夢でないからおわってしまう

005/SS/TQ!!                 夢でないからおわってしまう


「…はーーーーーー、」

隣に寝そべる嶋本の口から、空気の漏れるような音がした。
ような、というかその通りであるのだろうが。途切れそうなその音は、長く尾を引いて消える。
それは本当に漏れたとしか言いようのない音だったので、何の気なしに。

「長いため息だな」
「え?あ、すんません」

口に出したつもりはなかったんですけど、と嶋本は口を押さえた。
別に構わないという意味で首を振る。
それでも小さく頭を下げた嶋本をからかうようなつもりで、

「何かやましいことでもあるのか」

言うと、音がしそうなほどに首を振ってそれはありえませんといった。

「隊長に不満なんてないですよ」
「そうか?」
「ないです。絶対無い」

ありません、ではなくてありえません。
言い切る声に、それはそれで寂しいものだなと思う。いつまでもバディの延長線にあるような。
かといって自分が嶋本に不満があるかと聞かれたら返す言葉は同じなのだろうが。

「そうか」
「ええ。さっきのは隊長への不満とか、そういうのと違くて」
「違って、なんだ?」
「…ええと、…」

珍しく言葉を濁してから、嶋本はぽつりと言った。

「俺だけがすきなままだったらよかったのに、とたまに思うなあということを考えていました」
「理由は?」

うつ伏せになったまま上目遣いでこちらを見る。嶋本は、人が言うほど身長のことを気にしてはいない。だが、その差を感じさせないように 普段は仰ぐように顔ごと視線を上げているから、そんな仕草はここでしか見られない。貴重なものだと思う。

「簡単に終われないから、ですかね」
「簡単に、終われない」

その意味をうまく掴めなくて、鸚鵡返しに呟いた。終わらせたいということだろうか?
そういう思いが顔に出たのだろうか、嶋本はそういうわけやなくて、と慌てて顔の前で手を振った。

「そういうこととは違くて…、なんていったらええんかなー…」
「何でも言ってみるといい」
「うーん」

嶋本はしばらく悩んでから、少しだけ上体を起こして 手、といった。

「手?」
「手。貸してください」
「右でいいのか?」
「どっちでもええですよ」

言われるままに差し出すと、両手で抱えるように握り締められる。強く。
何がしたいのだろうか。しばらく眺めていると、小さく「うん、」と頷いた。

「何だ」
「こういうことなんですよ」
「何がだ?」
「手、といったら差し出してくれるでしょう」
「当たり前だろう」
「ですね。そんで俺はそれに触れる。それも当たり前ですね」
「そうだな」
「それが、簡単に終わらないということ」

そこまで言うと、嶋本はあっさり手を放した。手の間で生じた熱が、一瞬で逃げていく。

「すきなのもきらいなのも全部一人で終わらせたら楽は楽やないですか。いつまでも誰かをすきでいることで自己満足に陥ることも出来るし、すきになってくれないことを恨むこともできるし。でも相手もすきだってわかったら、もう自己完結は出来んくなるでしょう。それは、……少し重い」
「それは悪いことなのか?」
「そういうこととちゃうんです。いいとかわるいとか、そうじゃなくてただ俺の気持ちの問題」

端的に言えば臆病なんです俺は。好かれたら嫌われるかもしれない。明日になったら嫌いになるかもしれない。そのときに苦しいのが怖い、っちゅう話。

「もう永遠の愛とか信じられる年でもないですしね。結果よりも過程に意味があることは分かってても、やっぱりそれだけを求めて生きてる訳やないですし」

嶋本は声を荒げることもなく、止めることもなくただ滔々と続ける。
いつでも触れられるはずの手が今は硬く握り締められていた。ただそれだけが。

「むずかしいですね。始まったからには終わることも考えないとあかん。いつもそんなこと考えてるのとちゃいますけど、考えなくてもいつかは絶対それが来る。今がよければそれでいいと思うときは思うし、いつかを考えて苦しくなるときもあるんです。ただそれだけ」

それだけだ、と言って口を閉じた。上目遣いだった目も今は伏せられている。
そんなことを考えたことはなかった。嶋本が俺を好きで、俺も嶋本を好きなだけの話。
ただそれだけのことをそれ以上に考えることなど。さすがにそれを口に出すことはやめておいた。
代わりに名前を呼ぶ。

「嶋本」
「なんですか?」
「手」
「て?」
「貸してくれ」
「?俺の真似ですか?」

ええですけどちゃんと返してくださいよ、と軽口を叩きながら手を差し出す。
その手を取って、先ほどの嶋本のように両手で握り締めた。一瞬で伝わる熱。

「嶋本」
「はい?」
「俺はお前ほどいろいろ考えてはいない」
「そうでしょうね」

隊長はそれでええんです、と攻めるようでもなく優しく言う。
確固たる信念というか、事実はただそこにあるのだけれど。さらに強く手を握る。
かすかに震えたような気がした。

「だが」
「はい」
「当たり前のように手が取れることは 嬉しいな」

熱が伝わることがただ嬉しい。

「それは俺だってそう おもいます」
「そうか」
「そうです」

握られるままだった手に力が篭る。握り返されるということ。
伝わる熱を辿っていけたら と。

「嶋本」
「はい」
「俺は終わりたくないな」
「…はい」
「お前が終わらせたくなっても、たぶん終わらせない」

そこで一旦言葉を切る。伏せた目はいつのまにかまた上目遣いに変わって。

「それは重いか?」
「重いですね。も、めっちゃ重いです。ボンベ3本分くらい重い」
「…それは重いのか?」
「十分重いです。…でも」
「でも?」
「でも、そうなってくれたら ほんまに 嬉しいです」

嶋本は、ゆっくりと一言ずつ慎重に言葉をつないだ。

「俺一人だから 楽だったけど 俺だけじゃないから こうやって触れる、んですよね」
「そうだな」
「隊長」
「なんだ?」
「だいすきです」
「唐突だな」
「いつも思ってるからいいんです。だいすきです」
「そうか」

だいすきです、と繰り返す嶋本をあやすように、ただそうかと繰り返した。
楽になるかどうかはしらない。少なくとも今だけは、ただ伝わる熱と言葉だけを。
ただそれだけを感じていられたら良いと思った。

END

ちょっとトーンの違うさなしま。あんまり変わらなかったかな…? やっぱりすきとかきらいとかそんな。もどかしいようなそうでもないような。 何も解決してないけど妥協したような。はじまりやおわりを題材にして はじまりもおわりもないような話ばかり書いている気がします。