そこで世界は変わった

no,012(TQ!!)                    そこで世界は変わった

「あのー、前から聞きたかったんですけど」

ここは俺の部屋で、目の前にいるのはトッキューのどうしようもない飲み会の帰りになんやかんやで連れてきてしまった兵悟。少し(というかかなり)酒が入っているのだけれど、お互いに手持ち無沙汰なのでまた飲み始めたところだった。まだ二十歳そこそこの奴にこんなに飲ませていいのかとも思うが、こいつはそれなりに強い。酔ってはいても意識が飛ぶまではまだ時間がかかりそうである。
で、話を元に戻して。

「なんや」
「なんで、三隊に俺を選んでくれたんですか?」
「…聞きたいか?あんまええ話と違うぞ」
「えーと…ええと、聞きたいです!」
「ほんなら言うけどな、俺が欲しがったっちゅうか、他が誰も欲しがらなかっただけや」

年も若いし経験も浅いしな、仕方ないといえばそれまでなんやけどな。凹んだか?問いかけると、ちょっと突き刺さりました、という返事が返ってくる。それはそうだろうな。事実だから仕方がないが俺もちょっとむっとした。というようなことは言わないでおこう。

「………嶋本さんは俺でよかったんですか」
「俺は別にどうでもええわ。全員俺が育てたんや、お前にだって見合うだけの実力はちゃんとある」
「俺じゃなくても」
「そうやな。…や、やっぱりお前選んだかもしれんわ」
「どうしてですか?」
「危なっかしいからや」

目ェ話すと何するか分からんし、見てても何するか分からんけど どっちにしろ分からないならまあ見ててやろうか、と。真面目に言ってやるとまた肩を落とした。どっちにしろあんまりいい理由じゃないんですね、と暗い声で言う背中をどやしつける。これからがんばればええんや、若いんだから。

「それでも…いいです」
「なにが?」
「俺 嶋本隊に入れて嬉しかったんで」
「そうかあ?嫌そうな顔しとったやないか最初んとき」
「えー、あー、う、それはその、キツイのはキツいから…ああでもほんとは、その、」
「まあええわ、これからしっかりしつけてやるから覚悟しとけ」
「はい!…って躾?俺は犬ですか?」
「近所にいた柴犬思い出すわ」
「ひどっ!!」
「騒がしくて目ェおっきくて主人に忠実ででも無鉄砲で、確かにそっくりやったなー」

いつまでたってもおっきくなっても可愛かったけど、まだ元気にやってるとええな。
呟くように続けると、ちょっと照れたように俺も可愛いんですか、と言われた。うわー。うわあ、これってどうなんやろ。ごっつ可愛えけどな、でもそれを言う訳にはいかないんじゃないのか。と思うけれど無駄に目を輝かせる兵悟をみたら胸が詰まったので思わず頭をなでて可愛えよ、といってしまった。それこそ犬にするみたいに、でも微妙に違う。まずいなあと思ったけれどやってしまったのは仕方がないので酔いのせいにしてやろうと思った。

「殴られたことは(大量に)あってもなでられたのは初めてですねー」
「そうやったか?」
「ですよ。」

なんかくすぐったいですね、とそれはもう幸せそうな顔で笑った。さっきは照れたくせに。
やっぱり可愛い。柴犬より。

「嶋本さん」
「なんや」
「俺嶋本さんが好きです」
「知っとる」
「へーー…え?なんで?」
「気づかん訳がないやろ。お前みたいな分かりやすい奴の感情くらいすぐ分かるわ」
「え、…えーー…?」

うろたえてくれて助かる。本当にそうしたいのは俺の方だから。

「あれ、え、…え、それでも俺を選んでよかったんですか」

しまった、墓穴を掘った。ような気がする。
そうやな、確かに普通なら自分のことを好きだと分かっている男と一緒に仕事したいとは思わんわな。そんなことは全く気にしない人間と(隊長と)随分長いこと一緒にいたから感化されたのかもしれない。

「仕事と感情は別やからな。お前にもそれくらいの分別はあるやろ」
「…と、思います、けど」
「けど、てなんや」
「でも俺は嶋本さんが好きだから近くにいたいし、たとえ仕事でも一緒にいられて嬉しいし、たとえ仕事中でも触ったら欲情しますよ」
「欲情…てお前意味分かって使っとるか?」
「当たり前じゃないですか」

