※ いつものマルコ+エースとは少しだけ設定の違う話です
詳しいことは本編で



歩 み 行 く 者 ど も の 中 ひ と り



本当だよい、と、まるでマッチを擦るような気軽さでマルコは言った。



灰色に濁る空の下で、モビー・ディックに乗りこんだ隊長たちは食堂に集まっていた。次に寄港する島の選定、というのが主な目的だったはずだが、どこにでも行けるモビー・ディックの進路は往々にして決まらず、最終的には春島に行きたいと言うサッチと、一番近くの冬島で補給を急ぐべきだというマルコの意見が真っ向からぶつかっている。「そこまで切羽詰まった状況でもねえんだから、雪の中停泊するより気候のいい島まで行った方が効率的だろ」とサッチが言えば、「何があるかわからねえんだから、できるときに補給するべきだろい」とマルコも譲らない。どちらももっともだと思いつつ、たいして寒さを感じないエースとしては冬島の雪を眺めるのもそう悪くはない、ということでマルコに気持ちが傾いている。ただし求められるまで意見を述べないことが隊長になったばかりのエースが自らに課した少しばかりの制約で、だからエースはマルコとサッチの討論が始まってからこっち、机の隅ですっかり温くなった水をちびちびと啜りながらブーツの中でごろごろ転がる小石の存在にだけ気を取られていた。モビー・ディックは海賊船にしても客船にしてもそれなりに片付いているほうだが、それでも吹き溜まるものはあって、この小石はどこの島でもらってきたものだろうな、と考えるエースの視線はいたって真面目なものである。今脱いで押し出してしまうか、会議が終わるまで待つか、そんなことがエースの中の議題になっているとも知らず、マルコとサッチの口調はいよいよヒートアップして、「お前は親父に何かあった時の事を考えねえのかよい」とマルコがぶつけると、「冬島で親父に何かあることの方が危ねえだろうが」と睨みつけるサッチの語気も荒い。このところ親父の調子があまり良くないことは周知の事実で、でもこんなことを心配していると知られたら必ず親父の鉄槌が下ることを知っている隊長たちは珍しく本音を漏らした二人の様子に目を見張って、エースもやはりくるりと目を廻した。ただしそれはエースが親父の事を心配しているから、と言うよりほとんど心配していないからで、他の隊長ほど、端的にいえばマルコとサッチほど親父をデリケートに扱う気もない。だって散々死にかけている。エースが。白ひげ海賊団の面々は、一度親父と対峙してみればいいのだ。あんなに、強大な存在をエースは知らない。結局エースが親父の船に乗ることを決めたのは、親父が殺したって死なないように見えたからだ。もう二度と置いていかれたくはない、というのが無意識下に置きたくてたまらないエースの意識で、そのためなら誰を置いていてもかまわないとすら思う。ともかく今は、尽きもしないマルコとサッチの繰り言よりブーツの中の小石が恨めしいばかりだ。だからといって、

「エース」

と唐突に掛けられたマルコの呼びかけに反応できないということでもなく、つま先で感触を確かめた小石を圏外に押しやりながら「ああ」と瞬いたエースの声はひどく端的である。お前はどう思う、とやはり短く問われたマルコの言葉に、「俺は補給を急いだ方がいいと思う」と一切の感情論を抜いてエースが答えれば、目に見えてサッチの肩から力が抜けるようで、本当はサッチもどちらでもよかったんじゃないか、とエースはふと思い当った。普段マルコはたいして激することもなく、サッチやエースの意見には鷹揚に頷くばかりだから、真っ向から対立して引くに引けなくなった、というのが道理ではないか。マルコの、親父とモビー・ディックに注ぐ感情はどこか得体の知れない底深さがあって、それはエースにしろサッチにしろ少なからず秘めている蔭ではあるが、殺しても死なないと思っているエースの論点は別の場所にあるし、サッチにしてもそうらしい。それがどこかはわからないが。というわけで見る間に収束した議論の結果は近くの冬島、というところに帰結して、やれやれ、と息を吐く隊長たちは三々五々に散らばっていく。なんとなく帰りそびれたエースが座ったままブーツを脱いでいると、そっぽを向いて隣り合わせに座るマルコとサッチがちらちらとエースを伺ってることに気づいて、はっ面倒くせえな、と言う本音ちらりと脳裏をかすめるが、その面倒なことをいつも押し付けている自覚のあるエースはひとまず小石を食堂の床に放り捨てて、ブーツをきちんと履き直してからテーブルの向こう側に声をかけた。

