※ エースがマルコにちゃんと懐く前にサッチに懐き過ぎていたら  面倒なので駆け足で進みます
微妙な性描写を含みますので苦手な方はご注意ください


気 持 ち 悪 い こ と の 共 有




なあ俺あんたの事好きなんだけど、とエースがサッチに告げた瞬間、サッチの中でエースの格は一気に最低ランクにまで下がったらしい。「一応聞くがそれはライクか?ラブか?」とそれでもサッチが尋ねてくれるので、「ラブの方で」と真顔でエースが答えたら、「悪いが他を当たれ」と素気無く断られて、それで終いだった。それきり甲板ですれ違おうが、風呂場の脱衣所で隣り合わせになろうが、食堂でマルコと三人向かい合おうが、会話どころが視線が繋がることもない。形式ばった最低限の交流はあるし、マルコがふたりに話しかければそれなりに口を開かないこともないので、ああまあ男同士だしな、気持ち悪かったんだろうな、と納得するエースは、寂しかったがそれでもマルコと一緒にいればサッチの傍にいられることを知ってますますマルコから離れなくなった。マルコはエースとサッチの態度を眺めてもほとんど何も言わなかったが、とりあえず「お前ら俺を使って会話するなよい」とだけは断っていて、ともかくエースは淡々と、サッチが欠けた日常を生きている。ような気がしている。

エースがサッチを好きになったのは、マルコにやさしいサッチがエースにも優しくなったらいいのに、という漠然とした思いがある日突然はじけて、だった。今思い出しても暴発としか言いようのないそれは、夜一人でしていた時、果てる瞬間に思い浮かんだのがサッチの顔、と言うどうしようもない気づき方で、しかもそれがエースを組み敷きながら笑っている図、というものだったから新しい恋と新しい性癖と言うふたつの事実を突き付けられてエースはしばらくどろりとした精液を眺めて呆然としている。幸か不幸か、今まで知り合ったどんな海賊もエースの尻を狙うことはなかったから(可愛くもないごつい男だからだとエースは思っているが、ただ単にエースが強かっただけだ)、なるほどなあ、と思ったエースには結局何をしていいかわからず、血迷ったままもう一度してしまった。今度はより具体的に、三番倉庫の羽目板の裏で見た低級雑誌の、アナルセックスのページを思い出しながら慎重にエースとサッチの顔を重ねてみたら、あっけないくらい早くて、これはたぶん決まりだろう、と懐紙で手とエース自身と、床に飛んだ精子の残骸を拭き取りながらエースは納得する。やわらかい女の胸の中でも、暖かい膣の中にもそうたいして魅力を感じないエースは、もしかしたら最初からそうだったのかもしれない。だとすれば14から感じるその違和感の正体にも大まかな理由がついて、それはそれで安心するエースだった。なるほどなあ、とぽいと懐紙を投げ捨てて枕にダイブしたエースは、そういえばもともと大人の、年上の男がわりとすきである。今までずっと見たこともない父親に対するファザーコンプレックスとか何とか、とどこかで読み齧ったような本の中身を信じてきたが、それもぜんぶ含めて、そういうことだったのだろうか。へー、ふーん、へえええ、と何やら興奮してぶつぶつ呟く声は、もちろん向かいのマルコの部屋に筒抜けだったが、元隊員のエースをわりと気にいっているマルコは今さらエースの奇行などに驚きはしないのだった。

