I t ' s   a   f i n e   d a y / 最 寄 駅 付 近 の コ ン ビ ニ で


サッチがぽろりと漏らした一言から、マルコとエースはたまに一緒に帰るようになった。エースのバイトは大学の講義が終わってからで、だいたい遅番に回ることが多かったし、マルコはいつだって遅くまで残っているものだから、たまに、というよりはエースがバイトの日はよく、一緒に帰ると言っても良いくらいだ。どうしてこんなことになったんだよい、とマルコは時々首を捻るが、エースが嫌がらないので、マルコも黙って電車に乗ることにしている。白髭社から最寄り駅までは徒歩5分で、マルコとエースが住む町の最寄り駅はそこから4駅の小さな駅だが、2つ先に乗り継ぎ駅があるので、帰宅時刻をずらしても込み合っていることが多い。今日もギリギリで電車に滑り込んだマルコとエースは、扉にもたれかかって大きく息を吐いた。薄っぺらな鞄一枚の(書類やPCは持ち出せないのだ)マルコはともかく、膨らんだバッグを抱えるエースは随分窮屈そうで、マルコはわずかに身じろいでエースのために場所を開けてやる。軽く眼を開いたエースは、ぺこり、と顎を引いて、それでも遠慮しながら足を伸ばした。

「混んでますね」
「月末だからな」
「銀行も混んでますもんね」
「そうだな」

ぽつぽつと続くエースとマルコの会話にはたいして身も蓋もなくて、事実と結果ばかりが降り積もっていく。友人でも、今のところ同僚でも後輩でもないエースとの立ち位置は、マルコからしてみると年の離れた弟のようで、エースにとっては心外かもしれない。マルコはエースの、年齢のわりに落ち着いた物腰と、無愛想なマルコ相手にも物怖じしない態度と、たまに飯を奢る時の豪快な笑顔が気に入っていて、たとえエースが入社しなくても、エースと話す機会はなくしたくないと思うのだった。ただし一回り離れたエースとマルコがどうやってそれ以上の接点を持つかは最大の難関であり、マルコは携帯のアドレスを交換しているらしいサッチに(奴は就職活動の一環だと言っていたが)期待することにしている。サッチの性格だったら、別の会社にいるエースを白髭社の飲み会に誘うことくらい簡単にしそうだった。マルコはと言えば、いつでもサッチに連れられるばかりなのであまり効果は期待できない。ともあれ、今度の飲み会にはエースもさそうと言っていたから、マルコは今からそれなりに楽しみにしている。

ぎゅうぎゅう詰めの車内で、ほんの少しだけ下にあるエースの口があくびを漏らしたのを見て取って、「眠いかよい」とマルコが尋ねれば、「昨日もちょっと遅かったんで」と軽く笑ったエースは、「飲み会だっつって俺ん家に集まって…飯作って暮れる奴と、酒持ってくる奴がいるから楽は楽なんですけどね」と、もう一度あくびを噛み殺している。「どんな奴らだよい」とマルコが尋ねれば、エースは少し考えて、「昨日いたのは金髪で巻き眉のコック見習いと、緑髪でよく寝坊する剣道5段と、人相が悪くて白クマの話しかしない医学部と、唇と爪が真っ黒でバンド組んでる眉無し、です」と指折り数えて答えた。とりあえず個性的な面々が揃っているようだ。まるで想像のつかないエースの友人に思いをはせながら、エースからバイトと講義の話しか聞かないマルコは、それでもエースがそれなりに学生らしいこともしていることに親しみを覚えて、「俺もよく独り暮らしの奴の家に押し掛けたよい」と返した。「マルコ主任の学生時代って、…なんか想像つかないです」と言ったエースの顔が少しばかり好奇心に彩られているので、「大したことはしてねえよい」と前置いて、大学時代の思い出をいくつか話してやった。悪友と研究室に寝泊まりしたこと、大学近くの友人の家に入り浸って大家から苦情が入ったこと、サークルの後輩が学生結婚して学内で結婚式を挙げたこと、夏休みにバイクで海外に行ったこと。そのどれもにエースは目を輝かせて、最後に「マルコ主任、それ全然普通じゃないです」と嘆息する。

「そうかい」と済ました顔で言ったマルコとエースを乗せた車両は、がたごと音を立てながらエースとマルコの降車駅に滑り込んで、15分弱の乗車時間は今日もあっという間に過ぎてしまった。軋みながらプシュー、と音を立てて開く両開きの反対側のドアから降りて、改札までの階段を上ればマルコとエースの同行時間は終わりである。エースはいつもマルコを見送ろうとするものだから、なんとなく名残惜しいマルコは駅中のコンビニにエースを誘うことにしている。何か一品、こどもへの駄賃のように甘いものを買い与えるだけで、エースは満面の笑みを零すのだ。それなりに給料をもらっているマルコにとって、週に2,3回程度の出費は蚊に刺されたほどの痛みもなくて、エースが喜ぶのなら安いものだと思っている。今日はアイスだった。階段の位置との兼ね合いで、弱冷房車に乗るエースが薄く汗をかいていることを知っているマルコは、道理だよい、と思いながらがりがりと棒付きのアイスを齧るエースを眺めている。ふ、と視線を上げて、「マルコ主任もいりますか」とアイスを差し出すので、マルコは一瞬断ろうとしたが、心持ちマルコを見上げるエースの目があんまり真っ直ぐなので、引き寄せられるように口を寄せて、がり、と一口齧った。ソーダとクリームの、懐かしい味がする氷菓をがりがりと噛み砕いて、「冷たいよい」と当たり前のことをマルコは言って、「そうですね」とエースもアイスを口に運ぶ。もう一口、と言うエースを、今度こそ遮ったマルコは、「いいから食っちまえ」と滴りそうなアイスの角を差した。うお、と手元に視線を移すエースの顔は健やかな子供のもので、マルコはゆるく口角を釣り上げる。コンビニ前に備え付けられたゴミ箱に棒を放り込んで、降ろしていたバッグを持ち上げるエースは、「ごちそうさまでした」とマルコに頭を下げた。マルコにとっては本当に何でもないことなので、並んで改札を通りながら「いいよい」と首を振る。気持ち良く奢られてくれる人間、というのはわりと貴重な存在なのだった。

別れ際、「気を付けて帰れよい」と手を上げたマルコに、はい、と返事をしたエースは、最後に「おやすみなさい」と頭を下げて、とんとんと東側の階段を下って行く。家の場所までは知らないマルコも(結局米はエースが自力で持ち帰った)、一息置いて西側の階段を下る。空には薄く雲がかかって、今にも雨が落ちそうだった。早足で歩きながら、エースが折り畳み傘を持っていたらいい、とマルコは思った。
マルコは傘を持っていなかった。

(雲行きが怪しくなってきたマルコ / 大学生エースとマルコ主任/ 現代パラレル / ONEPIECE )