「仲直りしてえの?」

といきなり斬り込んだエースの顔を、ぎょっとした様子で見返すマルコと軽く笑って見返すサッチの違いは自覚があるかないかで、「別に喧嘩はしてねえよい」と口ごもるマルコは往生際が悪い。サッチはもっと素直で、ただしそれはそれで捻くれているので「喧嘩はしてねえけど、気分は良くねえから仲直りしてえな」とわざわざマルコではなくエースだけを見据えて答えるものだから、「蒸し返そうってのかい」と居直るマルコはいかにも剣呑だ。だから仲直りしてえって言ってんだろこのおっさんは。マルコの言葉でサッチも若干鼻白んだのを見てとって、「お前らが仲良いのは知ってるからもう好きにしたらいいけど、それ以上やってると親父呼んでくるからな」と立ち上りかけたエースのブーツに触れた感触はまたしても小石で、ああもう片方にも入っていたのか、と納得して座りなおしたエースはただ単にブーツから小石を抜き出したかっただけなのだが、「悪かったよい」と「ごめん」というマルコとサッチの言葉が次々と聞こえてエースはふっと唇の端に笑みを浮かべた。自らの行動が誰かのそれに影響を与える、と言うことは時としてとてつもない優越感をもたらす。自分が毒にしかならないということを世間からも自信からも学んでいるエースにとってはなおさらだった。がたがたと椅子を引いて立ち上ったマルコとサッチは黙ってブーツを脱ぐエースの横に並んで立って何か言いかけているが、結局出た質問は「…何してるんだよい」と言う至極単純なもので、くるりとブーツをひっくり返したエースは「小石入ったから」と板張りの床に落ちて弾んだ直径1ミリ程度の、石よりも砂に近い粒を眺めて感慨深く呟く。こんなものがいつまでだって気にかかる。そうしたエースの感慨を汲み取ることもない、というかできないだろうが、しないサッチは「ふうん」とだけ流して、「お前、夏島がすきだったよな」と、暗にと言うほど隠しもせずになぜ冬島を選んだのかと問いかけるので、歯に着せる絹もオブラートも持ち合わせていないエースは「夏も好きだけど冬も好きだ」と返した。すきだから。理念としてマルコとサッチが語るほどの何かをエースはこれっぽっちも持ち合わせていなくて、エースの行動はいつだってしたいこととすきなことでできている。さりとてたいしてしたくないことやきらいなことがあるわけでもなく、いうなればこの会議が明日行われていて、今はどんよりと湿った雲が覆う空が真っ青に透き通っていたとしたらエースは春島を選んだかもしれない。その程度の話である。さて。話は終わった、とばかりにマルコにもサッチにも視線を送らずに席を立つエースはすでに小石の事など欠片も意識せず、ただあの重たく湿気を含む雲からはやく雨が雪か、いっそ雷でも落ちてくることを願っていた。エースは火を噴くような嵐も好きだった。後ろで盛大なため息が聞こえたような気もするが、世界からうとまれて生きてきたエースにそんなものは日常茶飯事過ぎてもはや気に留めるほどの事柄でもない。自発呼吸できる人間は、酸素を吸って二酸化炭素を吐くだけの行為に意味を見出したりはしないだろう。同じことだ。エースにとって自意識とは無意識であり、向けられる悪意はただの日常だった。というほどの感情が、サッチとマルコに存在したわけでもないのだけれど。

