no,009(TQ!!)
I soften the onions in the pan.
一定のリズムで繰り返される小さな音、で目が覚めた。 最初はぼんやりと、次第にはっきりしてくる視界でそこがどこかを認識する。たくさん物があるから俺の部屋じゃない。じゃあ盤君の部屋。しまった、つい寝てしまった。何も敷かなかったから背中が痛い。もぞもぞと動いて音のするほうを見ると、こちらに背を向けて立っている盤君の背中が見えた。 「おはよう盤くん」 「もう早くなか」 「慣用句に文句つけないでよ、起きたときはいつだっておはようでいいじゃん」 「はー、そうかね」 振り向くこともせずに返された。盤君に愛想がないのはいつものことなので気にしない。枕にしていた座布団の上に起き上がって大きく欠伸をする。と、なんとなくいつもと違う空気。いや同じ空気? 「盤君」 「なんね」 「なんか目に染みるんだけど」 「タマネギば刻んだとこたい」 「タマネギ…ってそんなにたくさん?」 「ちょっとやりすぎたさ」 さすがに染みる…と言いながら、盤君は眼鏡を外して涙を拭いた。 「ところで今日の夕飯は」 「カレー」 「え」 また?という言葉は辛うじて飲み込んだ。が、もちろん通じないわけもなく。自分で作る訳でもないのに文句言うのかテメェ、というような冷たい視線を受ける。すいません。無条件降伏すると、盤君は目を反らしてもしくはシチュー、と言った。 「あ、そっちのほうがいい」 「どっちにしろ兵悟君がルーを買いに行かんとできんね」 「え?ないの?」 「昨日使い切った」 「じゃあ別の物つくろうよ」 「面倒くさか」 刻んだタマネギ入れて野菜入れてご飯食ってってするにはカレーかシチューしかなかろ?健全な精神は健全な食事からってことでいってらっしゃい兵悟くん。息継ぎをせずに(ついでに瞬きもせずに)言い切った言葉に納得して、でも納得できなくて返す。 「じゃあせめてジャンケンしようよ」 「嫌さ」 「なんで」 「寒いからここを出たくない」 「それは俺だって一緒じゃん」 「俺はタマネギ刻んだばい」 「朝の食器は俺が洗ったよ」 「昨日の夜は俺がしたろ」 「洗濯は俺がした」 「洗濯って、クリーニング」 「そうだけどさ」 「ただのおつかいみたいなもんなんだからさーっと行ってきてくれればよかろーもん」 「おつかいって小学生じゃないんだからさー」 「思考回路は似たようなもんばい」 「何それひどくない?」 「その口調とか」 う。口調が子供っぽいのは否めない話だ。言い返せずにいるとふふんと鼻で笑われた。嫌な性格。別にいいけどさ。いややっぱりあんまり良くないかな。見下ろされる体勢なのも悪いような気がする。それでも黙っていると盤くんはまた背中を向けてしまった。話はこれで終わりということだろうか。別にいったっていいんだけど、こうなるとなんか意地というか。というわけで口を開こうとすると盤君がぼそっと言った。 「…大体いろいろ言うなら星野君のとこにでも行けばよかろーもん」 その、声に。言おうとしていた言葉が止まる。 「なにそれ?」 「何って」 「なにそれ。どういう意味なの」 「意味なんてなかよ。そのままの意味たい」 やっぱり盤くんは振り返ることもなく答える。ええ?それって今言うことなの。 俺も大概無神経だけど、盤君は意識して人の気を逆撫でしに来る。もう慣れたけどさ。でもさ。 「それなら盤君だってこんなとこでタマネギ切ってないで星野君とこ行けばいいじゃん、何か作ってくれるよきっと!」 「俺は」 「それに俺が行っちゃったらどうせ自分で買いに行かなきゃいけないのに」 「…うるさか!行けばいいんじゃろ行けば」 「だからなんでそういう言い方しかできないの?話し合おうよもう少し」 「兵悟くんには話しても分からんたい」 「話してみないとわかんないだろ」 不毛だ。いつも繰り返すばかりで。飽きれたような面倒くさそうな盤君の顔。ああもう、腹立つなあ。叫ぶだけじゃない言葉を紡ぐだけの脳が欲しい。 「じゃあ例えば」 「たとえば?」 「例えば話し合いでどんな答えが出れば満足するったい」 聞いてやるから言ってみるさ。 ねえなんでそんなに偉そうなの?と言いたくなったけれどまだ鼻で笑われるので言わない。例えば?例えばって言われても。ねえ。良くわかんないけど。早くしろ、と無言で責める盤君の顔。ちょっと笑ってくれればいいのに。なんでそんなに真剣なの?お使い程度って言ったの盤君の方じゃん。黙って行っとけばよかったかな。でもやっぱり鼻で笑われそうなので言いたくない。 どうにか搾り出した言葉、は 「一緒に、行くとか」 「寒いって」 「それは俺も一緒だって」 「タマネギ」 「あとで俺もなんか刻むよ」 「…兵悟くんは手ェ切りそうで怖か」 「それいつも言われる」 あー…これってさっきと変わんないんじゃないか。また鼻で笑われるんじゃないか。 と思ったけれど、盤君は普通に笑った。微かにではあったけれど確かに。 「じゃあ帰ってきたら兵悟君にタマネギ炒めてもらうさー」 「え?」 そんなでいいの。という言葉は辛うじて飲み込んだ。が、もちろん通じないわけもなく。言ったな結構難しいぞホワイトソース作んのは、と今度は口で言われた。すいません。無条件降伏すると、盤君はがんばれと笑って返した。助けてくれないんだ?本気なんだ。 「…とりあえずがんばる」 「食えるもんになるといいったい」 笑いながら部屋を出ようとする盤君を慌てて追いかけた。 刻んだタマネギの匂いはとりあえず部屋に閉じ込めておいた。 END
ウチの兵盤兵はもしかしたら兵←盤→兵かも知れない…ベクトルは全部メグルくんから。 とりあえずタイトルから決めました。英語(ライティング)の時間に「soft」の過去分詞系を聞かれて、もちろん答えられなくて辞書を引いたら例文として載っていた一文。『タマネギをフライパンで炒めて柔らかくした』だったかな…?(分かると思う) |