no,011(TQ!!)
あたたかなタイル
「…暇ですね」 ひたすらパソコンに向かっていた嶋本がぽつりと呟いた。言ってしまってから、別に忙しくなればいいと思ってるわけと違くて、とそこは訂正する。忙しくなるというのはすなわち海難が起こったときだ。暇だというのは確かに不謹慎な発言だろう。だが聞いているのは俺だけだし嶋本にその気がないことも分かっているので、気にするなと返す。それにしても暇とは。 「眠いのか?」 仮眠の交代時間まではまだしばらく間があるが、別に一人でもそれほど支障が出る訳ではない。 そう言うと、 「そうやないんですけど、いやないこともないですけど隊長一人に任せて寝られませんよ。そうやなくて、ずっとこういうことしてるとかったるくなりませんか」 「別にデスクワークも嫌いじゃないだろう?」 「嫌いじゃないですけど大好きという訳ではないですし…義務は義務としてやりますけど、大筋では暇ですね」 することがあるのに暇だという気持ちは良く分からないが、真田の中では嶋本はいつも動いているようなイメージ(たまにハチドリを思い出す)があるのでそういう意味では分かるような気がする。ということを簡潔に告げると、俺は隊長の考えていることを理解しようとすると頭が痛くなりますと複雑な顔で返された。 「そうか?」 「何考えてるのか何も考えてないのかそのへんが曖昧で…別に悪い意味じゃないんですけど」 「そこを強調すると却ってそう思っているように聞こえるぞ」 付け加えられた言葉を突付くと、や、ほんとにそういう意味やないですから!と妙に必死に否定された。それでも何も言わずにいると小さな声ですいません、と言う。その情けないような顔がおかしくて少し笑った。 「謝ることもないだろう」 「だって黙ってるから怒ったのかなって」 「あれくらいで怒るような奴はいない」 「……そういうところが何考えてるかわからんて言ってるんですよ」 「そうか」 「なんでもかんでも そうか、で全部済まそうとすることとかも」 「そうか」 「ほらまた」 「今のはわざとだ」 「…もう、いいです」 はあ、とため息を付いて画面に目を向けなおす。暇なのはもういいのか、と声をかけると隊長と話してると緊張性頭痛が走るのでパソコンのほうがまだマシです、と言った。それはすこしひどい言い草のような気もするが。 「暇の方がマシなのか」 「なんか会話のキャッチボールになってない気がするんで」 変化球って言うか変化するストレートが来る、みたいな。 理解しているものの範囲もジャンルも全然違うから悪いんでしょうね。 「もうちょっと共通点があれば話せるんでしょうけど」 「あるだろう、レ」 レスキューと言おうとするとそれはもうここにいる次点で当たり前のことなのでカットさせてくださいとすっぱりと言われる。それ以外で、といわれると確かに。 「…何もないな」 「何も、って事もないですけど少ないです」 「そうだな」 「あ、でも、ここまで言ってきてアレですけど意思の疎通さえはかれればそれ以上は必要ない気もしますけどね」 理由を尋ねると、少し口ごもったあとで同じものといるより違うものといる方が世界が広がるから、と答えた。 「世界が広がる?」 「ええと…」 嶋本はキーボードを打つ手を止めて少し悩んだ。 そして、ちょっと遠回りですけど、と前置きしてから言う。 「隊長は、学生だった頃予習と復習とどっちが好きでしたか?」 「どうだろうな。あまり意識して考えたことはないが…どちらも同じくらいやったな」 嶋本は隊長らしいですね、と笑ってから俺は予習が好きでした、と言った。 そんな勉強したわけでもないですけど、一度やったことより次の何かへ進む方が好きでした。出来ることが出来るようになったりすることが好きでした。 続いた言葉に、嶋本らしいなと頷いてから、 「それがどうかしたのか?」 「だから、簡単に言えば知らないことを知る感覚がすきなんだと思います」 知っていることだけにしがみついてるより知らない何かに触れてみたいんですよ。 そういう意味で隊長は俺と全然違うので一緒にいて楽しいです。 世界には自分の知っていることの7千倍は知らないことがあるということを昔聞いた。それだけのとても小さな世界で人間は生きているのだと。その時はただ漠然と聞き流してしまったが、今考えて見れば嶋本の言うことはそれと同じことなのだろう。知らないことがあることを知っている。 「知らないことを知っている、ということはただ知らないよりも優れている、と言う言葉を思い出した」 「めんどくさい言い回しですけどなんかええですね、そういうの」 「面倒くさいか?」 「めんどくさいです」 面倒くさいのか。自分が当たり前だと思っていることが他人には当たり前ではない。それこそが当たり前のことなのだけれど、嶋本といると良い意味でそのことを実感することができる。 「…ああ、これか」 「どうかしましたか」 「知らなかったことを知る感覚を得た」 「…はい?」 「嶋本の言ったことが少し分かった」 ような気がする。と言うと、隊長の言うことはやっぱり良く分からないです、と困ったような顔で返される。言葉が足りなすぎるのかもしれない。が、 「それでいいんだろう?」 「そうですけど」 「それなら問題ない」 「そうですけど」 でもやっぱり少しは分かった方がええなあ俺もちょっと隊長のこと研究しよかな、としみじみと呟いた。嶋本の研究をした覚えは一度もないが。そう口に出すと、具体的なことじゃなくてなんていうか比喩みたいな意味ですよと曖昧な返事が帰ってくる。それこそ良く分からない。 「俺も嶋本の考えていることは分からないな」 「あたりまえですよ、人間なんだから」 「そうか」 「そうですよ…あ、でも隊長なら出来そうな気もします」 なぜかと尋ねれば、ロボだしとあっさりと口にして、立ち上がった。コーヒー飲みますか、と言うので普段より濃く淹れてくれるよう頼む。そのあと少し思いついて、部屋を出ようとする嶋本の背中に声をかけた。 「嶋本」 「はい?」 「お前と俺の共通点を一つ見つけた」 「なんですか?」 「コーヒーが飲みたくなるタイミングだ」 「……それはたまたまやないですか?」 「今までも思い出してみたらそうだった」 「これからもありますけど」 「今までがそうだったならこれからもそうなる、ことになっている」 「……やっぱり良く分からないですけど」 「そうか?」 「でも」 「でも?」 「隊長が楽しそうなんでいいことにしときます」 と、それこそ楽しそうに答えて歩いていった。 これで楽しいのかどうかは分からないが、嶋本が暇でなくなったのなら幸いだと思う。 END
これもやっぱり特に意味はない話で 当直中の真夜中に暇潰しするふたり、みたいな… ただそれだけなので出来ているも出来ていないも無いんですが さなしま表記でいいのか とりあえず言葉遊びみたいなこと がすきです ⇒御題提供*「7」 |