[ き ょ う 屋 上 で 、 ]



月曜日の正午、俺とまークンは屋上で昼飯を食っていた。俺はパン、まークンは弁当。だけどまークンは休み時間に弁当を半分食ってたから、俺の和風ツナサンドを狙ってるのを知ってる。絶対やらん。大事な栄養だ。最初に開いてさっさと食ったら、心なしかまークンの影が薄かった。だってしょうがないじゃん。俺だってすきなんだよツナ。しょうがないからまークンの弁当から揚げ物を一つ失敬して、かわりにカレーパンを半分握らせてやった。ぱあああ、と輝いた顔(そんなにかわんないけど)に少し笑って、ガツガツ食って、紙パックのストローを咥えた。今日も空は青い。ヒバリはいないけど、雀とカラスは飛んでいった。トンビくらいは輪をかいてもいいかもしれない。ムグムグうつらうつらしていると、横からまークンが俺をつついた。

「ヤーマダ」
「何ー」
「それ、一口くれ」
「いーけど」

はい、と紙パックを渡せば、なにやら思案したような顔でストローを咥えた。ぢゅうう。一口啜って俺に返ってきた。受け取ったあとも、なぜかじいっとストローの辺りを見つめている。なんだろう。何かついているだろうか。目線の高さまで持ち上げて眺めるけれど、不審なものは見えなかった。んー、と思ってまた咥えたけれど、味にも変わったところはない。首を捻っていると、まークンは黒いコーラのタブをカシュッっと開けた。なんだ、飲み物あるんじゃねーか。俺も一口もらっていいかな。

「まークンカルピス好きだっけ」
「そうでもない」
「なんで一口?持ってんじゃんコーラ」
「だって」

コーラから口を離して、なにやらまークンは真剣な顔だ。いつだって真顔だけど。コカコーラ0って、カロリーとかそんなん気にしてんのカナ。だって、といいかけたまークンは、思い出したように俺の握らせたカレーパンを齧っている。どことなくしあわせそうだ。物食うときはしあわせそうなんだよな。わからないらしいけど。俺も雰囲気で察するだけだけど。まあ、カルピスの券は、ほんとは甘いのが飲みたかったのか。そうかもな。ウン、と頷きながらカルピスを一口啜った。ことを、後悔した。これまだ続いていたんだな、といまさらながら思った。カレーパンを食い終わったまークンは、コカコーラ0を一口飲んでから言った。

「間接キスだろ、今の」
「グフッ」

また噴いたよ。そりゃ噴くよ。今のは噴くよ。ゲホゲホッガフッガハ。まークンの手が俺の背中を擦ってくれる。俺よりちょっと大きくて筋張った手。身長が違うんだからコレくらいは当然だ。なんて思ってる場合じゃない。うう。すげー苦しいよ。俺の鼻は空気と鼻水以外通す気なんてないのに、勝手に通るんじゃないよカルピス。水分は辛いよ。プールで鼻に水はいったのと同じ現象だよ。なにこれ、鼻ん中に手ェ突っ込んで拭き取ってやりたい。できるものなら。っつうかまークンはアホだ。知ってたけどアホだ。そりゃあ確かに言ったけど、間接キスはロマンかもって言ったけど、俺としてどうすんだよ。全然たのしくないよ、俺。ドキドキしないよ。うっとおしいばっかりだよ。

「よろこんでいいんだよな?間接キス」
「俺と…じゃなくて部長としてろよ!」
「部長とはいつか濃茶リベンジする」
「あーそうかい…」

他の3年生や副部長が亭主になる機会だってあるだろうから、そのうち叶うかもしれない。カホちゃんやチカちゃんも入るだろうから、部長の隣は争奪戦だろうけど、男三人罰ゲームのような空間はもう…あの空間…空間…アレ?もうあの空間で俺とまークンは間接キス済みだ。っていうかそんなこと考えもせずに、いろいろ分け合ってきた。回し飲みなんて気にしないし、一杯のラーメンをふたりで啜ったこともあるし。だからこそダメージがでかい。いまさら間接。間接キス。男同士で!!!

