かなしいような、あたらしいような

no,015(TQ!!)            かなしいような、あたらしいような

「嶋本さん」
「…」
「しまもとさんー」
「…」
「しーまーもーとーさん」
「なんや」
「呼んで見たかっただけです」
「殴るぞいい加減」

何回目やと思うとるんやおのれは、と言いながら本気で殴りかかると、すいませんでも返事してくれるのが嬉しくてー、と涙目で訴える。それだけで殴る気が失せた。
こいつは素面で酔ってるのか?頭沸いてるのか?それとも俺とは違う生き物なのか?
ああ多分それだ、種族が違うんだ。平常心平常心。
呪文を唱えて心を落ち着かせていると、いつまでも降りて来ない拳を待ち望むような目をして(本当に何を考えているんだろうか)神林が俺を見る。

「しまもとさん?」
「次用もなく呼んだら血が出るくらい殴るから覚悟しとけ」

はーい、と小さく返事した神林に子供かお前はと呟いて、読んでいた本に目を戻した。
本。隊長がここで読んで置いていった本。返した方がいいのかなあ、でもモノに固執する人ではないし読んでしまったものならもう要らないのかなあとずるずると返しそびれてしまった。結局あと1年は返せない。ならば読んでしまおうということ。
そうして15秒もしないうち。

「あの、しまもとさん」

ぱたりと本を閉じて拳を握る。

「よーし歯ァ食いしばれー」
「うああああ、今度はそうじゃなくて!!ちゃんと!!ちゃんと!!」

必死に訴える神林に腹も立たなくなって拳を開いた。ああもう本当に腹の立つ。何でこんなに挙動不審なんだこいつは。条件反射なのか、俺に対する。

「その本」
「ああ?」
「いつも読んでるみたいだから、面白いのかなーって」
「…おもしろい…」

別に面白い訳ではない。正直に言うと何が書いてあるのかも良く分からないのだ、面白い訳もない。さらにいえばすきでいつも読んでいる訳でもない。読み終わらないからいつまでも読んでいるだけだ。

「俺漫画すらもあんま読まないんで、活字読んでる人ってそれだけですごいなーって」
「…」

いや…俺もあんまり…活字なんて読まない…別に嫌いなわけでもないが時間がないのとその必要性を感じない(本以外の娯楽を知っているから)ので必要ないというか。そんなキラキラした目で見られても期待にはこたえられないというか期待はずれで悪いというか。むしろお前は俺に期待しすぎだ、もっとこう、引いて、全体でものを見て欲しいというか。
そんなこんなで何もいえないうちに笑いながら神林が。

「しまもとさんはなんでもできてすごいですよねー」

なんて。
ああああああ。だめだこれ、多分アレだ、俺が隊長を見てるのと同じような目で俺を見てる。
だめだだめだ、俺はそんなんやないんや。俺も隊長くらい完璧だったら良かったのに。
こんな風に意味も分からない本を読んでいるような情けない状況でこんな目で見られたくない。
いっそこんなのは全部隊長ののこしていったものを上辺だけなぞっているだけなんだといってしまいたいけれどでも俺にも見栄があるから(というか神林を失望させたくないから)そんなことは言えない。
隊長に追いつきたいと思ったことはないけれど今は隊長になりたい。今だけでいいから。
隊長は俺に対して何を言っていただろうか。無条件の信頼と尊敬に対して。
あのひとはそれをするに値する人だったから何も考える必要なんてなかったんだろうけど。

「やっぱりトッキューの隊長になるにはそういうのも全部出来ないといけないんですかね」

関係ないかな、嶋本さんが凄いだけで。

違う、そうじゃない。だからそんなんじゃなくて、
顔には出さずにぐるぐると悩んでみる。隊長といたときもある意味ですごく緊張したけれど、それは隊長といるときは当然のことだったから不意を突かれる今のほうが疲れる気がする。何も分からないならいっそ何も言わなければいいのにな。思ったことを全部口に出すんじゃねえよといいたい。出してもいいから俺に関しては何も言わないで欲しい。困るから。
考えすぎてページもめくれなくなった。元々(俺にとっては)面白くない本なので手が止まりがちなのに。時間のあるうちに読んでしまいたいのに。あわよくば隊長が帰ってきたあとでそれについて語ったりしてみたいのに。

