※574話以降捏造話 ものすごい捏造 そして急展開


現 十 夜 / 第 弐 夜


エースがマルコの部屋にひとりでやってきたのは、エースがどうにか動けるようになってから5日、ルフィが目を覚ましてから3日後の夜だった。ひとりで、と前置いたのは、絶対安静のくせにとてつもない量の食事を平らげて、とんでもない早さで回復したルフィが(エースもだが)エースと一緒にモビー・ディック中を探検していたからである。追ってくる医者やナースを振りきって、当たり前のようにマルコの部屋に飛び込んでくるエースとルフィの姿を、マルコはもう何度見たかわからない。おとなしくしてろい、と覇気を込めてベッドに押し付けたところで、図体ばかりでかくなったこどものようなエースと、まだまだ細いそれこそこどものルフィはけらけらと笑うばかりで、マルコは大きくため息をついた。兄貴ってのはもっとこう、しっかりしてるもんじゃねえのかよい、とエースではなくルフィに尋ねれば、「エースはしっかりしてるぞ!俺よりずっと」と一言余計なルフィはエースに頬をつねられている。「お前よりしっかりしててもなんの自慢にもなんねえんだよ」と笑うエースの顔が、それでも確かに兄貴のものだったので、マルコは諦めてもう一度溜息をついた。もうすきにしたらいい。このブラコンども、と声には出さずにマルコが呟いたら、「マルコも一緒だろ」と、にやりと頬を吊りあげながらエースは言った。唇を読むんじゃねえよい。ふい、と目を反らせば、「おっさんも兄弟いんのか!」と楽しそうにルフィが声を上げるので、「1600人いるよい」とマルコが投げやりに答えると、「1600?!!!スゲーーーッ!!!」と、目を輝かせてルフィは言った。信じるか普通。まあ本当の事だが。マルコを見上げるルフィの目があんまりきらきらしているものだから、きまずくなったマルコはがりがりと頭を掻いて、狭い部屋の片端を埋める棚の隅からちいさな瓶を引き出して、ぽんとルフィに手渡した。「やるよい」とマルコが言うと、「おう、ありがとう!なんだこれ」とルフィは答えて、先にそれを聞けよい、と思っても口にしないマルコは「飴だよい」と返す。「それでも舐めておとなしく寝てろい」とルフィとエースを差したマルコに、一瞬顔を見合わせて「「ガキ扱いすんな!!」」と、ルフィとエースの声は綺麗にハモっている。もっとも、エースは半分以上笑っていたが。耳を塞いで大声をやり過ごしたマルコが、「じゃあ返せよい」とルフィに手を出せば、「もらったもんは返さねえ」とルフィは言って、さっそくきつく閉めた瓶の蓋を軽々とひらいて、ガラスのようなあおい飴玉をひとつ口に運んでいる。流れるような手つきでエースの口にもあかい飴玉を放り込んだルフィは、当然のようにみどりの飴玉をマルコに差し出して、マルコは一瞬固まった。受け取れってことかい、と手を差し出しかけたマルコの口元までルフィの手は伸びて、何も言わないエースの目がそれはそれはたのしそうにマルコを見ているものだから、マルコはとうとう観念してルフィの指から飴玉を咥えることになる。それはもう甘かった。