「…うああああ…嫌だァァ…俺の記憶を消してくれ…」
「何度したっていいだろ。すきなんだから」
「オメーそれ絶対人前で言うんじゃねーぞ?!一言でも口に出したら殺す!!」
「ああ?」

それは俺の台詞だっつうの!!当たり前だろ、俺とお前に変な噂が立ってみろ、部長がどんな顔するかわかんねーのか。部長はきっと信じねーけど、オメー問い詰められたら絶対ぽろっとソレ言うだろ。俺の立場はどうなる。青筋立てるんじゃねーよ、俺だって怖いよ。この三角目が。ていうか見すぎだろ、俺の顔。怖いよ。目を反らしたら噛み付かれるのか?どこに?考えたくねーよ。殴られる方が数百倍マシだよ。だらだらとカルピスを垂れ流したまま、コンクリートに手を突いてまークンを見ていた。動いたら負けな気がした。だけど、ウン、と頷いたまークンに不穏な空気を感じた、俺の判断は正しかった。

「カルピス、いいな」
「はっ?、ッ…!!!!」

いいなあ、ともう一度言ったまークンの視界を遮るように背を向けて俯いた。制服をがばっと脱いで、ものすごい勢いで顔を拭った。ぐいぐいと水分を拭き取って、それでも足りないと思ったら汗だった。こいつ、こいつ、こいつ多分とんでもないことを考えた。カルピスの何がいいんだよ。俺の口から(あと鼻から)出たカルピスの何がどういいんだよ。もし俺の想像が当たってたら、ものすごくおぞましいよ。え、違うよな。違う違う。違うといってくれ。いやいい、わかった、いいから。何も言わなくていいから。

「顔射ってそんな感じだよな」
「アアアアアアアアア!!!聞こえない!!俺は聞こえない!何もしてない!!」

言うなよバァァァァカ!!オメーは中学生か!!興奮しすぎて泣きそうになった。何が悲しくて、高校生にもなって、友人の口からそんな言葉を聞かなくてはならないんだろうか。恥ずかしいよ。屈辱的な前にひたすら恥ずかしいよ。ていうか俺はそろそろ泣いてもいいような気がする。せめて殴りたい。もちろん仕返しは無しで。まークンはバリバリ背中を掻いている。

「そんなに喚くことねーだろ。そのうち実演してやるって」
「していらねーよ!っていうかそんな日はこねーよ永遠に!」
「そういうなって。遠慮するなよ」
「するよ!全力で遠慮するよ!」
「まあまあ、どうか一つお目こぼしを」
「しねーーよ!バーーカ!!しねーよ!ネバー!」

嫌な想像で全身がゾワッとした。総毛立つ、ってこういうことを言うんだろう。まークンには言ってもわかんねーだろうけど。そんなかんじってどんなかんじだよこの童貞!!俺で下ろそうとすんな!バーカバーカ!!雑誌でもDVDでも見て画面にかけてろよ!!!でも頼むから俺の写真とか実物にはしないでクダサイ。お願いします。ぎゅうう、とシャツを握り締めて眼を瞑った。なにもみたくないききなくない。やめてまークン、もうやめて!俺のライフはとっくにマイナスだ。カタカタと弁当箱をしまう音がする。だいたい俺は何で今日カルピスを買ったんだ。暑かったから。ごくごく飲みたかったから。バナナミルク売り切れてたから。そっちでもだめだったか。イチゴ牛乳だったら、なんか妙にリアルで嫌だ。まあその場合顔にかかりはしないだろうけど、いや、その。でも炭酸を買わなかっただけマシだと思いたい。炭酸噴いたら洒落にならない。下手したら死んでしまう。そうだ、俺は得したんだ。ポジティブさを手に入れろ。でも、まークンの真顔がそれを赦してくれない。なおも言い募る。

「でもそのうちきっとするって」
「嫌だね!!ぜってームリ!ムリ!」
「やってみねーとわかんねーだろ」
「やりたくねーのはやんなくてもわかるだろ!」
「ま、ま、お代官様、穏便に」
「腹立つんだよ…!!」

