※574話以降捏造話 ものすごい捏造 エース×ルフィ注意


現 十 夜 / 第 参 夜


大きな波がモビー・ディックの脇腹に打ち寄せる日中だった。
今日も今日とて病室を抜けだすエースとルフィは、どうやら諦めたらしいナースが差し出した普段着に(ルフィに関しては2番隊隊員から借りた私服に)着替えて、それでもふたりなりに譲歩してメインマストから延びるシュラウドの上に寝転がっている。モビー・ディックの甲板には、エースとルフィ以外にもずいぶん大勢の隊員がひしめいていて、ふたりだけでのんびりしている本物の兄弟を-血の繋がりはないが-遠巻きに眺めていた。エースは、エースが自分で言った通り皆に愛されているものだから、2番隊の隊員などは混ざりたくて仕方がないという顔をしているのだが、マルコとサッチが無言で睨みを利かせているので、今日もエースは気づくことなくルフィとふたりで過ごしている。モビー・ディックが人目を避けるように停泊する夏島はちょうど春を迎えたばかりで、それなりに柔らかくて暖かい光が甲板に降り注いでいる。 ぼんやりと仰向けになって空を見上げるエースの横で、「桜は咲かねえのかな」とうつ伏せで島を眺めるルフィがぽつりと呟いた。エースの知るルフィは花の名前などを口にする人間ではなかったし、桜自体亜熱帯のドーン島には咲かない花だったから、「見てえのか?」と言いながらエースは手を伸ばして、ルフィのトレードマークである色褪せた麦わら帽子の隙間からルフィの髪を引く。当たり前のように伸びた髪をゆるく振って、エースの手をはらってから、「見せてえ奴がいる」とルフィは言った。誰だ、と聞きたいのは山々だったが、確実にルフィが一緒に旅をしている仲間の誰かなんだろうと予想はついて、そしてまた、今ここにルフィがひとりでいる理由はわからなかったので、エースは「へえ」と返すだけに留めておく。動けるようになったルフィが、「帰る」と言いださないので、エースは少しばかり心配しているのだ。ルフィは、エースの贔屓目を抜きにしても人に好かれる人間で(ガキのころからずっとそうだ) (そもそも、どう考えてもひねくれた嫌なガキだったエースが骨抜きにされたくらいだから)、アラバスタで会ったルフィの仲間は、皆ルフィの奇行も認めた上で諦めてくれているようだったから、だからつまり、今ここにルフィがひとりでいると言うことは、ルフィの仲間に何かあったのだろうと思う。ひとりをあんなに嫌がったルフィがそれほど取り乱すこともなく落ち着いてエースを助けに来たのだから、きっと大丈夫なのだろうと思うが、きちんと助けられることもできなかったエースにはうまくそれを尋ねることができない。ふたりで生きる上で、ほとんど何も隠すことのできなかったエースとルフィの間には、すでに3年の月日が流れている。いっそこのままルフィが白ひげ海賊団になってしまえばいい、と思うエースの心に嘘はないが、自分自身を鑑みて、そしてエースよりずっと夢を見ているルフィが誰かの下に付くとはとても思えなかった。それに、と、エースは薄く唇に笑みを刷く。エースはルフィと戦うのが嫌いではないのだ。殺しても死なないようなルフィと、ようやく同等に戦えるだけの力を手に入れたエースは、もっとずっと強くなるだろうルフィと今度こそ『海賊の高み』で戦うのだ。だから今仲間になってしまうわけにはいかない、と思考に一応の蹴りを付けて、エースは大きく伸びをした。