そうやな、健全な男子だしな、それくらいはな。でもこの場合の言葉は健全といえるんだろうか。健全な男子が健全な男子に向かって吐く言葉ではない。それにしてもそんんあことを面と向かって言える辺り、若さとは恐ろしい。自分の言った事に赤面したりすることもないんだろうな。ある意味羨ましいというか、なんというか。

「ていうかお前、佐世保の子はどうしたん」
「え、ユリちゃんですか?」
「そう、ええ子やないか。お前のこと好きそうやったし、あの子と付き合えばいいんと違うの」
「ええ?ないですよ。ユリちゃんは友達ですから」
「友達→恋人って普通やろ」
「そう…なんですか?良く分からないですけど…でも俺はユリちゃんよりも嶋本さんの方が好きです」
「…まあ、ええけどな」

お前がそう思ってるなら、いいけどな。
結局鈍いんだコイツは。どこまでも鈍い。だからこそ俺の気持ちにも気づかずにそんなことが言える(まあ気づかれても困る訳だが)。なあ、女の子のほうがずっとええんやぞ、柔らかくて優しくて。弱いとか脆いとかそういう意味ではなくて無条件に柔らかいのだ。可哀相にな、知らないままこんな方へ来てどうする気だ。ああそうだ、可哀相に。俺なんか好きになって可哀相にな。

「そーゆーところは隊長そっくりやな…」

思わず口に出してしまうと、兵悟の体がびくりと震えた。見ると、いつも大きな目がさらに2割り増しで見開かれていた。ちょっと怖い。

「…嶋本さんは」
「なんや?」
「真田さんがすき、なんですか?」
「はあ?なんでや」
「気がつくと嶋本さんはいつも真田さんを見てる 気がして」

嶋本さんを見てる俺と同じような気がしたから。
見開いた目でそんなことを言った。
お前、お前自分のことにはどうにも鈍いくせに他人のことはどうしてそう。ああ確かに見てる、追いつきたくて追い越したくて、そのくせいつまでも前にあって欲しい背中だ。でも俺の隊長への思いはもうすきとか嫌いとかそういうレベルではかれるような物ではないので全力で誤魔化すことにする。

「お前は嫌いか?あの人のこと」
「なわけないじゃないですか。尊敬してますしあんな風になりたいと思います」
「そうやろ。俺だってそうおもっとる」
「え、嶋本さんも真田さんに憧れてトッキューに?」
「それはちょっと違うけどな、でも初めて同じ隊になったときは嬉しかったし、副隊長にまでなったときはもっと嬉しかったな」
「え、あっ、あーーー…いいな嶋本さん」
「羨ましいか?羨ましいやろ?」
「はい」
「そう思たら、隊長が帰ってきたときには選んでもらえるくらいスキル上げて待っとけ」
「はい!!」

素直やな。素直でまっすぐで、臆することのない直向さ。そういうところも隊長にそっくりや。

「…ってそうじゃないですよ!!」
「なんや」
「俺のことじゃなくてちゃんと答えてくださいよ、嶋本さんは真田さんが好きなんですか?」
「隊長を嫌いな奴なんておらん言うとるやろ」
「話反らさないでくださいよ、分かってるくせに」
「気づくのが遅いわ」
「またそんな…そうじゃなくて、俺が嶋本さんを好きって言うみたいに好きなのかっ、て」
「あのなあ、お前それは合ってても違ってても物凄い答えづらい質問やて分からんか?」
「…う」
「大体俺が隊長を好きやったらどうやっちゅうの」
「…え、」
「お前はそこで終わってくれるんか?」
「…嶋本さんが真田さんを好きなら…や、すきでも、俺が嶋本さんが好きなことはかわらないです」
「そうやろ。どっちにしろ変わらんのなら聞かん方がええんと違うの」
「え…」

えー、アレ、えーー?そうなのかな、や、でも…アレ?
悩んどる悩んどる。どんなに軽い頭でもたまには回転させんと錆付くからな、好きなだけ悩め。と、頬杖をつきながらその様子を見ていると、「あ」と何事か思いついたように呟いた。顔を輝かせて言うことには、

