I t ' s   a   f i n e   d a y / 昼 下 が り の 学 食 で


「お前そりゃおかしいだろ」と、目の前3人前のAランチときつねうどんを汁まで飲み干してカレーに移ったエースにサボは言った。エースは、カレーをスプーンと水で流しこむようにしながら、一度口の中の物を飲み込んで、それから「何が?」首を傾げる。3次現目が休校のサボと、2現目まで終えてバイトまでの暇を潰すエースは、ふたりが通う大学の学食で遅めの昼食を取っているところだ。今でこそ電車で2駅程離れた場所に住んでいるが(予算の関係だ)、地元の実家は徒歩10歩の距離で、直接血の繋がりはないものの遠い親せきに当たるふたりは、ルフィも含めてほとんど兄弟のように一緒に育っている。幼いころは、どちらともわずかに血のつながったルフィの兄の座を争ってよく喧嘩になったものだった。最終的にはいつでも、「どっちも兄ちゃんだ」というルフィの言葉で落ち着くのだが。小、中と、2人で-ルフィも一緒だったが、いかんせん3歳離れてしまうと一緒にできないこともたくさんある-ろくでもないことばかり繰り返したサボとエースの進路は、高校で一度別れている。それなりに頭の出来が良くて家が金持だったサボは私立の進学校に、手に職を付けたくてごく普通の家に育ったエースは公立の商業高校に、それぞれ進学した。もちろん徒歩10秒の上に、ルフィがいたサボとエースの関係は、そこまで大きく揺らぐことはなかったが、それでも授業中も休み時間も放課後も、一緒に過ごした15年とは比べ物にならないほど希薄な3年だったことを覚えている。

だから、というわけでもないが、サボとエースは最後まで大学の志望校を教え合うことがなくて、ルフィが「どっちも県外に行くなんて聞いてねえ!」と騒ぎ出すまで、つまり合格発表が終わるまで同じ大学に受かったことを知らなかった。当然のように知っていたサボとエースの両親やジジイの間では、ふたりが示し合わせたものだと思われていたらしい。そんなことはしていない、と後から取り繕ったところで生温かい視線は外れず、そもそも相談しなかったとはいえ、サボはわざわざ評判の良い情報科のある大学を、エースはエースで学力より随分背伸びした大学を目指した時点で、何も考えなかったとは言えなくなっている。とはいえ、いつまでもふたりで生きて行く気もなかったサボとエースは、親同士の間で進められていたルームシェアの提案をきっぱり断って、学費と家賃以外は奨学金とバイトで一人暮らしを始めた。大学まで3駅のサボと、そこからさらに2駅くだったエースの部屋は、そんなわけであまり上等ではない。サボの部屋は築浅でオートロックだがその分狭いワンルームマンションの4階、エースの部屋は築22年で汚い分そこそこ広めな1K木造アパートの1階である。ちなみに洗濯機置き場はどちらも外である。というわけで、徒歩10歩の実家時代とは、高校時代と比べても格段に交流の減ったふたりではあるが、それでも暇を見つけてはこまめに連絡を取って飯を食ったりお互いの部屋で寝泊まりしたり、していた。3年間。

そうして3年目の、今は就職活動真っ最中な6月の初めである。とはいえサボは2年の春休みに受けた某大手証券会社に内々定をもらっているし、エースはエースで希望職種とは異なるがそれなりに業績のいい編集社の最終面接まで残ったと聞いていた。詳しい話は、エースが口を閉ざすので聞いていないが、同じ会社でのバイトも続いている。そもそも、どうも気乗りしない顔のエースの尻を叩いたのは他ならぬサボで、バイトの時給をを聞いた瞬間に「割が良くて勤務時間に融通の効くバイト探してただろ、迷うんじゃねえよ」と有無を言わさずに電話をかけさせたのだった。だから、「今夜バイトが終わったら飯食いに来ないか」と誘ったサボの言葉を、「バイトが長引くかもしれねえから」とエースが断ったのなら、サボは何もおかしいとは思わない。少しばかり金銭感覚のおかしい両親(それなりに裕福なので問題はないのだが、それにしても)を反面教師に育ったサボの一人暮らしはごく清貧で、バイトのありがたみを良く分かっているものだから、エースに損がなければいいと思うだけだ。けれども、きつねうどんの油揚げを半分方飲み込んだエースは、ごく普通の顔で、