それから、「夏島に桜は咲かねえだろうが、あっちでサッチが西瓜切ってるぞ」と何気ない口調でエースが食堂を指せば、「ほんとかっ?!」と叫んでルフィはがばりと跳ね起きる。瞬間、切り傷に触ったらしく「いてェ…」と前かがみになって脇腹を支えるルフィがあんまり情けない顔をするものだから、エースは少し笑って、「俺がもらってきてやるから寝てろよ」と麦わら帽子ごとルフィの頭を撫でた。撫でながら、ああこれはマルコの癖が移ったんだな、と思うエースの真下から、「おい、エース」と不意にエースを呼ぶ声がする。耳慣れた声に、軽く身体を捻って縄の間を覗きこめば、両手に半分に割った西瓜を乗せたサッチが「お前らの分!」と叫んでいる。おう、と手を上げて答えたエースが、ひょいとシュラウドを潜って数メートル下の甲板に音もなく着地すると、「お前ね、全部治るまではちゃんと梯子使って降りなさいよ」と呆れたような口調でサッチは言った。「ん、そうだな」と西瓜を受け取りながらエースが答えれば、「聞き流してるだろ、エース」と言ったサッチはさらにふたつ西瓜を取り出して、「上で切ってやるし、持ってやるからお前は片手開けてちゃんと登れ」とエースを促す。ん、とエースは頷いて、半分になった西瓜を小脇に抱えてメインマストに手を掛ける、と、上から伸びたルフィの腕がエースとサッチの西瓜を攫って行く。「あっ」と声を上げたエースに、「気がきく弟だな」とのんきにサッチは言ったが、「違ぇって、アイツあれひとりで全部食う気だ」とエースは返して、甲板を蹴って炎に変わって瞬く間に、数メートル頭上のルフィの横までたどり着いた。サッチが見上げる間に、エースは3度ルフィを張り飛ばして、良く伸びるルフィの口の中に皮ごと詰め込まれた西瓜をどうにかひとつ回収できたようだ。しっかりと西瓜を抱えたエースは、「悪ィサッチ、包丁貸してくれるか」と甲板のサッチに声を掛けて、その間も絶えず伸びてくるルフィの腕を片手一本で抑えている。「まったく、いい兄弟だよなあ」と楽しそうに呟いたサッチは、エースの西瓜を切ってやるためにいそいそとメインマストに足をかけた。食い終わった皮を回収するのも、サッチの役目だろう。

かなり大きめの西瓜のおかげで、空腹はともかく食欲を満たされたエースとルフィは、お互いに身体を預ける形でとろとろとまどろみかけている。朝食をたっぷり平らげて、昼食まではまだ少し間のある時間、昼寝には最高だろう、と、ルフィの体温を感じながら、エースは零れかけた欠伸を噛み殺した。眠ってしまっていい時に欠伸は不要だ、と聞かされたのは確か形ばかり医学に(医学書に)凝っていたころのマルコからで、真偽は置いておいてマルコの言葉を疑わないことにしているエースは今もそれを実践している。戦うか、修行するか、食うか寝るかしかなかったあの島でのエースとルフィの世界は、イーストブルーとグランドラインと、お互い以外の仲間を見つけてどれほど変わったのだろう、と目を閉じながらエースは考えた。3年ぶりにあっても底抜けに明るかったアラバスタの海でのルフィと、どん底のような顔をして泣かせてしまったついこの間のマリンフォードでのルフィを思い返して、いつまでもルフィの傷になるわけにはいかない、とエースはゆるく、ぬるい息を吐く。物心ついたころ、エースがなりたいエースを認める人間はサボしかいなかった。裏を返せば、エースのすべてを無条件で認め、エースもまた無条件で認める相手がひとりはいた、ということになる。今なら分かるが、あれは共依存だった。あのままサボと生きていたら、同じ年で海に出たところでエースはそこまで強い意志を持って生きることはできなかっただろう。海賊王になりたくはないあの頃のエースには、”島を出ること”以上の、海賊の高みを目指す理由が見つからない。だからエースとサボの間に突然転がりこんで、あっという間にエースとサボに懐いて、どれだけ邪険に扱ってもめげることのないルフィが、サボをなくした後のエースに依存するのは当たり前のことで、それはまたエースにとっても同じことだった。ただしルフィにはあこがれの”シャンクス”がいたし、エースの相棒は何年たってもサボひとりだったから、エースとルフィは歪な、傍目から見ればただの仲の良い兄弟として、頑なにそれだけを守って生きていた。呼吸より簡単にセックスしようが、冗談ですらなく本気で殺し合おうが、14のルフィを置いて17のエースが平然と島を出ようが、17のルフィに20のエースが命の紙を預けようが、エースとルフィにとってそれは当たり前のことだったのだ。常識を知らないこどもとこどもが、それでも懸命に築いた、薄くて強い関係だった。ただしそれも、もう終わりにしていい頃だろうとエースは目を開く。エースがマルコを愛したように、エースが親父を慕うように、ルフィにも命を預ける仲間がいる。それはそれとして、エースだってルフィが死にかけていたら助けに行きたくはなるのだろうが、それでもエースがこんな風に、ルフィが死ぬほどの思いをしてまで助けたくなるような存在である必要はないのだ。兄であるというだけで、ルフィにそんなことをさせたくはない。
兄だからこそ。

