※574話以降捏造話 ものすごい捏造 折り返し地点  


現 十 夜 / 第 陸 夜


両手いっぱいの幸せをばらまいたような星明かりが水面を照らす夜だった。とうとう胸に巻いた包帯も解けて、あとは大きなガーゼを貼るだけになったエースは、今親父の膝に上って、エースより大きな徳利で親父に酌をしている。危なげない手つきで縁までいっぱいに注いだエースは、親父に勧められるまま大盃の端に少しだけ口を付けて、何やら褒められたような顔をした。親父は笑いながらエースから盃を引き取って、豪快に中身を空にしていく。すとん、と親父の膝に腰を下ろしたエースの周りには、エースに酌をしたい人間と、エースに料理を渡したい人間と、親父に酌をしたい人間が何重にも輪を描いて、その中に一際騒がしいサッチの姿を認めてマルコは僅かばかり目を眇めた。そのまま一口酒を呷ったマルコに、「うらやましいんならお前も行ってこいよ」と声をかけたのはブレンハイムである。ちらりと視線を送れば、ブレンハイムのぐ、と噛みしめた唇の片端が不自然にひくひくと動いているのがわかって、マルコは少しばかりイラっとしながら「行かねえよい」と答えた。「余裕だねえ、それってつまり親父にはかなわないって諦めてるってこと?それとも最後はマルコのところに帰ってくるって信じてるってこと?」と、こちらは好奇心の塊のような顔で骨の付いた肉を振りまわすハルタに、「あんまり確信突くと逃げられるだろうが」と小声でラクヨウが告げて、マルコの眉間のしわはますます深くなるばかりだ。今夜は、エースの快気祝いとして船を上げての宴会が開かれている。モビー・ディックの食堂前、親父の傍の次に賑わうあたりに腰を下ろすマルコは、最初1番隊の数人と乾杯していた。それからしばらくはのんびりと、船中にちらばる隊員と、料理と、篝火と、星と、どこにいても目立つエースを目で追ったりしていたマルコの周りには、いつの間にかひとり、またひとりと各隊の隊長が集まってきている。それは別にかまわないのだが、先にいた一番隊の腰が引けてひとりずつ距離が離れ、隊長についてきた別隊の隊員に囲まれ、エースに向ける視線を遮られ始めたところでマルコは黙って立ち上った。「どこ行くんだよ〜」と、今度は骨の付かない肉をフォークで巻き取るハルタが尋ねて、「エースのところに決まってるじゃねえか」としたり顔でイゾウが答えて、「じゃあ俺たちも移動しないとな」とビスタが周囲の皿を持ち上げるので、「だから行かねえよい」とマルコはぴしゃりと全員の言葉を跳ねのける。「まあ、そう怒るなよ」と酒瓶を呷るブレンハイムに向けて、またちらりと視線を送ったマルコは、「俺より、お前らだろい」とマルコは言った。何が、という顔をした隊長格に、

「俺の傍にいてもエースは寄ってこねえよい」

お前らがいる限りな、と、さらりとマルコが告げれば、隊長どもはぐ、と喉に物が詰まったような顔をするので、マルコは少しばかり溜飲を下げる。「その勝ち誇ったような顔をやめろ」とラクヨウが渋い顔をするので、「してねえよい」と飄々とマルコは答えて、「お前らばかりエースを占領して」と言ったビスタに、「”お前ら”じゃねえよい」とマルコは返した。ら、の中に含まれるだろうサッチの後ろ姿に向かってふふん、と鼻を鳴らしたマルコが、「俺のだよい」と笑えば、「うわーーー腹立つわこいつーーー」と巻き取った肉を放り投げようとするハルタを止めて、でも「大した自信だなあ、おい?」とイゾウはイゾウでマルコをまっすぐ捕えるので、「うらやましいかい」とマルコもまっすぐイゾウの目を見つめ返せば、「ああまったく、その通りだね」と、からっとした顔でイゾウは笑った。ふ、と唇の端に笑いを浮かべたマルコは、くるりと踵を返して、隊長格の輪に背を向ける。「夜道に気をつけろよ!」と言ったブレンハイムの声に、「ああ、そうするよい」とゆるく手を振って、マルコはすたすた歩いて食堂の角を曲がって、後甲板に向かって行った。残された隊長格はしばらくもそもそと酒を呷っていたが、やがて「じゃ、エースんとこ行くか」とハルタが弾みをつけて立ち上がったのを皮切りに、一斉に親父に向かって歩き出す。親父の膝に座ったまま談笑していたエースが、隊長格の姿を認めて、一際大きな笑顔でぶんぶんと手を振るので、ビスタもイゾウもハルタもラクヨウもブレンハイムも、大きく手を振り返した。