すたすたと廊下を進むエースは、サッチとマルコが後に続いていることをたいして気に掛けもしなかったが、この時間甲板に用事があるのは甲板掃除に当たる2番隊のエースだけの筈だったので、掃除の邪魔だな、とは思った。ただエースはマルコとエースをそう邪険にする気もなく、何の目的もないままエースについてきているだけだとしたらデッキブラシを三本借りてサッチとマルコにも押し付けようと考えている。その間にサッチとマルコはエースの隣に並んで歩きだすものだから、狭い廊下を三人並ぶこともないだろうとエースが歩調を遅らせると、「なんだよい」とマルコは呟いて、何が、と思っても何も思い当ることのないエースが黙っていれば「返事くらいしてもいいだろ」と穏やかに、それでも射すようにサッチが続けるので、「俺に言ってたんだ?」とマルコを見れば、マルコの眉間には皺が寄っていた。ああ、なるほど。「何が?」と、なんだよい、の答えをわからないエースが尋ねれば、「さっきも今も、ほとんど喋らねえじゃねえか」と隣から掬い上げるようにサッチが告げて、エースはそうか、と思うと同時に言い知れない感情を覚える。サッチはマルコの言葉を先取りしすぎるきらいがある、というのはエースが船に乗ってからずっと感じていることで、それはたいして饒舌でもないマルコの口をさらに重くしているだけなのではないかという話で、ただそれはたぶん相手がサッチとマルコだからなのだろうということもおおまかに推測するエースは、それを苛立ちと認識する前に霧散させて「別に何もねえよ、ああいう時俺が喋らねえのはいつものことだろ」と軽く手を振る。そうだよな、と頷くサッチはやはりマルコを代弁しただけでたいして疑問にも思っていないようで、ただマルコだけは「会議はともかく、その後もずいぶん静かじゃねえかい」とそれほど興味もなさそうな口ぶりで言うものだから、エースはやっぱり面倒だ、と瞬いた。理由はある。それなりに。ただそれを言語化することにいささかためらうだけの内容だというだけの話だった。



数日前の事だ。
エースとマルコとサッチは夕食後の甲板に出ていた。見回り、と言えば聞こえはいいが、ただの食休みと夕涼みである。その中で、エースが年の割に落ち着いて-もっといえば達観して-いるというような話になり、激昂しやすい性質だと認識しているエースが「そうかあ?」と首を捻った時に、「そうだって。こいつみたいに、何十年生きたって何も悟ってねえような奴もいるし」と笑って親指でマルコを指したサッチの掌を嫌そうに掃い除けながら「うるせえよい」と呟いたマルコの声がひっかかって、「でも何十年ったって、親父ほど長生きしてるわけじゃねえんだし」いいんじゃねえの、といいかけたエースの目を二人分の視線が射抜く。同じ色をして。ああ、と努めて軽い声を出したサッチは、「お前知らなかったか、まだ」と言って横目でマルコを眺めて、「いいよい」とマルコが頷くのを見てから「お前が言えよ」とマルコの脇腹を突ついて、「いまさらだろい」とマルコは身を捩るようにしてサッチの顔を押した。仲いいよなこいつら、と何が始まるのかわからないエースが半眼でサッチとマルコを眺めていれば、どうにかサッチで落ち着いたらしい。すこしばかり呼吸をはずませたサッチははあ、と息を吐いて、それから「こいつの能力は知ってるだろ?」とエースに尋ねるので、もちろんほんの半月前まで一緒に戦っていた隊長の能力だから「不死鳥だろ、ロギアの」とこともなげにエースが応えると、うん、とサッチは頷いて、

