祈 れ 祈 れ 、 子 供 た ち



何が悪かったのだろう、と考えている。俺は海馬と話をしていただけだ。珍しく気分が良かったから、それは俺にとってただの賞賛だった。お前はすごいと、その一言が始まりだった。貴様に言われるまでもないと振り向いた顔は確かにいつもの海馬だったのに、俺が素直に頷いてやったらいきなり激昂した。顎に一発くらいそうになって慌てて止めて、無駄に長い足が腹に刺さろうとするのも間一髪で避けた。だけど次の足払いは避けられなかった。なまっているんだろうか。それとも遠慮したのか、海馬に。

「貴様に何が分かる」

そんなお定まりの台詞をお前から聞きたくなんてなかったよ。なんでだ、何かをするたびにその前より悪くしている気がする。俺の印象を。もとが薄い分上書きされた俺はものすごく嫌なやつに なってるんじゃないだろうか。でも俺は間違ったことはいってない、正しいからいいってわけでもないけど。でも間違ったことをしているつもりはないからそれはいいんだけどなんかもう…なんでこんなに罪悪感を…揺るがない心がほしいと思う。 だって海馬の目が潤んでいる。確かに。どうして、何がお前を傷つけた。

「俺が、完璧な人間だと?ああそうだ、俺はそう見せていたかった」
「見える、だけじゃねえだろ。ちゃんとそうだった」
「優等生の仮面か?あんなものじゃない。俺が被った皮はもっと厚くてもっと暗いものだ。何故剥がそうとする、貴様になぞ見せたくはない。地獄まで持っていくつもりだったというのに」
「何を?」

尋ねたことを一瞬で後悔するくらい、海馬の顔色は蒼白になった。もともと色の白い海馬の、血の気が引く瞬間なんて。だってお前、ビルの屋上からだって飛び降りられるだろう。

「何故愛される?何の見返りも持たないような貴様が。屑の様な人生を送る貴様が。何故俺は満たされない」
「てめえが、捻じ伏せるからだろう」
「それだけか」

ああそれだけだ。お前が受け入れようとしないからいつまでも世界はお前の周りに円を描く。わかるだろうに、わからないのは、お前が本当は何もわかっていないからだ。誰かを傷つけるのも誰かに傷つけられるのも幸せも不幸も本当は全部自分の責任だ。そう考えれば何が起きてもあまり腹も立たないし哀しくもならないし、いざとなれば自分で自分を終わらせることだってできる。殺人と自殺幇助は罪だけれど自殺自体は罪には問われないものな。だって被害者も加害者も死んでるんだぜ。立証前に不起訴処分だ。 もちろんそんなことをするまでもなくいつかは終わるわけだから、その日を漫然と待っているだけでも意味がないわけじゃない。世界は都合よくできている。

「俺は貴様のようになりたかった」

そんな言葉を俺はお前から聞きたくなかった。けれども俺にはわかってしまった
惰性的に生きててもなにか気がついてしまうと疲れるな。別に何があるわけでもないけど何もないわけでもないからなんだろうな。だけど気がつかなければ磨耗したって生きていけるんだ。気がつかないふりをして、俺なんかは生きていくんだと思う。お前は、気がつかなきゃ生きていかれないのかもしれないな。でもそれはお前にとってしあわせだったのか。そういうことを考えているから辛うじて惰性でも生きていく気になるのかもしれない。まあ死のうとしても怖くてできないんだけどな、俺は。だからつまりは、いつか死ぬのを待ってるだけだ。死にたくないんじゃなくて生きていたいんだってそういうことなのか。俺にはわからない。だけどお前が俺に、縋っているというのなら、俺は。

「なれよ」

優しい声を出せただろうか。お前にはきっと酷に聞こえる俺の声が、お前と何も変わらないんだということに気付けるか。お前が望む俺のような存在も、お前みたいな誰かを不快にさせていて、だけど同時に誰かを幸福にも出来るのだと思う。たとえばそれが、こう、こんな程度でも誰かを支えていられるんだとか これでも生きていかれるんだとか、そういうマイナスの前向きであっても でもたぶん、それは確かに。

「無理だ」
「無理じゃない」
「無理だ」
「無理じゃない」

だって、たぶん俺とお前は同じだ。表層が違うだけの、俺にはお前の中身がわかる。愚痴を吐くのは嫌だ、プライドがあることを悟られるのも嫌だ、世界の終わりみたいな顔して何かを誰かのせいにして逃げるのはもっと嫌だ、できればいつもへらへら笑っていたいんだ。
馬鹿にしてもいいから馬鹿にさせないでくれ。失望してもいいから失望させないでくれ、いつだって過剰に期待してるんだ。できるだけ楽に生きていたいんだ。楽しいことだけして楽しくないことは適当に切り上げておきたいんだ、どっちかっていったら楽しいことを犠牲にしても楽しくないことのほうが少なくなればいいと思ってるんだ、比例の結果楽しいことが減ってもいいから楽しくないことを減らして欲しいんだ。 なあわかるか。お前にならわかると俺は信じようか。お前になら、俺はお前をさらけ出してやろう。

