ハ ロ ー 、 水 の 空 / 5 
 

6月の半ば、梅雨の合間を縫うように覗いた青空などには目も向けず、エースはひとり大学の図書室でPCに向かっていた。ちなみにエースのアパートには冷蔵庫とギリギリ洗濯機とベッドとちゃぶ台とその辺で拾ってきた木の台とサボがくれたTVとローがくれたPS3(くれたというかやりに来るだけだ)しかないので、PCの使い方は良く分かっていない。キーボードも右手の人差指で押すし、良く変換を間違えるので普段なら苛立ってすぐに椅子を立ってしまうのだが、今日のエースはそうしたあらゆるものを通り越してひどく真剣な目で画面を見つめている。時おり小さく呟いたり、広げたノートに手早くメモを取る姿はいかにも勤勉な学生そのもので、こっそりと後ろからエース(教え子)の後ろ姿を眺めていた動物生態学助教授のドーマはうんうん、と何か神聖なものを見る目で頷いた。エースは経済学部なので、本来動物生態学などに用はない筈なのだが、なぜか(※もちろん家で白くまを飼おうとしているローのせいである)1年の頃から前期・後期・そして前期と、全ての授業に名を連ねている。レポートさえ提出すれば単位を出す講義なので、ある意味それはただの点数稼ぎなのかもしれなかったが、それにしてもドーマはわりとエースが気に入っていた。やがてチャイムの音と同時にぐう、と伸びをしたエースが、PCの電源は落とさずに(そういうものなのだ)すたすた去っていくので、エースの姿が完全に視界から消えてから、魔がさしたドーマはエースが使っていたPCに歩み寄って待機画面を解除す売ると、かち、と履歴を開く。それは、次の次の時間に入っている動物生態学の(ドーマの)講義に関する内容だったら良いな、というそれなりに淡い期待が込められた行動だったのだが、案の定消されていなかった履歴の羅列を目にした瞬間にドーマは顔色を無くして(青くなるどころではなく白くなって、最終的に灰色になった)辛うじて椅子にへたり込んだ。まさかポートガス君が、そうだったなんて、相手は誰なんだ、そもそも特定の誰かがいるのか、どういう目的で、あんな真剣な顔で、ああいや、動物生態学にも、そう言った症例はいくらでもあるし、しかし相手は、そして彼がどっちなんだ、と際限なく広がって行く思想を押し留める気力もなく、ドーマ助教授はかちかち、とマウスを操作して『アナルセックス』や『男同士 SEX 肛門』や『痛い 男同士 コンドーム ローション』や『ゲイ 性交 初めて』と言った言葉が連なる履歴を全削除した。今度それとなくいろいろなことを注意しよう、と思うドーマ助教授は、純粋にとてもいい人だった。

さて、マルコへの恋心、のようなものを自覚したエースは、それから俄然やる気になって(今まで以上に)ストーカーに マルコの後を追いかけることに余念がない。今まで帰り際だけだった電車通学も、さすがにマルコの最寄り駅までは行けないが、それとなく学校最寄り駅の改札前でマルコを待ち伏せて、それからエースの方が先に歩きだすのだ。歩調を合わせて歩きつつ、途中にあるカーブミラーをちらりと眺めれば、まるでマルコがエースの後を追って来るように見えて、エースはそれだけでひどく幸せだった。とりあえず手段は思いつかなかったが先へ進んだ時のことを考えて、ローとキッドに男同士のあれこれを尋ねてみたらローは顔色一つ変えずに淡々と手段を教えてくれたのだが、その内容がどうにも男女のそれとは大きく異なっているのでエースがふんふん、と真剣にメモを取っていたら、「こいつの言うことを真に受けるんじゃねえ!!!」と真っ青になったキッドがエースのメモをベリっと剥がしてもしゃもしゃ丸めてぽい!と大学の廊下に置かれたゴミ箱(もちろん空き教室で話をしていた)に放り込む。。キッドがはあはあと荒い息を吐いているので、「お前ら普段あんなことしてんの?」と後学のためにエースが声をかければ、ガタン!と机をちゃぶ台返しの要領でひっくり返されそうになったので、「ごめんなさい」と素直に謝っておいた。「もういいのか」と言ったローの声が心なしか残念そうなので、もしかしたら今のはローのノロケだったんだろうか、とエースは思ったが、分かりにくいので放置しておいた。

そうしてまた数週間が過ぎて、夏休み前日の6時半だった。いつも通り茶道部部室の鍵を返しに来たエースは、珍しくマルコがまだ席に座っているので、少しばかり勇気を振り絞って「マルコさん、今日は忙しいんですか」と声をかける。ゆるりと顔を上げてエースを認めたマルコは、ああ、と軽く首を振って、「しばらく会わねえだろうと思ったから、待ってたんだよい」と返してエースの手から鍵を取った。ぱたぱたと片手で顔を仰ぎながら奥に消えるマルコの後ろ姿をじっと眺めつつ、待ってたって何を、とエースが考えていると、換気のためか冷房のためか(節電中なのでクーラーがほとんど入っていないのだ、事務棟には)開け放たれていた窓をからからと閉じて、机を軽く片付けたマルコが、「良い夏休みを過ごせよい、ポートガス」とエースの肩を叩いて事務棟の地下(職員のためのロッカールームがある)に降りて行くので、エースはまず自分の肩をおそるおそる撫でて、この服もう洗わねえ、と心に決めてから、「…おれ、か…?」と小さく呟いた。いつも通りマルコを最寄り駅まで見送ってから、駅のホームで携帯を取り出してキッドを呼び出したエースは、『…はい』と無表情な声でキッドの電話に出たローに疑問を抱くこともなく「なあ俺今死んでも全然悔いはないかも知んないっていうかおれちょっとしあわせが飽和して死ぬかも知んないっていうか死にたくないから幸せすぎるときの対処方法を教えてほしいっていうかマルコさんがちゃんと俺のこと覚えてくれてたって言うか夏休み楽しんでマルコさんに報告したいから三人でどこか行こう海とか山とかプールと行こうもう明日いこうあとTシャツから指紋って取れる?」とまくしたてて、『お前うるっせえよ』と通話を切られた。めげずにかけ直したらキッドが出たので、もう一度同じことを繰り返したら、『お前がもうどうしようもねーのは良く分かった』とひどく細い声で言われて、「だってすきなんだもん」と真面目に言ったらぷつっと通話が途切れて、それきり何度かけ直しても留守電にしかつながらなかったので、1分ずつ10回くらいマルコへの思いを滔々と語っておいたら、その夜バイト先にローとキッドが乗り込んできて思い切り説教されたが、概ねエースは幸せだった。とりあえず、3日後にプールに行く約束をしてくれたローとキッドにはポテトフライを奢っておいた。

(えーと…/原案:和泉さん/キモいエース×ダサいマルコ(とロキド)/現代パラレル/ONEPIECE)