いた。
大した話じゃない、と銀八は言ったが、銀八がそう思えるのは銀時のおかげだということも、銀八は知っていた。母親は若かった、と言ったが、銀八の母と銀時は同い年である。高校卒業と同時に結婚して子どもを持っていた25歳の母と、自宅で開業した『万事屋』が軌道に乗りはじめていた25歳の銀時とでは、並べて考えることすらおこがましいだろう。ともかく銀時は、銀八が小学校に入るまでの数か月をほとんど共に過ごし、就学してからも行事には欠かさず参加するどころか、毎回数人の友人を引き連れて、銀八の顔を明るくしてくれた。誕生日には(偶然だが、銀八も銀時も同じ十月十日だ)ふたりで特大のケーキを作り、銀時の友人がかわるがわる祝いに訪れ、銀時が仕事でいない夜も誰かしら泊まり込んで、銀八の世話を焼いてくれた。花見もこどもの日も七夕も海も花火もお盆も月見も紅葉もスキーも雪合戦も、全部銀時がしてくれた。学校での友人はほとんどいなかったが、さみしい、などと思う暇もないほど、銀八の私生活は充実していたのだ。

なんとなく押し黙ってしまった銀八を、坂本がふいに抱きしめるので、「オイ、なんだよ?」と、銀八は坂本の胸を押したが、「おんしは何もわかっちょらんのう」と言うばかりで、坂本は離れていかない。それどころか、高杉と桂までが銀八に飛び付いて、「そんな顔で笑うなよ、妬けるだろうが」、「いやいや、幸せなのは何よりだぞ」などと頷いている。「わけわかんねーよ、つか重いんだよ、潰れる!離せ!離して下さい!」と、本気で苦しくなってきた銀八がわめいたところで、引き戸の玄関ががらりと開き、「オメーらうるさい、そんでしつこい。銀八も迷惑してんぞ」と、銀時は三馬鹿から銀八をべりっとひき剥がした。片腕で銀八を支える銀時に、「ご、ごめんなさい」と銀八が謝罪すれば、「ほらみろ、今後のお付き合いはお断りするってよ」と、銀時は明後日なことを言いだす。
何の話だ、と銀八は目を剥いたのだが、そう思ったのは銀八ばかりらしく、「そりゃ横暴ぜよ〜」と坂本は困ったように眉を下げ、「是非家族ぐるみでのお付き合いをお願いします」と桂が折り目正しく頭を下げ、「そもそもあんたのってわけじゃねえだろ」と、高杉は声のトーンを一段下げた。「って、言われてっけど?」と、銀時が銀八に振るので、「いやまあ、お前らとは普通に…ともだちだし?家族ぐるみは銀さん次第で、あと確かに俺は銀さんのじゃねえけど銀さんは家族だから」と、銀八は慎重に言葉を選ぶ。銀時と銀八、二人だけの家族だ。それから、「電話もメールもそんなに好きじゃねえから、話したいなら直接来い。毎日は無理だけど、たまになら相手してやる。あと、金はいらねーけど土産は歓迎するから。パフェは俺と銀さんと仏壇の分な。お中元も一個ずつなら受け取る。腐らない食いもんで」と、銀八がすらすら並べ立てれば、三人はぱっと顔を輝かせて、「約束だからな」と、銀八に詰め寄りかけて、ぴしゃりと銀時に玄関を閉じられた。鈍い音の後で、「また来るからなおっさん!首洗って待ってろ!」と高杉が毒吐き、「銀時さんはおいくつか教えてください」と桂が寝言を言い、「ほいじゃまたのう、金八」と坂本は相変わらずである。「あー、またな」と銀八が磨りガラスの向こうに声を掛ければ、三人の気配はやがて遠くなっていった。
急に静かになった家の中で、銀八はしばらく銀時に寄り添ったままだったが、「お前、重くなったなァ」と、銀時がしみじみ呟くので、慌てて身体を離す。「えーと、銀さん」と口を開きかけた銀八を遮って、「言い訳は後で聞くから、まずは飯と風呂だ」と銀時は言った。

