no,017(TQ!!)
あいさないかたち
「すきだ」 「は?」 「すきだ」 それはまるで青天の霹靂。いつもどおりふたりで機材の点検中、的確な指示や細かな返答の中で当たり前に告げられた言葉。思わず呆けた声を出して固まってしまった嶋本を省みることもなく、真田はもくもくと作業を続けている。すきだ、と一度だけ繰り返して。 「ちょ、まってください」 「何だ?」 「や、それはその、こっちの台詞で…すきってなんですか」 「ああ…俺が、お前に恋愛感情を持っているということだが」 「は…」 やはり固まったままの嶋本をよそに、真田は淡々と続ける。 「もう随分前から、良く分からない感情があったんだ。それがなんなのがずっと考えていたんだがーこの間、これがすきなんじゃないかと思い当たった」 感受、思考、理解、認識、表現 うわあ隊長にもそんな機能ついてたんですね、知りませんでしたほんと生きてるって毎日自己開拓の極みですね。ともいえなくて、嶋本は途方にくれたような声で。 「なんで…それがすきじゃないといけなかったんですか」 「そうとしか思えなかったからだ」 まるで分析の結果、とでも言い出しそうなほど乾いた声で告げることではないと真田自身がおもっている。けれどもそれ以外の方法を知らない。それ以上の意味を知らない。 呆けたような目でこちらをみている嶋本に声を掛けた。 「嶋本」 「はい」 「そっちを持ち上げてくれ」 「はい」 言われるままに機材を運んで、まとめて整理して、その間中ずっと嶋本は真田を見ていた。時折目が合うと真田は少し笑ったのだが、嶋本はただ真田を見ていた。まるで瞬きも忘れたように。 幾分長く感じはしたが、それでも作業はそのうち終わる。よしと呟いた真田に、嶋本はお疲れ様ですと返した。ただそれだけ。軽く頷いて、連れ立って倉庫を出た。 「嶋本」 「はい」 「悪かった」 「…は?」 平坦な言葉に島本の足が止まった。自然、前を歩く真田も足を止めて嶋本を振り返る。何が?と声には出さず唇に乗せた嶋本の、いつもよりさらに深くなった眉間の皺、顰められた眉、驚いたように見開かれた目。その顔に向かってもう一度悪かったと繰り返す。 「怒っているだろう」 「怒ってません」 「じゃあ軽蔑したか」 「しません。困ってるだけです」 「…悪かった」 「だから、何で謝るんです」 「そういう反応は予想していなかった」 「どうすると思ってたんです」 「笑い飛ばされるかと思っていた。からかうなと。あるいはもっと激しく詰られるのかと」 「なんすかそれ。俺やて、隊長がこんなことで嘘つくような人やないて知ってますよ。それとも冗談なんですか?」 「いや、本気だ」 「だから困ってるんです」 そうして、今までずっと瞬きもせずに合わせていた視線をそらした。 実測としてはほんの少しの距離、けれども随分遠ざかったような気がして、今度は真田が嶋本を見つめる。時間としては恐らくほんのわずか、けれどもそれは永遠にも似た。 しばらくして、思い切ったように嶋本が口を開いた。 「何でですか」 「何、とは」 「何ですきなんですか、俺のこと。何で俺で、何ですきじゃなきゃいけないんですか」 「何故だろうな。俺にも理解できないんだが」 「俺ですもんね。男だし部下だし小さいし……って小さいのは、いいのか」 「そういう意味じゃない」 わずかに歪んだ表情に胸が痛んで、その頬に手を当てて顔を近づける。分かってほしいのだ。 そうじゃない、そういうことじゃない。お前を卑下する気は毛頭ないんだ。 それだけは真田にも分かっている。 「お前だから、嶋本だからすきになったのはわかっている。俺が理解できないのは自分にもそういう感情があるということだ」 「お、れもびっくりしました」 ていうかびっくりしてます、現在進行形で。 「離して、くれますか」 「すまん」 急いでというには幾分名残惜しそうな様子で、嶋本の頬から手を離す。男に、しかも相当近い存在にいきなりすきだといわれて、触られて、いい気分がするわけはない。そんなことくらいは真田でも分かる。自分よりは相当低い位置にある顔を見つめて、仕方ないと思ったのだ。もう全てを、手放すしかないとしても。それでもすきだと告げたかった真田のわがままだ。だから、そう、だから。 「忘れろ…というのは勝手だろうな。それは無理かもしれないが、別にどうこうしようという気はないから。そこだけは安心してくれ」 「そんなの心配してませんけど、ていうかその内容を理解するのが少し嫌なんですけど…」 「そうか、そうだな」 無神経だった、とさらりという。