というわけで、気付いた翌日に告白して一言で関係を断ち切られたエースは、それで思いを断ち切ったかと言えばそんなこともなく、ただ淡々とサッチを好きでいるだけである。触りたい、よりも触られたい、と思うエースは時折エースに触れるマルコや親父や2番隊の隊員の体温をサッチに変換してみるが、どうもしっくりこない。うーん、と首を捻るエースは、真夜中に明かりの灯るマルコの部屋の扉を叩いて「なあマルコ、お前男好きになったらどうする?」とろくでもない質問を唐突に投げかけて、さすがにマルコを絶句させたりしているのだが、「まあ相手にもよるだろうが、少しずつアプローチして溝を埋めようとするんじゃねえかい」とそれなりにまともなアドバイスをくれるあたりエースには甘い。ただし「どうしようおれいきなり告白しちまった!そんで振られた!」と叫んで縋りつくエースの腕が数週間前よりずいぶん細くなっていることに気づいたマルコはわずかに目を眇めて、「お前は本当に分かりやすいよい」と面倒くさそうに返した。自分ではいたって正気だと思っているらしいエースが飯も食わずにサッチの後を追っているのを見れば誰にでもわかる。今はまるでその気がないと言っても一度は自身も惚れたことのある相手なわけで、だからマルコは眇めた目をゆるく閉じた後にまた薄く開いて「どうしようマルコ」と途方にくれたような声を出す息子のような年齢のエースの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。これがかなしい、という感情だということはマルコも理解していて、ただしそれにどんな意味をあてはめればいいのかを決めかねている。協力してやりたいのは山々だが、マルコの言葉で、サッチがどうにかなるとも思えなかった。忘れた筈の感覚が胸の奥でちりちりと焦げるようで、マルコは黙ってばふりとエースを布団に押し込んで薄掛けでぐるぐる巻きにする。「お前最近寝てねえだろい」と、僅かにのぞくエースの頭を見降ろしながらマルコが言えば、「考えてると夜が明ける」とくぐもった声でエースが答えるので「じゃあ考えずに寝ろい」と簾巻きのエースの胴をとんとん叩く。ピクリとも動かない簾巻きが、やがて一言「好かれてねえのはいいけど、嫌われてんのは辛いなあ」と呟いてそれきり寝息を立てるので、マルコはしばらくその長細い物体を見おろしてからそっと部屋を後にする。

向かった先はサッチの部屋だった。軽いノックをして、答えと同時に顔を出したサッチは風呂上がりらしくリーゼントを降ろしていて、しかもなぜか長い前髪を黒いヘアバンドで纏めているものだから、「なんだよいその頭は」とマルコが突っ込むと、「え、サービス?」とサッチはとぼけた顔でそう広くもない額を摩る。エースよりさらにサッチの奇行に慣れているマルコは、たいして反応もせずに「そうかい」とだけ頷いて、「とりあえず入れよ」と言ったサッチの後に続いてサッチの部屋に入る。マルコの部屋より殺風景で、エースの部屋よりごちゃごちゃした部屋は、つまるところ普通の部屋だ。窓際にハンモックを吊るして、手当たりしだいに物を放り込んでいるところがサッチらしいと言えばサッチらしい。エースなどはたまにそのハンモックで眠ったりもしていたのだが、ここ一カ月ほどはすっかりそんな光景ともお目にかかっていない。で、そこからがさがさとサッチが取りだしたのはわりといいボトルで、「そんなところにしまっとくなよい」とマルコが苦言を呈せば、「だって床下収納に入れたらいやだろ?」と当然のことをサッチは言って、「当たり前だろい」と、マルコは刀剣類がずらりと納められている足元をちらりと眺めた。そんなところに赤ワインをしまうのはぞっとしない光景である。「じゃやっぱここだろ」と言ったサッチは、同じ口で机の引き出しを開いてグラスを二つ取り出して、ひとつをベッドに腰掛けるマルコに手渡した。書類と書き物類はすべて机上に出してしまって、引き出しには清潔な布巾とカトラリーとグラスを仕舞っているあたりで、やっぱりサッチもあまり普通ではないな、と結論付けるマルコは、それでも上等なワインを受けて口に含む。甘い香りがした。「それで?」と、腰を降ろさずに壁際で腕を組んだサッチがマルコを促すので、「お前エースを振ったんだってな」と単刀直入にマルコが言えば、「おー、やっとお前んとこに泣きついたか」とほっとしたような顔でサッチが応えるので、「別に泣きつかれてはいねえよい」と、泣き疲れて眠っているエースの事をちらりと脳裏に浮かべながらマルコはサッチを見上げた。「へえ?まああいつ打たれ強そうだからな、…俺の方がそろそろ悲しくなってきた」とサッチは言って、前半部分に抗議しようとしたマルコの勢いを削ぐ。「サッチお前もしかして、エースは抱けねえのかよい」と10年前を思い出しながら慎重にマルコが尋ねれば、「アレは無理だ」ときっぱりサッチは答えて、「あんな怖い目をした奴は、…適当に抱けねえよ」と口ごもったサッチに、マルコはまだ隠していることがあるな、と思ったが、すでに結論が出ているのならサッチをせかすわけにもいかない。適当に、と言った時点で、サッチがエースを嫌っているわけではないことは予想がついたので、「そうかい」と頷いたマルコは、ぐうっとグラスを呷って中を空にして、「あいつは別に勘違いなんかしねえだろうから、また前みたいに構ってやれよい」とグラスを返しながらマルコが言えば、「本当にそう思うか?」と苦笑しながらサッチは尋ねて、「どうにかなりそうなときは俺が止めてやるよい」とどちらも大切なマルコは本心からそう答えた。「ああ、期待してる」とこれっぽっちも信じてはいない目であやすように笑われたことは心外だったが。