さて、夜も更け始めた見張り台の上である。宴会の喧騒から抜け出して、ひとりちびちびと手酌で酒を呷るマルコの目の前に、エースがひょこっと顔を出したのはほんの数分前の事だった。両手に肉を抱えて、足だけでシュラウドとマストを上ってきたらしいエースのバランス感覚に嘆息しつつ、肉を受け取ってエースを引き上げてやったマルコの隣で、エースはずいぶん上機嫌である。「どれだけ飲んだんだよい」と尋ねたマルコに、「わかんねえ」と答えるエースは、それでも指折り数えてボトル4,5本分?と首を傾げるので、「ああそうかい」とマルコはコップに酒を注いでエースに渡した。サンキュ、と受け取るエースが平然とした顔でそれに手を付けるので、「病み上がりでそんなに飲んで平気なのかよい」と、膝に頬づえをついてマルコは言ったが、「肝臓は俺のだってラクヨウが言ってたから平気だろ」とエースは返して、「ていうか怪我の後も病み上がりって言うのか?」と首を傾げるので、「怪我も外傷性疾患だから病気の一部だよい」と、マルコはさらりとエースの疑問を受け流す。「そうか」と、マルコの言うことをほとんど疑わないエースは、「そもそもまだ治ってねえしなあ」と胸のガーゼに手を置いて言った。「あと少しなんだろい」と、エースの手に左手を重ねながらマルコが言えば、「じいさんはそう言ってたけど、俺は俺の傷見てねえからな」と、少しばかり腑に落ちない言葉をエースは返す。「見てないってどういうことだよい」とマルコが尋ねれば、「だって風呂の時もこれ」とガーゼを差しながら、「外すなって言われたしよ、治療の時は寝かされてたから胸は見えねえし、結局どうなってるのか俺は知らねえ」とエースは笑った。その笑顔に、マルコはざわりと背中が泡立って、「でも一回くらい見ておくべきだよな?どうなってんだろうなコレ、あんなに穴開いてたのに」と言いながらガーゼを止めるテープの端に手をかけたエースの腕を握って、「やめろい」と努めて冷静な声でマルコは止める。ん?と首を傾げるエースに、「肉食ってるときに、人体の不思議は見たくねえよい」と眠そうな顔でマルコが告げれば、「そんな柔らかい神経してねーだろ」と言いながらも、エースはエースの胸から手を降ろして、意識を皿の肉に戻した。マルコもそっと右手を握って、軽く浮かせていた背中を見張り台の背板に預ける。

