I t ' s   a   f i n e   d a y / 大 学 最 寄 り 駅 の 駅 中 で



「エーース!サボーッ!」と、叫びながら全速力で電車から飛び降りてくるルフィを、エースとふたりがかりで抱きとめて、サボは薄く笑い交じりの溜息を吐いた。相変わらず何事にも全力投球な弟である。ルフィは今朝、サボやエースが生まれ育った島を船で発って、新幹線と特急を乗り継いでようやくここまでやってきたのだ。昨夜からサボの家に泊まり込んでいたエースは、サボが不憫になるくらいルフィの心配をしていて、それこそ島まで迎えに行きかねない勢いだったのだけれど、それでは本末転倒だとエースの首根っこを押さえるように、それでもルフィが到着する1時間以上も前からホームで携帯電話とにらめっこをしていたので、実質はサボもエースとほとんど変わらないのだった。自分より危ない奴がいると冷静になれるよな、と、ぐしゃぐしゃとルフィの髪をかき混ぜながら、先ほどまでの動揺も微塵も感じさせないまま余裕ありげに笑うエースの顔を眺めつつ、「よく来たなルフィ」とサボもにっこり笑った。

春休み以来の感動の再会を喜んでいた三人は、しかしルフィの腹が地響きのような音を立てて鳴るのでひとまず身体を離す。「ルフィ、朝から何か食ったか?」とエースが尋ねれば、「船のおっちゃんがもたせてくれた飯と、駅弁買ったけど、寝て起きたら腹減ってた」とルフィがはきはき答えるので、それじゃ足りねえな、とサボがちらりと時計を確認すれば、まだ夕食には少しばかり早い。先に行ったっていいのだが、食べ放題の制限時間は2時間なので、あまり早すぎると寝るまでにルフィはまた腹をすかせるのだ。家に帰ってからルフィの飯の支度をするのは正直しんどい、と思ったサボは、「とりあえず何か食おう、な?」とサボは駅構内のカフェに二人を誘導する。もちろん値段は安めのところである。それでも覚悟していたサボをよそに、ルフィは随分遠慮した量を頼んだ上に、前払いのカウンターで自分の財布を出すので、「ルフィ、」とエースが制しかければ、「俺だってバイトしてんだ、エースたちから全部もらう必要はねえよ」とやけに男前な顔で笑って言うものだから、サボは思わずキュンとした。ルフィ、お前いつの間にそんな気遣いができる子に。なんとなく顔を見合わせて笑ったサボとエースは、オレンジジュースとコーヒーとルフィ用のデザートをトレイに乗せて、ルフィが座るカウンター席に歩いていく。ルフィを挟む形で椅子を引けば、「子供扱いするなよ」とルフィは軽く口をとがらせるのだが、子供扱い荒れていることがわかるようになっただけ、ルフィは大人になったのだと感じるサボの心境は、兄と言うよりもうほとんど母親に近い。もともと半分エースの家で育ったようなルフィとエースと、どんなにころころ良く遊んでもほぼ毎日家に帰っていたサボとでは、距離が違うのだ。微妙に。ぽとん、とコーヒーに角砂糖をひとつ落としてくるくる混ぜながら、他愛のない話で笑いあう兄弟を眺めながら、サボは薄く目を細める。それをさみしい、と思う時期はとうに過ぎて、今は客観的な自分の思考回路が割と嫌いではないサボだった。言うほど、思うほど冷静でも外れてもいないと言うことを指摘してくれるような人間が、サボとエースとルフィの周りにはいなかった。

やがてサボも交えた会話はゆるゆると交戦して、混線して、脱線しつつ、エースの夏休みの話へと繋がる。「それにしても、ジジイがよくこんな時期に家を出してくれたな」とエースがしみじみ呟けば、「それだ」とルフィは不意に眼光を強めて、エースに向き直った。ずっ、とオレンジジュースを啜ったエースは、「なんだよ?」と軽く笑いながらルフィの視線を正面から受け止めたのだが、