「嶋本さんが真田さんをすきじゃないなら俺をすきになっ」
「なるか阿呆」
「せ、せめて最後まで言わせてくださいよ」
「嫌や」

聞きたくない。

「…俺は嶋本さんが好きです」
「聞きたくない言うとるやろ」
「じゃあ最初から『知ってる』なんていわないでくださいよ!期待するじゃないですか!!」
「聞きたくないから知っとる、で遮ったんやろが」
「俺のこと嫌いですか?」
「は?」
「嶋本さんは俺のこと嫌いですか」
「嫌いなわけないやろ。俺が育てたんやし」
「じゃあもうちょっと好きになってくれたっていいじゃないですか」
「男同士やぞ」
「だからなんですか?」
「なんですかって………世間的には物凄く高いハードルやと思うんやけど」
「俺は女の子のユリちゃんよりは男の嶋本さんの方が好きです」
「だからそれはお前の話であってあくまで一般的な価値観からすると」
「そんなの 気にしません」
「お前がせんでも俺はするわ」
「じゃあ嫌いって言ってくださいよ。はっきり嫌いって言ってください」
「0か1しかないのかお前の中には、出来の悪いパソコンか?」
「嶋本さんがそう思うなら、それでもいいです」
「良くはないやろ。…お前の好きとは違うけど、お前のことは好きや。嫌いとは言わん」

それ以上は譲らん。好きになってくれないなら嫌いになられたほうがいいなんてな、分かるけど絶対にそうはならんよ。お前が俺を好きな気持ちよりずっとどろどろした部分で俺はお前が好きや。お前には絶対に気づかせないようにずっと抱えていくつもりなんや。だから諦めろ。

「ていうかいつか冷めるかも知れん気持ちをそんな熱心に告げてもな」
「冷めません」
「そう言いたいならそう言っとけ。」
「冷めませんよ。そんないい加減な気持ちで 好きとか言いませんよ」
「お前の言葉がいい加減とは言わんよ。ただ、今はそれが本当でもいつかは冷めるときは来るやろと言っとるんや」
「…なんですかそれ。何言ってるんですか。今好きだという気持ち以外に何か必要なことってあるんですか。ずっと好きでいられる保証がないから、諦めないといけないんですか?じゃあ今俺が嶋本さんを好きな気持ちは今どうしたらいいんですか」
「そんなんは」
「我慢、しろっていうならしますけど、でも俺は嶋本さんが好きですよ。いつかなんて知りませんけど今は大好きです」
「連呼すんなや」
「もう言えないかもしれませんから言っておきます」

すきです。すきです、よ。
真っ直ぐ俺の目を見てそれだけを言い続けた。これは酔っているからだ。明日になればきっと忘れている。ここで俺が胸を痛めてもきっと明日には、………。
駄目だ、もう分かってる。兵悟は、意識を飛ばしても記憶を飛ばすことはない。素直な奴だから、明日もきっとすきだと 言うだろう。

「そんなに、俺のことすきか」
「はい」
「今だけでも、仕事中に欲情するくらい?」
「…はい」
「それは…困るわな。仕事にならんもんな」
「……はい」
「隊変わるか。一隊ならどうにかなるかもしれんし、離れとったら変わるかも知れんし」
「それは嫌です」
「仕事は仕事や。ちゃんとせんとあかんやろ。嫌です、じゃ駄目や」
「そうですけど、でも嫌です」

嶋本さんと離れたくないです。
もうどうしようもないと 思った。その手を、取ってしまいたい。俺なんか好きになって、隊長と同じくらい可哀相だと思ったけれど俺なんかに好かれている分お前の方がもっと可哀相だ。
どうしよう、どうしたら、どうしようか。今は大丈夫だ。すきだといわれても諦めろで終わらせられる。明日も、大丈夫だ。でもその先は もう分からない。ふとした拍子に、俺もだと返してしまうかもしれない。そうなったら、終わりだ。築いてきたものも何も、俺そのものも。
それならまだ、

「…一年や」
「え」
「一年だけなら、お前と付き合ってみる」
「ええ??なんで一年」
「俺が隊長でおる間、や」
「…それは、真田さんが 帰ってきたら 終わりということですか?」
「え?ああ、そういうことに…なるけど]

なるけどちょっと待て、なんやその顔。そんな情けない顔すんな。

「お前が思っとるような意味やないけどそういうことや。俺もあの人の下で働きたいから」
「え、でもそれは嶋本さんの希望、ですよね?」
「そうやな」
「もしも嶋本さんがそれからもずっと隊長だったら、ずっと付き合ってくれるんですか?」
「一年にしとけ。いつ目がさめるか分からんのやから」
「…なんですかそれ」
「そのうち気づいたらキツいぞ。ていうか四捨五入したら俺もう三十路やしな、俺の方がお前に付き合う余裕がなくなるかもしれんし」
「それは」
「そのほうが絶対いい」

