※574話以降捏造話 ものすごい捏造 迷走しています 


現 十 夜 / 第 肆 夜


「呆れるくらい頑丈だな」と言いながらルフィの左腕の包帯を巻きとった船医長は、「まあ、まだ傷は残っとるが、日常生活に支障はない」と言ってエースの顔を仰いだ。「兄弟そろってでたらめな奴らだ」と溜息をつく船医長の前で、にやりと笑ったエースにも、胸に貼られたガーゼと、軽く巻かれた包帯以外の治療痕は残っていない。 さすがにざっくり穴が開いた胸だけは皮膚が再生するまでこのままだと聞かされたエースは、それでも三日前からルフィとふたりでがらんとしたエースの自室で生活することを許されていて、「なにもねえなあ」と逆に感心したらしいルフィが、「早速船を飛び出して遊びに行った夏島で拾った何か」をエースの部屋に持ち込むことを必死で阻止している。いい雰囲気の棒や、手頃な大きさの石、ルフィの身体より大きな青い花などはまだしも、生きた昆虫や浜辺に流れ着いた古びたブイや遺跡の彫刻などを、ルフィはエースにどうしろと言うのだろうか。「置いてこねえとお前ごと燃やすぞ」と笑うエースの目が笑っていないことに気づかないルフィではないので、性懲りもなく何度も何度も何度も何度も、エースに何かを手渡したがるルフィを、エースは少しばかり持て余していた。傷の診立てを終えて、病室から追い出された途端に今日もルフィは甲板を目指して走っていく。その足の向く方向が、出口とはほど遠いものだったので、「何度迷えば気がすむんだ」と独りごちたエースの隣で、「お前もずいぶん迷っただろい」といつの間にか傍にいたマルコが後を繋いで、エースは思わず飛び上がってしまった。「何してんだよい」と小馬鹿にしたような口調でマルコが言うので、「だから、気配消して近寄るなって言ってるだろ」と、エースがむっとしながらかなり近くにいるマルコの肩を押せば、「にやけた面で弟を見送ってるから遠慮してやったんだよい」と飄々とした口調でマルコは返す。ことルフィに関しては幾らでもデレている自覚があるエースは、言葉に詰まってしまって、仕方がないのでマルコに背を向けてルフィとは逆方向に歩きだす。

当然のようにマルコも隣に並ぶので、「1番隊は今夜番じゃなかったか」とエースが横目で揶揄すれば、「戦闘以外では俺がいねえほうがうまくまわるよい」と、悲しいけれど本当の事をマルコは言った。それは2番隊隊長のエースにも当てはまることで、エースは怪我の治療とルフィの世話(と言う名のじゃれあい)にかかりきりになっている上に副隊長のティーチもいなくなってしまっているというのに、2番隊は今日も通常通り定例業務を難なくこなしていた。そもそも白ひげ海賊団は上下よりも横の関係で動いており、戦闘を主に請け負う1番隊と2番隊以外の隊にはそれぞれ決められた役割が振られていて、それがない1番隊と2番隊は日々をわりとリベラルに過ごしている。つまり戦闘以外ではほとんど役に立たないマルコとエースは船内の見回りか、雑用か、雑談程度しかすることがないのだった。だから夜番中も寝ていたっていい、というわけでもないが、マルコの言葉はエースにも理解できて、「お互いできのいい隊員を持って良かったな」とマルコの顔は見ずにエースは言う。「まったくだよい」とまるで悪びれずに頷くマルコは、「ところでどこに行くんだよい」とエースに尋ねて、「特に決めてねえけど、ルフィが帰ってくる前に部屋に帰る」とエースは答えた。そうしないと、前述の通りルフィが持ち込むわけのわからないガラクタでエースの部屋は埋め尽くされてしまう。そうして、エースはルフィが持ち込んでしまったものを簡単に捨てられるほど図太くはないのだった。ルフィとの攻防を思って、はあ、と溜息をついたエースの横で、「受け取ってやったらいいだろい」とごく簡単にマルコが言うので、「いやいらねえし」と間髪入れずにエースが突っ込むと、「でも嬉しいんだろい」と当たり前のようにマルコは返して、それは確かに正しいので「…嬉しいけどよ」とわりと素直にエースは答える。ドーン島の、エースとルフィの住処にはふたりで集めたいるようないらないようなわけのわからないものがいくらでも詰まっていたことをエースは覚えていて、だから今のルフィの行動がエースへの好意であることはわかっているのだが、それでもエースはあの部屋に物を詰め込む気がないのでどうしてもそれを受け取ることができない。眉を潜めたエースと無表情のマルコは、いつの間にか広い中廊下までたどり着いて、右に曲がればエースの部屋はすぐである。ちらり、と人気のない廊下を眺めるエースの顔を一瞥して、「本当はわかってるんだろい」とマルコは言った。「何を」と返したエースに、「結果はどうあれ、受け取ってやりゃそれで済む話だよい」と、エースを置いてさっさと右に折れたマルコを、今度はエースが追いながら、「でも」と言いかけたエースを制して、「部屋に置きたくなけりゃ、俺が代わりに取っておいてやるよい」とマルコは続ける。「あの棚にか」と、マルコの部屋の一面に作りつけられたありとあらゆるものが乗る棚をエースが思い浮かべれば、「あの棚にだよい」とマルコは至極真面目に頷いた。中廊下を抜けて、右に折れて、階段を下って、左に折れた廊下の突きあたりまで進めば、そこはもうエースと、そしてマルコの部屋の前である。