ぱたん、と扉を閉めて出て行ったマルコの後を見るともなく眺めながら、結局目に映るものは煤けた自室の扉で、サッチは変わり映えのしないそこに曇りガラスの丸窓を填めこんでいる。もとはマルコがガラクタ市のような場所で拾ってきたそれを、いたく気に言ったサッチが譲り受けたのだ。元来マルコと言う男は、何もかもに執着するようで、それでいてまるで掴みどころがない。好きなものと嫌いなものの境目ははっきりしているようだが、他人から見ればひどくあいまいなそれは十数年付き合っているサッチですらひどく茫洋として全貌すら望めない。マルコが「あいつは抱けねえのか」とほとんど嘆息したように言いきったことは当然で、なぜならやはり十数年前に、サッチはマルコを抱いていた時期がある。それはとある事情で女を抱くことに抵抗のあったサッチにとってほとんど通過儀礼の儀式のようなもので、感情の欠片も挟みはしなかったのだが、あれが恋だったと10年以上たってから気付いている。つまり最近の話だ。それでもエースが家族になるずっと前から、マルコはサッチの心の大部分しめていて、だから先ほどサッチがマルコに言いかけたことは「あんな怖い目をした奴をふたりも抱え込めねえよ」である。ひとりはエースで、ひとりはマルコだった。あのふたりはほとんど別物なのに同じ形質を取ろうとする、でたらめな二卵性双生児のようによく似ていた。サッチはもうすでに一度失敗していて、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。さらに言えば、エースにかまければその分だけマルコに掛ける時間が減ってしまう。そおれは嫌だった。たまらなく嫌だった。もうすでに風化した恋の記憶を手繰り寄せるようなこの行為はすでに、ただの依存だと気付いている。それでも、見た目よりずっ殻の固いサッチがサッチであり続けるためにはマルコを、ただひたすら笑って世話し続けるしかないのだ。マルコにはそれと気づかれないままに。

「なんでこっちを見るかねえ」

と自嘲するサッチは、マルコほどではないにしてもエースが可愛いのだった。どんなに頼みこまれても、あれは抱けない。あんなに無様に人を愛する生き物を、いつくしむことはできない。ただ憐れむだけだ。エースに沸く感情は憐憫と同情だけで、どう努力したところで烈情には結びつかなかった。いっそサッチがエースを嫌っていたら、適当に抱いて、せいぜい遊んで飽きたところで放り出しても良かったのだろう。その方がエースの感情もたやすく収まったかもしれない。ただしその行為は簡単にマルコにつながることが予想できて、そこから親父につながることも痛いほど分かっているサッチは、まるでエースに非がない状況でそんなことをするわけにはいかないのだった。そもそもできないのだし。がし、と掻き毟ろうとした頭からはずるりとヘアバンドが抜け落ちて、ぺこん、と床に落ちて間抜けな音を立てた。濡れたまま抑えた前髪をぴょんぴょん跳ねさせながら、サッチは無性に笑えて仕方ない。最初はくつくつと肩で、次第に大きく胸を震わせて、最終的には屈みこんで盛大に噴き出した。まるで出来の悪い茶番だった。