ぐしゃり、と紙パックを潰すと、まだ残っていたカルピスがコンクリートに白く染みを残した。ああいやだ。嫌だ。ありえない話だ。誰がまークンのザーメンなんてかけられたいんだ。そんなの怖いだろ。生きが良すぎそうだよ。口から妊娠しそうだよ。そういう問題でもないよ。ウガアアアア、とシャツでコンクリートを擦った。まークンに見えないようにシャツをかぶって、寄りかかっていた手摺から離れて丸まる。もう全てがいやだ。やめてくれ。助けてくれ。まークンは俺の脚をちょいちょい、とつついて、寝るんなら日陰行けよと促した。寝ないよ。だって怖いよ。まークンそこにいるじゃん。ぶんぶん頭を振ると、いいけど、とまークンは言った。

「暑いんだから、あんま暴れるとヤられるぞ」
「誰に?!オメーに?!」
「太陽に」
「…もうこのまま倒れちまいてーよ俺は…」
「じっくり看病してやろーか。添い寝も含めて」
「いらねーよ!」

振りかぶって投げたカルピスの紙パックは、まークンの頬にぶつかってぽこんと間抜けな音を立てた。やっぱり少しだけ残っていたカルピスがまークンの頬を伝って落ちる。ぺろりとまークンがソレを舐めて、俺は絶望的な気持ちになる。なんかもうそういう眼でしか見えないよ、カルピス。もう二度と飲まない。中途半端にシャツを背負ってまークンを睨んでいると、まークンはもう一度ストローを咥えた。間接キス、間接キス。もごもごとそんなことを言っている。やーめーろーよー!バカ!バーーカ!!手の届かない位置で吼えると、山田が投げたんだからこれはもう俺のもの、とまークンは言った。ジャイアンか。いや、ジャイアンはスネ夫のストローを咥えたりしない。そんなジャイアンは嫌だ。でもまークンは何も気にしない顔でしばらくストローを弄んで、それから「なあ」と言った。

「何」
「そこ、暑いだろ。ほんとに日陰行けよ」
「いいよ」
「暑いと人は死ぬんだぞ」
「知ってるよ。でも死なねーよ」
「じゃあこっち来い」
「なんでだよ」
「風が通るだろ」

ぽんぽん、と先ほどまで俺がいた地面を叩かれる。うん、そりゃそうだけどさ。柵の縁から吹き上げる風はびっくりするほど涼しくて気持ちよくてだから、まークンにしてはすんごいまともなこと言ってるけどさ。熱射病とか日射病とか嫌だけどさ心配してくれてるのわかるけどさ。だけどさ、まークンの横だってものすっげえ暑いしダラダラでバクバクなんだよ。怖いんだよ、俺は。ちょっと考えたけど、もう少しまークンから距離をおきたい。俺はここにいる。ここにいたい。ぶんぶんと首を振って答える。

「いーよ」
「よくねえ」
「何が」
「オメーがぐったりしてると楽しくない」
「そりゃまークンの都合だろが…!」
「山田も」
「え」
「ヤーマダも、ぐったりしてたら楽しくないだろ」

だから、いいからこっちに来い。来ないなら俺が行く。3歩ほどの距離はあっという間に詰められて、がしっと両腕を掴まれた。だからおっきいんだって、手。ずるいって。まークンに引かれて、ずるずるとコンクリートの上を滑る。上履きの裏が心配です。抉れて削れてくに決まってる。あと二年半履くつもりなんだけどな。成長した場合は別だけど。いや、するに決まってるから大丈夫だ。抉れたって、大丈夫だ。まだ成長期なんだから、いつかまークンを追い越す日だって来るかもしれないんだ。そしたらきっと、この手の大きさだって気にならなくなるに決まってる。間に鞄を挟んで、それでも満足そうなまークンの隣で息を吐いた。背負っていたシャツを羽織りなおす。散々カルピスを拭った白いシャツはすこし汚れてしまった。乾いて見えなくなっても、洗ってなくなってしまっても、きっと残る。


( 山田とまークン。身長を気にしてる。 / お茶にごす。 / 20090301 )