「じゃあなんて言って欲しいんだ、俺に。お前が俺なんかに何を望む。お前が俺になんて、いくらだってなれるに決まってるだろ。ならないのは、ただお前がなりたくないからだ。わかるだろ。わかりたくないか。何を言ったかわかってるのか。俺に、なりたい?バカも休み休みいえ。そんな言葉嬉しいと思うか、俺が」
「貴様…、」
「あーあーそうだよなーバカで不良のクラスメイトなんて優越感に満ちた蔑みと哀れみでどうとでもけなせるよなー謙遜に見せかけた蔑視なんかも大得意だよなー 。ネガティブ?かっこつけてんじゃねえよ。欝なら精神科行け。きもちいいぞー抗欝剤は、やなことなーんもなくなってすげー楽になるぞー、ただし切れると死にそうになるけどな。」
「なんだと…」
「なめんなよ、俺だって猫かぶりならその道十数年だ。誰だって100%人生に満足してるやつなんていねえんだよ。リセットできないからその中で最大限の利益を得ようとしているだけだ。バカも喧嘩っ早いのも両親の不在も解消できそうにねえからその中で生きてこうとしてるんじゃーか。俺を否定するなら羨ましいって言うな。俺がお前ならこんなんになってねーよ」

ああそうだ。両親が分かれるのではなくしあわせなまま死んでいたら。妹がそばにいたら。手をとって生きていけたら。金に不自由しなかったら。もっと頭が良かったら。才能があったら。容姿に恵まれていたら。少なくとも今の俺とも、お前とも、違う俺が出来上がっていただろう。だけど俺はそれを口にしたりしなかった。

「でももう言ってやる。俺がお前を蔑むたびに、俺もお前を蔑んでたよ。テメェが罵る俺が持っていて、お前の持っていないものを、お前が欲しがるたびに。こんなものを欲しがるお前がかわいそうだと思っていたよ。でもそれを俺は隠していた。わかるか。それが、俺とお前の違いだ」

こんなことはどうでもいいことだと理性で処理していくとどこまでだって赦してしまって、それが本当に赦せているのか分からなくなって怖い。 俺は結局あたまのわるいやつが嫌いなんだろうなあと思う。俺自身を棚に上げて?そうだな。だけど俺は俺の頭が悪くはないことを知っている。自力で生きていくすべを持っていることを知っている。それは上辺だけの知識よりずっと役に立つのだということも。…認めてしまえ。言ってしまえ。声で態度で伝えてしまえ。嫌われても構わないと心から思え。

「俺はお前なんて嫌いだよ」

はっきり言わなかったのはお前を傷つけることで俺の心が痛むのが嫌だからだよ。さらにはお前を傷つけることによってその周り全てに俺が嫌われることが嫌だからだ。決してお前を傷つけるのが嫌だからじゃない。 人に嫌われたくないというなら人を嫌わないようにしないとダメだ。あるいはどれだけ嫌がっていてもそうではないという態度を貫かなければ。それを怠った上でわかりきったことを問われたところで返す言葉がない。相手をしてやるほどお前に興味がない、と笑顔で返しそうになる俺が嫌だ。嫌いじゃないけど。

「俺は無条件で愛されてなんてない」
「嘘だ」
「嘘じゃない。俺は努力してるんだ」
「嘘だ!」
「嘘じゃない。だから」

大事なものがあったらひとつでもあったら他の何が駄目になったって俺は大丈夫なんだ。ひとりでも、誰かいても、出来なくても、やらなくても。ほんとに大事なものが何かを忘れなければ俺は絶対に大丈夫なんだ。だから大丈夫。大丈夫だよ。

「お前だって出来る」
「出来ない」
「じゃあ俺になりたいなんていうなよ」
「嫌だ」
「無茶言うなよ」

わるかった。 正直ちょっといっぱいいっぱいでした。 もっと大変な人だってたくさんいるんだから!っていう考え方は 自分をだますようで人に進めたりはしないけど、 だまされることで救われるならそれはそれで構わないと思うから自分は積極的に騙して生きたい。 自分で自分を騙せるなら他人を騙すことなんて屁でもないんだ。だからお前を責めたりもしないよ。

「お前が、俺を羨ましいって思うって認めただけでも、お前にとってはスゲー進歩だろ」
「羨ましくなどないわ」
「認めろよ。もう聞いちまった」
「忘れろ」
「お前がほんとにそれでいいって言うならな」


胸の上に力なく落ちた海馬の手をぽんぽんと叩いた。結局絆されるのだ、俺は。
自分が引きずられやすい人間だということを自覚したのは結構最近のことだ。虚構は虚構だって理解できるようになりたい。いつかあったことは現実でもここにないことは虚構だと同じことなんだって思って生きるのが一番楽だと思うよ。どんなに怯えてみたって実際にそれが来てしまったらどうにもならないんだろ?それなら怯えるという行動だけ損してるんじゃね?しかしその損得勘定って考え方自体がどこまでも判断基準を誰かに預けてるって事で卑怯だ。

どうでもいいけどな。

空は今日も青い。海馬の目の色より随分淡い。あの青が海馬に追いつく時間まではこうしていたっていい。なにせ俺は平和主義の日和見主義だ。遊戯たちには絶対に突っ込まれるだろうけど、今の俺たちの姿を見たらきっと納得するだろう。傷ついた奴を放っては置かないさ。何せ俺は偽善者だから。

優しくするのは、優しくされたいからだ。海馬の態度は明日からきっと変わる。それで充分だ。まだ俺の目と同じ色の空から目を反らすようにそっと目を閉じる。春はもうすぐそこまで来ていた。


( 文庫表紙の城之内君の目は青い / 海馬と城之内 / 遊戯王 / 20090323 )