(そういうこと考えてるから進まないんだろうなあと いうことは自分でも分かっているので)

「お前も読んでみるか?」
「え?何を?」
「何って活字に決まっとるやろ」
「それですか?
「そうや」
「えーと…ちょっと借りてもいいですか」

伸ばした手にそれを乗せてやると、難しい顔をして2、3ページめくってみてからぱたんと閉じた。そのまま全開の笑顔で。

「わからないのでいいです」
「………そっか」
「はい」

そうやな、分からないものを読んでも仕方ないしな。俺もそういう風になれたらよかったのにな。でも俺は知りたいと思ったから開いてしまった。

「……やっぱ違うわ」
「?何か言いましたか?」
「何でもない」

お前は別に俺になりたいわけではないしな。
お前は隊長に憧れていて俺が好きなんだもんな、尊敬と好意を別に考えられるんやな。
羨ましくなんてないけれどええなあとは思う。俺も別だったら良かったのにな。
俺は隊長がすきで全ての憧れで、……縛られるだけなのは自分でも分かってるんや。
昔は分からなかったけど今は分かるようになった。

(だからこいつがここにいてくれてほんとうに)

「言葉は悪いけど楽になったな…」
「??何がですか??」
「何でもない、言うとるやろ。」
「エー」
「えーじゃない」
「エエーー」
「変わらんだろうが!!あーもう俺が悪かったわ、独り言はやめるからお前も黙れ」


エエエーー、とまだ声を上げる神林を無視してまた何も理解できない本に目を落とした。
もう止めてしまってもいいんだけれどやめなくてもいいんだ、俺とこいつは違うんだから俺はこれを読んでいてもいいんだ。俺はそれがわからなかったけど(こいつのおかげで)わかるようになったからいいんだ。俺にとっての隊長はそうだからいいんだ。俺にとっては隊長が全部でいいんだ。

(ほんとうはだれかにひていしてほしいけれどほかのだれかなんておれには)

意味がないというのは乱暴すぎるだろうか。 いやでも間違ってはいないと思う。尊敬する人物が他にいない訳ではないし好きな人間がいないわけでもないけれど隊長以上の人はいない。…いない?

頭に入らない文字から眼を離して横目で神林を睨む。睨みつけたのは神林が俺をみていたら困るなあと思ったからなのだけれど(奴は大概そうしているから)(俺が自意識過剰なわけでは、ない)、目線が会うことはなくて少しがっかりしたような自分に腹が立った。
すきだといわれたからすきに、なったわけではない。
でも全開の好意をぶつけてくるから神林のことが気になったのは本当だ。

隊長が一番上なのは当然なんだけれどそれは全部を合わせたからで純粋なすきではこいつのほうが上だったりするんだろうか。全部を合わせずに考えることができないからそれはわからないのだけれど、いつのまにか神林のことを考えている。今横にいる分を差し引いても少し多くはないだろうか。やっぱり俺にはもう良く分からない。もしそうだとしたら俺はそれでいいんだろうか。これでいいんだろうか。もっと優しくしてやるべきなんだろうか。

そこまで悩んだところで神林が振り向いたので瞬時に本へ目を戻す。その辺の瞬発力は並じゃないので助かる。無駄な自尊心を助けるにはとても役立つと思う。
たぶんそろそろ名前を呼ぶんだろうなあとしばらく待っていると、

「しまもとさんーー」
「なんや」
「今度はまた呼んでみただけです」
「おまえもうほんとええ加減にせえ」

その顔をあくまでさりげなく押しやりながら、赤くなった顔をそっと伏せた。

END

あーなんかもう…もういいんじゃない?
しまもとさんとひょうごくんはお母さんとこどもでいいよ。手のかかる子。
昔あんまり親に甘えられなかった(んじゃないかな)分しまもとさんに甘えればいい。
それを許容するしまもとさんがすきだ…。

タイトルは「銀河鉄道の夜」から 別に中身とは何の関係もないです

back