*「イヴの時間」ダブルパロディで海城です。
いろいろ適当ですが雰囲気だけ感じていただければ。
ロボット三原則は知ってると楽しいかも?





静かなる嘘と調和



「なんて言って欲しい」

ここを出たら何でも言ってやる、とカウンターに肘を付いて海馬を見上げながら城之内は言った。コーヒーカップを前にして、濃い青色の瞳に湯気を移して、足を組んで。普段身につけるスーツではなく、Tシャツにジーンズというラフな姿だ。少年めいた姿に良く似合っている。

「お前は俺に、何か言うことはないのか」
「ないね」

海馬の言葉をあっさり切り捨てて、城之内は店の奥に視線を移した。幼い少女やひげを蓄えた老人、カップルらしい男女、学生服の二人連れ。天井まで作りつけられたアクアリウム。穏やかな間接照明。およそ接点の見当たらない彼らはここで何をして過ごすのだろう。自分以外が「何」かもわからないまま。



人間とアンドロイドを区別しない店。

様子のおかしい城之内を追ってやってきた場所がここだった。『城之内』、汎用人型演算機JNH-0000001A+++。海馬が心血を注いで作り上げたアンドロイドである。外見だけではなく内部にまで手を加えたため、よほど酷く破壊しない限り『城之内』が機械だと気づかれることはないだろう。もちろん、頭上のリングを別にしてだが。人工皮膚を貼った指先、人肌を保つように張り巡らせた人工血管、もちろん傷つければ血が流れる。すれすれどころか明らかに違法な代物だった。国内最大のアンドロイド生産量を誇るKC社長という肩書きがなければ、とっくに海馬もろとも闇に葬られる存在だろう。

城之内は海馬に従順なアンドロイドだった。もちろんアンドロイドは人間に服従を誓う『物』であるからそれは当然のことだったが、海馬が目指したものは感情を持つアンドロイドだった。人間のように、意志を持った存在を作りたかった。途方もない情報のプログラミングと学習機能の増幅、そうして生まれた城之内は、海馬に愛情を持っているように見えた。子供のような興味深さと他のアンドロイドには見られない抑揚のついた声色、海馬にだけ見せる笑顔。海馬の研究は成功したと思っていた。
この店を訪れるまで。

城之内の空白の時間を調べ、この店を突き止めた海馬は、まず情報収集にかかった。誰が何の目的で作った場所なのかを特定するために。けれども、何の手がかりも得られなかった。海馬の操作網を潜り抜けるほどの巧妙な情報操作が為されているか、あるいは本当に何もないのか。しかし海馬の『城之内』はそこにいるのだという。

倉庫のような鉄扉を開けたときの驚愕は今でもありありと思い出せる。
そこにいた城之内は、海馬が見る城之内とはまるで別人だった。海馬が感情豊かだと思っていた城之内は、ここでの城之内と比べたらまるで生気がなかった。思わず駆け寄って城之内の腕を掴んだ海馬の手を、城之内は振り払った。それは明らかな拒絶だった。

ロボットは人に危害を加えてはならない。
腕を振り払う程度の行為が危害に当たるかどうかはわからなかったが、海馬は今までそんなことをするアンドロイドを知らなかった。知らなかったのだ。眼を見開いた海馬に醒めた視線を送った城之内は、海馬の横をすり抜けてするりと店を出て行った。店の扉は開かなかった。そういう仕様なのだと、いつの間にか隣にいた少女が笑った。


屋敷に戻れば、いつもと変わらない様子の城之内が待っていた。おかえり、と微笑む顔に嘘や偽りは欠片も見えない。恐る恐る伸ばした手が振り払われることもなかった。すぐさまラボに持ち込んだが、行動原理や履歴にも不備は見つからなかった。けれども、あの店にいたのは間違いなく『城之内』だった。隣で眠る-ように見える-城之内の寝顔を眺めながら、海馬は次の機会を待つことにした。


そうしてやってきたのが今日だった。城之内の行動を整理して、訪れるだろう日を選んだのだ。城之内を待つ間、海馬は店内を伺って過ごした。緩やかな曲がかけられ、客はまばらだが怠惰な様子も見られない。ブレンドの味も悪くない。城之内はここで何をしているのだろうか。アンドロイドと人間を区別しない店。城之内にはここが必要なのだろうか。海馬は人間らしさを追及していた。精巧な機械人形を創りたかった。城之内はその全てだった。その、城之内が。二杯目のブレンドを飲み干す頃に、それはやってきた。

扉をくぐる城之内は、店内に居る海馬を見て少し顔を顰めたが、足を止めることなく海馬の座るカウンターまでやってきた。ふたつ間を空けて海馬の隣に腰を下ろすと、いつものひとつ、と言った。しばらくして出てきたものはココアだった。城之内は済ました顔で生クリームの乗るそれを口に運ぶ。こくりと城之内の喉が動いている。かたん、とカップを置いた城之内は、頬杖をついて「で?」と言った。海馬に話しかけているらしい。その声の冷たさに海馬はまたひとつ驚愕を増やす。