その夜のことだ。あいつらのせいでちっとも進まねえ、と青筋を立てるでもなく真っ白な書類を眺めながら椅子に寄りかかったマルコの耳に、とんとん、と軽いノックの音が響く。「開いてるよい」と振り向きもせずに答えるマルコは、軋む扉を半分だけ開いてするりと部屋に入り込む人間がエースだと言うことを知っている。昼間はほとんど開け放しているマルコの部屋の扉を、エースがそれでも律儀に叩き続けることも知っている。「弟はどうしたよい」とやはり振り返らずに尋ねたマルコに、「飯食ったら寝たから置いてきた」と笑いを含んだ声でエースは返して、微かな足音を立ててマルコの背中に抱きついた。途端に面白いくらい跳ねたマルコの心臓は置いておいて、「傷に障るだろい」と努めて平然とした顔を装って、マルコはエースの指先を掴む。病人用の白い服を着て、その指まで包帯だらけのエースは、「もう散々ルフィとはくっついてるし、今さらだろ」とさらりと流して、逆にマルコの指にするりと指を絡めた。ルフィ。エースが目を覚ましてからこっち、何度聞いたかわからない名前に、マルコは薄く目を細めた。サッチにはああ言ったものの、ほんとうに妬けないかといえば嘘になる。けれども、エースが船に乗ってからずっと語り続けた”ルフィ”は白ひげ海賊団の中でもとうに良く知られた存在になっていて、エースを助けに来たことといい、エースとほとんど変わらない目の色といい、マルコはどうしたって甘くなるしかない。そもそもマルコは子供がすきなのである。海賊でありながら、船長でありながら、覇王食の覇気をまといながら、それでも能天気に飯を食って眠って起きて飴を舐めて笑うルフィを、かなしまなければ嘘だった。マルコは、人間が好きだった。まっしろな紙と向き合うことを諦めたマルコが、エースの指を掴んだまま振り返れば、エースはずいぶん静かな目でマルコを見下ろしている。エースの表情が、処刑台に座っていた時とあんまり良く似ているものだから、「どうしたよい」とマルコは尋ねた。「うん、」とひとつ頷いたエースが、「ちょっと椅子こっち向けろよ」と言うので、マルコががたがたと椅子を引けば、エースはそのままマルコの膝の上に腰を下ろして、「よし」と満足そうに頷いている。いやいやいや。「何が『よし』だよい」とマルコが呆れた声を出すと、「いやまあ、久しぶりだし」と淡々とエースは答えて、マルコの首に両手を掛けた。珍しいこともあるもんだよい、と、数カ月ぶりにかかるエースの体重を感じながら、少し痩せたな、とマルコは思う。エースの腰に廻す腕が随分余っている。それでも、今ここにいるだけで奇跡だった。マルコが少し考えて、黙ったままのエースに「おかえり」と声をかけると、エースはゆるく笑って「ただいま」と返す。今さらにもほどがあるが。このままきつく抱いてしまいたいマルコは、それでもちゃんとしたくだらなくて情けない大人だったので、エースの顎を引いてかるく口付けるだけで終わりにした。それ以上はまた、いつだってできる。

ずいぶん長いこと、黙ってマルコを眺めていたエースは、座った時と同じだけの唐突さでマルコの膝から滑り降りて、「あーあ」と声を上げながらマルコのベッドに倒れ込んだ。さすがに、いつものように勢い良く、とはいかなかったが。まったく意味がわからなくて、「お前は何がしたいんだよい」とマルコが声をかければ、「お前こそ、何かしてえんじゃねえの」と僅かに棘を孕んだエースの視線が送られて、マルコはがた、と椅子を揺らした。したくないわけもないが、するわけにもいかない。いやいや、平常心。「別に、ねえよい」とマルコが目を反らせば、「へえ」とわりとあっさりエースは引き下がって、安心しかけたマルコに「じゃあ何か言いたいことはねえのか」とエースは言った。ちらり、とマルコがエースを眺めれば、寝転がったエースの目線はまっすぐマルコをとらえている。なにも。今こうして、エースを目の前にしてしまえば、マルコの口からはもう何も溢れてこなかった。口を開くことのないマルコに、「じゃあせめて、俺に何か聞きてえことはねえの」と、ほとんど表情のない声でエースは続ける。それでもまだ答えることのないマルコに、とうとう焦れたのか、エースは起き上がってがしがしと頭をかき混ぜた。「あんまりやると傷むよい」と、椅子から腰を上げたマルコがエースの手を止めれば、「マルコよりマシだろ」と軽口を叩いて、それから困ったように俯いて、「こんなことを言いたいんじゃねえんだ」とエースは呟く。ぷらん、と力をなくしたエースの右手を握ったまま、マルコのベッドの前で棒立ちになるマルコは、ふと思い立って、「エース」と声を掛けた。「なんだよ」と顔を上げずに答えたエースに、「お前こそ、俺に聞きてえことがあるんじゃねえのかい」とマルコが尋ねれば、エースは弾かれたように肩を震わせて、「うえ、や、その、」と煮え切らない声を上げる。それから、エースの右手を握るマルコの左手を、左手でぎゅっと握り返して、「じゃあ聞く」とエースは言った。「おう、聞けよい」と答えたマルコは、けれども次の瞬間簡単に、答えに詰まってしまう。ゆるく首を傾げたエースが言うことには、