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外から見ているとわかりづらいが、銀時は意外と過保護だ。放任主義を貫きながらそうなのだから、ある意味性質が悪い。実際、小学生の頃に銀八の髪を切った教師や、ランドセルの紐を切った同級生、中学校の入学式で銀八の名を呼ばなかった在校生代表や、最後の春休みに闇打ちをかけてきた他校の生徒などは、銀時が愛用の木刀と友人の国家権力と謎の後ろ立てで解決してくれたものだ。銀八としては、母親の趣味で伸ばしていた髪がそれを機に銀時とお揃いになったり、ひとまずランドセルの代わりに、と銀時がおさがりの肩掛け鞄をくれたり、入学式には顔も知らない先輩ではなく銀時が名前を呼んでくれたり、殴り合いのケンカのさなかに銀時がまっすぐ飛びこんで来てくれたり、したことがかなり相当嬉しかったので、嫌な思い出は全て相殺されて、今日まで目立ったトラウマを抱えることもなく平和な学生生活を送っている。
銀八がかなり背伸びして今の高校を選んだのは、その先を見据えていたからと、どうしても徒歩(もしくは自転車)で通える場所にしたかったからだが、銀時が頷いたのは、地元の公立校が荒れているせいもあったのだろう。自分ではひとつも目立っている自覚の無い銀八が、予期せぬ場所でトラブルに巻き込まれていく様は、銀時が一番良く知っている。というか、それは完全に銀時譲りだった。進学先を決めた時、「俺はあんまり世間に興味が無いから良かったけど、お前はそうはいかねえもんな」と、銀八の夢を知っている銀時はゆるくわらって、銀八に通帳を二冊くれた。通帳の名は「坂田銀時」と「吉田銀八」だったが、どちらにも月に数千から数万円が振り込まれて、一度も引き出された形跡はない。こっちが、と古い通帳を指した銀時は、「松陽先生が俺の為に積み立ててくれてた金だ。企業でも、結婚式でも、海外旅行でも、なんでも好きなことに使えってよ。で、こっちは、俺がお前に積み立てた金だ。大した額じゃねえが、併せりゃお前が大学へ行くくらいの金にはなんだろ」と、何でもない声で言った。古い通帳には、銀八の父が死ぬまで振り込みが続いており、新しい通帳は銀八が生まれた年から入金が始まっている。銀八には何の記憶もないが、銀時は銀八のことをずっと知っていたのだ。
それから二年経つが、銀八はいまだに一円も引き出せずにいる。むしろ今までの足しにしてくれ、と銀八は言ったのだが、「バカヤロー、俺は松陽先生に何一つ返せずに終わったんだぞ。悔しいからお前にも一銭も返させてやんねえ」と、銀時は銀八の額をぱちんと叩いた。それが照れ隠しだとわかっていたが、銀八の顔も真っ赤だったので何も言えなかった。

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飯時は楽しく、がモットーの坂田&吉田家の家訓通り、炊き立ての飯と裏庭に自生するミョウガの味噌汁と豚の生姜焼きの食事を和気藹々と終え、面倒くさいのでふたりで風呂を済ませた後に、銀八は白い携帯を銀時の前に差し出して正座していた。保証書や説明書の詰まった携帯ショップの紙袋も並べてある。「…で、オメーはこれをどうやって契約したんだ?18歳未満には保護者の同意が必要だよな」と、銀時が尋ねるので、「それは十四郎くんに頼んで…」と、銀八が答えれば、「ハァ、土方?よりによって土方?!なんで土方??!」と、銀時は目を吊り上げた。がさがさと袋をあさって、契約書を取り出した銀時は、署名欄の『土方十四郎』を見てさらに眉を潜める。「いや…その、格別十四郎くんがよかったわけじゃなくて、ただ十四郎くん以外は皆銀さんに言っちまいそうで…十四郎くんはその辺わかってくれっから」と、銀八が銀時の友人である近藤や全蔵や長谷川を思い浮かべつつ言うと、「それが当然なんだよ。俺はお前の保護者なんだから」と、銀時はため息交じりに書類を投げ出した。