同じ作りであるはずの二つの狭い部屋は、それでも住む人間の性質を如実に反映して、一見して人が住んでいるとは思えない火が消えたようなエースの部屋と、それなりに雑然と、そして雑多に物が詰め込まれた和やかなマルコの部屋を形作っていた。エースが、開け放したままの扉の間から黙ってエースの部屋を眺めていると、マルコは「そんなに考えるようなことかよい」と言って、エースの手を引いてマルコの部屋に滑り込んだ。丸窓から差しこむ穏やかな午後の光が、適度に整理されたマルコの机の上を淡く照らして、エースはなんだか泣きたくなって、それは論外なので少しばかり笑っておく。マルコの部屋は、マルコのそのもので出来ているような気がした。いつだって突き放すような態度で、そのくせいつだって底抜けにやさしいマルコは、エースの一番深い場所に滲み込んでいる。エースの手を握ったままのマルコは、マルコの身長より背の高い雑多な棚を見上げて、「この棚の半分くらい開けたら、お前の弟が持ってくるもの全部おさまるだろい」と簡単に言って、上から二段目の左端の本に手をかけるものだから、エースはマルコの手に左手を置いて頭を振った。「何だよい」とエースを振り返ったマルコの顔は相変わらず無表情で、それでもマルコがわりと焦れていることが分かるエースは、「しなくていい」とマルコに告げる。「ルフィにはちゃんと俺が話をするし、俺がもらったもんは俺の部屋に置くから、マルコの部屋にはマルコの好きなもんだけ置いとけよ」とエースが言えば、「そうかよい」と返して、引き出しかけた古本をまた棚に戻した。入れ替わりの激しいマルコの棚の中で、それでも売られも捨てられも譲られもせずに残っているのが上から二段目の左側の列の本だということを知っているエースは、それでもマルコがエースのために棚を開けてしまうだろうことを知っていて、そしてマルコは、エースがそれを知っていることを知った上で、エースが止めなければ間違いなく本を処分してしまうのだろう。何の躊躇いもなく。ああ面倒くせえ、と溜息をつくエースの前で、エースの手を握ったままのマルコはマルコのベッドに腰を降ろして、ぽんぽんとマルコの横を叩いた。

