I t ' s   a   f i n e   d a y /  水 曜 日 の サ ボ の 部 屋 で


「というわけで今年の夏休みは地元に帰らないことにした」

と、幾分ドヤ顔で言い放ったエースが持つ、少しばかり茶渋で汚れた茶碗の縁を眺めながらサボは溜息を吐いた。そろそろ面倒くせえな、とあらゆることにたいして思いながら、それでも付き合いの長いエースの事なのでしかたなく「何が『というわけで』なのかさっぱりわかんねえよ」と一応突っ込みを入れておく。半眼で。エースのバイトがない水曜日、「講義のあとで寄っていいか?」と珍しく朝から電話してきたエースが尋ねるものだから、家で渡したいものもあったサボが鷹揚に頷いて、その8時間後である。エースとは対照的に、ベッドを置いて椅子に座る生活をしているサボの部屋で、それでもクッションを抱えてフローリングに座り込むエースを一段高いところで見下ろしながら、サボも自分でいれた日本茶を一口啜った。ちなみに100円ショップで78袋105円の紙パックだ。エースと半分にして、思い出した時に飲んでいるがなかなか減らない。ついでに麦茶は近所のスーパーで54袋118円の特価で買った。所帯じみている、としみじみ思うが、これはこれで楽しいのであまり気にしないサボである。ともあれ今はエースの話だった。「帰らないのはいいとして、お前ルフィはどうする気だ」とサボが尋ねれば、「あいつは俺たちがいなくても楽しくやってるだろ」とあっさり言うエースへ、『俺たち』とサボも括られていることに気づいてもスル―したサボは(エースがいるならサボも残ることに異論はない)、「あいつ自身はいいだろうけど、問題は今後の対・俺たちだって」と続ける。ん?という顔で首を傾げるエースに、「そもそも三カ月単位でいねえ俺たちが、たまの夏休みにも帰らなくなったらいよいよルフィ俺たちの事忘れるぜ」と重々しくサボが告げると、「あっ」と口を開いたエースはそのまましばらく固まっていた。ルフィには悪いが、エースもサボもルフィの脳内についてはあまり出来がいいと思っていない。サボが「やればできる」タイプで、エースが「やりたいことはできる」タイプだとしたら、ルフィは「やりたいこととやらなくてはいけないことが合致しない」タイプである。ルフィが生まれた時から傍にいるエースとサボだから、年に三回長期休暇に帰るだけでなんとか繋ぎとめていられるが、それにしたって次の休みまで半年、それだけ帰らなければさすがに忘れられてしまう可能性がない、とは言い切れないのが悲しい。ああそうか…そうだよな…とぶつぶつ呟くエースがクッションに顔を埋めて唸っているので、サボはくるりと幾分ぬるくなったカップを廻して、ぴょんぴょん好き放題跳ねるエースのつむじあたりを眺めている。悩むことなのか、というのがサボの感想だった。そもそもエースと言う人間は、ことルフィに関して尽力を惜しまない。それはサボも同じだったが、エースのそれは時に献身的、というだけではありえないような自己犠牲すら発揮して、しかもまるでそれを意に介さないところがある。末恐ろしいのはその少しばかりわかりづらい溺愛を一心に受けるルフィがそれをまるで苦痛とも、愛しいとも感じていないところだ。サボとルフィは仲の良い兄弟で、サボとエースは仲の良い悪友だが、エースとルフィはただの、兄弟とすら言えない家族である。溢れるほどの愛情を注ぎ、溢れるほどの愛情を返す様を、すこしばかり乗りきれなかったサボは黙って見ていた。いつも三人でいた、とエースは言うが、本当は少し違うことをサボは知っている。サボとルフィ、エースとルフィ、サボとエース、それは常に一対一の関係だった。二対一にも、三対零にも決してなれなかった。そのエースが、たかだが就職活動のために(というのは語弊があるが、あくまで基準をルフィとして)ルフィとの2ヶ月半を犠牲にしようというのだからサボにはもうすでに理解の範疇を超えている。だってお前高校で出来た彼女ルフィのために2回振っただろ、というのはエースにも彼女にもあまりにもあんまりなので口には出さない。むしろ恐ろしくて出せない。