わかって欲しい。俺にとって隊長がいない一年は長い。から、たぶん兵悟にとってもそうであるはずだ。だからきっと一年でどうにかなる。どうにかなって、くれる、はずだ。そう思わなければやっていられない。仕方ないからお前と付き合うんだという姿勢を、崩してはいけない。
兵悟はしばらく眉を顰めていたけれど、ある時点で また大きく笑った。笑っていった。

「でも一年はずっと 一緒にいてもいいんですね?」
「まあ、付き合うっちゅーのはそういうことやろ」
「嶋本さん」
「なんや」
「さわってもいいですか」
「………好きにしたら、ええ」
「わー…っていっても…どうしたらいいんですか?」
「俺に聞くなや」
「ですよねえ。って言っても、なんか…殴られそうで怖い…」
「優柔不断な奴やな」

しかたがない、というように(というかそう聞こえていて欲しいように)言ってから、俺の方から手を伸ばして兵悟の背中に回した。え、とかうわ、とか言っている声が上の方で(隊長に比べると少しだけ上の方で)聞こえる。へたれやなあと思うけれどそこが愛しいんだと(恥ずかしいけど)感じた。自分に対する言い訳が多すぎるのはもうご愛嬌だ。

「…嶋本さんあったかいですね」
「お前だって十分や。眠いんと違うか」
「そうかも知れませんー、あーでも帰らないといけないんですよ、ね…」
「や、まあ泊まってもええけど、とりあえずベッドまで…っておい、聞いとるか?」
「すきです」
「それは、もう、ええから」
「すきですーー!!」
「ああはいはい俺もや。だから立って、って……もう聞こえんか」

聞こえてきたのは深い寝息だけだった。まあそれもええけどな。
しあわせそうな顔をして寝こける兵悟の腕を取った。もう離したくないと、思ってしまう。
隣の部屋のベッドまで連れて行って(引きずる形であったがまあ平気だろう)気合で放り投げた。どうにかこうにか布団の中に収めてから、迷ったけれど隣にもぐりこむ。まだ寒いからなと言い訳してみたり、誰かと一緒に寝るのは久しぶりだなと思ってみたりする。そうしてから、そりゃあ当たり前だと少し笑った。

「間抜け面更しやがって」

そんな顔まで苦しくなるほど愛しいなんて、こんな感情は知らない。
こんな、年下の前しか見ていない男 に惚れてしまうなんてどうしようもない。こんな年上のいつまでも誰かの背中しか追いかけられないような男に惚れてしまうくらいどうしようもないことだ、と思う(お互い様ということには…ならないだろうな)(分別があるのは俺の方)(でなければならない)
告げもせずに、お前にばかり罪悪感を与えてごめんな。
だからせめてお前の、その思いが続く限りは

(いつまで続くかは知らない)
(一年といったけれど、それだけ保つかどうかも分からない)
(けれども)

俺はお前と一緒に いるから。それだけは俺の約束や。
勝手に誓ってから、不意に涙が出そうになった。始まったばかりの喪失の不安、なんて。
手を放さなければならないときはいつか来る。大丈夫だ、ちゃんと分かってる。
その時は笑って(ちゃんと、笑って)送り出せる。そうでなければならない。
できればそれが永遠にこなければ良いなんて思ってしまってはいけない。

ああだけど、もしも。

「お前に、先に会ってたら良かったんかな」

隊長に引きずられる前にお前に会ってたら。なんて、思ってみても今更どうしようもない。こいつがどんなにすきでも俺が隊長を嫌いになる日なんて絶対に来ない。尊敬して、憧れて、焦がれて止まない相手を振り払うことが出来るはずもない。たとえそれがどんなに苦しくても。
もういっそ泣いてしまいたいと思ったけれどそれはあまりにも重すぎて解けることはなかった。

明るいものばかりに惹かれていくのはもうどうしようもないのだと、思う。
安らかな兵悟の寝息に耳を澄ましながらいつまでもそんなことを考えていた。

END

衝動というか、自分が自分の好きなように嶋本さんを書いてみたらこんな話が出来ました。
カップリングを表記すると真嶋前提の嶋→兵嶋、…なのかな?とりあえず兵悟と真田さんしか 見えない嶋がすきです。ていうか嶋本さんならなんでもいいです。