I t ' s   a   f i n e   V a l e n t i n e 's   D a y /  閉 店 間 際 の ス ー パ ー で


土曜日にチョコレートを買いに行ったエースとサボは、それからまたサボの部屋に戻ってぐだぐだと休日を過ごしていたのだけれど、サボは月曜日の朝エースにチョコレートの包みを渡して、 「俺はサッチさんとめったに会えねえから、お前当日俺の分も頼むな」と、それはもう良い笑顔で言い放った。じゃあなんで買ったんだよ、と突っ込みたかったエースは、しかし2泊3日も世話になったので(文字通り衣食住的な意味で)反論できないまま妙に高級感溢れる艶やかな紙袋を受け取った。中を覗いてもシンプルな紙包みしかなくて、「お前俺にくれたような奴にしねえの?」とエースが聞いたら「お前だってしなかっただろ」とサボは答えて、エースも結局ふたりで食べてしまったリボンと紙の花と鮮やかな包装紙に包まれたチョコレートを思い出す。あれはあれでうまかったし笑えたけれど、今渡されたものと、ついでにエースの鞄の底にしまわれたものと比べれば、値段が3倍くらい違うような気がした。「まあそりゃそうか」とエースのサボの関係を鑑みて頷いたエースは、「行ってきます」とサボに手を振ってサボの部屋を後にする。「いってらっしゃい」と言ったサボは、5階のベランダからも手を振ってくれた。ああいうところがいい奴だと思う、と改札に定期を翳しながら、エースはチョコレートの事を半分忘れていた。

そして水曜の夜である。エースはいつも通りバイトに行って、いつも通り上司と一緒に電車に乗って、さらにこれは最近始まったことなのだけれど、一緒にスーパーに行った。
きっかけは2か月程前に、いつも通り飯を奢ってもらった後、「マルコ主任は料理しないんですか」と尋ねたところから始まる。マルコ主任は何を考えたのか、しばらく首を捻った後で「大した腕でもねえが、そのうち食いに来るかい」と言って、 エースは冗談だと思って「いいですね、そのうちぜひ」と話を流したつもりだったのだか、それから2週間ほどして「飯食いに来いよい」と言われてもう何度目かになるマルコ主任の家に行くことになった。振舞われたのは焼いた肉と千切っただけのサラダと隊ただけのご飯、だったけれど、他人が作った手料理と言うものを久々に食べたエースは(サボは作ってくれないのだ、めったに)少しばかり感動して、人様の台所だと言うのに味噌汁と煮物を追加してしまった。「料理、するんじゃないですか」と笑いながら言ったエースに、「お前の方がよっぽど上手だろい」と目を伏せるマルコ主任が少しばかり照れているようにも見えたので、エースはまた笑ってしまった。誰かと食べる飯はそれだけでもうまいが、誰かが自分のためだけに作ってくれる料理と言うのはまた格別だとも思った。それから、エースとマルコ主任は時折ふたりで料理をしている。場所はほとんど広さのあるマルコ主任の部屋で、時折酒が入ることもあった。「そう言えば飲みに行ったことはなかったよい」と、缶ビールを片手に呟いたマルコ主任は、とぷとぷとエースのグラスにビールを注いで、自分は缶にそのまま口を付ける。 「またそのうちサッチさんも誘って行きましょうよ」とエースが言えば、「あいつ酒癖も悪いんだよい」と他に何が悪いのかわからないが(部屋は汚いらしいが)マルコ主任が苦々しく目を反らすので、「じゃあサボも連れて行って、サッチ主任を任せておきましょう」と何気なくエースは言った。サボは破天荒なルフィと、不本意だがエースの親父や赤髪やルフィの祖父と、ついでにエースのせいでダメ人間の相手がそれはもう上手なのである。前に焼肉おごってもらった恩もあるし、とビールに口を付けながらホッケを毟ってその夜は終わった。
で、今日もまた食材を買いにスーパーまでやってきたマルコとエースは、基本的にマルコが食いたいものをビニールかごに放り込んで行く。エースに嫌いなものはないし、旨いものなら何でも好きだったから、そのほうが合理的だった。野菜、肉、魚、惣菜まで通って、レジに向かう最中、明るい色の一角があると思えばバレンタインコーナーである。だいたいが茶色とピンクと赤で構成された空間をなんとなくエースが目で追っていると、「食いたいのか」とマルコ主任が尋ねるので、「いや、別に」とエースはあいまいな返事を返す。ただちょっと、ここで売られているようなチョコとエースが用意したチョコとでは値段と質に随分差があるな、と思っていたとはとても言えないエースは、「そうかい」と言ったマルコがすたすたと歩いていくのを小走りで追いかけた。今日もまた、金は払えなかったけれど。