ともかくそれから、サッチはまたエースに話しかけるようになったし、マルコはそれとなくエースとサッチの仲を伺うようにして、エースの体重は簡単に元に戻っている。たまにエースはマルコの部屋にやってきたし、マルコはサッチの部屋を訪れたが、サッチがエースの部屋を訪れることは一度もなかった。
その必要がなかった、と思っているのはマルコとエースばかりである。



その日は吹きすさぶ嵐の渦中だった。1昼夜かけても嵐を抜けることはできないと悟ったモビー・ディックは帆を畳み、錨を下ろして、いつ止むとも知れない暴風雨に耐えている。荒々しくうねる波はおおきなモビー・ディックをまるでちっぽけな筏のようにぐるぐるかき回して、こんな日こそ指揮を取らねばならないはずの隊長と船長はほとんど能力者なものだから、結局サッチひとりが甲板に立って400人の命を一手に引き受けていた。帆桁に足をかけて、「お前ら落ちるなよ、拾うのが大変だからな!!」と掛ける声は状況の逼迫さに見合わずずいぶんと呑気なもので、マストが折れないようにロープを支える4番隊の面々は気をやりつつもサッチの言葉に笑い声を立てる。サッチが引きいる4番隊は、この陽気な白ひげ海賊団の中でも屈指のあかるい隊で、サッチを中心によく台所でこそこそ料理をしたりしていた。誕生日パーティの準備とか。土砂降りというよりもう頭上や真横から盥で水を浴びせかけられているような船上で、危険なマストの上に立つサッチは目を凝らして甲板を見つめている。それはただひとりの命でも欠けてしまえば、親父がひどく悲しむことを知っていたからで、サッチだって悲しいからだった。船から落ちるようなヘマはしない、と言い続けるマルコやエースやジョズを船室に押し込めて、「まあいいから俺に任せとけって」とぱちりとウインクしたサッチはややうんざりしたような3人の視線を一手に引き受けて少しばかりたじろいだ。「いや笑ってくれよ」と真顔で言ったサッチに、「笑えねえよい」とマルコは吐き捨てて、それでも壁際に腰を落ち着けている。マルコさえ落ち着いてくれたら、あとはそう難しい話でもない。「嵐が終わったらすぐ帰ってくるからな」と言い置いて扉を閉める瞬間、サッチの目に映ったのはどうしようもなく凹んだ瞳をしたエースの表情で、それきりサッチは珍しくマルコの事ではなくエースの事を考えていた。サッチは、エースの炎がマルコを焼くことに安堵している。赤い炎が蒼い焔を凌駕して、きっとエースが一昼夜、本気で燃やし続けたら不死鳥の再生能力も追いつかずにマルコは死ねるのではないか、と。だから、サッチはエースが自分の能力を後悔するような状況を作りたくなどないのだった。たとえそれが嵐と言う自然現象であっても。サッチはマルコを海に叩きこむことしかできないが、エースは抱きしめたまま殺すことができる。いやサッチだって、一緒に沈んでいけばいい話なのだが。それでも、それはサッチの役目ではない。望まれはしないのだ。そうして、一心に暗い甲板を覗き込んでいたサッチは気付かない。帆を支えるロープが一本、強風で切り離されていることを。そしてそれは、大きく弧を描いて抑えつけようとした4番隊を3人弾き飛ばし、痛烈にサッチめがけて襲いかかっている。悲鳴は風と水音に流され、今にもサッチを船外へと叩きのめそうとしたその瞬間、「火拳!!」というよく通る声とともに火柱が上がり、ただ一本のロープだけを正確に消し炭に変えた。エースが。それから、それでも衝撃にぐらりと揺れたサッチの身体を、するどいかぎ爪ががしりと掴んで引き留める。不死鳥姿のマルコだった。見ればジョズも甲板で切り離されたロープの根元を抑えているし、「…おま、…お前らなあ」と口を開いたサッチは、自分自身が落ちかけているので何も文句を言えなかった。エースは、ばさりと舞い降りて人間に戻ったマルコに隠れるようにサッチを伺っていて、それが悪戯をして怒られる前の子供のような顔になっているので、さきほどの暗く濡れたような表情よりはよっぽどましだと思いつつ、「ありがとよ」とマルコの肩と、エースの額をそれぞれ軽く小突く。雨水と海水とびしょぬれの甲板では、立っているだけで体力を奪われるだろうに、それでも能力を使うエースとマルコが、サッチは素直に嬉しかった。
嵐は、それから1時間かけてようやく終息した。