「その…怒って…ます?よね?」と、銀八がおそるおそる銀時を伺えば、「怒るっつーより情けねえよ。なに、俺って多串くんより信用ないわけ?」と、銀時は返す。そんなことは、と首を振った銀八には構わず、「つうか、俺聞いたよね?4月に、携帯いるかって。お前いらねーっつったじゃん、今8月じゃん、何なの?欲しいなら欲しいって言えよ、持たせるよ」と続けた銀時に、「いや、俺は全然欲しくねーんだよ、だから実際ほら!」と、銀八は慌てて携帯の通話履歴と電話帳をかざす。「…ナニコレ、あの三人とこの家しか入ってねーって…俺のは?あとムカつくけど土方は」と、銀時が言うので、「銀さんのは覚えてる。十四郎さんにはもらったけど、特に掛ける理由もねーから」と、銀八は答えた。
ぱちん、と二つ折りの携帯を閉じて、「俺はただあの馬鹿どもがこの家に無駄な電話かけてくんのも、あいつらに携帯渡されんのも、マンション買われるのも嫌だからこれを買って、んでそんな理由の為に銀さんに金使わせたくなかったから、十四郎さんに頼んだんだ。黙っててごめんなさい」と、床に手をついて頭を下げた銀八は、はあああ、と言う大きなため息とともに背中へのしかかった銀時の体重をなんとか支える。「…お前さあ、普段俺そっくりなのに、なんでこんなときばっかり松陽先生みたいな顔すんだよ」と、銀時が恨みがましい声をあげるので、「それは俺が父さんの子で、銀さんの子でもあるからでしょーよ」と銀八は返した。
「まるで先生と俺の共同制作みたいな言い方止めてくんない?」と苦言を呈してから、「でもほんとさあ、良い子に育ったよお前。外側はともかく頭の中身はちゃんと先生に似たし、今のところ反抗期らしい反抗期もねーし、逆に怖いくらいだよ。頼むから、何かあったら爆発する前に言えよ?俺が良いけど、俺じゃなくても、最悪土方でもいーからさァ」と、どんどん飛躍していく銀時の言葉に、銀八は頬が熱くなるのを感じながら、「何かって、何もねーよ。俺はこのまま何もないままこの家で銀さんと暮らしていけたらそれでいい。…いや、銀さんが結婚とか…すんなら応援するけど」と、尻つぼみになりながら告げる。「俺が誰とすんだよ」と憮然とした声で銀時が言うので、「月詠ちゃんとか」と、銀八は答えた。「あれは…ナイから。そう言うんじゃナイから。お前何か聞いた?聞いてないよな?」と、あからさまに狼狽した銀時に、「高校卒業するまで付き合ってたんだろ?勲さんに聞いた」と、銀八は言って、「月詠ちゃんはいいよな、出るとこ出てるし、美人だし、銀さんにはもったいねーよ」と笑う。「バカヤロー、銀さんだって昔はもてたんだからな、そんで月詠は俺から振ったんだからな!あと、ああいうタイプはお前にはまだ早いです」と、銀時がやたらに早口で弁解するので、「はいはい、そーいうことにしとくわ」と、銀八は切りあげた。
開け放した障子の向こうから、ジーワジーワと蝉の声が聞こえる。「…夜なのに、蝉うるせーな」と、銀時が銀八の心を読んだように呟くので、「昔は夜になるとカエルだったよな。田んぼがなくなって、聞こえなくなったけど」と、銀八も頷く。そろそろ背中と腕が痺れてきた。でも、離れたくないので、銀八はじっと銀時の体重に耐える。やがて、「銀八」と銀時が名を呼ぶので、「はい」と銀八は返事をした。「携帯、いったん解約しろ」と続いた銀時の言葉にも頷いて、謝罪を重ねようとした銀八に、「んで、次は俺と契約しに行くぞ。あんな何も入ってねー箱じゃなくて、俺とちゃんと選んで、お前の携帯にする」と、銀時は言う。「銀さん、でも」と言いかけた銀八の尻を一つ叩いて、「でもじゃねーの、俺はお前が心配なの。