エースがおとなしくマルコの横に腰を下ろすと、マルコはゆるく壁に背を預けてから、「そもそも、なんでお前の部屋にはあんなに物がねえんだよい」と今さら尋ねて、「いつ俺の部屋じゃなくなるかわかんねえからだ」とエースが返せば、「それは理由にならねえよい」と当たり前のようにマルコは否定する。「なるだろ」とエースは言ったが、「ならねえよい」となおもマルコは言い募って、「その理屈で言ったら、俺やサッチなんかはどうしたらいいんだよい」とエースの顔を覗き込んだ。マルコやサッチがいなくなることなどは毛ほども想定していなかったエースは、「え」と一瞬呆けた顔をして、マルコはぎゅう、とエースの手を握りこむ。「お前がいなくなるわけがねえとは言わねえが、いつかいなくなったときお前の部屋にあんなに物がなかったら、俺は寂しいよい」と淡々とマルコは言って、「ええ、」と声を上げたエースに、「寂しかったよい」ともう一度、今度は過去形でマルコは告げた。エースは、もう一度いなくなっている。着替えと実用品はバナロ島でなくしてしまったから、今エースの部屋にあるものはもとから部屋に置いてあった机とベッドと、それからマルコがエースにくれた黒曜石の星座盤くらいだった。マルコがエースに形の残る物をくれたのはあれが最初で最後で、だからどうしても失くしたくなくて、そっと机の引き出しにしまって行ったことを覚えている。マルコは、あれを見ただろうか。何も無い部屋に残された星座盤を引き出した時、エースはとてつもなく安堵して、でもマルコは、どう思っただろうか。エースは、エースとマルコがまるで違うことを考えていることを知っていて、それでもマルコが寂しいというなら、その要因は取り除きたいくらいにマルコを愛している。しつこいくらいにエースに物を差し出すルフィが、きっとほとんど同じ気持ちでいることもわかるエースには、これ以上我を通す理由が見つからない。「なくならなくてもいいのか」と、ほとんど無意識で滑り落ちたエースの言葉は180度転換してほとんど別の意味を孕んでいて、けれども、頷いたマルコは「ずっとここにいろよい」と正確にエースの言葉をとらえている。シーツに落ちたマルコの手をぎゅう、と握り返して、「じゃあもう二度とどこにも行かねえ」と早口でエースは言った。そうしろよい、と簡単に頷いたマルコは、だから、と続けられないエースをちらりと眺めて、「俺もずっとここにいるよい」と言ってにやりと笑う。ふへ、とエースも笑った。嘘でも良かった。守られなくても、ずっと一緒にいられなくても、たとえ明日死んでしまっても良かった。いや良くはないが、今ここでこうしてマルコとエースが言いあったことが覆ることはない。父親とも、母親とも、ジジイとも、サボともルフィともスペード海賊団の仲間とも一度は決別してしまったエースは、変わらないものを求めていて、けれどもそれを望んでいいのかもわからなかった。生きるだけで精いっぱいだったエースを、愛するだけで精いっぱいだったエースを、ちゃんと愛してくれたのは、エースが愛されていると教えてくれたのはマルコだ。 最期になる前にちゃんと告げることができて良かった、とエースは思う。あのまま死んでいたら、悔やんでも悔やみきれないところだった。

