どうして、なんて

003/SS/TQ!!                         どうして、なんて


「すきだ、と言ってくれ」

いつもと何も変わらないひどく冷静な顔でそんな言葉を口にした。その顔を見上げるようにしながら、薄く朱を刷いたように見えるであろう自分の顔のことを考える。そんなことを今更恥じるような関係ではないけれど。

「言いません」
「口に出さないだけでそこにあることは知っている。口を噤む事に何か意味があるのか?」
「ありません。でも言いません」

あなたにだけは言わない。言えないんじゃなくて言わない。
すきだなんて
どうしようもないくらいすきだなんてそんなことはとうに知ってる。あなたが知っていることも知ってる。
でも言わない。絶対言わない。

それはそう遠くない昔の話だ。
相手を敬虔しすぎたのが運のつきだったのかもしれない。態度からも言葉からも何一つそんなことを感じさせなかった相手も悪い。それは自分の方も同じことなのだけれど、でも向こうは知っていた。俺は知らなかった。それはほんとう。だから俺は最後までそれに答えられなかった。相手は最後まで何も言わなかった。最後に、本当に最後に、呆然とする俺の前で(上で?)平然としたいつもと同じ顔ですきだなんて。
順番が違うだろ。どう考えても。これはアレじゃないのか、強姦じゃないか。両思いだろうがなんだろうが力で押さえつければそれはそうだろう。そんな平然とした顔で。俺は知らなかったのに。
何をしても、そう言えば俺もそう返すと思ったんだろうか。だとしたらなんて、

(傲慢、な)

初めて否定的な感情を覚えた。勝手に期待して裏切られたならまだいい、何も期待していなかったからこそ そう思った。傲慢。そうだ傲慢なのだ。嫌味ではないからこそ。

先に伝えることが出来ればよかったのに、と それだけは今でも思う。片二重のアンバランスな目を見つめながら思う。俺のほうから好きだなんて口に出していたら、今頃はラブラブ(死語)でハッピー(同上)な生活を送っていたのかもしれない。俺と隊長が?想像するだけで笑える話だけれどそれでも、そうなっていたのかもしれない。そんな甘いものではないかもしれないけれどそれでも寄り添って生きていけるような。
生きて、いけるような。

でもそれはもう叶わない。
その手に、その心に、その姿に、その思想に、焦がれて止まないその気持ちはほんとう。
でもだからこそどんなときでも、どんな相手であったとしても上からの力に屈するのはごめんだ。

思った瞬間に決めた。俺は、言わない。この人にすきだとは絶対に言わない。そんなに易々と奪えるものだなんて教えてやるものか。心も体も持っていかれたならせめて言葉くらいは。
元々隠し通していくと決めていた思いだ、体が繋がっているだけ幸せだと思う。この期に及んで幸せを求める自分が哀しいくらい滑稽(酷刑でもいいな)だと思ったことは秘密。

「言って欲しい」
「言いません、て」
「俺はすきだ」
「何度も聞きましたよ。」

何度聞いても心臓が跳ねるその言葉。その声に、その目に、その手の暖かさに、何もかもに。
この人も俺の口からそれを聞いたらそんなふうに思うんだろうか?いやそれはないだろう。と自己完結させて目を反らす。自分の方が悪いことをしているような気分になるのは心外だ。それはもう。

「すき、からはじめればよかったのか?」
「さあ」

今更どうにもならないことは口に出すだけ無駄やないですか。

「どうにもならないだろうか」
「どうにもなりませんよ。俺はパワハラもセクハラも許せません」
「それでもここにいるのは?」
「許せなくても、隊長のこと嫌いになるわけやないんで」
「それなら」
「それでも言」

いません、と続けようとした声は降りてきた相手の喉の奥に消えた。それでも声帯を震わせることに変わりはない。言いたいことが相手に伝わるなら、それが聞こえなくても構わないんじゃないか。たまにそう思う。

「…いいません」
「まだ言うのか」
「隊長が悪いんですよ」
「そうか?」
「そうかって」
「そうだな」
「そうだなって」
「もう日付が変わる頃だが帰らなくていいのか」
「話を反らさんといてください」
「反らすも何も、言わないんだろう」
「言いませんけど」
「じゃあ泊まっていくといい」
「はっ?何がじゃあなんですか」
「答えの出ない話なんだ。時間は長い方がいい」
「…そうですけど」

本当は分かっている
言わないことが重要なんじゃない、言わなくても分かってもらっていることが重要なんだ。言わせたいと思われているうちは俺がここにいる理由になる。あまりにもくだらない理由だけれどそれくらい自分に正当性を持たせなければ俺はここにはいられない。それは安い劣等感でもプライドでもなくてもっとずっと不安定な思い。

ただ一人に焦がれた、その相手が自分の手の届く場所にいる。そのことが信じられないだけなのだ。
手を伸ばせば消えてしまうような気がする。だから触れられるのを待つばかりで。
そんな思いまで全て見透かされているのか と思うと 

「俺は、絶対、言いませんからね!」
「俺は言って欲しい」
「言いません!!」

まるで足が立つ場所で溺れているような気分だ。と思った。


END

とりあえずこの前のアレが両思いだったら、という話。似たような話ばっか増えていく罠。 こんなのが書きたいわけじゃないんだけどな いやこれでいいのかな…?これくらい盲目的に真田さんがすきな嶋本さんはすきなんですがもうちょっと二人ともかっこよく書きたい…

すきとかきらいとかそういう次元じゃない話が書きたい。


⇒御題提供*「