I t ' s   a   f i n e   V a l e n t i n e 's   D a y /  月 曜 日 の 逡 巡 と 休 憩 所 で の 邂 逅


ぱきん、と割り箸を割ったサッチが、「じゃあお前はエースにチョコレートをもらったのか」と随分ほっとした声で言うので、「ああ、まあな」と味噌汁に手を付けながらマルコが頷けば、サッチは少し考えた後に、「お前1カ月後に何かやるか?」とマルコに尋ねた。1カ月後。ホワイトデーのはなし、だと気付いたマルコは、「まあ、適当にな」と鷹揚に頷く。すると、サッチははああああああ、と大げさな溜息をついて天丼の前に突っ伏した。どうでもいいが、ここは昼時の定食屋で、店内はわりと相当込んでいるので、中々箸を付けないサッチに刺さる視線はかなり厳しい。本人がまるで気にしていないので意味はないが。

「いいから食えよい」と、こちらは親子丼を食べながらマルコがサッチを促すと、サッチはのろのろと身体を起こして、適当な仕草でししとうの天ぷらをもぐもぐと齧っている。まずそうに食うな、と指摘しそうになったマルコは、ものをうまそうに食べる人間が好きだった。だからエースの、気持ち良く皿を空にしていくスピードと良い、幸せそうな顔と良い、一緒に物を食べるにはパーフェクトと言っていい態度もとても好きだった。ホワイトデーにはちょっと良い店に連れて行ってやるのも良い、とぼんやり鶏肉を齧っていれば、「俺あの子に何やったらいいと思うよ」とサッチがぽつりと漏らすので、「何でもやったらいいだろい、いつものように化粧品でもアクセサリーでも小物でも」と、女に対する贈り物を選ぶことには事欠かなかった2年前までの事を揶揄してやれば、「そう言うの喜ぶと思ってんのかエースの友達が」とひどく暗い声で言われて、ようやくマルコは思い出す。「ああ、お前サボにチョコもらったんだってな」と今さらのようにマルコが言えば、「今まで俺が何の話してると思ってたんだよ…」とアナゴの端を咥えたままサッチはうらみがましく呟いて、しかし慣れているマルコは「毎年と同じ女子からもらったチョコの話だと思ってたよい」と散らされた三つ葉の茎をさくさく噛んだ。それから、「いいじゃねえか、飯でも連れてってやれば」と気楽にマルコが言うと、「だって俺あのことほとんど接点ないんだぜ?」とひどく困った声でサッチが答えるので、マルコは首を傾げながら「あっちはお前に世話になってるらしいが」と告げる。告げられたサッチは、「ええ?俺知らねえけど」とさらに眉を下げて返すので、わけのわからないマルコは「何かの間違いだったんじゃねえかい」と気休めを言ってみたが、エースの言葉を疑うことはないし、そもそもそんなことをする意味もない。エースからだったら、エースははっきりそう言うだろう。俺にはそうしてくれたし、と、マルコが3分の1ほどになった親子丼をまた一口放り込めば、「しょうがねえからエース経由で会うか…」と、ようやく半分ほど天丼を食べ進んだサッチが憂鬱そうに呟くので、「だったら俺がエースに伝えてやるよい」とマルコはサッチに言った。「ああ、助かる」と普段ならエースを構いたがるはずのサッチが素直にマルコの言葉を受け取るので、これはこれで珍しい反応だな、とマルコは思う。普段なら本当に適当なものを簡単に見つくろって、簡単に相手を喜ばせる人間だと言うのに。まあ男子大学生から、それもろくに知らないような相手からバレンタインデーにチョコレートをもらったら驚きもするだろう。もう短いとは言えない期間を過ごしているエースからのものでさえ、マルコもびっくりしたのだし。驚きのベクトルがマルコとサッチとでは随分違うような気もしたが、それはまた別の話である。

かつ、とどんぶりの底まで空にして、無言で手を合わせたマルコに、「お前それエースのが移ったのか?」と慌てもせずに水を飲むサッチが尋ねるので、そういえば食前と食後にきちんと挨拶をするのは、エースのそれが好ましかったからだと言うことにマルコも気付く。しばらく無言だったマルコは、「良く一緒に飯を食うからよい」と言い訳にもならないような言葉を吐いて、サッチも「そうか」とさして興味もなさそうな声で頷いたのだった。

(困惑するサッチ / 会社員マルコと人事のサッチ / 現代パラレル / ONEPIECE )