実のところ、マルコもエースの傷口を直接見たことはない。救出されたエースと、エースの傷をえぐり続けるマルコは確かに3日3晩一緒にいたのだけれど、不死鳥に変わっていたマルコと半分方炎に変わっていたエースの視線はほとんど合うこともなくて、4日目の朝、朦朧とするマルコに「準備ができたから、もう大丈夫だ」と声をかけたサッチに、倒れこむように意識を飛ばしたマルコが目を覚ます頃には、12時間かかったというエースの移植手術はすっかり終わっていた。何に時間がかかったのかと言えば、重症だった隊員が死んで、エースに移植できる内臓が手に入るまでに3日かかったのだと、エースではなくマルコに付き添っていたサッチがぽつりと呟いたことを覚えている。残酷な話だ。結果としてエースは、エースを助けるために命を落とした隊員の命を吸って生きている。「別に死んでほしいとも、死ねばいいと思ったわけでもねえし、エースが助かったらアイツが死んでいいわけでもねえんだが、…アイツのおかげでエースが助かったって、俺はエースに言っていいかな」と珍しくサッチが逡巡しているので、マルコは黙って首を横を振る。言わなくていい。「そっか」とうなだれたサッチの顔があんまり辛気臭いので、マルコはサッチの頭を引き寄せてがしがしと撫でてやった。「いて、いてて、おい痛えってマルコ、つうか俺はエースじゃねえし」とサッチが喚くが、「うるせえよい、エースはもっと可愛げがあるわ」と言いながら、マルコはサッチの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。エースの内臓になった隊員は、4番隊の隊員だった。自慢のリーゼントを作る暇もなく、エースの手術と隊員の葬儀に駆けずり回ったらしいサッチは見るからに憔悴していて、それでもエースが生きていて良かったと笑うものだから、マルコにはそれを受け入れることしかできない。「お前のせいじゃねえよい」と言ったマルコの声は、「俺のせいだよ」と言ったサッチの声に飲み込まれて、その声があんまり暗く深いものだから、マルコは何かを思い出しかけたのだが、「隊長!二時の方角に、海軍です!」と、船室に掛け降りてきた4番隊の声に遮られて、追求することはできなかった。「このクソ忙しい時に」と舌打ちしたサッチに賛同して、「2分で終わらせるよい」と言ったマルコは、ばさりと羽ばたいて開け放された扉から飛び出す。青い焔をまとうマルコの姿に、甲板からは歓声すら上がって、けれどもマルコにはもう聞こえていなかった。不死鳥は、ひとではないものだ。ひとではないマルコは、もう何も考えずに大砲を向ける海軍船の頭上まで舞いあがって、そして一気に、船を焼き尽くす。不死鳥の炎は生き物を焼かない。けれども、グランドラインの真ん中で船を燃やしてしまえば、たとえ生き残ったところで海軍の末路は見えている。ごうごうと燃え盛る船に一瞥をくれることもなく、マルコは無感動にゆるく翼をはためかせた。青い炎が燃え盛る海は、夜なのか昼なのかもわからない色をしていた。

目の前で肉を齧るエースからは、ほんの一カ月前に処刑台にさらされていた傷だらけの姿はまるで想像できなくて、マルコは薄く唇をゆがめる。途端に、「それ笑ったつもりなら止めた方がいいぞ」とエースがマルコを指差して、「すっげえ悪人面!」と言ってにっと笑った。思いがけないことを言われたマルコは、「観察してるんじゃねえよい」と乱暴に返して、コップはエースに渡してしまったから、瓶ごと酒を呷る。それから、「お前だって手配書の面は相当キてるだろうが」とマルコが呟けば、「手配書はかっこよく決めるべきだろ」と平然と胸を張るエースの口元に肉のかけらを見つけて、馬鹿馬鹿しくなったマルコは「ああそうかい」と投げやりに言って、左手でごしごしとエースの口元を拭った。「こういうことしてるから保護者って言われるんだろうよい」としみじみマルコが呟けば、「でも保護者じゃなくて恋人だろ」と、真顔でエースが言うものだから、マルコは動揺して半分かた開けていた酒瓶を取り落とす。かつん、と見張り台の床に落ちてワンバウンドした瓶を受け止めたエースが、「何してんだよ」と呆れたような声で言うので、「お前もう黙ってろい」と目元を抑えてマルコは返した。勘弁して欲しい。何度も何度も何度も、それこそ耳にタコじゃなくてエースができるくらい言ったと思うが、マルコはエースを愛している。エースがマルコを好きだという言葉に嘘がなくて、あいしている、と言ったこともきちんと理解しているが、それにしても、マルコの方がエースを愛している自信があって、だからエースに隊長格どもがわらわら寄ってこようが、サッチが絡んでこようが、親父の膝に座っていようがたいして気にもならないのだが、だからこそ、エースがマルコに告げる言葉の一挙一動に心臓が跳ねることをやめることができない。そういう意味ではエースの方がずっと男前だよい、と思うマルコは、エースが差し出した酒瓶を受け取って、まず手の届かない場所に避難させてから、エースの前にある肉の皿も同じだけ遠くに寄せておく。それから、マルコの言葉通り黙ってマルコの行動を眺めているエースの手を取って背を浮かせて、覆いかぶさる形でマルコはエースを抱きしめた。柔らかくはない。細くも白く靄割らなくもないエースの身体には、さらに大きな傷がついて、親父の印すら消されてしまった。それでも、エースを抱くマルコの身体にはエースの体温と、確かな鼓動が聞こえて、マルコは目を閉じることもできずに息を詰める。不死鳥の姿で、炎になったエースを抱いている間は一切感じなかったものだ。三日間、眠りもせずにマルコが考えていたことは、このままエースが目覚めないのならばマルコもずっと不死鳥でいたいと、ただそれだけだった。不死鳥の脳はずいぶん単純だったから、それだけ考えていれば、今船が置かれている状況も、親父の容体も、1番隊の隊員たちの安否も、エースの生死も問わずにいられた。マルコがエースをあいしていることすら欠片も浮かべることはなかった。それは狂おしいほど安寧で、そして愚鈍なまで絶望に近かった。