夜の事だ。嵐の痕など欠片も見えない星空を眺めながらざっと甲板を掃除して、一風呂浴びてご機嫌なエースが足を止めたのは、サッチの部屋の前にサッチが立っていたからである。いつもの白い上っ張りを脱いで、シャツ一枚を引っかけるサッチは前髪を降ろしていて、エースには表情を掴むことができない。マルコと一緒でなければサッチが困ったように笑うことを知っているエースは、顔を伏せてサッチの目の前を横切ろうとしたが、「おーい、シカトか?」とやっぱり困ったようなサッチの言葉にびくりと身体を震わせて、それから「ああ、髪降ろしてるから誰かと思ったぜ」と底なしに明るい声で馬鹿みたいに笑って見せたが、「お前いつも風呂で俺の事見てるじゃねえか」とぴしゃりと返されていよいよ旗色が悪い。「自覚があるだけマシだけどな」と呟くサッチは、「とりあえず入れ」と久しく足を踏み入れていないサッチの部屋を指して、根の生えたように固まるエースを押し込むように、後に続いて扉を閉めた。がちゃり、と鍵がかかる音がして、あれっ俺もしかして殺されんのかな、と不穏なことを考えるエースは、でもそんなことをサッチがするわけはないということを知っていた。エースを、サッチが殺したところで何のメリットもない。ああでももう二度とホモ野郎の顔を見ずに済むって言うことなら有り得るんだろうか、首を捻ったエースの前で、サッチはおもむろにエースの首に手をかけて仰向かせて、ちゅう、と何の前触れもなくエースの唇を吸い上げた。えっ、と目を丸くしたエースの視界にはほとんど色を失くしたサッチの眼球だけが映って、始まったのと同じだけの唐突さで手を離された瞬間にすとんとエースは腰を落とす。立てない。抜けてはいないと思うが。やばいもう、勃った。どっどっどっど、と早鐘のようになる胸を抑えることも、濡れた前髪のサッチを見上げることもできずに気安いサンダル姿のサッチのつま先を眺めるだけで精いっぱいだ。いっぱいいっぱいなエースを見降ろして、「俺には、お前相手じゃこれが限界だ」とサッチが言うので、「いきなり、…何すんだよ」とエースが歯を食いしばって顔を上げると、底抜けに明るい顔をしたサッチの表情とぶつかって、エースはいっそ清々しいくらい理解する。「俺が、お前をなぎ倒そうとしたロープをはらったことなら、俺がしたくてしたことだ。別に代償なんか求めてねーよ」と、唇を拭ったエースの手を抑えて、「でも嬉しかったんだろ」と嘲るようにサッチは言って「うるせえな!!当然だろ?!好きって言っただろ!」ともうどうしようもなく、最初と同じだけの勢いだけでエースが告げれば、「俺はお前を好きにならねえよ」と腕を握りしめたままサッチが呟くので、そこに『なれない』よりもはっきりとしたサッチの意思を汲み取るエースは「知ってる」と血を吐くような声で言った。そんなことは知っている。マルコを出汁にしてサッチを好きになった瞬間から、マルコの付属品でしかないエースにサッチが目を向けることなどないのだとエースはかなしいくらい冷静に理解している。流れ出た瞬間から熱と命を奪われて死んでいく自慰の精子と同じくらい何の意味もないものだ。エースの、存在そのもののような虚しいエースの感情は、サッチにぶつけるだけ、吐き捨てるだけの、手遊びの悪戯書きのようなものだった。「他を当たれ」と言ったサッチの、それが答えで、それを厭うた時点でエースには何一つ選択肢などありはない。そろそろと両手で目を覆おうとしたエースの、腕をまだ握りしめるサッチは、「でも俺はお前の事が嫌いじゃねえから、お前のために何かしてやりてえとも思う」といっそ滅茶苦茶に切り裂かれる方が痛みも少ないんじゃないかと思うようなことをサッチが口にするので、もう矜持も何もないエースが縋るように「何してくれるんだ」とぽろりと漏らせば、「そうだな」とゆるく首を捻ったサッチは、