それでもああだのううだの唸っている、数か月だけ年上の兄弟のような幼馴染が大事なわけではないサボが、「じゃあまあ、一度こっちに呼ぶかルフィ」とエースの頭にマグカップを置いて言えば、「え」とまた呟いて顔を上げたエースの前髪に癖がついているものだから、サボは「ちゃんとしろよ」とさらりとエースの額を撫でつけた。と、なぜか一瞬血を上らせたエースがサボの手を抑えるので、「なに」とサボは驚いて手を離したが、「や、…なんでも」ない、と言ったエースがすとんと右手を落として、「俺たちじゃなくてルフィを呼ぶってのは、いい考えだな」と至極真面目で答えるので、「だろ」と薄く笑ったサボはそれ以上追及しない。「前からルフィは来たがってたし、高校も期末は終わったころだし、土日に来いって言えるな」と、サボともエースとも違うルフィの高校の試験期間を正確に把握しているエースはすらすらと言って、その手で携帯を握る。飾り気のない白い携帯の、端にひとつだけ着いた根付けはエースとルフィと、そしてサボとでお揃いのものだった。ルフィの携帯には女子からもらったぬいぐるみやらキーホルダーがじゃらじゃら着いているし、サボは携帯ではなく財布についているが、それはそれで悪くはない。「…よおルフィ、ああ、久しぶり…おう、…そうか、それでな、今度の土日、」と、たいして感情も込めずに淡々と告げるエースの予定には当然のようにサボが含まれていて、サボの週末はエースとルフィと三人で焼き肉の食い放題に行くことに決まっているらしい。そういや学校の最寄り駅で割引券配ってたな、と思い出したサボがごそごそと鞄の外ポケットを探って、電話中のエースに掲示すれば、エースは大きく笑ってVサインを突き出した。いや喜びすぎだろ。エースやサボの住む街で探したっていいのだが、ルフィが一緒だと確実に出入り禁止になる未来が見えているので、あまり馴染みのある場所は避けたい、というのがエースとサボの暗黙の了解である。店中の肉を食い尽す、とまではいかないだろうがそれでもごっそり肉を攫うだろうルフィの姿を想像して、サボは今から胸やけがするのだった。

「じゃあ、」と電話を切りかけたエースがちらりとサボを見やるので、サボが黙って首を振ると、「サボもよろしくってよ」とだけ言ってエースはぱちんと携帯を閉じる。「週末来るって」と全部聞こえていた会話を、それでもエースがサボに報告するものだから、「ん、じゃあお前枕持ってこいよ」と二人分しかない寝具を思い出してサボは言った。「ルフィに枕はいらねえだろ」と、寝ぞうが悪い上にサボやエースの身体中を枕にして寝るルフィを指してエースが笑うので、「それでも客は客だ」とサボも笑いながら答える。はあ、と息を吐いたエースの問題は解決したので、サボはそういえば、と思いながら「なあエース」と声をかけた。「なんだ」とすっかり冷えた(といっても夏だから生ぬるい)日本茶を啜りながら目を上げたエースに、「見せてえものがあって」とエースを乗り越えるように枕の下に手を突っ込んだサボは、「なになに」と顔を寄せたエースに向かって「これ」と正方形の箱を突きだす。「…ゴムじゃん」と、まじまじ見た後でエースが興味を失くしたように目を反らすので、「いやいやいやただのゴムじゃねえって、ほらここ、「K○NSAI Y○MAMOTO」って入ってるだろ?山○寛斎!山本○斎ブランド!!」とサボがまくしたてれば、「はっ?!」と一瞬目を見開いたエースがサボの手から箱を取って、「うっわマジだ」と笑いを含んだ声で言うものだから、「な?すげーだろ?!もーコンビニで見た瞬間からお前に言おうと思って!」とばしばしエースの背中を叩きながらサボも笑った。「っていうか本物?ほんとにあの?」とくるくる箱を廻しながらエースが言って、そうだよこの反応が欲しかったんだよ、とぐっと拳を握ったサボは「たぶん、ググったら出てきたし」と頷いて、「というわけで思わず相手もいねーのに買ってしまいました」と告白したらエースはクッションに突っ伏して肩を震わせている。いやお前もいねーだろーが。予想はしていたものの面白くないサボは、震えるエースの手からゴムの箱を取り上げて封を切ると、無造作に中身を取り出してエースに握らせた。「え、…なに」とまだ笑いながらエースがサボを見上げるので、「それお前のノルマな」とサボは心持ち顎を上げてエースを見下すように笑う。「いらねーよ」とエースが手の中身を(具体的には6個分のゴムの包みを)サボに返そうとするのを、「お前との会話でネタにしようと思って900円も使ったんだからお前も450円分くらいは消費しろよ」と言ってサボはエースの手を押し包んだ。「いや、…ネタのために1000円近くっておま、…お前…」と呟いたエースがまた吹き出すので、「だって笑えるだろうが」とエースの手を握るサボの掌も小刻みに震えて、もう言葉にならなかった。

というわけで、エースの鞄の中には今、使い道のないコンドームが6個転がっている。

(核心に近づいて行くサボ/ 大学生エースと大学生サボ/ 現代パラレル / ONEPIECE )