「なんでエースは夏休み帰ってこねえんだ?」

とルフィに言われた瞬間、ひどく殴られたような驚いた顔をするので、サボの方がもっと驚いた。「え、…だから、就職活動中なんだ、兄ちゃん」と、しどろもどろに弁解するエースの表情はほとんど困惑に近くて、サボはますます首を傾げるのだが、エースもルフィも後ろのサボには一切構わず話を続ける。「就職はもうできるんだろ。母ちゃんが言ってた」と、ここでルフィが言う「母ちゃん」はエースの母親のことだ。美人で若くて細いのに、笑いながら怒ると怖いひとである。ごく普通のおばさん、なサボの母とは昔から仲が良かったらしくて、サボのしつけは半分エースの母親がしている。ただ、少しばかり神経質なサボの母と違い、理不尽なことで腹を立てるようなことはなかったから、サボもエースもルフィもエースの母親の前で委縮するようなことはない。その点がじいちゃんとの相違だな、と豪放磊落と言うか傍若無人と言うか、そんな祖父を思い返しつつ、サボの目は遠い。「母ちゃんも帰って来いって言ってたか」とエースが真剣な目で問いかければ、ルフィは僅かに身を引いて、「エースの好きにすりゃいいって言ってた」とそれでも正直に答えるので、エースは僅かばかり安堵したような顔で、「俺は、今年はこっちでバイトした方がいいと思う」と言った。サボの位置からルフィの表情は伺えないのだが、まだ薄い背中が強張る様は見えて、サボはそっとルフィの背中に触れる。温かい背中だ。「 そんなに厳しいのか?今バイトしねえと、もう雇ってもらえねえのか?」と、重ねてルフィは尋ねて、エースは困ったような声色で「そんなこともねえと思うんだが、」と歯切れが悪い。まあそりゃあな、とルフィの背骨をゆっくり支えながらサボが見守っていると、「だったら帰ってこいよ」とルフィにしてはずいぶん静かな声が聞こえた。「バイトだったら、いつも通りじいちゃんとこでしたらいい。俺もいるし、…エースがいたらサボも帰ってくんだろ?」と、不意に振り返るルフィの目があんまり丸いので、サボはとっさに「あ、まあ、」と曖昧な答えを返してしまって、エースの視線もルフィの批難も痛い。ごめん。「…エースもサボも、島が嫌になったのか?」と、エースとサボの顔を交互に眺めながらルフィが尋ねるので、そこは違う、とサボは顔の前で手を振った。エースは顔自体をぶんぶん振って、「そんなことはねえし、全部帰らねえわけじゃねえって、最後2週間は、」と言いかけたのだが、「その頃にはクラゲが出るからもう泳げねえじゃねえか!」と、とうとうルフィが声を荒げるので、サボはあーあ、と思うと同時に、やっぱり「エースが困惑している様子に大きくため息をついた。しばらく会わない間に、ルフィのブラコンぶりにもそれはもう磨きがかかっている。エースが何を心配していたのか分からないが、先日のサボの言葉はもちろん冗談だった。ルフィがエースを、ついでにサボを、忘れるわけがない。そもそもルフィの許容量はそれはもう多いので、ルフィの中にはエースの位置とサボの位置がもうきちんと確立されていて、そこにはそれぞれエースとサボしか入れないのだった。「ルフィ、」と声をかけようとしたサボは、しかしルフィの言葉に二の句が継げなくなる。

