クリアなせかいで

007/SS/TQ!!                        クリアなせかいで


真夜中。ふと目を覚ますと、隣にあったはずのぬくもりが消えていた。黙って帰ったのだろうか。滅多にないことだが一度もなかったわけではない。それならそれで書置きでも、と探してみるがそれもなかった。ふむ。首を捻ると、戸の隙間からかすかに灯りが差し込んでいることに気付く。耳を澄ますと小さな声も聞こえた。これは、…笑い声?

そっと扉に手をかけて覗いてみると、嶋本が今のテレビの前に陣取って何かを見ていた。いなくなっていなかったことにひとまず安心して、声をかけようとしたところで声が詰まった。
真っ暗な部屋の中で、膝を抱えて無心に画面を見ている。この角度からでは顔は見えないけれど、その小さな背中がどうにもやり切れなかった。
そのまましばらくその背中を眺めていると、気配を察したのか嶋本が振り返る。

「あ、たいちょう」
「あ、じゃないだろう」
「すいません、うるさかったですか?起こしましたか」
「構わないが…何をしているんだ?」
「あ、一緒に見ます?トムジェリ」
「…トムジェリ?」

真っ暗な中で煌々と光るブラウン管からは、確かに懐かしい画像と音楽が流れていた。そういえばここに来る前に何か借りてきたとか言っていたような、いなかったような。いやそれにしてもなぜ今更こんなものを。困惑する真田を余所に、嶋本は楽しそうに笑っている。

「なんかこの間神林が甥っ子と一緒に見るとか言っとったんで懐かしくなって…昔やってませんでしたか?平日の午後とか」
「記憶にはあるが」

近づいて、その肩に手を置く。

「冷たいな」
「まあ、冬ですし」
「いつからここにいた?」
「これが二本目ですから1じかんくらいまえから?ですかね」
「風邪を引く」
「そんな柔な体してませんよ」
「何も真夜中に見なくてもいいだろう」
「せやかて他に見る時間ないですし…休日つぶしてまで見るもんでもないでしょー」

空き時間にちょーっとみるから楽しんですよ、こゆのは。
今は空き時間じゃないだろうと思ったが、こういうときに何を言っても聞く嶋本ではないので(自分には自分のペースがある、とか何とか煙に巻かれるのがオチであるし)諦めて隣に座ることにする。

「…画面が近くないか」
「たまにはいんじゃないですか」
「暗いな」
「電気つけてくださいよ」
「音が小さい」
「文句言うなら自分で好きにしてくださいよー」

べつにそこまで真剣に見たいわけではない。ブラウン管の向こうでは猫と鼠ー随分と大きいような気がするーがいつまでもぐるぐると走り回っている。そこに時折嶋本の笑い声が混じる。そのタイミングを図ろうとするうちに、いつの間にか画面ではなくて、煌々した光に照らされた嶋本の横顔を見ていた。

「そんなに面白いか?」
「んーー…まあ、それなりに楽しですよ。むかしみたいに諸手を上げて言う訳やないですけど、でもこうゆー誰にも実害のない健全な笑いは楽しいですよ」
「たとえば?」
「たとえば?」
「誰にも実害のない健全な笑い、について」
「ああ。なんでしょね…日本で言ったらドリフ?ちょっと違うかなあ…でもだいすきでしたよアレも。盥とか水とか、お決まりのパターンがあるとこはにてるかも」
「へえ」
「あ、」

喋ってたらオチ見逃したー…
ぼそぼそと呟きながら、それでも巻き戻すことはせずに画面を追う。変わらずに横顔を眺めていると、視線は前に向けたまま嶋本が口を開く。

「たまにトムとジェリーが仲良くしてるとき、あるやないですか。トムの飼い主にふたりとも虐げられてるときとか、ふたりで協力してなにかやりとげるときとか」
「ああ、あるな」

嶋本はごく自然にふたり、といった。二匹ではなくてふたり。擬人化されたようなものだから二人であっているのかもしれないが、それはとても柔らかく響いた。
それがどうかしたか?と先を促すと、嶋本はふわりと笑っていった。

「俺はそこがすきです。ほんとは仲いんですよこのふたり。だから、いつものびっくりするくらい荒っぽい抗争もぜんぶわらってみてられる」

あ、ほらあんなふうに。
嶋本が指す指の先では、猫と鼠がそれはもうしあわせそうに枕に沈み込むところだった。

「あーゆーの、いいなあって。いいなあって」
「しようか」
「は?」

それはもううれしそうに羨ましそうにするものだから、妙なスイッチが入ったのかもしれない。
言葉と同時に顰められた眉を残念に思いながら、嶋本を抱きしめる。

「一緒に、寝ればいいんだろう?」
「ちょ、ちょっと違いますけど…」
「嫌か」
「いや!!いいんですけど!!」
「そうか」
「…隊長、なんか温いですね」
「お前よりはな」
「…あ、テレビ消さないと」
「朝でいい」
「いやよくはないでしょ」
「いいさ」
「まあたいちょーがそういうんなら…あ」
「まだ何かあるのか」
「や、この場合だとやっぱり俺がジェリーなのかなあと思ただけです」

隊長よりちっさいしなあ、今着てるもんが茶色っぽいしなあ。でもねずみ…かわいいけどねずみ…ねずみか。うーん。

「いいじゃないか。どう考えてもトムの方が被る被害は大きいぞ」
「隊長はそんな風にはならんからええんですー」
「矛盾してないかその台詞?」
「ええんですー」
「…眠いのか?」
「さすがに1時間半画面見てたらちょっと」
「真夜中だしな」
「ですねえ。寝ましょか」
「そうだな」

「…えーと?」
「なんだ」
「離してもらわんと歩けんのですが」
「必要ないだろう」
「や、もう眠いし」
「担いでいける」
「やっ、いや!そういうわけには!!降ろしてください!」
「却下する」
「わーーー!!」

真夜中だからか、小声で喚く嶋本を持ち上げると、画面でも丁度猫が鼠を持ち運んでいるところだった。扉を開けて最初に見えた光景を思い出す。あれくらい感情の起伏が豊かになればきっとあんな寂しい背中を見ることもなくなるだろうに。まあそんなことができれば、きっと今ここに嶋本がいることはないだろう。それなら、これはこれで。
無意味に暴れる嶋本を抑えながら、暗闇の中で光る画面に背を向けて扉を閉めた。

END

とりあえずトムジェリをひさしぶりにみました。弟が2本借りてきたそれをご飯食べながら見てました。10年前の感動にもにた笑いはもうなかったけれどそれでもおもしろかったです。
ただそれだけで、ただそれだけのさなしま(すいませ…)


⇒御題提供*「