「だから死なねえんだよこいつ」

と簡単に言った。よく意味が掴めなくて、「…はあ」と胡乱な声を上げたエースに、「反応薄っ」とサッチは笑って、「いや、死なねえって言われてもどういうレベルなのかよくわかんねえし、怪我しても治るっているなら俺も似たようなもんだし」と首の後ろに手を置きながら適当にエースが応えれば、サッチは軽く手を振って、「そういうのじゃなくて、長く生きる方の話」と返す。長くって。「どれくらいだよ」とエースが尋ねれば、「さあ…?」とサッチも首を捻ってマルコを眺めるので、マルコはすこしばかり遠い目をして「1,000年から先は数えてねえよい」とやっぱりごく軽い口調で答えた。は?と目を見開いたエースに、「ほら、1,000年生きてもこんなんでやってけるわけだし、お前19でそんなんだからやっぱ落ち着いてるって」とわけのわからないことをサッチが言うので、「いや今論点そこじゃねえだろ」と珍しくぴしゃりとエースはサッチの言葉を退けて、「1000年て、…その間ずっと年取ってねえのか」とまじまじとマルコを眺めれば、マルコはしばらくエースを眺めて、「まず、お前は俺の言葉を信じるのかよい」と静かに問い返した。人が1000年生きることに疑問はないのか。ないから尋ねているのだけれど、前提として疑わないのか、と問われたエースは、まっすぐマルコの顔を見返して「わかんねえ」と答える。「俺は19年しか生きてねえし、親父だって…100年は生きてねえだろうから、お前の言葉を信じるだけの理由がない。でもお前の言うことだから、何かあるんじゃねえのかと思う」と言ったエースに、マルコはふうん、と少しばかり顔をほころばせて、「よい、お前よりよっぽどまともな理由だよい」と面白そうにサッチに告げた。「俺は何て言ったっけ?」とサッチが聞いて、「『えっ1000年て、じゃあ子供何人いんの?』」とサッチの口調を真似たように言ったマルコに、「それ本気でも冗談でも悪質だな」とエースが感想を述べれば、「だろい?」とマルコは肩をすくめた。それから、「俺は別に不老じゃねえし、本当に不死…ってこともねえと思うが、もう長ェこと生きてるのは本当だよい」と指の先でマッチを擦るくらい気軽にマルコが言うので、「死なねえのに不老じゃねえってどういうことだ?すっげえ少しずつ年取るってことか」とエースが突っ込めば、ずいぶん熱心だな、と揶揄するサッチには構わず「いや普通に、…お前らと同じように一年ごと年をとって、ただそうだな、親父くらいの年齢になったらリセットするんだよい」と思い出すようにしながらマルコは言葉を繋ぐ。リセット、と繰り返したエースに軽く頷いて、「5、6才くらいか?ひとりで生きていけるだけの、限界まで戻ってまた生き直す。それを繰り返してる」とマルコが言うので、「…じゃあ今は、半分くらいなのか」と呟いたエースに、「そういうことだよい」とマルコは瞬くように答えた。サッチは薄く笑いながらエースとマルコを眺めている。「じゃあ、…すげえ年上なんじゃねえか、マルコ」とぽつりと言ったエースに、「倍以上ならあとどれだけ上でもあんまり変わらなくねえか?」とサッチは嘯いて、「でも1000年だろ」と返したエースの言葉を「まあその倍以上にはなってるような気がするよい」とたいして感慨もなくマルコが訂正すので、エースはもう言葉もない。「もしかして、不死鳥の実って食ったのお前が最初で最後なのか」とエースが尋ねれば、「知らねえよい」と素っ気なくマルコは返して、それはそうだと思いつつ、エースは1000年を生きることを考える。いくらでも死ぬ機会のありそうなマルコが、1000年を生きている。サッチが横から茶化すように、「不死鳥の伝説って知ってるか」とエースに尋ねるので、「知らねえ」とマルコに気を取られながらエースが答えれば、「血を飲むと不老不死になれるんだってよ」と笑うので、エースはぞっとした。「マルコの血で?」と問い返したエースに、「まあそういうことだよな」とやはりサッチが笑っているので、1000年を生きるマルコよりサッチの方がよほど得体の知れないものに見えてエースは背筋を泡立たせた。そんなことをエースに告げて、どうしろというのだ。と、「飲みたけりゃ飲ませてやるっていつも言ってるだろい」とやはり事もなげにマルコが応えるので、ぎょっとしたエースがマルコを振り返れば、マルコも薄く笑っていて、エースは今すぐここから逃げ出したくなる。「俺はいいよ」と手を振ったサッチが、「そうかい」と気安く頷いたマルコが、どちらもエースの答えを待っていることに気づいたからだ。ごくり、と息をのみ下した瞬間、エースとマルコとサッチの背後から近づいてくる気配に気づいて、ふ、とマルコとサッチが表情を緩めて、「そろそろ帰るよい」とエースを促したので、「ああ、」と頷いたエースはじっとりと濡れた掌をごしごしとハーフパンツに擦り付けて、腰をおろしていた手すりから飛び降りる。
もちろん、それで終わるとはエースだって欠片も思っていなかった。