「何しに来たよ、こんなところまで」
「それが貴様の素か?」
「さあなあ。俺のことなんて、お前にはどうでもいいだろ」

ふざけるな、と言いそうになった。海馬は城之内のことだけを考えているといっても過言はなかった。城之内には海馬の全てを注いでいるのだ。城之内に何かあったら取り返しがつかない。だから学習機能も戦闘能力も危機察知能力もロボットとしての倫理もぎりぎりまで増幅させているというのに。けれども、アンドロイド相手に怒鳴る空しさを思い知って握り締めかけた拳を解いた。海馬は知りたいだけだった。

「…ここで何をしている」
「ココア飲んでる」
「屋敷でも飲めるだろう」
「お前は俺がココアなんて飲むと思ってなかっただろ」
「何、」
「さっき驚いただろ。お前が考えないことを、俺は出来ない。お前がそう創ったんだから」

だろ?と尋ねた城之内に、海馬は答えることができなかった。確かにアンドロイドとはそうした存在だった。海馬はその幅を増やしたとはいえ、海馬がしないことを植えつけることはしていない。学習機能のひとつと言えば聞こえはいいかもしれないが、そんなことができるとは思っていなかった。海馬が。しかし現実として城之内はここでココアを口にしている。城之内の意思で。アンドロイドに意思が存在する。感情以上のものが、『物』に。

そうして冒頭に戻る。ない、と切り捨てた城之内は、少しも慌てずにもう一口ココアを飲んで、金髪をかき上げて、立てていた肘を組んだ。返事をしない海馬には構わず城之内は口を開く。

「お前の望むことを口にしてる。だから俺はここでお前に何も言わない」
「どういう意味だ」
「そういう意味だよ」

わかるだろ?とう顔で城之内は首を傾げた。それはいつもの『城之内』と同じ顔のはずなのに、だからこそまるで違うように見えた。緻密に作り上げた人工血管が脈打つのがわかる。ヘモグロビンとデオキシヘモグロビンの色。虹彩から覗く網膜の度合いまで。城之内は形のいい指をまっすぐ伸ばして、海馬の胸を指した。

「そこに俺の意識が挟む隙はない」
「…お前は俺をどう思っている」
「なんとも思ってない。お前はただ俺のマスターで、創造主で、全てだ」
「それは何かを思っているということではないのか」
「違うんじゃないか?そう創られたからそうなだけで、そこに俺の意思は何もないだろ」

正論だった。だがアンドロイドだ。そこまでの意思があること自体海馬には信じられなかった。成功しすぎたのかもしれないと海馬は思う。自分がアンドロイドに、城之内に嫌われることなど欠片も考えたことはなかった。

「お前がそう創ったんだ。それ以上は何も、俺にはない」

しかし感情を付加した以上その可能性はいくらでも考えられたはずなのだ。けれどもそうしなかった。つまり海馬は城之内に生まれる感情を画一的なものとしか捉えていなかったということになる。海馬は城之内を人間らしくしたかった。人間「らしく」。あくまで紛い物と仮定して。これは失敗なのか、と呟いた言葉を、城之内は聞き逃さなかった。唇の端で笑って言った。

「気に入らないなら新しいのを創ったらいい」
「随分軽く言うものだな」
「『物』だからな。廃棄処分はいつだってついて回る」
「俺はお前を壊す気はない」
「じゃあ改良か?書き換えか。どっちにしろ俺はなくなるな。お前らが俺たちに自己を認めるかどうかあやしい所だけどな」

好きにしたらいい、ここのココアを飲めなくなるのはちょっと残念だけどな、と城之内は言った。お前にはその権利がある。お前は俺をすきに出来る。震えることもない声は確かに城之内のものなのに、海馬の知る城之内は欠片もそこにはない。それなのに、海馬にはいつもの城之内が紛い物に思えてしまった。ココアを飲み干した城之内は、代金を置いて立ち上がりながら最後に海馬に向かって笑った。

「次の俺はお前の気に入るような奴だといいな」

ごちそーさま、とカウンターの女に手を振って出て行く城之内を無言で見送った。あれはアンドロイドなのだ。海馬が創った、人間に似た『物』。海馬の望むままに振舞うもの。しかしそれを『城之内』が望まないというのなら。

「…確かに改良は必要だな」

呟いた海馬の言葉を咎めるように、カウンターの女が何か言っている。しかし構っている暇はなかった。海馬はここの城之内が気に入った。海馬の望むままに動く従順なだけの存在など海馬の権力に群がる人間だけで充分だ。海馬はそんなものが欲しいわけではなかった。だから城之内を創ったのだ。次など必要なかった。海馬に興味のない城之内の感情が海馬には必要だった。

答えない海馬に向かって騒ぎ立てる女を制して、海馬も立ち上がった。屋敷に戻っている城之内から、まずはリングを消すことにしよう。人間らしくあることを強要せずに、好きなように振舞えといったらどうなるだろうか。それでも海馬の望むようにあろうとするなら望まぬことが望みだといってやろうか。感情を持つアンドロイドはその矛盾にどう対処するのだろうか。簡単に壊れるような創りではないから大丈夫だろうが。そうして、もうこんな場所に必要がないようにココアをいれてやろう。

海馬が開いた扉の先には『城之内』との未来が待っていた。


( もちろんセクサロイドですよ。 / 海城 / イヴの時間 / 遊戯王 / 20090429 )