「バイト先の主任が飯奢ってくれると行けないからパス」

と言った。エースのバイト先は大学から1駅下ったところ、つまりサボの家からは1駅の位置にあって、今までのバイト先もほとんど大学近くで見繕っていたエースがバイト帰りにサボの家にやってくるのはそれなりに当たり前のことで、いつもなら飯につられて二つ返事で了承されるに決まっていたというのに、他の誰かとの、しかもそれが決定項目ですらない仮定の話だということに、サボはわりとショックを受けている。何が、と問い返したエースに、「もう決まってることで断られるのは分かるが、そうじゃねえなら理由にはなんねえと思うぞ」とサボが答えれば、エースは「まあ、そりゃそうだな」と言って、最後のカレーを口に運んで水を飲んだ。ごくり、とエースの喉が上下するのを見ながら、小鉢のヒジキを攫ったサボは、続けて「飯は食わねえかもしれねえけど、一緒に帰るのはたぶん決まってるから、やっぱダメだ」と言ったエースの言葉に、掬ったヒジキを零してしまった。ばらばらとトレイの上に落ちたヒジキを指して「何やってんだよ」と笑うエースはいつも通りで、けれども一瞬聞き間違いかと思って「誰と、どうするって?」と返したサボの耳には、やっぱり「主任と一緒に帰るって。最寄駅が同じなんだよ、俺ら」と言うエースの声が聞こえて、結局ヒジキはぶちまけられたままである。「ちなみにその主任って幾つ?どんな人?」と尋ねたサボに、「ん?30…後半…?くらいに見えるけど。なんつうか、頭いいけどちょっと変なおっさん、て言ったら悪ィけど、そんなん」と返すエースの顔はやっぱり笑っていて、サボは「ん、…ああ、…そうか」としか言えなかった。

黙ってしまったサボを眺めて、少しばかり首を捻ったエースは、「何か大事な用だったか?だったら行くぞ」と見当違いの言葉を吐いて、ただ単に暇なエースとだらだら飯を食いたかっただけの暇なサボはひらひら手を振って「そうじゃねえよ」とエースの言葉を否定する。なおも不思議そうな顔をするエースに、「お前面白いおっさんに好かれるもんなあ」と含みを持たせてサボが唇の端を上げれば、「や、…ああいうのとは違えんだよ…」エースがあからさまに肩を落とすので、サボは今度こそ大きく笑ってやった。ちなみに「ああいうの」で括られているのは地元にいるエースの父親や、ルフィの父親や、その友人の赤髪や、こっちで出会ったサンジの祖父やゾロの父親のことである。「あれは好かれてるって言うか遊ばれてんだろ」と暗い顔で呟くエースの肩を叩いて、「じゃあまあ、その主任には遊ばれないように気をつけろよ」とサボは言って、言ってからその言葉の意味をちらりと思い浮かべて、それ以上深く考えるのは止めておいた。ともあれ、サボの今夜の予定は浮いたままである。キッドにでも声をかけるか、と、同じ経済学部の悪友の予定を思い出しながら、ヒジキはそのままにしてサボはトレイに手を掛ける。あと15分で、3現は終わりだった。サボの前で、同じく(量は桁違いだが)トレイを持ち上げるエースは、「あ」と思い出したように声を上げて、「お前明後日開いてるか?土曜日」と尋ねるので、「4時からバイトだけど、それまでなら」とサボが返せば、十分だ、と頷いた上で、「アレ見に行こうぜ、お前見たがってた映画。例の人事の人がチケットくれたから」とエースは言う。エースを入社させたがっている人事の人が物をたくさんくれる、という話は聞いていたが、サボの欲しいものまでくれると言うのは願ってもない話だった。サボのためではないだろうが。「彼女と行けって言われたけど、今いねえしなあ」とぼやくエースに、「今は、っていうかここ1年いねえだろ」とサボが突っ込むと、「うるせえな、行かねえのか」とエースがつれないことを言うので、「申し訳ありません連れて行って下さい」とサボは頭を下げた。エースは笑って、「しょうがねえな」とふんぞり返るので、滑り落ちそうになった皿をサボが支えてやる。

バイトに向かうエースと別れて、午後の光が差し込む半地下の廊下を進みながら、明後日も晴れるといいとサボは思った。もちろん明日も、明後日のその次も。


(エースと一緒に上京してきたサボ/ 大学生エースとサボ/ 現代パラレル / ONEPIECE )