その真田の顔がいつもより少しだけ翳っていて、ああこの人はほんとうに俺をすきでいてくれるんだなと嶋本は思う。それに答えることは無理だが、誠実でありたいとは思う。真田のように。そう、思ったから。 「お前の気に障るなら、…今の時点での編隊は無理だが、バディの解消くらいはできる」 「嫌です」 だから、真田の提案はあっさりと否定した。 それとこれとは関係ないのだ。真田が嶋本をすきで、嶋本が真田を好きではなくても、こと相性という意味ではすでに確立されている。それは感情程度で揺れるものではないのだと。 「…そうか。それなら次の編隊のときには必ず別の隊になるようにする」 「違います!」 そう告げたかったのに、そうとは受け取らなかったらしい真田が震わせた声帯から聞こえたのは、穏やかな諦めの声。違う、そうじゃない。そういう意味じゃない。 何が違う、と言いたげな真田の目をもう一度しっかりと見つめて言う。 「そうと違くて、そんなの嫌、です」 こんなことでバディ解消とか、そんなの嫌です。 こんなことといえるほど簡単なことではない、けれども真田と嶋本にとって一番大切なことはおそらくそれに尽きるのだ。ふたりで人を救いたい、すくって生きたい。 すくわれたい。 「俺は、…そういうんじゃないですけど、そういう意味で隊長をすきじゃないですけど、でもすきです」 「…ああ」 「隊長のそばにいたいです」 「ああ、」 「だから、それは今度は隊長が、嫌かもしれませんけど、俺はちゃんと隊長と救助、して対です」 「ああ、…わかった」 「だから、もうそういうことは、言わんでください。本気でも冗談でも」 「わかった。本当に、わかった」 わかった、とそう言うことが精一杯だった。真田だって、そんな感情を抜きにしても嶋本以上のパートナーはいないと思っている。だからこそその言葉は心から嬉しかったし、それを赦した嶋本をやはりすきだなどと思うのだ。言うだけ言って、そうして嶋本は真田を追い越して歩き出す。その背中がほんとうよりずっと大きく見えて。 「嶋本」 ありがとう。ありがとう、ありがとう、ありがとう。 揺ぎ無い背中に向かって空気を震わせずに呟いた。その向こう側で、嶋本が何を思っているかも知らずに。 本当は、真田の視線を感じながら、嶋本は飛び上がりたくなるくらい嬉しかったのだ。何がといえば一連の流れ全てが。困ったのは本当、途方にくれたのも本当。だがそれは真田が思うほど殊勝な気持ちからではなく、ただ全て子供のように単純で残酷な独占欲からだ。呆けていたのは認識が真実であるとは到底思えなかったからであり、理解した今となってはもうなんということもない。ただ純粋に嬉しいだけだ。 真田が嶋本をすき。 忘れない、忘れるわけがない。真田がこんな人間らしいことを言ったなんて、そんな思いを俺に抱いているなんて忘れないし誰にも言わない。全部俺だけのものだ。 すきじゃないのに、すきだなんていってもらえたら隊長を貰ったのとおんなじだ。 ずるい、俺はずるい、だけどとても嬉しい。 こうなったらいっそ真田の手に入ってしまってもいいと思う。真田がここにいてくれるなら、泣くのも笑うのも汚れるのも厭わない。その手段に色仕掛けが加わる、ただそれだけの話。ありがとうかみさま、ほんまにありがとう隊長を不可解に作ってくれて。なんて信じてもいない神に感謝するくらいは浮かれている。 すき、すき、すき、すき。すきだなんて。 笑い出してしまいそうな声を押し殺して、嶋本はせいぜい真面目な顔を作る。真田に気付かれてはいけないのだ、こんな浅ましい思いは。 罪悪感で痛むような胸ではなかったけれど、真田のことはかわいそうだと少しだけ思った。 嶋本が振り返った先、真田が見つめる先、噛みあわない視線がそれでも交叉した。 永遠に絡み合わないのはそれだけではないのだと、本当に ふたりは END
こんなさなしまは嫌だ(自分で書いておいて) 両思いでは、ない。嶋本は真田隊長に執着に近いほどの好意を持っていますが恋愛感情はありません。かけらも持ってません。でも真田がそれを持って自分に接していてくれる間は真田はずっと自分のもの=独占欲の充填!みたいな…嫌な話だなあ… うちのさなしまってもっとベッタベタでいいんだけどなー…こういうのはむしろ真メグとかでやればいい<ええ? あと視点がころころ変わっていてすみません そういう仕様なのですが読み辛くてすみません ⇒御題提供*「7」 |