気が抜けて、ぽす、とマルコの肩に頭を乗せたエースが、実際問題として「それでもルフィが持って帰ってくるもんは要らねえんだよな」と呟いたら、「それでも嬉しいんだろい」と見透かしたようにマルコが言うので、ふん、と鼻を鳴らしてエースは目を閉じる。「寝るのかよい」とマルコが尋ねるので、「寝ねえけど、ルフィが帰ってくるまでこうしてる」とエースが返せば、「すきにしろよい」とマルコは言って、開いた右手を伸ばしてエースの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。暖かい掌が気持ち良くて、エースが甘えるようにマルコの肩に頬を摺りつけると、「図体ばっかりでかくなりやがって」と押し殺したようなマルコの声が聞こえて、マルコの右手はエースの頭から耳を撫でて、首筋を降りて、肩から鎖骨をなぞって、ゆるく包帯の巻かれた胸までたどり着く。触れるだけのマルコの掌からはほとんど何も伝わらないが、マルコにはエースの心音まで聞こえるのかもしれない。やがて、「痛いか」とほとんど囁くような声でマルコが尋ねるので、エースはゆるやかに首を振った。痛くはない。ただ、数年来感じたことのなかった「熱さ」に違和感があるだけだった。「これも一種の火傷ってやつなのか」とエースが呟けば、「そんな生易しいもんじゃねえだろうがな」と珍しくきっぱりとマルコは言う。焼けるというよりいっそ溶けていた、と医者は言ったし、意識のない間のエースの傷の事はいっそマルコの方が良く知っているのだろう。「生きてて良かったな」と人事のようにエースが笑えば、「全くだよい」とマルコも笑って、エースの胸から手を滑らせてするりと腰を撫でた。「うひ」と妙な声を上げて目を開けたエースに、「相変わらず色気のねえ奴だよい」と真顔でマルコは言って、反論しようにもしようのないエースがせめて行動にうつそうか、と思ったところで、遠くからぱたぱたと足音が聞こえる。「時間だよい」とあっさりエースの手を離したマルコは、寄りかかるエースの背を押して、「まあがんばれよい、兄貴」と言った。いつだったか、このベッドの上でマルコを「お兄ちゃん」と呼んだことがあるエースは、「おう、がんばるな」とざっくり返して、立ち上がり際にすい、とマルコに顔を近寄せて、ちゅう、とマルコの唇を吸い上げる。「これでがんばれる」と笑ったエースに、「いいから早く行けよい」とマルコはひらひら手を振るので、「続きはまた今度な」と言い置いて、エースはマルコの部屋を後にした。

ぱたん、と扉を閉めたところで、角を曲がったルフィの姿が見えるので、エースはルフィに向かって大きく手を振る。ぶんぶん、と手を振り返したルフィが「ただいま!」と叫びながら飛びついてくるので、エースはルフィの傷に触らないようにうまくルフィを抱きとめて、それからルフィが麦わらを被っていないことに気づく。くしゃ、と癖のない黒髪に手を置いてから、エースがちらりと後ろを振り返れば、ルフィの手にはたくさんの花弁を入れた麦わらが握られていて、エースはゆるく目を見開いた。「お前、これどうした」と、ルフィを支えたままエースが尋ねれば、「桜咲いてたぞ」と上気した顔でルフィは言って、みょん、と腕を伸ばしてエースの上で麦わらを逆様にする。当たり前だが、麦わら一杯に詰め込まれていた花弁はあっという間にエースとルフィに降り注いで、一瞬だけ桜吹雪を形取った。はらはらと落ちる桜の花びらを囲まれながら、「ルフィ」とエースが呟けば、「おれはエースにだって見せてやりてえんだ」とルフィは言う。それが、数日前の「見せてえ奴がいる」の続きだと気付いて、「そうかい」とエースは答えた。夏島でも、春になれば桜が咲く。エースはそれを知らなかった。花弁まみれのエースは、同じくたくさんの花を咲かせるルフィの頭をわしゃわしゃ掃って、「ありがとよ」と笑う。麦わら一杯の花びらを拾い集めるために、ルフィはどれくらいの時間をかけたのだろう、とエースは思う。普段は集中力も持続力もないルフィだが、それでもどうでもいいことに関してはとてつもない情熱を傾けるルフィの事だから、きっと飛び出してからずっと続けていたはずだ。枝を一本折るだけで事足りることに数時間を費やすルフィは、紛れもなくエースの弟だった。エースの腕の中でにひひ、と笑ったルフィが、「これなら邪魔にならねえだろ」と言うので、「掃除はちょっと大変だけどな」とエースは努めて軽く返して、ルフィの髪に残る花弁を一枚、そっとポケットにしまう。マルコに渡したら、きっとどうにかして残しておいてくれるだろう。むしろ、床に散らばる花弁をもう一度集めて、今度はマルコに振りかけてやってもいいかもしれない。渋い顔をしながら、それでも笑ってくれるだろうマルコを思いながら、エースはもう一度春の匂いが残るルフィを抱きしめた。しあわせだった。

( エースにウザいくらい幸せになって欲しい / エースとルフィ、マルコとエース / ONEPIECE )