「俺はお前に突っ込むために手間をかける気はねえけど、お前に穴を貸してやるくらいの感情はあるぜ」

と、エースにとっては衝撃的なことを言った。エースはサッチに触れたいのではなく触れられたいので、その選択肢は今まで一度も脳裏に上っていない。夢と言うか妄想した瞬間から夜の相手は常にサッチだったが、そのどれもエースが組み敷かれる立場で、いろいろ調べてしまったのでやり方が分からないというわけでもないのだが、ごくり、とサッチの顔を見上げたまま息をのむエースはてのひらに汗を掻いている。ただし「それは」と言いかけたエースの言葉は、「俺はお前じゃ勃たねえよ」というえらいこと直接的な言葉で遮られて、じゃあできねえなあ、とぺたりと床に座り込むエースは、もうすでに立っている。じゃあできるなあ、と思ってしまったエースは、「どうする?」と笑ったサッチの顔が悲しげなことに気付きつつ「…するよ」と言って、サッチの手を握り返した。体温の高いエースと比べても、とても冷たいてのひらだった。


とはいえ、ベッドの上で薄いシャツ一枚を捲って組み敷いたサッチを見降ろしながら」、エースはしばらく固まっている。「どうしたよ」と声をかけるサッチに、「いや急展開で」とテンパりすぎていっそ冷静なエースが返せば、「まあそうだな」とサッチはあいまいに頷いて、「そこの引出しの一番下にオリーブオイル入ってるから、それでも使え」と片隅に置かれた机を指すので、エースは妙に力の抜けた手足をぎくしゃくと動かしながら引き出しを開いて、半分かた残るオリーブオイルを引き出してしばらくその琥珀色の液体に思いを馳せる。もういっそサッチの上でオナってぶっかけるだけでもいいんじゃねえか、と思うエースは、でもサッチが肘を枕にエースを眺めている姿を見てやっぱりサッチの足元に戻った。してもいい、と言われたことは、したい。サッチと、したい。きゅ、と瓶の蓋を捻って深呼吸したエースは、決心を決めたように一気にサッチの下穿きを引きずり降ろして、あらわれたサッチの下半身に赤面しながらとろりとオイルを流す。くす、とサッチが笑ったような気がしてエースは目を向けたが、サッチは両腕で顔を覆ってエースには表情を伺うことができない。ほんとに、ただ入れるだけしかさせてくんねえんだなあ、と思ったエースは、無性に悲しくなりつつサッチを傷つける気はなかったので、十分爪が短いことを確認してからそろそろとサッチの下半身に触れる。髪と同じ、柔らかい茶色の毛に覆われたそこは、ほんとうに欠片も反応していなくて、でもオイルでゆるゆると揉み込むうちにだんだん、すこしずつではあったがどうにか勃ち始めたので、エースはほっと息を吐いて、よいしょ、とサッチの膝を立てて割開いて、今まであまりまじまじと見つめたことのないサッチの、陰茎のさらに奥に視線を移して、すぐ反らした。無理かもしれない。でも、「オイルも乾くぞ」と人事のようにぽつりとサッチが呟くので、はっと顔を上げて、額を流れる大粒の汗を拭って、エースはぬるりと濡らした中指を一本、おそるおそるサッチに沈める。入り口からはよそうもできないくらい中は広くて、どこまでも狭いおんなの膣よりよっぽど、入り込んでしまえば楽なのかもしれないとエースは思った。相変わらずほとんど身体を動かさないサッチの、それでも薄く上下する腹筋を眺めながら、エースは慎重・かつ迅速に指を増やして、どうにかエースが入りそうな程度にサッチをこじ開ける。はあ、と息を吐いて指を抜いて、たらり、とオリーブオイルを垂らしたエースのエースは腹筋に近づくほど張りつめてもうすでに限界が近くて、半勃ち、という風情のサッチとの対比がいっそ笑いを誘う。サッチの縁に指をかけて、それでも一気に滑り込んだサッチの空洞はサッチの意志を伝えるようにぎゅうぎゅうとエースを締め付けて、ぎゅ、と唇を引き結んだエースは黙々と腰を動かして、そろそろ果てそうだという頃合いにエースを引き出して、最後はきゅう、と窄まるサッチを眺めながら、自分で扱いて出した。