さっき突っ込みそこねたけど、携帯はともかくマンションって何?あいつらそんな金持ちなの?」と、銀時は尋ねた。「大病院と、弁護士事務所と、貿易会社社長の息子で、それぞれマンションも別荘も持ってて、あいつら個人の自由になる金が数億くらいあるらしーよ」と、銀八が半笑いで答えれば、「おいそれヤベーじゃねーか」と、銀時は深刻そうな声をあげて、銀八の背中から身体を起こす。風呂上がりだと言うのに、すっかり汗だくになった背中がすうすう冷たくて、少しばかり惜しい気持ちで起き上がった銀八の頬を、銀時が両手で挟んだ。
随分近い顔に、「なに?」と、銀八が軽く頬を染めれば、「お前、あいつらにそういう反応絶対すんなよ。あと、三人一緒ならともかく、一対一でマンション行ったりすんな。できればここで…俺がいるときに会え」と、やけに真剣な声で銀時は言う。うん?と首をひねった銀八が、「何の心配だよ」と尋ねれば、「オメーの貞操に決まってんだろーが」と、きっぱり銀時は言い切った。一瞬間を開けて、「…っんで、んなもん心配されんだよ?!あいつら相手に!」と、銀八は叫んだのだが、「明らかに危なかっただろーが!!ベタベタベタベタひっついて、お前あれが普通の友達だと思うなよ?!金持ってるからって友達相手にマンションはねーよ!!怖ェーよ!」と、銀時は負けじと怒鳴り返す。そうなのか?と、今までまともな友達がいなかった銀八は本格的に悩み始め、そうこうする間に、銀時は携帯を取り出してどこかへ電話をかけ始めた。仕事の電話か、と銀八が銀時の挙動を追っていれば、「おう、土方か?お前うちの子に飛んでもねーことしてくれやがったな。オメーのせいでうちの子が初めての非行に走りかけてんだよ、っていうか俺が知らない間に大人の階段を無理やり登らされるかもしれねーんだよ。責任とって今から来い。5分で来い!!」と、ろくでもない内容の会話が耳に入って、「ウオォォォォ銀さんんん!!!どこに何の電話だよ?!」と、銀八はスライディング土下座の要領で銀時の膝に滑り込む。銀八の頭を片腕で抱えた銀時は、「いいからおとなしくしてろ」と告げて、それからも次々に電話をかけ続けた。始めのうち、銀八はどうにか電話を止めようと躍起になったが、銀時の手は力強く、そして硬い膝は思いのほか居心地がいいので、やがて暴れるのを止めて銀時の膝に落ち着いた。ヘッドロックの要領だった銀時の手が、そっと銀八の髪を梳いていく感触に、銀八はことん、と眠りに落ちた。最後に聞こえたのは、銀時と全蔵の会話だった。

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銀八が次に目を開けると、銀八の周りには銀時の友人知人がずらりと並んでいた。土方、近藤、沖田、山崎、長谷川、松平、全蔵、朧、西郷、それに徳川の姿も見える。こんなに人が集まるのは5月の節句以来だな、と思った銀八は、瞬きの後で未だに銀時の膝の上にいることに気づくと、勢いよく体を起こした。と、ちょうど銀八を覗きこんでいた銀時の顎に思い切り衝突して、ふたりで悶絶する。「お、おま、お前、起きたなら何か一声かけろ…」と、涙声で銀時が言うので、「わ…悪かったけど、何この状況、何の拷問?誰か来た時点で起こしてくれよ、ありえねーよ」と、側頭部を押さえながら銀八も反論した。「だって良く寝てっから…」と、言いかけた銀時を制して、「いいからこっちこい銀八、顎から馬鹿が移るぞ」と土方が手招くので、銀八はおとなしく土方に寄っていく。「えっちょっと銀八くん?それどういう意味?!銀さん泣くよ、泣いちゃうよ?!」と、もう涙目の銀時を尻目に、「すいません十四郎さん、バレました」と、銀八が土方に頭を下げれば、「まあいつかはこうなるってわかってただろ。