「…俺は、」

と、言いかけたマルコの背中に暖かいエースの腕が回されて、近かったエースとの距離がさらに縮まって、ぎゅう、と抱きしめ返すエースは「いいから」と囁くように言う。何が、とマルコは思う。何も良くはない。結果はどうあれ、マルコは一度エースを諦めかけたのだ。愛しているというのに。マルコはマルコのためにエースを生かしたがり、けれども結局、マルコだけではエースを繋ぎとめることができなかった。エースを守ったルフィと、エースのために内臓を譲った4番隊と、治療に当たった医者と、寝る間も惜しんで駆けずり回ったサッチと、そした皆の意識が重なって、エースはマルコの腕の中にいる。それを理解しながらエースを離すこともできないマルコの、何がいいとエースは言うのだろう。また口を開きかけたマルコの背中を、さらにきつくエースは抱いて、「もう、いいんだって」と宥めるようにエースは言った。そうして、「だから、マルコももういいって言ってくれ」と、掠れるような声でエースが続けるので、マルコは少しだけ腕の力を緩めて、マルコの首に額を預けるエースの顔を覗き込む。マルコの目に映るエースの顔は、先ほどまでの笑顔とは打って変わって、おおきく目を開いた無表情なもので、マルコも薄く目を開いた。それから、エースの言葉に思い当たる節があって、「お前、サッチに何か聞いたな」とマルコが示唆すれば、エースは僅かに視線を反らして、「俺が捕まった後に、イラついてたってだけだ」と言う。明らかにそれ以上を注げただろうサッチを思い浮かべて、マルコは軽く舌打ちをした。毎回毎回、余計なことばかり言う奴である。しかもそれが的を得ているものだから、マルコにはエースを否定することもできず、サッチに八つ当たりすることしかできないのだった。謝罪するはずだったマルコは、仕方なくがりがりと頭をかいて、「お前がここにいるだけで、もういいよい」とエースに告げる。その途端、悲しくなるくらい簡単にエースの顔が明るくなるものだから、マルコはマルコの事などどうでも良くなって、もう一度エースを抱きしめ直した。エースの肩にかるく唇を当てれば、押し殺したような笑みが聞こえて、そういえばこいつは俺がこいつをあいするまえから俺がすきだったな、と思い返して、マルコはゆっくりと目を閉じる。抱きしめる指先に、背中を覆うガーゼが触れて、これが取れる前に一度くらいしておくべきだろうか、とろくでもないことをマルコは思う。傷つかないエースに開いた風穴は、ある意味貴重なものだ、と薄く笑って、笑ったあとで、笑えるようになったのはエースが生きているからだと今さらマルコは腑に落ちた。世が明けるまで、星明かりに一番近い場所で、マルコとエースは手を取って寄り添っていた。

( そろそろ何の話かわからなくなってきた / マルコとエース(とサッチ) / ONEPIECE )