「お前、俺が船を出るときに、言いたいことがあるって言っただろ」

そして、「俺はお前を愛してるけど、お前は俺になんて言いたかったんだ」と至極冷静にエースは紡いだ。いや、…いや、お前。そんな。簡単に。しばらく、何の動きもないマルコの脇腹あたりをエースが突いて、「おーい、マルコ」とエースに名前を呼ばれて、ようやく現実に帰ってきたマルコは、「今何言ったかわかってるのかよい」と無表情に尋ねる。「あいしてるって」と、むしろ堂々と言ってのけたエースは、「で、お前は」と、もう絶対にわかっているだろうにマルコに問いかけた。マルコは、…まあ、ほんとうにエースを愛しているのだが、ぱくぱくと口を開きかけては閉じている。酸素が足りない。ような気がする。エースは静かにマルコの言葉を待っている。その、エースの指先が僅かに震えていることに気づいたのは、マルコの手を握るエースの手から少しばかり力が抜けたからだった。思わずきつく握り直してしまって、マルコはわりと後悔する。これでは、マルコが気付いたとエースに言ってしまったようなものだ。はあ、と溜息をついたマルコは、エースに言ったことは棚に上げてがりがりと頭を掻く。それから、「いつから」とマルコは言った。「なに」と聞き返したエースに、「お前はいつから俺の事を愛してる」と真顔でマルコが尋ねれば、エースはいくつか指を折って、「2回目くらいから考え始めて、5回目で確変した」とやはり真顔で答えた。何の回数だよい、とは尋ねないマルコは、そうか、と頷いて、「俺はお前が19になって、サッチの誕生日が終わったあたりからずっとお前を愛してるよい」と言った。「…へえ、」とワンテンポ遅れて答えたエースに、「あのとき俺が聞きたかったのはお前が俺をどう思ってるか、ってことだったんだが、先を越されたよい」と飄々とマルコは告げて、エースの手を握ったまま、マルコを見上げるエースの唇にもう一度触れるだけのキスを落とした。「つうかお前、愛してもいない相手と4回も寝るんじゃねえよい」と、ほとんどくっつきそうな距離でマルコが苦言を漏らせば、「いきなり押し倒した上に、煮え切らない態度でずるずるヤり続ける親父に言われたくねえよ」とエースは返して、そりゃあそうだ、とマルコは妙に納得してしまった。納得したところで、エースに聞きたいことをもう一つ思い出して、「なあお前、俺とあの弟とどっちが好きだよい」とマルコが尋ねれば、「マルコは俺と親父とどっちが大事だよ」とエースは問い返す。答えに詰まったマルコに、「俺も選べねえよ」と苦笑するエースがあんまり愛しいので、マルコは自由の効く右手で目を覆った。どう考えても、「ルフィ」と即答されると思っていたのに。「お前ほんとに、俺のことすきなのかよい」と、尋ねるでもなくしみじみ呟いたマルコに、「好きなのはもうずっとそうだ」と照れることもなく返したエースは、握っていたマルコの手を離す。熱いくらいだったエースの体温から解放されて、「知ってたよい」と、マルコもごくあっさり答えた。エースがどれほどマルコを好きかなんて、マルコは痛いほどよく知っていた。それはもう。