「だって就職したらもう帰ってこれなくなるじゃねえか」

父ちゃんと母ちゃんみてーに。と、零されたルフィの声は震えてもいないのにひどく寒々しくて、サボは開いた口をそっと閉じた。エースとサボが兄弟ではないように、エースとルフィも実の兄弟ではない。エースもサボも「祖父」と呼んでいる、ルフィの祖父のガープの兄弟がエースの祖母で、ルフィの祖母の兄弟がサボの祖父で、ルフィの父親と、エースの母親と、サボの父親が従弟で、だからエースとルフィと、ルフィとサボはまたいとこになる。のだろうと思う。エースとサボは血がつながらないし、ルフィとだってかなり薄いものになるのだが、それでも遠い親戚である、と言うだけで幼い頃は嬉しかったものだ。そしてルフィの父親と母親は、ルフィがまだ幼い頃海外に行ったきり、ほとんど島に帰らない生活をしている。サボとエースは、ルフィの両親が何度もルフィを呼んでいたことを知っているし、その度にガープじいちゃんが【お前らが帰ってこんか!】と一喝していた姿も、ルフィがエースとサボの手を握って笑っていた姿もひどく鮮明に覚えているので、それを言われるととても弱いのだった。そもそも進学自体、ルフィには反対されたのだし。だんだん下がる頭を無理やり持ち上げて、ルフィの先に視線を送ったサボは、目の前のエースがひどく優しい表情をしているので、エース、と声には出さずに呟いた。ルフィに気付かれない程度に、ごく軽く頷いたエースが、そっとサボを手招くので、あ、とエースの意図を理解したサボは、ぎゅ、とカウンターの上で握られたルフィの手を攫って、ルフィが反応する前に、エースとふたりでぎゅう、とルフィを抱きしめる。サンドイッチの要領で。「ぐえっ」と潰れる蛙のような声でなくルフィを、それでも力を抜くことなく締め上げて、「馬鹿なこと言うなよ」とエースは呆れたような声で言った。ただし、その声にルフィを咎めるような色は少しも含まれていない。言葉はただの言葉である。そのままルフィの耳に頬を当てるようにして、「俺たちがお前を放っておけるわけないだろ」とエースが笑うので、サボも便乗して「いつでも帰るさ」と呟いた。「うそつけ」と言ったルフィの声はまだ強張っていたけれど、「嘘じゃねえよ」「嘘で言えるかこんなこと」とエースとサボが否定すれば、随分緊張していた背骨はとてもやわらかくなって、サボは手を伸ばしてルフィの髪を撫でた。エースは、同じようにルフィの肩に触れている。「…嘘にするなよ…?」と、ルフィが呟く頃には、サボの体温もエースの体温も、すっかりルフィに同化している。

これは、サボとエースとルフィがほんとうに幼いころから続けている仲直りの方法だった。膨れているひとりを、他のふたりが両側から抱きしめて、根を上げるまでハグし続ける。3人がそれぞれ好き放題育ったせいで、少しばかり窮屈になってしまったが、それでもまだこの手法は効果があるらしい。俺だってきっと今も嬉しいだろうしな、と随分前になるサンドイッチハグを思い出してサボが口を緩めれば、エースとサボに挟まれたルフィの腹が一際大きくなって、「腹減った」と言うルフィの声はもうからりと乾いている。ふっ、と笑ったエースとサボがそっと両腕を離せば、ルフィの頬にはエースの服の皺が付いていた。サボがおしぼりで皺を伸ばしつつ、「じゃ、そろそろ肉食いに行くか」と提案すれば、「行く!」とひどくキラキラした目でルフィは答えて、サボはそれはもう深く息を吐いた。ルフィにはひどい話だが、サボはひとりで島に帰る気がしない。ルフィだけでは足りず、エースがいなければ、サボは両親のいるあの島で生きていけないのだった。トレイを重ねながら、ルフィとハイタッチするエースを眺めながら、あのふたりの仲が良くて本当に良かった、と紙コップを握りしめるサボは、公衆の面前で男二人に抱きついたサボ自身が十分仲良しだと言うことに、やっぱり気付かないのだった。

(ASLがすきすぎる/ 大学生エースとサボと高校生ルフィ/ 現代パラレル / ONEPIECE )