早ェ内で良かったと思え」と、土方はぐりぐり銀八の頭を撫でた。はい、と頷いた銀八に、「そもそもなんで土方さんなんて選んだんです?服部さん辺りなら、もっとうまくやってくれそうだのに」と総悟が尋ねるので、「俺と銀さんを一番分けて考えてくれるのは十四郎さんなんで」と、銀八は答える。そんなもんかねィ、とのんびり返した総悟は、「ま、ともかく旦那は今冷静じゃねえから、お前が起きてくれて良かった」と、銀八の肩を叩いた。「冷静じゃないって、あの人ほんとに何の話を?」と、銀八が眉を顰めれば、「銀八君の友達についてだってさ」と、あんぱんと牛乳を手にした山崎は言う。「なんでそんな話題のために来たんだよ、あんたら」と、銀八がそれぞれそれなりに忙しい立場の面々を見渡せば、異口同音に「「「面白そうだったから」」」と返って、この人らはもうどうしようもねえな、と銀八は頭をかきむしった。
「あんたらほんっとに銀さんの友達だよな!わかってたけどな!」と、それでも一応銀八が叫べば、「そう喚くな、あめちゃんをやるから」と、いつの間にか後ろに座っていた朧が銀八の肩を突く。「ありがとうございます…」と、棒付きの丸い飴を受け取った銀八が、いそいそと包み紙を破って咥えれば、「なあ、俺の分は?」と同じくいつの間にか近寄っていた銀時にも、朧は飴を渡した。銀八がじっとりとした目で銀時を眺めると、「そんな目で見んなよ」と、銀時は気まずそうに銀八から目を逸らしたものの、「とりあえず、3対7でお前の友達はアウトだったから」と続ける。「ちなみに3の方の内訳は」と銀八が尋ねれば、「西郷さんと松平さんと近藤」と銀時が答えるので、「マジでか」と、銀八はいろんな意味で頭を抱えた。銀時の友人はどれもこれも曲者ぞろいだが、ある程度はまともだと思える土方や長谷川や徳川がそうだというのなら、銀八の認識を改める必要があるのかもしれない。ちなみに、西郷と松平と近藤は論外だ。全員色恋に関しては箍が外れているとしか思えない。何しろ、オカマバーの経営者と、キャバクラの常連と、元ストーカーだ。ストーカーに至ってはしつこすぎて結婚を承諾させてしまったほどだから、ある意味成功者とも言えなくはないが。黙り込む銀八に、「ショックなのはわかるが、ひとまずその友人とは距離を置いて、一歩引いた立場でものを見てみるのはどうだろうか」と、徳川が言った。名前の通り、徳川将軍家の血を引く徳川茂茂は、財閥の御曹司である。聞けば、あの三人ともいくらかの面識はあるらしい。「とはいえ、各家の問題児、と言うことくらいしかわからないのだが」と、徳川が申し訳なさそうに眉を下げるので、「充分です、…やっぱあいつらどこでもそういう感じなんだな」と、銀八はほとんど独り言のように呟いた。
銀八にとって、あの三人はただの三馬鹿である。迷惑なことも多かったし、価値観の違いは明白だったが、それなりに楽しく過ごしていたのは確かだ。ただ勉強をするための場所だった学校に付加価値ができたのは、あきらかにあの三人のお陰だった。三人のせい、とも言えるのだが。輪になった大人たちの中で、だんだんと血の気が引いてきた銀八に、「何も俺は、あの三人と友達辞めろって言ってるわけじゃねーよ」と、銀時は言った。「男子高校生なんて皆バカだから、さっきのもじゃれ合いの延長で、俺が気にしすぎなのかもしれねー。ただ、…もしその先があった時、お前が傷つかねえようにと…思ってだな…」と、銀時の声がどんどん尻つぼみになっていくので、「アハッ」と銀八は銀時を笑い飛ばす。これは、銀八が坂本から教わったことだった。「なんつーか、銀さんが過保護だってことはよくわかったよ」と、銀八が笑いながら言えば、「笑い事じゃねーんだって」と銀時はなおも言い募ったが、「だから、笑い事にできるような状況に持ち込めばいいんだろ?銀さんが男にキスされても、殴り飛ばして解決してたみたいに」と銀八はあっけらかんと言い放つ。