だからエースは、お互いに体重をかけていた背中をさっと引いて、するりと反転して、半分眠りかけているルフィを背中から受け止めた。ほとんど仰向けになって、エースの膝に寝転がるような形になったルフィは、「なんだあ、エース?」と、不明瞭な発言でもごもごと言って、それでもぐしぐしと目を擦ってエースの顔を見上げる。この辺りは、「人の話はちゃんと聞け」と噛んで含めるように、時には体罰を交えて教えた甲斐があった、とエースは思った。聞くだけ聞いて、そのあとどうするかはルフィの勝手だというところに詰めの甘さが見られるが、それはまあ仕方のない話だ。教えた相手が、人の話を聞かないエースであるわけだし。ルフィの目が幾分しっかりしたところで、「お前さあ、俺が昔、すきじゃなくてもセックスできるっていったこと覚えてるか」とエースは尋ねた。それは、エースが島を出た3年前からさらに数か月ほど遡る、たしか今と同じくらいの季節だった。なりゆきで(というだけで今思い出しても最悪な話なのだが)身体を重ねていたエースに、ルフィが「俺のこと好きか」などと尋ねたことを覚えている。すきはすきでも、ルフィが思うような好きではなかったような気がしたエースは、ぐるぐる考えて、最終的に前述の答えまでたどり着いている。今思い出しても最悪と言うかかなり痛い発言なのだが、「覚えてるぞ」とルフィが言ったことでエースのダメージはさらに三倍まで膨れ上がった。覚えていなければ話は進まないのだが、出切れば忘れていて欲しかった。心なしか肩を落としたエースの膝の上で、手を伸ばしたルフィはエースの頬に触れて、「それがどうしたんだ?今からするのか」と平然と尋ねるので、「もうしねえよ」と短くエースは断る。「理由があんのか」とルフィが瞬きもせずに尋ねるので、エースはゆるくわらって、「お前は俺の弟だからな」と言ってやわらかいルフィの頬を撫でた上で、それから、と前置いて、「すきな奴がいるから」と答えた。ルフィはしばらくまじまじとエースを眺めて、「じゃあ、エースはもうその好きな奴としかセックスしねえってことか」と、それはもう簡単に確信を突くものだから、「そういうことだ」とエースもやけに真面目くさって頷いてしまう。瞬間、「よかったな」と言ったルフィがあんまり大きく笑うものだから、零れるんじゃないか、と錯覚したエースは思わずルフィの頬を摘んで、「ああよかった」とぽつりと言った。ほんとうによかった。エースはルフィのことがすきだったし、もちろん愛してもいたが、それはどこまでいったって兄弟愛で、それ以上でもそれ以下でもない。だったというのに、ほとんど愛を知らなかったエースにとってそれはなにもかもどうでもよくなるくらい気持ち良くて、あいして、あいされることで、もう何をしたっていいような気がしていたのだ。島にいたころのエースとルフィは、戦うか、修行するか、食うか寝るかしかなかったあの島でもうひとつ、飽きもせずにセックスをしていた。好意ですらない行為を、愛している筈の弟に押し付けたことを、エースは後悔している。それでも、謝るような話ではなかった。兄弟だけで良かった関係に、それ以上を求めたのはエースだけではなかったからだ。もう二度と必要ないことを、告げることができて良かった。ほんとうによかった。

やがて笑みをゆるくしたルフィが、「エースの好きな奴ってことは、いつかそいつが俺の姉ちゃんになるのか」と当たり前だが見当外れの事を言うので、一瞬で花嫁衣装のマルコとエプロン姿のマルコとマルコ似の子供を抱くマタニティドレスの(つまり二人目だ)マルコを想像してしまったエースは「ぶッ!!!!」と思い切り吹き出してしまう。どうにか口は塞いだものの、すぐ下にいたルフィからは「つば落ちたぞ!!」とものすごい反論を食らった。右手でごしごしルフィの顔を擦りながら、「悪いルフィ、姉ちゃんはできねえかもしれねえ」とエースは揺れる肩を押さえながら言う。だっておっさんだから、とまでは言わないでおいた。ルフィはきっと気にしないだろうが、マルコが気にするような気がしたからだった。「じゃあ妹になるのか?」とやはり右斜め45度くらいずれたことを言うルフィに、「お前こそ、俺にかわいい妹作ってくれよ」とエースは返して、あの水色の髪の子がかわいかったな、とアラバスタで会ったルフィの仲間の顔を思い浮かべたが、「おれはもうしばらく冒険だけでいいんだ」と宣言したルフィの顔がそれはもう男前だったので、「そうかい」と笑って、またぐしゃぐしゃと麦わらごとルフィの頭をかき混ぜた。マルコの影響だ、と思ったが、それはもうずっと前からエースの癖になっていることを、ルフィだけが知っていた。
昼飯の時間だ、と呼ばれたのは、その直後のことだった。

( D兄弟がだいすきです / ルフィとエース(とサッチが少し) / ONEPIECE )