エースが取るに足らないつまらない小石を気にかけたり、似合いもしない寡黙さを気取ってみたのは全てマルコとサッチから感じる無言の圧力から意識を反らすためで、エースから水を向けない限りきっと永遠に口を噤むだろうマルコの、たとえる永遠が真実それに近いことをほとんど畏怖に近いまなざしで眺めていたからである。どれだけ考えたところで、考えるまでもなく、エースは永遠など生きたくはない。いつどこで終わっても、今ここで終わったって、むしろ早く死ねば死ぬだけ誰からも喜ばれるのだという事実に反発する気がいだけで生きていたものだから、こうして白ひげ海賊団に快く迎え入れられてからこっち、実のところこの幻影が壊れない内に死んでもいいんじゃねえかとすら思うことをエースは自覚なく意識している。そしてそれはこのおおきな船の隊長格となった時点でほとんど信念のようにエースに居座って、死にたがりと揶揄されるたびに斬りかかっていた時代とはもうエースの心根が違う。エースが死んだところで世界には何の支障もないだろうが、エースが死んだ後にエースを悼む人間はいる。それがこんなに心地よい感覚だということを知らなかったエースは、だから誰かを悼むことを絶望的なまでに恐れていて、誰も死なせないように、死ぬときは己が一番最初になるように細心の注意を払っていた。

そしてきっと、マルコとサッチもそれを知っていた。

どうするか、と首の後ろを掻いたエースに、「あの話ならもう考えなくていいよい」とひょいとマルコが水を向けるので、何の気なしに「じゃあマルコが死なねえことも忘れていいか」と口に出してしまったエースが慌てて口を押さえてももう遅い。「俺が言ったのは、冬島と春島の話だが、お前が考えてたのはそういう話だったのかい」と飄々とマルコが嘯くので、「ああそうだよ」と諦めは悪くないエースがぱちりと瞬いて答えれば、「そうかい」とマルコは何やら頷いて、なんだこいつ、と思ったエースの前でマルコの肩に肘をかけたサッチが「お前そんなおかしくなるまでこいつのこと考えてんのな」とあっさり言ってのけるわけで、は、と思ったエースはいっそ笑ってやろうかと思った。永遠など生きたくないエースは、でもマルコと生きていたいのだ。だからマルコがそれを望むのならおかしくなるまでだって考えて、春島と冬島の些細な違いでマルコを選ぶ程度にマルコが好きで、それでも選べないからどうしたって無口になる。今日の次は明日と決まっていて、でも明日もマルコと一緒にいられるかどうかは分からないから苦しくなるエースが、マルコが1000年を生きると聞いてどれだけ怖気立ったかマルコとサッチは知っているかもしれないが、それがエースが死んでもマルコは永遠に生き続けることに途方もなく安堵したエースの身勝手さにだとは一生気づかれなくないのだ。だから、「お前の血は、俺もいらねえよ」と言ったエースに、「俺もお前に飲ませる気はねえよい」と笑ったマルコがさびしくて、自分で断っておいて「え」と心もとない顔をしたエースは自信の感情すら持て余しているが、「俺は不老じゃねえからどこでだって生きていけるが、俺の血を飲んだ奴は"不老"なんだろい?そんな生きて行きにくい人間を作る気はねえよい」とさらりと答えたマルコがあまりにもマルコらしいので、エースは息をのんで、たまらなくなって瞬いた瞬間にぽろりと涙が落ちた。それは一瞬で一滴で、どこにも触れずに床に滲み込んだからマルコにもサッチにも届くことはなかった。それでよかった。それから、

「マルコは1000年生きてて寂しくねえの」

と尋ねたエースに、「幸いなことに今はお前らがいるから平気だし、お前らがいなくなってもお前らがいたことに変わりはねえからわりと平気だよい」とマルコは答える。それはつまりマルコがかかわった全ての人間に同じ感情を抱いているということで、エースとサッチと、白ひげ海賊団の面々が特別だというわけではないのだろうが、妙にエースに響いた。マルコにはその程度なのだ。だとすれば、エースがどれだけマルコにしがみついてもたいした障害にはならないだろう。目に見えて浮上したエースの様子をそっと観察していたマルコとサッチが目配せし合うことにも気付かず、エースは甲板に向けて走り出す。風を受けた帆のように軽やかな足取りを眺めて、「あと少しじゃねえかな」と呟いたサッチに、「まだもう少し時間が必要だろい」と答えたマルコは、「俺は25位が好みなんだよい」とさらりと言って、それはもう晴れやかな笑みで嗤った。

それは1000年を生きるだけの才覚をもった人間の話だった。

( 火の鳥マルコ / 身勝手なマルコとサッチとエース / 仲は良いんだよこの三人  / ONEPIECE )