かぱっ、と顎を落とした銀時が、「ちょ、なにそれ?何の話?いつのこと?」と、顔を青くするので、「一年くらい前だっけ?そこの道で、銀さん誰かに襲われてただろ。返り討ちにしてたけど」と、銀八は答えた。青いを通り越して白くなった顔で、銀時が思い切り全蔵を殴り飛ばすので、銀八はようやくあの時の相手を知る。「テメーがァァ!!酔って見境なくすから!銀八に悪影響が出ただろうがァァァ!!!!」と、全蔵の胸ぐらをつかんで揺する銀時の手を押さえて、「俺そういうの偏見ねーから、銀さんが男の嫁…いや婿?連れてきても歓迎するから」と、慈愛のこもった眼で訴えると、「止めて、その眼は止めて、ほんと松陽先生そっくりだから止めてェェェ!!」と、銀時は銀八の背に腕を回し、胸に顔を埋めた。よしよし、とふわふわの銀髪を撫でながら、「まー俺が言えた話じゃねーけど、銀さんもいい加減子離れしろって。皆銀さんを心配してきてんだよ、銀さんの友達なんだから」と、銀八は告げる。ぐすっ、と鼻を鳴らした銀時が、「俺は銀八にまともな青春を送って欲しいだけなんだよ…」と呟くので、「そうねえ、じゃあまあとりあえず、今度はあいつら呼んでお泊まり会だな」と、銀八は答えた。「ハアッ?!」と、血相を変えて顔を上げた銀時に、「銀さん達も、良く飲み潰れてここで転がってんだろ。飲みはナシだけど、花火とか西瓜とかゲームとか?あいつらとしてもいいんじゃねーかなって。皆とみたいに」と、銀八が笑えば、銀時はもごもごと口を動かした挙句、「…襖はちゃんと開けて寝るんだからな…!」と言う。「いつもそーしてるだろ、暑ィんだから」と、もう一度銀時の頭を撫でた銀八は、「っつーわけでまとまったんで、皆さんありがとうございましたァ」と、遠巻きに見ていた面々に頭を下げた。「ったく、何のために呼んだんだよ」と、面倒くさそうにマヨネーズを啜った土方に、「お前にだけは個別に話があんだよ、今夜こそ腹括ろうぜ?っつうか切腹しろ今そこで」と、銀時は銀八越しにガンを飛ばす。「お前が切腹しろ、そして安らかに眠れ」、「テメーが切腹したら墓標はマヨ型にしてやるから安心しろ、そして死ね」、「お前が死んだら毎日墓前にパフェ届けさせるよ、だから死ね」、「いいから死ね土方」、「テメーが死ねや万事屋」、と、どんどん低レベルになる言い合いに、「はいはいはい、ふたりとも死んだら俺が悲しいからね、少なくともあと50年は生きてそうやって喧嘩しててくれや」と、銀八は手を叩いて言った。
それから、いつも通りなだれ込んだ酒盛りの席で、西郷がこっそり銀八に耳打ちすることには、銀時も昔、男に言い寄られて苦労した時期があったのだという。月詠と付き合う少し前のことで、それこそ親友だと思っていた相手を返り討ちにした銀時はずいぶん荒れたのだと。おそらくは、同級生だった土方や全蔵も知らない過去を、銀時は西郷のオカマバーでのバイト中にぽつぽつ語ったらしい。「無理やり手籠めにしようって言うね、そういう連中がいることは確かなのよ。男同士だと特に、成就しにくいから。アンタの友達がそうだって言うわけじゃないのよ、でもそうならないように、脇を固めておくのも悪くはないと思わない?」と、銀八にウインクしてみせた西郷の顔はバケモノなのだが、幼い頃から見慣れた銀八に嫌悪感はない。「うん、ありがとう」と素直に西郷の言葉を受け取った銀八は、ひとまず三人相手でもぶっとばせるくらい強くなろう、と、西郷の逞しい上腕二頭筋に触れながら思った。夏の夜は、まだこれからだった。


(現代パロディ / 坂田銀時←吉田銀八 / 130730)