「…本当に大丈夫かよい」とマルコが不安そうに問いかけたのは、エースの内臓が半分ほどエースのものでは無くなってからまだ1か月しか経っていないからで、そんな状態で狭いベッドにふたり並んで寝ることになったエースがあんまりにも自分の身体に無頓着なせいだった。「マルコは寝ぞういいし、俺が壁際で寝れば落ちることもねえだろ」と簡単に言い切るエースに、それはそうだろうが、とまだ煮え切らない声でマルコが渋ると、「じゃいいぜ、帰って病室でルフィと寝るわ」とあっさりエースがマルコのベッドを降りようとするので、マルコは無言で包帯だらけのエースの手首を掴む。「なんだよ」と無表情を装うエースの唇の端が僅かにふるえているので、「お前そういう天然みてえな性格の悪さ、なんとかしろよい」とマルコが言えば、「全部計算です」と腹の立つ顔でエースが笑うので、マルコは問答無用でエースの頭をひっぱたいた。覇気で。頭は特に怪我もしていなかったし、これ以上悪くなりようもないだろうから大丈夫だろう、と溜飲を下げるマルコの前で、「怪我人は優しく扱えよ」と涙目のエースが言うので、「襲わねえだけ十分優しいだろい」と投げやりにマルコは返して、「は、」と言いかけたエースの頭からばさりと薄がけを被せて、ベッドに引き倒す。ぶへ、とベッドで背中を打ったらしいエースの無様な声が聞こえたが、所詮エースはロギアである。悪くしてもマルコの部屋が燃えるくらいで、エース自身に損傷はないだろう。燃えるエースを止めるくらいの自信はマルコにもある。何しろ、満足に内臓を治療できる環境になるまで、意識のないエースに攻撃を与えて炎に変えさせ続けたのはマルコなのだ。どういう仕組みなのかはまったく理解できないが、炎に変わる間は血も出ないだろうから、ともかく燃えている間は内臓がなくても生きていられるはずだ、と乱暴に言い放った7番隊のラクヨウの言葉は確かで、さすが研究者だな、と3日間でぼろぼろに燃やされ続けたマルコは薄く笑う。今生きているエースは一生知らなくていいことだった。もぞもぞと仰向けになるエースの横に潜り込んで、枕元の灯を吹き消して、天井を見据えるエースの横顔を眺める。「今、何を考えてる」と尋ねたマルコに、「ルフィがちゃんと寝てるかってことと、親父がちゃんと寝てるかってことと、マルコとまた一緒に寝られるってこと」とエースは答えた。マルコは、と問い返さないエースはいつものことだったが、「俺は、明日サッチが何て言うかを考えてるよい」とマルコが言えば、「おめでとうって言うんじゃねえかな」とごく簡単に的を得たことをエースは返して、それから「おやすみマルコ」と言って目を閉じる。「おやすみエース」と反射のように答えたマルコは、確かに笑って「おめでとう」と言いそうな悪友の顔を思い浮かべて、不意に涙が滲みそうになる。夢みたいな話だ、と不意に思ったマルコの耳には、どんな時でも寝つきの良いエースの寝息が聞こえて、それはそれで泣きそうになった。マルコはそっと右手を伸ばして、見た目よりずっと柔らかいエースの髪に触れて、瞼から頬、首筋、肩、胸を通って、まだ完全には塞がらない胸の傷の上にたどり着く。ここで、消えない炎が揺らぐことを知っている。エースから右手を離して、ぼう、と指先にちいさな蒼い焔を灯したマルコは、しばらくエースに巻かれた真っ白な包帯を眺めていたが、やがてそれも消える。あとには濃い藍色の闇が残された。

眠りに落ちる数秒の間に一粒だけ流れた涙は、闇に紛れて早々に乾いてしまった。
感動も感嘆も嗚咽もない、静かな涙だった。

( 無理があるけどあっさりくっついた / マルコとエース / ONEPIECE )