「中に出しても怒らねえのに」と上体を起こしたサッチが、枕元から懐紙を出して渡してくれるので、「できねえよ」とぶっきら棒にエースは返して、ぎゅう、とサッチの上でエース自身を拭う。まだ、勃っている。あまりにも情けなかった。「で、どうだった」と足元のシーツを手繰り寄せるサッチがたいして興味もなさそうに尋ねるので、オリーブオイルに蓋をしながら「オナってるみてえだった」と素直にエースが返せば、サッチはまた嫌な表情で嗤う。そして、「だろうな」と頷いた上で、これは少しだけ申し訳なさそうに「俺がお前にやれるもんは同情くらいしかねえよ」と言った。ああ、そうだろうな、と頷くに頷けないエースは、サッチの足元で膝を抱えて顔を埋める。何の充足感もない。すうすうするような胸の隙間はますます広がったようだ。それでも、同情はいらない、と言えないエースは、その僅かな感情にすらしがみついてしまいたかった。何の意味もなくても、蔑まれるだけでも、エースはサッチが好きだった。とても好きだった。掠れるような声で「させてくれてありがとう」と呟いたエースに、「なにも良くなかっただろ」と咎める風でもなくサッチは答えて、「なあ、なんで俺なんだ」と僅かに声を翳らせて続ける。「そんなこと、俺が聞きてえよ」とまさに青天の霹靂だったと一番最初の顛末を語ったエースに、「まあそりゃ衝撃的だったろうな」と相変わらず他人ことのようにサッチは言った。それからぽつりと、「お前、マルコにしとけよ」とこれだけはいつもの、そして真剣なサッチの声で、サッチは告げる。今の今まで、全然まったくこれっぽっちもそんなことを考えたことのないエースが、「は?マルコ?」と思わず顔を上げたら、サッチはごく真面目な顔で頷いて、「あいつなら、愛した分だけ必ず愛してくれるぜ」ととても良い提案のように言うので、エースはしばらく半眼でサッチを眺めて、

「それは、同情と何が違うんだ?」

と尋ねたら、サッチはぽかん、と口を開いてエースを見返す。数秒、数十秒、1分程度だっただろうか。ふ、と唇の端をゆがめたサッチは、ははは、と声を上げて笑いながらシーツに上体を倒して、そうだよな、と言った。「何も違わねえよ、…なあ、エース」とエースの名前を呼んだサッチの顔が泣くように歪んでいたので、「じゃあいらねえよ」と答えるのが精いっぱいだった。エースの答えを受けて薄く笑ったサッチが、それでもくしゃりとエースの頭に手を置いて、その手の温度がいやに冷たいのでああ本当にサッチは、俺とセックスしたくねえんだなあ、と理解したエースは、「もう二度としなかったらサッチは俺の事少し好きになってくれるか?」と尋ねたが、「今以上にはどう頑張っても無理だな」とやさしい声でサッチが答えるので、「じゃあまたしにくる」と涙声を押し殺してサッチに告げる。それはある意味恋の終わりだった。こんなものはもう執着でしかない。最初からそんなものだったのかもしれない。もしあのとき、目に浮かんだ光景がマルコのものだったらエースはしあわせになれたのだろうか。もうわからない。エースは賽を投げて、目は出揃ってしまった。もう決して覆りはしない。

どうしようもない絶望感に浸ってお互いの手を握りながら、それでもマルコがいなければ、と思えない時点で最初から破たんしていることを、エースとサッチは塵ほども気付けなかった。
明日もきっと、三人で笑っている

( 思い込みの激しいエースと意外と冷たいサッチ / (サッチ←)エース×サッチ  / ONEPIECE )