閉店間際のスーパーを後にする頃には、空気が張りつめるほど冷たくなっていて、エースははあ、と白い息を吐く。エースは寒さに強い方なので別段辛くはなかったが、ちらちらと星が瞬く冬空はひどく寒々しい。下手をすると雪が降るんじゃないだろうか、と思い出せな合い天気予報をちらりと脳内に浮かべて、今は乾いた地面を踏みしめる。駅から2分のスーパーから、さらに3分歩けばマルコ主任のマンションだった。慣れた手つきでオートロックを外すマルコ主任は、マルコ主任の家に行く時はなぜか毎回全ての荷物を持ってくれていて、普段持たされる側のエースは何となく手持無沙汰だったが、家主がそれでいいというものを押し掛ける側が強要するわけにもいかない。申し訳ないような気分になりつつ、ぱちりと電気を付けたエースは、玄関脇のバスルームに荷物を置いて、とりあえず手と顔を洗う。インフルエンザ予防には顔も洗うと良い、と言っていたのはたしか職場でひとり感染者が出た時のマルコ主任で、それからエースはなんとなくそれを守っている。別に罹る気もしなかったが。エースと入れ替わりに手を洗うマルコ主任の後ろをすり抜けて、リビングに面したキッチンの冷蔵庫を開けた。今日買ったもので、今日は使わないものを適当に詰めながら、賞味期限の近い卵と無塩バターと、ついでに牛乳も取り出して、今日買った卵と一緒にシンクに並べる。飯は仕掛けてある、と言ったマルコ主任の言葉通り、3合炊きの炊飯器からは湯気が立ち昇って、腹減ったなあ、とエースは思った。かちん、とひとつ卵を割ったところで、スーツから部屋着に着替えたマルコ主任も加わって、ふたり並んでも広いキッチンでオムライスとスープと、ついでにマルコ主任の希望でなすと豚肉の煮物を作った。「こういう無節操な食卓って実家っぽいですよね」と食い合わせを気にしないエースが感想を漏らせば、「俺の家ではこういう料理はあんまり食わなかったよい」とマルコ主任は返して、そういえばこの人の家族の話って聞いた事ねえな、と、兄弟愛がだだ漏れなエースは今さら思ったのだけれど、「いただきます」と律儀に手を合わせるマルコ主任と一緒にスプーンを手に取ったら忘れてしまった。マルコ主任の作るオムライスは、とても上手だった。

ついでに、食器を洗って帰ろうとしたエースは、「夜食にでも食えよい」と何の変哲もないチョコレート菓子を渡されて、少しだけ動揺した。レジ脇に置かれていた赤い箱はエースも目にしていたけれど、いつの間にかごに入っていたんだろうか。袋に詰める間にも気付かなかったことに驚きながら、エースは「ありがとうございます」と受け取って、鞄にそっと収めた。これはただの菓子で、バレンタインには何の関係もないのだろうと知りつつ、台所の隅に置いた紙袋二つの事を考えずにはいられないエースは、「おやすみ」と言ったマルコの声に「ああ、はい、ええ」と適当な返事をして、それから小走りで家に帰った。
澄んだ夜空に近い場所から、その背中が見えなくなるまでマルコ主任がエースを見送っていることに、エースは今日も気付かなかった。

(ナチュラルに飯を作り合う / 大学生エースと会社員マルコ / 現代パラレル / ONEPIECE )